三話
「大丈夫です、すぐ近くですから」
桜井三兄妹が住むアパートの一階、健太は彼女を家まで送り届けると申し出た。
「でも、もう真っ暗だし」
歩いてたった五分の|道程、美月子と健太は少し離れてゆっくり歩く。
健二と初穂はお留守番、ふたりきりの今、言いたいことはたくさんあるのに、ただ沈黙だけが支配する。美月子は少し上を向く。街の明かりが邪魔をして星は数えるほどしか見えない。昔、思い描いた桜井先輩より実際の彼はもっともっと素敵だ。穏やかで優しくて楽しくて。でも彼は私のこと、どう思っているのだろう。それに関して美月子は全く自信がなかった。こんなに好意を示しているのに、まるで高い壁があるみたいに。
街灯の下、先に口を開いたのは健太だった。
「ごめんなさい、あいつらがいつも迷惑かけて」
「謝らないでください、私の方が遊んで貰ってるので」
「…………」
「また、よかったら寄せてください。こう見えて、普通に料理も出来ますから」
「いえいえそんな、申し訳ない」
申し訳ない、なんてない!
どうしてこう遠慮ばかりするのだろう。美月子は思い切って言っているのに。女の子がここまで言っているのに。美月子は恨めしそうな目で睨む。
「あ、えっと、吉住さんのおかげで健二も初穂も大喜びで、ほんとにありがとう――」
「桜井先輩は?」
「え?」
「桜井先輩はどうなのですか? ご迷惑ですか?」
狭い一車線の道路、後ろからヘッドライトが迫る。健太は美月子を前に行かせた。
「うれ……」
「えっ?」
その声は騒音にかき消される。
赤いテールランプが坂を下りて見えなくる。
また並んだふたりは神社の小さな駐車場の脇を通り過ぎた。
「ごめん、仕事休ませちゃって」
「いえいえ、本来、平日の受付はないんです。私の気まぐれなんです」
「そうなんだ」
「だからきっと神様も許してくれます」
「ああ、巫女さんは神様に仕える身ですものね」
「ええまあ」
「僕は信じてないけど、神様」
「え?」
「あ、ごめんなさい。今の、忘れてください」
美月子の家は神社の近くの二階建て。
「ただいま」
「おかえりみっちゃん。お風呂入れるわよ」
「あとでっ」
階段を上って自分の部屋に入るとベッドに座り、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
どうしてかしら、彼の家にお邪魔しても、みんなでクッキーを焼いて晩ご飯をいただいても、桜井先輩は少しも近くにならない。
(僕は信じてないけど――)
神様を信じない人なんて、世の中にたくさんいる。いや、信じている人の方が少ないのかも知れない。でも桜井先輩はちょっと違う。お参りの時、お賽銭を上げても手は合わせない。弟と妹が手を合わせてる様子をじっと見ているだけ。そんな人、美月子は知らない。
それに三人のご両親のことも――
「姉ちゃん、あれ、彼氏か?」
「うわあっ! って大輝、ちゃんとノックしなさい!」
「したじゃん」
ニタニタと笑いながら弟の大輝はズカズカ部屋に入ってくる。
「返事してないでしょ!」
「姉ちゃんだって勝手に入ってくるじゃん」
「大輝が寝坊するからよ!」
「で、さっきまで一緒だったの誰?」
「先輩よ、先輩」
「え? 姉ちゃん女子校だろ? あれ、男装した女か?」
「あれ言うな!」
「じゃあ、彼女?」
「彼よ!」
「あっ、やっぱ彼なんだ」
ニヤけ顔の弟を見て美月子は小さく息を吐いた。
「だったらいいけどね」
「えっ? 」
「あ、今のうそうそ!」
「ふ~ん。へへ~~」
「あっ、こら大輝、勘違い、それ勘違いだからあっ!」
弟が出ていった部屋のドアから、窓の外に視線を移す。
さっき幾つか見えていた星の光は、ここではひとつも見えなかった。
第8章 完
とってもお久しぶりです。桜井健太です。
お菓子が作れる女の子って素敵ですよね。
クッキーとか簡単そうに思えるんですけど、でも多分僕が作っても可愛い形とか無理だろうし、たとえ物理的組成が同じでも、気持ち的にも美味しくない気がするんですよね。
それに健二も初穂もあんなに吉住さんに懐いちゃって、嬉しい反面、世話役の僕としてはちょっとだけ微妙です。まあ僕の料理より彼女の方が美味いだろうし、しかり方も上手っぽいけど、兄の価値っていったい……
さて次章は吉住さんが通う高校の文化祭のお話です。
女子高だけど文化祭は一般開放するらしく健二も初穂もノリノリ!
ってまた困ったことになりそうな……
ではまた次章でお会いしましょう。
桜井健太でした。
PS:次章開始前に別の小説を連載開始する予定です。
次章以降もゆっくりの更新となります。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!




