二話
絵馬の願い事は誰にも見えるように掛けてある。
真っ先に目に入ったのは「R女子高に合格できますように」と言う絵馬だった。でも、巫女ねえちゃんのじゃなかった。残念だ。高校合格とか大学合格のお願いはとても多い。兄ちゃんの高校もあるし「志望校合格」って書かれた、どこか分からないのもある。そんな中で健二が気になったのは「W高に絶対合格してやる!」って言う力強い絵馬だった。もはやお願いではない。でも健二は惹かれた。俺も書くことがあったらこれで行こう、そう思う。病気に関することや商売繁盛の祈願も多かった。仕事が上手くいきますようにとか、いい人に巡り会えますようにとか、よく考えたら神様ってすごいのかも知れない。
「お~い、健二じゃねえか?」
振り返ると亮介がいた。友達と3人で神社の脇にある駐車場から手を振っていた。
「よお!」
亮介とは去年同じクラスだったし、時々遊んだし、気は合った。今はちょっと間が悪いかなと思ったけど、健二は絵馬の調査を中断して彼の方へと駆けた。
「珍しいな健二、何してんだ?」
「あ、うん、ちょっと待ってんだ。亮介は?」
「3人でゲームしてる。この辺はスポットなんだよ、怪獣の」
ああ、怪獣パラダイスなことだな、と健二は分かった。
「健二は持ってないのか、怪パラ」
「持ってねえ。そもそもゲーム機持ってないからな」
「そっか。見るか?」
3人に並んでブロックに腰を下ろした健二は亮介のゲーム機を覗き込んだ。
さっき借りたのと同じゲーム機。でも巫女ねえちゃんのには、怪獣パラダイス、略して怪パラは入ってなかった。頭のトレーニングみたいなのが入ってた。
「すげえな。亮介、怪獣いっぱい持ってるんだな」
「こんなの普通だよ。太一の兄ちゃんなんかすっげーエグいぞ。金に任せてS級レアが三九ラーメンのチャーシュー麺みたいになってる」
「なんだそりゃ?」
「知らねえのか? 階段下の三九ラーメン。チャーシュー麺を頼んだら死ぬほどチャーシューてんこ盛りだぞ」
「そっか。俺、喰ったことねえからな」
「あ、やめとけよ。食べきれないから」
画面にサインが現れて、新しい怪獣が現れる。他のふたりにも来ているみたいで、みんなはゲームに没頭する。
健二はぼんやり考えた。チャーシュー麺か、兄ちゃん好きだったな。でも俺だってチャーシューだったらどんなに山盛りてんこ盛りでも、全部喰える気がするけどな。まあ、肉全般的に――
「遅くなってごめんね、健二くん」
優しい声に健二は顔を上げた。そこには、いつもの巫女ねえちゃんが微笑んでいた。
「みんなお友達なの?」
美月子の問いに、亮介が一番に口を開いた。
「巫女さんって健二のこと知ってるの?」
「はい、よく知ってます。いつもお参りいただいています」
「じゃ、俺たちと一緒だな」
「そうですね」
美月子はそれがさも当然というように、ひとりひとりにいちご飴を手渡した。そうして健二にだけ見えるように小さくウィンクすると、社務所へと戻っていった。
「あ、じゃあ俺はこれで」
「もしかして、健二が待ってたのは、あの巫女さんか?」
「あ、うん。兄ちゃんの同窓なんだ」
「どうそう?」
「そう、同じ中学だったんだって」
「それ、この辺の人、みんな一緒じゃん」
ああ、そう言えばそうだなと健二は思った。でも思えば、巫女ねえちゃんは「先輩」って呼んだのに、兄ちゃんは後輩って言わなかった。どうしてなのか、今度聞いてみよう。
「にしてもあの巫女さん不思議だよな。誰も来ないのにいつもニコニコ立ってるんだもんな」
「そだな」
「前の巫女さんもそうだったな。めちゃめちゃ優しかったし。ま、今の巫女さんも優しいけどな」
「あの巫女ねえちゃんって二代目なのか?」
「さあ、何代目かは知らね~けど。しかしすっげー美人だよな」
「だよな」
「おっ、また怪獣来た!」
「―― じゃあな」
「おう」
気がつくと社務所はいつものように開いていた。中には巫女ねえちゃんがスマイルで立っている。健太は今更ながらに気がついた、ここは巫女ねえちゃんのお店なんだと。
「お待たせ、巫女ねえちゃん。今日もひまだね」
「あのねえ健二くん。巫女というのは、お守りとかを授けている瞬間だけが仕事じゃないんだぞ。ちゃんと陳列を整えて、境内も綺麗にして――」
「でもひまじゃん」
「健二くんは容赦ないなあ」
小さく笑う美月子。健二もつられて笑うと、亮介のことについて聞いた。亮介もその友達もよくここでゲームしているらしい。でも名前は知らなかった。健二は怪パラについて教えてやった。ここに怪獣がよく出ることも。
「ああ、だからゲームしてる人が多いんだ。大人の人も結構いるのよね」
「それもきっと怪獣集めだな」
「健二くんはしないの?」
「俺、ゲーム持ってないからな…… っと危ない。はい、これ返す」
「ごめんね、私も持ってなくて」
「いいよ。そんなことよりさ。あそこにいっぱい掛けてある絵馬」
「ああ絵馬掛けね」
「あれ、見てもいい?」
「もちろん。あれは見られるためにありますからね。あ、でも、ぐちゃぐちゃと触ったらダメですよ」
三話へ続く




