七十八幕 ライブ/アンコール③
そう言えば、聞きそびれてしまった。
この曲を歌うにあたって、麗華さんに一つ尋ねたいことがあったのにすっかり忘れていた。
私が尋ねたかったのはある人物が今日、ここでSCARLETのライブを観に来ているかどうかである……が、ステージに立って歌っている今になってようやくそれを思い出すも既に遅い。
だから、歌の中に想いを載せて届けることにする。
(ねぇ、何処かで聴いてるの?)
居るかどうかは分からない。
この想いは他の人達にとって意味を成さない変な問いかけ程度で捉えられてしまうかもしれない。
それに居たとしても彼女が後々に応えてくれるとは限らない。
聴くだけ聴いて会わずに帰ってしまうかもしれない。
でも、それならそれで構わなかった。
ただ聴いてさえくれれば今は構わない。
応えてくれなくてもいい。
だけど、居るならせめて顔だけでも見して欲しい。
(ねぇ、居るんでしょ。綾華さん……)
この曲を初めて聴いた時、私は不思議と曲の中で自分と向き合っているような感覚に襲われた。
歌詞の一つ一つが自分の心を体現する言葉が紡がれ、三津谷香織という人間を正確なまでに一つの曲で表現されている。
『作詞作曲は……SAYAKA。この人って確か、一番最初の曲を作ってくれた人だよね』
三年前、結成したてのSCARLETを横浜の音楽フェスティバルの舞台に立って、デビューライブを行った時の曲を作詞作曲してくれたのもSAYAKAという人物であった。
その名前には聞き覚えがあり、実際に検索してみるとあるシンガーソングライターの名前が同一であることを後から知った。動画配信でのライブや顔をベールに包んで隠した上での生演奏ライブを行ったりしているため、実際の素性は未だ公な部分は少なく、私との面識も少なからずない……と思っていた。
そもそも、私達をあの場所に立たせ、曲を提供してくれたあの人ですらあの日を境に再会していない。あの人と会話を交わしたのはステージに立つ直前で、ライブ後には既にいなくなっていた。
その時を振り返ると春乃はまるで幽霊にプロデュースされた気分だと表していたが、私もそれには同意見であった。なにせ、あの人が名乗っていた名前の人物は後々調べると故人であると判明したのだから。
それに伴ってシンガーソングライターのSAYAKAという人物も事実上の引退を自身の動画サイトで告げ、彼女が活動していたあらゆる場所から姿を消したとされている。
今現在はどこで何をしているかは分からないが、曲を作り続けているのは確か。加えて、彼女がポーチカに曲を提供しているのは兄の証言から明らかで、ジル社長とSAYAKAは繋がりがあるのは断定出来る。
しかし、分からないことがあるとずれば私はSAYAKAとの面識がないことにある。
過去に一度たりとも、顔を合わせて挨拶したことはなく、会話をしたこともない……筈なのに、彼女は私をよく知っているような感じがしてならない。
恐らく、私は彼女と実際に会っているのだろう。
やり取りを介して少なからず私を知っている。
『作詞作曲が出来て、私を知ってる人……SAYAKA……ん~分からない』
記憶を辿って考えても思い当たる節がありそうな人物がいない。
だけど、一人だけ……本人かもしれないという人が居た。
名前は綾華さん。苗字は……そう言えば、知らない。
前の芸能事務所に居た時の先輩。
出会ったのは事務所に入って間もなく与えられたある舞台稽古の時。
姉妹役の妹を私が、姉を綾華さんが演じていたため、稽古中ではよく話す機会が多かった。その舞台公演が行われる約二ヶ月は綾華さんと一緒に居た。その期間を通じて彼女が歌がとても上手で、趣味でピアノやギターを弾く多才な人であったのはよく知っている。
その際に何個か、オリジナルの曲で自ら作詞作曲を手掛けていた。
それらの曲はかなり特徴的で感性を揺さぶられるような耳に残るメロディーであった。
そういう点から、記憶の中に思い出として刻まれている綾華さんの歌とこの曲は似ている部分が多く、綾華さん=SAYAKAという関係性がずっと頭の中で過っている。
(やっぱりいないのかな?)
