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巫女ねえちゃんは、ひまじゃない!  作者: 日々一陽
第3章 巫女姉ちゃんは、綺麗好き?
6/22

一話

 スーパーで買い物をして家に帰ると、今日もテーブルに書き置きがあった。


「神社で遊んでくる 健二」


 そんなに気に入ったのか、あの神社が。

 いや、神社じゃなくて……

 エコバッグを手に持ったまま、健太はふと中三の頃を想い出した。


 一学年下に「かぐや姫」とあだ名される生徒がいた。

 それは「美しい月の子」という名前で、サッカー部キャプテンの告白も、生徒会長の求愛も、噂では五人どころか三十人以上の告白を全てシャットアウトしたと言う伝説が生んだ呼び名だった。健太も何度か見かけたことはあるけれど、学年が違うから言葉を交わしたことはない。ただ、とても印象に残っているのは卒業式。仰げば尊しを聞きながら顔を上げると、偶然にかぐや姫と目が合った。艶やかな黒髪にすらりとした立姿、見事に整った顔立ちには何より印象的な切れ長の強く真っ直ぐな瞳。そりゃあこの子を好きにならない男なんていないだろう、健太の鼓動だって早鐘のように鳴った。しかし問題は次の瞬間だ、彼女のその強い瞳が健太をキツく睨みつけたのだ。どうして睨まれたのか思い当たる節はない。きっと気のせいだとは分かってる。でも、その恐ろしいまでの形相は今でも鮮明に残っている。


 まあ、どっちにしても彼女は僕には関係ない、月の世界の人。

 そう思っていたけれど、こんな形で会話を交わすことになるなんて。

 あっちは記憶にないだろうけど、健太は昔を想い出して困ってしまうのだった。


「健太お兄ちゃんっ、お帰りなさ~いっ!」


 初穂が台所から包丁を持ったまま駆けてきて、そのまま健太の足に抱きついた。


「おいおい初穂包丁! 危ない!」

「あ、ごめんなさ~い」


 

  殺したいほど~ お兄ちゃんが好き~っ!

     (作詞作曲 by 初穂)



 ぞっとする歌を口ずさみながら流し場に包丁を置いてきた初穂は、また健太の足に絡みついてくる。


「もうニンジン切ってくれたのか?」

「当然だよ。今日はね、じゃがいももやってる~っ!」


 見るとカレーの準備は大方終わっていた。健太は制服を着たままタマネギを炒め、初穂が切った具材を煮込むと、時計を見た。


「健二を迎えに行ってくる。初穂は待ってな」

「いやだっ、初穂も行くっ!」


 こうして、言い出したら聞かない困った妹を連れて健太は家を出た。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「巫女ねえちゃ~ん、ヒマしてる~っ??」


