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六十八幕 ライブ④

 お盆休み明け直ぐの週末、渋谷のライブハウスで対バンライブにポーチカは参加していた。

 前のグループと交代して、暗転状態のステージ上に颯爽と動く物影が映る。

 直後、明転されたステージに立っているのは五人……ではなく三人。

 中央の人物が二人よりも一歩前に立ち、マイクを通じて挨拶を告げる。


『今日は諸事情により三人でのステージとなりますが、よろしくお願いします!』


 唯菜のMCに合わせて横に並んだヒカリと春も一礼。

 観客側から拍手が鳴り響くも、いつもより小さく少なく三人は感じた。 

 ルーチェと幸香。二人を目当てに来る客は多く、今回のライブにおけるSNSの予告で事前に二人が不参加である旨を伝えていることから観客はいつもの半数並み。


 しかし、それでも三人の前には百名以上を超えるポーチカファンが前に詰めかけ、熱い声援を三人に向けて放っている。


 その中にはヒカリもよく知る大学生の凪の顔がある。

 いつも以上にヒカリへ向かってエールを送り、LOVEコールを止まない彼女に看過され、周辺に集結した多くの同志達も同様に熱い声援を送る。

 それに手を振りながら笑顔で応えるヒカリは改めてライブハウスの向かい壁までを目でなぞる。


(なんか、多くね?)


 ヒカリ用のSNSを解禁していないため、陽一はどれだけのヒカリファンが実際に存在するのか、ライブや特典会でのお渡し会を介してでしか知り得ない。

 今までのライブで陽一が見た感じ、熱心にヒカリを応援してくれているのは凪を筆頭に約二十名。

 特典会で握手やチェキ撮影をしに来てくれる人数と当てはめても大体一致する。


 だが……一見した感じだと今日集まっている人数は二倍、三倍以上と多く、あまり見慣れない顔触れがちらほら散見される。

 初見さんかはたまたルーチェ動画の視聴者かは分からないが、ヒカリが立つ右側の方にやたらと人が集中しているのは一目瞭然。

 明らかに注目されているという事実に内心で(噓だろ…)と尻込む。

 

『では、聴いて下さい。一曲目、夢色ファンタジー』


 唯菜のタイトルコールに合わせて一曲目がスタート。

 五人で歌う曲を今日は三人でルーチェと幸香のパートを分けなければいけない。

 最初のイントロは三人でのハモリ、ノリ易く勢いを感じさせるポーチカの表題曲に慣れ親しんだファンはいつも流れで盛り上がりを示す。

 Bメロ以降は唯菜→春→ヒカリの順にを交代で歌唱。


 その際、ヒカリの番が回った瞬間に髪色と同じサイリウムが煌びやかに激しく振られる。

 右側全体が一気に黄色で染まった光景にヒカリは驚きで少しばかり声が上向くも、直ぐに修正して落ち着いたまま歌唱を続ける。

 三人のボルテージは五人の時に負けないくらい上昇し、会場の観客もそれに応えようと熱心に身振り手振りで一体化していく。

  

(よし、ここでちょっとアレンジ)


 額から流れる汗を気にも留めず、耳の奥に響く音楽を身体全体で感じ取りながらダンスの仕草を普段よりも大袈裟に可愛らしさを意識して見せる。

 それが思った以上に前列のファンに刺さったのか、凪さん辺りが『ハウッ』と悶える様に親指をグッと立てていた。他にも硬い表情で観ていた何人かが表情を緩ませる反応を示す。


 そんな高評価を受け、特に凪さんをもっと楽しませたくなったヒカリは次々に派手過ぎず、三人の中で明らかに浮かない程度での変化をダンス中に加えていく。

 

(楽し過ぎる)


 歌って踊ることが楽しくて仕方がない。

 陽一の柄ではないと分かっていながらも、今だけは自分が三津谷ヒカリであることを言い訳に奥底で秘めていた素直な気持ちを全面に押し出す。


 この後に二曲控えていようが構わない。


 一つ一つ全力でファンに応えてみせる!