居たしたら可能性が高い関係者席の方にチラチラと目を配るも記憶の中にある綾華さんと近しい影は見当たらない。
気になって注視すればするほど、次第に集中力が先程同様にそがれていく。
(止めよ。今は歌うことに専念しないと)
今一度集中力を整えつつも、この曲の解釈を見直す。
(綾華さんは私と会うためにこれを作ったんじゃない。私に進んで欲しいから、背中を押してくれている。それを歌に表現するのが綾華さんの応えだ)
♢
どうしよ。
香織のあまりにも透き通って綺麗な声が耳に入るせいで全然話を聞いてなかった。
何だっけ、移籍?がどうたら言っていた気がする。
まぁ、移籍する気なんて絶対に起きないし、そもそも移籍なんて選択は端から無い。
俺が三ツ谷ヒカリで在り続けるにはジル社長の庇護下に居続けるのが絶対条件。
悪いがここは丁重に断りを入れて、今直ぐにでも香織の歌を集中して聴ける所に行きたい。
我ながら妹の歌声に魅了されかけているのは否めない。
「すいませんが、私に移籍の意志はございません」
「ほう。今の場所で君が彼女達同様に輝けることが可能であると?」
「……それは分かりません。今後の努力次第としか言いようがないです」
「はっきり言おう。私はアイドルというものは反対なのだよ」
いや、知らねーし。聞いてねーよ。
あんたの考えなんかどうでもいいから、さっさと切り上げてくれ。
「君の従姉妹、三津谷香織君はアイドルではなく女優こそが向いている。彼女はどの舞台においても一定の役割を他者よりも魅力的に面白く演じることが出来る。集団の中で人一倍輝ける才能を有し、観る者が一瞬で彼女が主役であると理解し、釘付けにされる。彼女もまた観る者を楽しませようとする工夫を凝らし、飽きない演出で客を楽しませる。特に彼女は声が素晴らしい。多彩な声の高さで聞くだけで感情を表現して伝えることには目を見張るものだと認めざるを得ない」
物凄く熱弁している所、悪いが一部を除いてまた全然聞いてなかった。
ソロ曲もいつの間にかサビへと突入しており、はきはきと語られる歌詞の中に香織の感情が相まってとてもメッセージ性の高い歌に聴こえる。それにさっきから歌い方をコロコロ変えているのも少し気になる。
「それに彼女は歌手としての素質が高いようだ。それは君も聞いての通りではないか?」
「え……あ、はい。そうですね」
「そうであろう。そして、君もまた同じ素質を兼ね備えていると私は踏んでいる。そこで改めて提案だ。私の事務所に移籍し、彼女と新たなユニットを結成して二人で歌手デビューするというのはどうだろうか?」
「ごめんなさい。お断りします」
悪いがマジで邪魔しないで欲しい。
オッサンの雑音が混じるせいで集中して聴けない。
だが、無視する訳にもいかないので所々話にも耳を傾けて適当な断りを述べることに徹する。
「悪い話ではない。君のキャリアを伸ばすに当たっても絶好の機会だと思えるが……」
「お言葉ですが、彼女は彼女が所属するグループを第一に考えております。例え、目の前に上手い話が転がってこようとも彼女は今ある関係を大事にしていく優しい子です。それはSCARLETのリーダーである三津谷香織ちゃんにも言えること」
「何が言いたいのかね?田村君」
「率直に言えば、若人の友情を恣意的な理由で壊す様な真似は止めて頂きたいということです」
「ふん、君も甘くなったものだね。その優しさは君のお姉さんの意志を継いでのことか?」
「勿論です」
「なら、それは大事にするといい。して……彼女は何処にいってしまったのかね?」
「え?」
タムタムが話に割って入ったタイミングで俺は影を薄めてあの場からそーっと離脱した。
曲も終盤に差し掛かり、結局のところ殆ど聴くことが叶わなかった。
廊下を走る傍らで遠くから聴こえてくる声に耳を澄ませていると……
「あれ……」
突然、視界が歪んだ。
