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巫女ねえちゃんは、ひまじゃない!  作者: 日々一陽
第3章 巫女姉ちゃんは、綺麗好き?
8/22

三話

 中学時代、そんな噂があった。


 好きでもない人の告白に「ごめんなさい」するのは当然のことだと思う。中途半端な返事は失礼だ。それなのに、気がついたらごめんなさいが積み重なっていつの間にか10人に。しかも、どこからか話が広がって、みんな面白がって尾ひれ背びれをくっつけて30人とか言いふらし、実はお金持ちの「パパ」がいるからだとか、女にしか興味がないんだとか、いつかアポロに乗って月に帰るんだとか、全く根も葉もない噂まで付随して、まるで私は悪者に。言い寄ってきたのは自信過剰で自慢話ばっかりのサッカー部のキャプテンとか、困ってる人を見ても何とも思わない身勝手な生徒会長とか、そんな男ばっかりだったのに。だけど美月子が気になる先輩は好意を寄せてくれないし、多分、美月子の熱い視線に気付いてすらくれてない。ホントに人の世は難しい。


 だけどこれって、いい状況じゃないことは明白だ。

 噂は学校中に、即ち先輩たちの間にも広まっていたらしいから。


「ねえ健二くん。お家でこの神社のこと、お話したりするの?」

「するよ。断然巫女ねえちゃんのことばかり、だけどな」

「私のこと? 例えばどんなこと?」


 見事な誘導だ、と美月子はほくそ笑む。


「そうだなあ。あんなに誰もいなくてひまなのに、どうして巫女ねえちゃんはいつもニコニコ立ってるのかな、とか」

「…… 忍耐よ忍耐」


「どこからどう見ても収入ゼロなのに、巫女ねえちゃんの給料は一体どこから出てるのかな、とか」

「…… 余計なお世話ね」


「神様に仕えるより、神社下のケーキ屋さんに仕えた方がよっぽど儲かりそうだな、とか」

「…… もっと他の話題はないの?」


「あるよ。でもさ、巫女ねえちゃんを誉めたら初穂の機嫌が悪くなるんだ」

「……」

「あと、男の約束もあるし」

「男の約束?」

「兄ちゃんが言うなって―― あ」


 なんて可愛い健二くんなの。

 悪いけど、その口、割らせて貰うわよ――


「それ、私の悪口でしょ?」

「違うやい。俺は巫女ねえちゃんの悪口なんて1回も言ったことないやい!」

「じゃあ、どうして言えないのかな?」

「悪口じゃないけど、うわさ、みたいなことだし――」

「ねえ健二くん。うわさって間違いもあるでしょ?」

「だな」

「だったら本人に直接確かめるのが一番だと思わない?」

「そうかな?」

「そうよ」


「そうかなあ?」

「そう・な・ん・で・すっ!」

「わっ、分かったよ、また目が怖いよ! 言うよ~っ」

「分かればいいんですよ。わかれば」

「巫女ねえちゃん、時々悪魔だな」

「何か言いましたか?」


 微笑みが怖かった。


 健二は首を横に振ると、覚悟を決める。


「あのさ」


 ごくり。

 ふたりの間に今日一番の緊張が走る。


「巫女ねえちゃんはさ」

「はい」

「巫女ねえちゃんはさ、処女を守るために告白を全部断るのか?」

「違いますっ!!」


 ああもう、男の子ってどうしてこうも発育レベルが低いのでしょう、と、美月子は頭を抱えてしまった。ちょっと考えれば分かるでしょ? みんな巫女に妄想を抱きすぎ。そもそも私は本業高校生のバイト巫女なのよ? それに、処女とかそうでないとか、誰がどうやって証明できるのよ!


