一話
初穂はとても上機嫌。
土曜の夜、お決まりのお好み焼きを食べながら、昼間のことを喋り続ける。
「あのねあのねそれでね、ねえねえ食べてないでちゃんと聞いて」
曰く、お守りは売るんじゃなくって授けるものだとか、おみくじは大吉とか凶とかを見て喜んだり悲しんだりするんじゃなくって、書いてあるお言葉を見て奮起するんだとか、だからすぐに木に結んじゃダメだとか、そんなうんちくに始まって、おばあちゃんに可愛いと誉められたとか、おじいさんに感謝されたとか、師匠に物覚えが早いって驚かれたとか、自慢話の数々に初穂の鼻は伸びたい放題。
しかし、一番熱く語ったのは巫女舞のことだ。
「健太お兄ちゃんの扇子借りるね」
どこから持ってきたのかボロボロのアニメ柄扇子を引っ張り出してきた初穂は、お好み焼きを食べ終えるなり舞い始めた。
「巫女の舞はね、弟のいたずらに怒って天岩戸に隠れてしまった太陽の神さま・天照大神を誘い出すために天鈿女命がオガタマの木の枝を持って舞ったのが起源って言われてるんだよ。だからね、お兄ちゃん達は私の舞を見て、天照が出てくるように、恐み恐み拍手喝采するんだよ」
熱烈応援を強制する初穂の巫女舞は洋服姿でもさまになっていた。それは神話にあるような周りでやんややんやと騒ぎながら見る激しいものではなく、優美でしっとりとして緊張感があるもので、浦安の舞と言うらしい。平和と幸福を祈る舞なのだとか。健二も箸を咥えて見入っていたが、やがて。
「もっとアップテンポなノリノリなのはないのか?」
「トランス状態に突入したらすごいらしいけど、まだ習ってない」
「そんなにお淑やかなのは初穂には似合わないぞ」
「似合うもんっ! 初穂はこれから髪をもっと伸ばして、聖なる大人の魅力で健太お兄ちゃんを籠絡するんだもんっ!」
名指しされた健太は食後の麦茶を啜ると。
「なあ初穂。聖なる巫女が籠絡するとは、なんぞや?」
「籠絡とは、手なずけて虜にして、思い通りに操ることですっ!」
「いや、言葉の意味の話じゃなくって、巫女って清らかでないといけないだろ」
「そうだよ。処女は男の人と手を繋いだらアウトだぞ」
「だったら初穂は処女じゃないってこと?」
「……そうなるな」
「健二兄ちゃんは、一からちゃんと勉強してくださいっ」
初穂の白い目が健二に突き刺さる。
「兄ちゃん、処女って何だ?」
「……秘密だ」
「健太お兄ちゃんもだよ! 師匠も言ってたよ、巫女が清らかってのは男の人の願望が、怪獣になって暴れてる妄想に過ぎないって」
「すまん初穂、でも建前上はそうなんじゃないのか?」
「建前なんて実体の前にフルボッコだよ。例えばさ、基本は生徒の自主性を重んじますって学校は規則だらけで縛りまくったりするでしょ? 制度上は定時退社ですって会社は、夜の10時が事実上の定時になってたりするでしょ? 建前なんて上っ面で形式だけで実態じゃないんだよ!」
「初穂、お前ホントに小一か?」
お兄ちゃんこそ本当に高校生なの? って言葉を呑み込むぐらいに初穂は大人だった。もしかすると夢見がちな男兄弟の下で育った妹は、必要以上にしっかりしてしまうのかも知れない。
舞終えた初穂は、恭しく健太に扇子を返すと。
「でもひとつだけ残念なことがって、あの神社で巫女さんのお手伝いをしても、お金は貰えないんだって」
「まあ、そりゃあそうだろうな。ひまだもんな」
「ひまじゃないよ。結構忙しいんだよ。お掃除もいっぱいしなくちゃいけないし、お飾りも作らなきゃだし、字の練習もするんだよ」
「うそだあ。巫女ねえちゃんは教科書広げて試験勉強してるぞ!」
「それは情状酌量の余地があるな」
「なんだ兄ちゃんその、上々特上って。寿司か?」
「試験勉強だっらた仕方がないな、ってことだ」
「ふ~ん。でも、少女マンガも読んでるぞ」
「エロマンガじゃないから、OK!]
「兄ちゃん、女には甘いな」
「はあ~っ。あのねえ、健二兄ちゃん、健太お兄ちゃん」
盛大なため息をついた初穂は、健二と自分の麦茶を注ぐと。
「実はね、今度からお休みの日に来ない? って誘われたんだ。お金は出ないけどって。でもね、お昼ご飯も用意してくれて、衣装も貸してくれて色んな事いっぱい教えてくれて。初穂邪魔じゃないかなって」
健太は初穂の顔を見た。いきたいって書いてある。休みの日は三人で公園と図書館に行って、その後お買い物、ってのがお決まりのパターンになっている。だけど女の子は初穂だけ。友達と遊んでおいでと言うのだが、休みの日は「家族でお出かけ」とか「お習いごと」
とかで相手がいないらしい。それは健二も同じなのだが、同性の兄弟がいるからまだマシだ。
「邪魔だな」
「こら、健二!」
「だよね~」
「そんなことないと思うぞ。初穂は賢くて飲み込みが早いし、礼儀作法だってちゃんとしてるし――」
「だよねっ! ありがと、健太お兄ちゃん」
二話へ続く