その違和感に気付き足を止めて、壁に右手を当てて平衡感覚を保とうとするも次第に身体全身の力が入らなくなる。
直ぐに視界が霞み、意識が朦朧とし出す。
「なんだ、これ……」
何の前触れもなく起こった突然の眩暈。
敢え無く、立つことすらままならなくなった俺は身体を床に打ち付け、鈍い衝撃と共に意識がプツンと途絶えた。
♢
香織の歌が終わり、最後の一音が優しく弾けるように奏でられる。
残響に満ちた微かな音の振動が完全に途絶え、完全な静寂を纏ったタイミングでゆっくりマイクを下ろす。肩の力を抜き、深く息を吐いてから一歩前に出るとニコリと笑んで一礼する。
まるでピアノ伴奏をしたピアニストが舞台上で挨拶しているかのような光景に多くの観客が静かな拍手を送る。それに流され、顔を上げた香織は少し困惑気味な顔で舞台袖に掃けようとするも……
『ちょ、ちょ……どうして帰ろうとしているの?』
段取りと違う行動をしようとする香織を制しようと車椅子に乗った春乃とそれを押す柚野が舞台上に現れる。
足を止めた香織は笑いながらマイクで『え、なんか戻らないといけない気がして』と弁明する。
『いやいや、アンコールはまだ続くんだから帰っちゃダメでしょう』
『そうだよ。最後は三人でやるって……あ、これまだ言っちゃダメなやつだ』
『こらこら柚野~』
『ごめ~ん』
二人の登場で一気に和やかな雰囲気へと変わる。
怪我で本日の登場はないと思われていた春乃の通常通りの司会役に観客達はいつものSCARLETを感じる。
(やっぱり、三人でのSCARLETだよ!)
改めて三人の温かい仲の良さを認識した唯菜もうんうんと頷きながら同様な感想を抱く。
『それにしても凄かったな~香織の気持ちが歌を介して凄く伝わってきた』
『私を大切に思ってくれる優しいかおりんの心がよく分かる歌だったよ~』
『これは二人が言ってくれたように、私の気持ちを表題にした曲です。まだ公表予定はまだ先のつもりだったのですが、今日は特別に皆さんの前で披露させて頂きました』
歓迎の意が込められた拍手に『ありがとうございます』と礼を言う。
『いや~今日は色々とイレギュラー過ぎて本当に大変だったわ』
『どの口が言ってんの。ちゃんと反省して』
『うぅ……ごめんなさい』
『でもでも、今日のライブはとても凄かったと思うな~。ひかりんも来てくれて、今日限定ユニット【ヒカオリ】でのパフォーマンスは伝説になるよ~絶対!』
『確かに伝説になるね。そのユニット名は』
『お願いだからそれはあんまり掘り下げないで……恥ずかしいから』
『あれ、そう言えばヒカリちゃんはどこ行ったんだろう?せっかくだし、四人で一曲何か歌おうと思ってるんだけど……』
明らかな四人での歌振りを春乃が会場内の何処かに居るヒカリに向けて言い放つも反応はない。
『おーい。ヒカリちゃ~ん……あれれ、居ないのかな?』
ヒカリの登場に数秒間待つも呼びかけに応じない様子に香織がフォローを入れる。
『さっき、三人のパフォーマンスが観たいから客席戻るとか言ってたね。そう言えば』
『早い!早過ぎるよヒカリちゃーん!』
『戻らないで』と言わんばかりのジェスチャーを交えてツッコミを入れる春乃がちょっとした笑いを巻き起こしつつ、三人はそれぞれの立ち位置に就く。
『一人、動けない人も居ることだし。今日はあの曲で締めくくろうか』
『賛成~』
『肩身狭いけど、賛成……』
直ぐにスイッチを入れた三人は手を大きく挙げ、曲に合わせて左右にゆっくりと振る。
『本日、最後の曲です!会場の皆様も一緒に手を振ってください』
香織の掛け声と共に三人の動きに倣って高く挙げたペンライトゆっくりと左右に動かす。
『みんなで歌いましょう!!』
曲名を叫び、会場全体でラスト曲を楽しむことを宣言する。
一人でも、みんなでも。
一緒に進んでいく。
そんな新たな想いを馳せつつ、香織は先陣を切って歌った。