「ところでさ、処女って何だ?」

「知らずに言ってるんか~いっ!」


 間違いない、勘違いの根源は桜井先輩だ。

 美月子が知っている桜井先輩――


 卓球部だったけど戦績は平凡だったこと。

 文化祭のステージでは照明係を取り仕切っていたこと。

 成績はとても優秀で、一番の難関校に行ったこと。

 そして、運動会で泣いていた小さな男の子に、飴玉をあげてご機嫌を取っていたこと。


 知ってることはそんなもの。

 でも、それで十分。

 人間って不思議だと思う。

 知らないと分からないけど、知りすぎても分からなくなる。

 小さなことまで百知らなくても、大切なみっつを知っていれば、案外それでいい。

 そんなことを本で読んだけど、確かにそうなんだと思う。

 そしてきっと、今の桜井先輩は、私のことを知らなすぎるんだ――


「どうして恋愛禁止なんだ?」

「あのねえ、巫女だって恋くらいできるんですっ!」

「ねえ、ばあじんって何だ?」

「まだ知らなくてもいいことですっ!」

「ちぇっ。兄ちゃんと同じこと言うな」


 この兄弟の会話が手に取るよう分かる美月子。


「ところで健二くん、今日もちゃんと書き置きしてきたの?」

「うん。行方不明になったら兄ちゃん怒るからな」

「じゃあ、今日もお兄さんが迎えに来てくれるんだ」

「そだな。でもまだ来ないと思う。きっと今頃は初穂とニンジンカレーを仕込んでる」

「美味しそうね」

「美味しくないやい。あのな、カレーは寝かせると美味しいとか言ってさ、絶対二日は続くんだ。だから明日もカレー。うちのローテーションは「カレー・カレー・お好み焼き・カレー・カレー・お好み焼き・日曜のサプライズ定食、そしてカレー・カレー・お好み焼き・カレー・カレー・お好み焼き・日曜のサプライズ定食、以下同文」なんだ」


「サプライズ定食って?」

「サプライズだよ。驚くんだよ、ホントびっくりだよ。日曜は時間があるからって兄ちゃんが腕によりを掛けるんだけど、そもそも腕がないからよりなんて掛からなくってさ。まあ冬は栄養付くとか言って鍋ばっかりだったからサプライズしなかったけど、春からはサプライズばっかり。この前は謎の野菜炒めとご飯炒めだったな」


「ご飯炒め?」

「兄ちゃんはチャーハンだと言い張るんだけど、絶対違うヤツ。焦げてるんだ。そのくせお替わりは強制。初穂は美味しい美味しいって食べるんだけど、あいつきっと味覚がぶっ壊れてるんだよ」


 ここの家庭って兄妹3人暮らしなのだろうか。一体どうなっているのか、興味津々だけど微妙な問題もありそうで、美月子は恐る恐る聞いてみる。


「ねえ、健二君とこは3人暮らし?」

「そうだよ、兄ちゃんと初穂と俺」


 黙ってしまった健二くん、ふたりの間に沈黙が訪れる。

 やがて。


「少し前まではさ……」

「健二兄ちゃ~んっ」


 健二が口を開いたその時だった。

 階段を上って現れたのは真っ赤なリボンの初穂ちゃん。昨日と同じく赤いランドセルを背負っている。そしてそのすぐ後ろから、申し訳なさげに会釈をしながら、お兄さんが歩いてくる。