 気合いの籠った声がマイクに乗せられ、ヒカリを最初から見ていなかった観客も自然と右側へと首の向きを動かしていく。

 隣でヒカリのパフォーマンスを肌で感じる唯菜も不思議と意識が吸い寄せられていく。


(ヒカリちゃん凄い……まるで別人)


 大人しく温厚な彼女が目をギラギラと輝かせ、燃えるような会場の熱をより高めようと気持ちを昂らせている様子に唯菜は少しばかり圧倒された。

 近くにいるヒカリが少し前に進んでいる。

 手が届く距離にいたヒカリがいつの間にか、一歩前へと遠ざかっている。

 

(っ……離されてたまるか!)


 パートナーであり良きライバルであるヒカリへと唯菜は柄にもなく内心で悔しさを露わにする。

 

(私は……私がヒカリちゃんの隣に立つんだ!)


 唯菜もまた奮った気持ちをパフォーマンスへと変えさせ、見る者からすれば二人の白熱した注目争いに映る反面、唯菜とヒカリ……似た者同士である二人の肩を並べ、息の合った熱いパフォーマンスにも捉えられた。

 そんな流れを迎えたまま一曲目を終え、三人は少し休息を挟んだ後に一曲目以上のアップテンポである二曲、三曲を続けた。


 盛況なままポーチカのステージを終え、楽屋に戻った三人は熱く火照った身体を涼しいクーラーが効いた部屋で冷ます。


「皆様、お疲れ様です。こちらにタオルとお飲み物を御用意しましたので、ご自由にお持ちください」


 ジルと善男の代わりに臨時マネージャーを務めたナイルが机の上に並べて置いたそれらを丁寧に手渡す。「ありがとうございます」と受け取った唯菜は衣装の中まで汗べっとりな身体をタオルで拭き取る。

 その傍らでパイプ椅子に腰掛け、息を整えているヒカリに目を向けつつも、既にいつもの状態に戻っていることに不思議と安堵する。


「ヒカリちゃん、今日はいつも以上に気合い入ってたね」

「自分でもよく分からないけど凄く楽しくて……でも、疲れた」


 この後に控える特典会での体力を顧みずにパフォーマンスをした結果、パイプ椅子から立ち上がる気力が完全に薄れる程、消耗し切っていた。


「ヒカリちゃんもだけど、唯菜ちゃんも凄かったよ。私、今日は完全に二人の影だった……」

『それは本当にごめん』


 春を置き去りにしてしまっていたことを二人で同時に謝罪する。


「でも、ヒカリちゃん。歌もだけど……ダンスも上手くなってた。なんか見せ方がいつもと全然違う」

「うん。私達がしてるダンスの動きに一つ一つアレンジが加えられてたよ」

「そうそう。折々でヒカリちゃんを見た時、私もファン目線で萌え要素を感じた!」


 唯菜の大袈裟な言い様には流石に否定する。


「萌えって……そんな風に意識したつもりはないけど。曲の解釈を自分なりに工夫して変えてみた……のが上手くいったのかもしれない」

「え、いつの間にそんな芸当を!?」

「昨日まで香織と練習してたから……まぁ、色々と教わって」


 三日間の特別特訓。

 当初の目的は香織が受ける筈だった新曲練習を代わりに受け、補講を兼ねた練習でヒカリが代わりに教えるということにあった。


 しかし、物覚えの早い香織はたった小一時間程度で全て吸収。

 しまいには、改善点を次々と見出しては指摘し、修正を繰り返して、元のパフォーマンスをライブ風に沿った実践的な形へ変えた。


 ちょっとした仕草の変化や表情の見せ方。

 それらを一つの曲に1パターンだけではなく、複数のパターンを考える。

 ただ歌って踊るのではなく、見る者により魅力的な要素を見つけて楽しんでもらう工夫を凝らす必要がある。そのノウハウを一から身体と頭に叩き込む特訓へと変わっていた

  

「正直言って、香織の言ってることは正しいと思う。いつもやってるパフォーマンスを同じやり方で披露し続けると飽きられかねないから……見せ方の工夫を考えるのは割と重要かもしれない」

「見せ方の工夫かぁ……そう言われれば香織ちゃんのライブっていつも新鮮に感じるのは同じことの繰り返しに少しの変化を加えて良くアレンジしているからな気もする。流石はトップアイドルだね」