 時間は少し遡る。

 社務所でひとり難しい顔をしていた美月子の元に男の子が駆けてきた。黒いランドセルに黄色いカバー、顔にはいつもの絆創膏。生意気で可愛い桜井健二くんだ。


「こんにちは健二くん。学校帰り?」

「違うよ。一度家に帰って来た」

「どうしてランドセル背負ってるの?」


 美月子は不思議に思っていた。この兄妹、昨日も一昨日もランドセル背負ってたのに、家に書き置きをしてきたと言ったのだ。よく考えるとおかしい。


「兄ちゃんがさ、目立つようにって言うんだ。学校帰りの格好だと悪いこと出来ないとでも思ってるんだよ」


 なるほど、この黄色いランドセルカバーはよく目立つ。下手な交通安全のお守りより利くに違いない。


「それに、ランドセル背負ってた方がトレーニングになって、パワーつくじゃん!」

「かもね」

「マジカルスーパーパワービーム!」


 健二くん、背中に回した両手を、一気に前に突き出した。


「何それ、怪獣やっつけるヤツ?」

「知らないの? 合体魔法コスプレ少女戦士・ミコミコスターズ」


 あ、きっと深夜の駄目なアニメだ、と美月子は一瞬で悟った。


「兄ちゃんがさ、録画して観てるんだ。面白いって」


 でも向学のため、今度観てみよう。


「ところでさ、巫女ねえちゃんってば、怖い顔して何してるの?」


 背伸びして社務所の中を覗き込む健二くん。


「あ、これはね、学校のお勉強」

「宿題?」

「ううん、お勉強。もうすぐ試験なのよ」

「そっか、兄ちゃんも苦しんでるよ、試験。赤点取ったら打ち首退学なんだろ?」

「いや、そこまで酷いことはないけど」

「じゃあなんで、あんな夜遅くまで頑張るんだ?」

「それはきっと、お兄さんが頑張り屋さんだからだと思うわよ」

「だよな―― あのさあ巫女ねえちゃん――」


 健二くんは暫く考えて。


「巫女ねえちゃんの好みの男って、どんなの?」

「えっとねえ、カレー作るのが上手な人、かな」

「ダメだよ、そんな低い意識じゃ。カレーなんてさ、切って煮込んでカレールウ突っ込んだら誰だってそれなりに出来るんだぜ」

「……」

「それなのに俺の兄ちゃんときたら、ニンジンだらけカレーを作っちまうし」

「……」


「他には?」

「そうねえ、弟や妹に優しい人かな」

「ダメだよ、そんな甘いことじゃあ。妹なんて甘やかすと増長してニンジンばっかり買ってくるんだぞ」

「……」

「だから兄ちゃんモテないんだよなあ。初穂のガードが堅くってさ、高校生にもなって浮いた話のひとつもない。弟として情けない」

「……」

「あ、そう言えば!」


 健二くん、ポケットをごそごそまさぐると、五円玉を取り出した。


「ちゃんとお参りしておけって兄ちゃんが言うんだ。ちょっとしてくる」

「ありがとうございます」


 健二くん、タタタタっと拝殿に駆けていったかと思うと、すぐに舞い戻ってくる。


「忘れてた。巫女ねえちゃん、お参りの仕方教えて」

「はい、ちょっと待ってくださいね」


 美月子は社務所を出ると、健二くんの前に歩み寄った。


「兄ちゃんがさ、ちゃんとお参りしておけ、って言うんだけど」

「はい」

「ちゃんと、ってとこが分からないんだ」

「つまり、全部が分からないってことですね?」

「ま、そう言うことかな」

「分かりました。じゃあ、今から私がお手本をしますから、真似してくださいね」

「うんっ!」


 嬉しそうな健二くんを見て、基本は素直でいい子だわ、と美月子も微笑んで返す。


「最初に手水ちょうずをします。ちょっとくらい間違っても構わないから頑張ろうね」


 そう言うと社務所のすぐ前にある手水舎ちょうずやの前に立ち、右手に柄杓ひしゃくを持った美月子。健二くんも柄杓を持つのを確認すると、手水を始める。


「まず、右手に持った柄杓で水を汲んで、左の手を清めます―― 次は反対、左手で水を汲んで右手を清めます―― 次にもう一度右手で持って水を汲んで、今度は左手に水を受けて、口をすすいで清めます――」

「飲んじゃった」

「まあ、綺麗な水道水だから大丈夫―― 次にいくね。いいかな。いま口を付けた左手に水を流して清めて、最後に水を汲んだ柄杓を立てて柄を綺麗にして、元に戻しましょう」

「結構長いな」

「そうだね。もう一度やりましょうか?」

「うんっ!」


 誰もいない境内。神様だって咎めるはずがない。健二くんが納得するまで、美月子は繰り返した。


「もう大丈夫だ。マスターの称号が貰えるレベルになった」

「やったね」

「合体魔法コスプレ少女戦士の爆裂マスターの称号な」


 今晩忘れずにチャンネル検索しなくちゃ、っと美月子は改めて思った。


「じゃあ次に行きますね」


 健二くんに白いハンカチを手渡すと、美月子は拝殿の方へと向かった。




二話へ


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