「おっ、思ったより早いな」

「今日のカレーはね、じゃがいももいっぱいだよ!」

「嬉しくねえ」

「オクラも入れてみた」

「闇カレーはやめてくれ」

「前、美味しいって言ったじゃない」

「ニンジンよりはマシだって言ったの」


 仲がいいのか悪いのか、じゃれ合うふたりを尻目に見ながら、健太は美月子に頭を下げた。


「また健二がご迷惑を掛けてたみたいで、本当にすいません」

「そんなことないです。私もひまだから、試験勉強してたくらいだし」

「こら健二、お勉強の邪魔しちゃダメだろ!」

「兄ちゃんそれ、なんかズレてる」

「今日は健二くん、お参りの仕方を聞きに来てくれたんです。それは私の本業ですから」

「でも、しかし……」

「本当にいいんです、桜井先輩」

「しかし…… ん? 桜井先輩?」


 言ってしまって美月子は気がついた。少し焦ったけど隠すことでも何でもない。


「N中学でしたよね。私、ひとつ後輩の吉住です」

「いや、あの、はい。実は、僕も知ってました。吉住さんですよね。もしかしてその……」


 この時、健太の脳裏には、卒業式での、彼女の睨みつけるような形相が鮮やかに蘇っていた。


「昔、僕、何か悪いことをしましたか?」

「は? 悪いこと?」


 卒業式の記憶は美月子にも鮮明にある。だけど健太の言うことは全く理解できなかった。


「あ、いえ、何でもないです。多分僕の勘違いなので」

「なあ兄ちゃん、巫女ねえちゃんって兄ちゃんの後輩なのか?」


 健二も口を挟んでくる。


「後輩と言うか、同窓だな」

「どうそう?」

「同じ学校で学んだと言うこと。同窓会とか言うだろ」

「ああ、その同窓な」


 一方の初穂は健太と手を繋いだままで、美月子の衣装をまじまじと観察している。


「初穂ちゃんも着てみたい?」

「ううん、そうじゃないけど―― それより早く帰ろうよ、カレーがのびちゃうよ!」

「カレーはのびねえ」

「じゃあ失礼します。本当にありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそです。健二くん、それじゃあ、また明日も来てくれるかな?」

「絶対来るよ! いいともだよ!」

「こら健二!」

「いえ、私も楽しみにしてるんです。だから健二くん。約束だよ」

「うん、絶対約束したよっ!」


 そうして三人が長い階段を下りていくのを少し悲しく見つめる美月子。


「ねえねえ健太お兄ちゃんって、コスプレが好きなのお?」

「そんな言葉どこで覚えた?」

「健太お兄ちゃんの見てるアニメ~っ」

「あれってメイドじゃん。兄ちゃんが好きなのは巫女衣装だぞ?」

「こらっ、健二、変なこと言うなっ!」

「うそじゃな痛てっ! 暴力はんた~いっ!」




第3章 完




【あとがき】


 民法第734条1

 直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない。

 ただし、初穂と健太お兄ちゃんとの間では、この限りでない。


 皆さまこんにちは、桜井初穂です。最初に問題を出します。先に書いた民法第734条の条文を正しく訂正しなさい(配点50点)。


 さて、健二兄ちゃんが近くのちっちゃな神社の巫女さんと毎日たわいもないことで戯れるだけの物語、いかがでしょうか?


 皆さんには間違いのないように言っておきますが、この物語の主役は健二兄ちゃんと巫女衣装コスプレ女のふたりです。初穂と健太お兄ちゃんは別の純愛物語の主人公であって、このお話にはこれ以上関係しません。ええ、絶対です。あんな、ちょっと美人だからって、ちょっと大人でスタイルいいからって、ちょっと同じ中学の同窓だからって健太お兄ちゃんに色目を使う巫女スプレ女なんかにお兄ちゃんは指一本触れさせませんよ。だいたい巫女って神様に仕えてるんでしょ? 健太お兄ちゃんに浮気するなんてもってのほかだよねっ。


 そう言えば健二兄ちゃんが私たちのカレーに文句言ってるみたいだけど、元々「具が少ない」って文句言ったのは健二兄ちゃんなんだからねっ。それに女の子としてはカロリーとかも気になるじゃない? お肉とかじゃがいもとかよりニンジンとかほうれん草とかオクラの方が美容に良さそうだよね。栄養もいっぱいだし。それなのに健二兄ちゃんったら、まるで初穂が馬みたいに言うんだから、困っちゃうよね。読者の皆さんはその辺ちゃんと理解しておいてくださいねっ。可愛い初穂のお願いだよっ!


 さて次章、あの巫女スプレ女の魔の手が私たち桜井3兄妹の胃袋を襲う?

 って何? ボディブローなの? ねえ、暴力なのっ? そんなのボツです。絶対ボツですっ!


 と言う訳で次章「初穂と健太お兄ちゃんの初デート」でお会いしましょう。

 桜井初穂でしたっ!


 ……

 って、最初の問題の答え、忘れてたね。

 答えは「訂正箇所はない」でしたっ!



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