「まぁ、納得せざるを得ないというか……私達と香織の溝を改めて認識させられた」

「それにしてもヒカリちゃん羨ましいなぁ~私も香織ちゃんと一緒に練習したいよ」

「色々と学びを得られる反面で、めんどくさいくらい練習に付き合わされるから大変だと伝えておく。


 悔しそうに地団駄を踏む唯菜の一方で口を半開きにしてヒカリを見詰める春がいた。


「ん、どうかした?楢崎さん」

「……」


 名前を呼んでも反応のない様子にヒカリは若干首を傾げる。


「ねぇ、ヒカリちゃん。同じメンバーなんだし、春ちゃんのことも下の名前で呼んであげなよ」


 唯菜の指摘にヒカリは「うっ……」と言葉を詰まらせる。

 

「私の事やルーチェちゃん、幸香さんは下の名前で呼ぶのに春ちゃんだけ苗字は流石に……ね」

「それは確かに……そうなんだけど……」


 陽一は女子の下の名前を軽く呼ぶことに内心では引きめを覚えていた。

 ポーチカでもこうしてよく話し、同じクラスメイトで元の姿で交流のある唯菜ならまだしも……あまり接点のない春を同様に呼ぶのはまだハードルが高い。それでいて、唯菜の様に『春ちゃん』とも中々呼びずらい状態であった。

 

「春ちゃんもヒカリちゃんって呼んでいるんだから。別に気にすることないよね」

「う、うん……私も出来れば下の名前で呼んで欲しいかな。あんまり苗字で呼ばれることって慣れていなくて」

「なら……ゴホン、春がそういうならそう呼ばせてもらうよ」


 本人の了承も得られれば問題ない。

 ここまでこぎつけるのに唯菜の力がないと親しくなれない自分を少し情けなく思う一方で、唯菜のコミュニケーション能力を尊敬した。


「それでさっき春、なんか考え事してなかった?」

「あ、うん……ヒカリちゃんって三津谷香織ちゃんとどういう関係なのかなって思って」

「二人は従姉妹なんだよ」


 唯菜の簡単な説明に春はキョトンとした顔でヒカリを見詰める。


「そうなの?」

「……実はそうなんです。ごめん、まだ幸香さんと春には言ってなかった」

「うん。初めて聞いて驚いた」


 普段からあまり感情が表情に出にくい春ではあるが、今日は珍しく分かり易いまでに驚いていた。

 そうこう話している間に最後のグループのステージが終わり、特典会に移行する準備をナイルが三人に伝える。

 

「今日の特典会。ヒカリちゃんの列、多そうだよ」

「自分で言うのもなんだけど、なんであんな集中してたんだろ」

「あ~それは多分だけど、これが関わってるかも」


 スマホ画面でフォルダーを開いた唯菜が見せた一枚の写真。

 そこにはヒカリと香織がツーショットで一緒にドーナツを食べている様子を記録した内容。

 

「これって……」


 軽く記憶を遡ること二日前。

 練習の最終日で帰り際にお昼ご飯を兼ねて美味しいドーナツ屋へと二人は向かった。

 付き合ってくれたお礼に香織がドーナツを奢り、焼きたてで温かい内に召し上がりたかった二人はそのまま店内で飲食した。


 その際、香織は夢中になって美味しそうにドーナツを頬張るヒカリへとそっと肩を寄せ、意識が不意にカメラへと向いたタイミングで自撮り……という経緯で収められた写真であったことを陽一は思い出す。


「このドーナツ食べながらの上目遣い。反則だよ~」

「唯菜さんや、もしやそれ保存してはいないだろうね?」

「勿論だよ!香織ちゃんのインショで見た瞬間、目で記録してからスクショしたよ!」

「ってことは、香織はインショでこれを投稿してたってこと?」

「そうだね。なんか、物凄く反響あったらしいから、多分その影響かも」


 唯菜の予想は見事に的中した。

 特典会でヒカリの列には普段よりも多くの人が並んでおり、ルーチェの気持ちが分かる勢いで面食らう。一人、一分程の時間と言えども五十人以上を相手にスマイルを維持する気力が残っていない。


 加えて、チェキ撮影では例の写真を再現するポーズを求めるなどして、カメラを意識した上目遣いポーズを撮らされるハメとなり、黒歴史を次々に製造していくことに気が引けながらも自分の仕事を全うしたのであった。

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