二話
「どっちかに飴玉があります。当てたらあげます」
「えっと……」
やっぱり飴玉欲しいんだ、このお子様め――
ふたつの握りこぶしを上から前から下からと何度も観察した健二くん、やがてエイッとばかりに指差した。
「こっち!」
「はい、あたりっ!」
美月子の手にはピンク色したいちご飴。健二くんはそれを嬉しそうに取ると、すぐさま包みを開けて頬張った。
「美味しい?」
美月子はゴミとなった包み紙を受け取ると、実は反対の手にも持っていたいちご飴と一緒に袖に忍ばせる。
「うん、甘い」
「甘いの嫌い?」
「ううん、大好き!」
そう言うと彼は意味ありげにニヤリと笑った。
「巫女ねえちゃんも食べなよ」
「え?」
「持ってんだろ、そこにもうひとつ」
「分かった?」
てへぺろっ、とばかりに舌を出した美月子。今度はバレないよう手品の練習でもしなくちゃなと思った。そんな美月子をじっと見ている健二くん。仕事中だけどまあいいか、と美月子は飴玉を頬張った。健二くんは白い歯を見せて笑った。
いい仕事が出来たかな、美月子はそう思いながら空を見た。小高い丘から見える街の方、もう陽は大きく傾いていた。
「まだ帰らなくてもいいの?」
「うん」
「お家の方は心配しない?」
「大丈夫、書き置きしてるし」
案外しっかりしてるんだ、そう思う美月子に健二くんはにこりと微笑んだ。
「巫女ねえちゃんって優しいね」
「そうかな。ありがと」
「恋人はいるの?」
「んなっ!」
やっぱり油断ならない、このませガキめ――
でも、こんなお子様相手にムキになっても仕方がない。
「――いませんよ」
「ここ、縁結びの神様もいるんだろ?」
「さっき言ったでしょ、ここは海の神様が祀られているの」
「でも俺ここで交通安全のお守り買ったよ」
「海の神様は海運の神様だから、交通安全でしょ」
「自動車にも利くの?」
「利きます」
「徒歩通学にも?」
「もちろんです」
「ふ~ん……」
健二くん、突然社務所に駆けていくと、すぐさま戻ってきた。
「恋愛なんとか、のお守りも売ってるじゃん」
「恋愛成就ですね。はい、ございます」
「縁結びじゃん」
「ですね」
「縁結びじゃん!」
「……」
「で、恋人いないの?」
「い~ま~せ~んっ!」
ムキになってしまった美月子はニヤニヤしている健二くんを見て嘆息した。こんな小さなお子様相手に私は何を必死になっているのだろう。相手は小学生、私は高校生で巫女なのに。もっと余裕を持たなくちゃ――
「じゃ~あ、健二くんには彼女はいるの?」
「いないよ」
「な~んだ。お姉さんと一緒だ」
「俺は高校生になったら彼女が出来る予定だから、ぜ~んぜん違う」
「ぐぬぬ……」
「あ、やっぱり欲しいんだ。だったらいいひと紹介してあげようか?」
「い~り~ま~せ~んっ!」
「掘り出し物だよ」
「遠慮しておきます」
「一押しだよ」
「間に合ってます」
「今ならポイント10倍だよ」
「興味ありません」
「ちぇっ! せっかく……」
「お~いっ、けんじ~っ!」
やっと保護者がやってきた!
健二くんに合わせて屈んでいた美月子は声の方へと視線を向けた。鳥居からの階段を上って現れたのは黒い学ランを真面目に着た男子。その顔を見て美月子は思わず立ち上がった。
「っ……」
「健二、ダメじゃないか」
「兄ちゃん!}
彼は健二くんを叱りつけると、美月子に会釈をした。
「すいません。こいつ面倒かけませんでしたか?」
「面倒だなんて。私が遊んで貰ってたんです」
「そうだよ。巫女ねえちゃんがひまそうだったから――」
「けんじっ!」
「いえ、本当ですから」
「そうだよ。俺見てたもイテッ! 暴力はんた~い!」
お兄さんは健二くんの腕を握ったまま、ぺこりと頭を下げた。
「すいません、本当にお世話になりました。ほら健二もお礼しなさい!」
「飴、ありがと」
「はい、おつかれさまでした」
「俺、疲れてないぞ」
「…… また、いらしてくださいね」
「うんっ!」
「ほら健二、帰るぞ!」
「帰ったって今日もニンジンいっぱいカレーだろ」
「栄養いっぱいだし、初穂は大好きだぞ?」
「い~や~だ~っ!」
健二くんはお兄さんに引っ張られて参道の階段を下りていく。美月子はその様子をぼんやりと見下ろしていた。
「それに兄ちゃんウソついた!」
「僕はウソなんてつかない」
「巫女ねえちゃんはすっご~く優しかったぞ!」
「え?」
「兄ちゃん言ったじゃん。綺麗だけど、綺麗だから、きっと性格悪いんだって!」
「ちょっ、黙れこらっ!」
「ぼっ、暴力はんた~いっ!」
第1章 完
【ちょっとした、あとがき】
ご覧いただきありがとうございます。吉住美月子です。
あらすじに「ラブコメ」とか「ラブもある」とか書いてあるのに、一向にそんな気配すらないじゃないか、と我慢しながらここまでお読みいただいた皆さま、本当におつかれさまでした。
ラブの兆しは最後にちょっとだけ出てくるのですが、作者さん曰く「次章以降も似たような感じ」らしいです。
あ~あ、私と白馬に乗った王子様の、清く熱く美しい純愛物語を期待していたのになあ。ホント困った作者さんですね。
でもね、美月子は負けません。次章はもっと進むと信じて巫女のお仕事頑張ります。
だから、私の恋が実るまで、皆さまにもお付き合いいただければとっても嬉しいです。
これからもぜひ、応援よろしくお願いします。