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六十・五幕 オフ日/花火(前編)

「ヒカリちゃん。花火、観に行こうよ!」


 『花火』というワードから唯菜がどこの花火大会を観に行きたいのか、最近電車の広告や都内の各駅に張り巡らされたポスターに記載された日付や開催場所から場所を特定する。


「今日、隅田川の花火大会だっけ」

「うん!そうなんだよ」

「唯菜はそれを観に行きたいと?」


 首を縦に数度振り肯定を意味する。


 隅田川の花火大会。

 毎年、テレビで中継しているのを観ていたけど実際に現地で観たことはなかったな。


 例年、七月最終週の土曜日に開催されている。

 開催場所には多く人が集結し、近辺では大規模な混雑が予想される。


 実際、テレビ中継等で時折映し出されるあの人の数は尋常ではないと常々思う。

 花火を観るために何万人が墨田区周辺へとやってくる。人混みをあまり好まない俺にとってはテレビかあるいは少し遠くから眺める程度で充分楽しめる夏の余興だ。


 部屋のテレビを付け、ニュースで現在の状況が映し出されていないか確認すると、タイミングよくリポーターがお昼現在の花火大会周辺について詳しく述べていた。


 早くから良い席を取ろうと既に多くの物見客が歩行者天国扱いになった道路の上で陣を敷いている者や河川近辺の公園とかに多くの人が待機しているのが映像から伺える。その上、これから周辺がさらに大きく混雑されるとなると……花火を観に行くためにあんな人混みの中に身を投じるのは気が引ける想いであった。

 

「ねぇねぇ、行こうよ~」

「ん~ぶっちゃけ渋い。人混み……得意じゃないし」


 目線を逸らしながらリポーターの話に耳を傾けるも、突然テレビの電源がリモコンで切られる。

 唯菜の顔がスッと視界に入り、こっちを見てと言わんばかりの表情でしっかり目を合わせられ、逃げ場を失う。


「ヒカリちゃん。これは修行だよ」

「修行?」

「これから、私達もあんな多くの人がいる前のステージに立つことになるの。その時に人混みが得意じゃないから立ちたくないなんて言い訳だよ」

「そんな堂々と訳の分からない主張されても反応に困る」

「うん。私も自分で何言っているんだろうなって思ってる」


 まぁ、唯菜が隅田川の花火大会にとても行きたがっているのはよく伝わった。

 そして、花火を観るためが真の目的ではないことも。


 そこで俺はソファの近く置かれてある唯菜が持参してきたスーツケースの中身をなんとなく察する。

 

「てか、最初から行く気満々で家に来たんでしょ。浴衣なんかわざわざ持って来て」

「うっ……ご明察通り、あの中身には浴衣が入っています。で、ヒカリちゃんはどんな浴衣が好み?」


 あっさりと自白し、開き直った上で意地でも花火大会に行く姿勢でスーツケースの中からピンクと黄色の浴衣を取り出す。

 

「待って、誰も行くなんて一言も……」

「沖縄での約束」

「約束……って、あ……」


 思い出した。最終日に香織との自由行動をさせて欲しいというお願い事を聞いてもらう代わりに後日、何でも付き合う的な約束を唯菜との間で交わしていた……はず。それも自分の口から言い出した気がする。

 

「あの時の約束を今日ここで使います!ヒカリちゃん、私と一緒に浴衣を着て隅田川の花火大会に行くよ!」


 もう逃げられないよ。

 勝利を確信し、ドヤァという表情で手を差し伸べてくる。

 この手が具体的に何を意味をしているのか分からないが、一先ず「分かった」と観念して手を取った。勢いよく手を引かれ、ソファーから立たされると「お着替えタイムだね~」とご機嫌な笑みを浮かべた唯菜の手によって浴衣へと着替えさせられたのであった。


 地下鉄を乗り継いでいき、都営浅草線の浅草駅で下車した。

 同じ目的を有した乗客が一斉に駅を降り、改札口に雪崩れるように向かう。

 その流れに従って、俺達もゆっくりと進んでいくもあまりの混雑具合に背後にいた唯菜を見失いかけてしまう。

 

「ヒカリちゃんまって~」


 人混みに埋もれていた唯菜の伸びた手を掴み、はぐれないように離さずに握る。

 

「大丈夫?」

「うん。なんとか……」


 唯菜の前に立ちながら先導する形で人の流れに従う。

 背中で唯菜の存在を確認しつつ、改札口を出て一旦外に出ると駅構内のみならず外にも大勢の群衆が駅近辺に集っていた。

 人の流れから外れ、一旦休憩を取る。

 

「ふぅ~、これで少し落ち着ける」

「うん。ありがとう、ヒカリちゃん。前に立ってくれるとなんだか男の子に引っ張られているみたいで少しドキドキしちゃった。って、そんな訳ないのにね」


 『あはは』と唯菜は笑いながら感謝するも、その反応には俺も違う意味でドキドキハラハラさせられる。


「それにしても、花火大会って何でこんな人多いの」

「ヒカリちゃんは花火嫌い?」

「人混みが嫌いなだけで花火は嫌いじゃない」


 むしろ、好きな方だ。

 毎年、九月辺りに行われる多摩川の花火大会も家の窓から眺めるのが恒例になるくらい。


「そういう唯菜は?」

「ん~どうだろ。私、花火ってあんまり観ないから」

「あれだけ目を輝かせて誘ってきたのに?」

「あはは、そうだね。何だか今日はヒカリちゃんと何か一緒にしたくって……タイミング的にこれだ!って思って誘っただけなのかも」

「うん、まさにそれだ」


 動機はなんであれ唯菜からこうして誘ってくれることを素直に喜んでいる自分がいる。

 隣の席に座るクラスで一番人気が高く可愛い美少女との花火デート。

 俺がヒカリと化していたら、デートが成立するのはかさておき……ひと夏の思い出にはピッタリなイベントの一つである。


「私の顔に何か付いてる?」

「え、いや。何でもない……単に浴衣似合ってるな~って見てただけ」


 咄嗟に出た言い訳で誤魔化すが、『浴衣が似合っている』は本心から出た言葉である。

 白とオレンジ色の流線が入った華やかな柄の浴衣を纏い、右手に添えられている巾着袋がいい味を出している。


 あれだけ花火を観に行くことに渋っていた俺だが、唯菜の浴衣姿を見られただけでも眼福の至りであった。身体の線が細く、しなやかな体型で肩幅が狭い女の子が可愛い浴衣を着ている様相を見ているだけで人混みなぞ苦にも感じぜずにいられる……と思いたいが、どうしても周囲に気が散ってしまっていた。

 

「そういうヒカリちゃんも物凄く似合ってて可愛いよ」

「そうかな……というか、さっきから視線がチラチラと向けられているような気がして落ち着かない」


 行き交う人達から妙にジロジロと見られてしまい、気になって自然と目が追ってしまう。

 ヒカリになってからというもの、外に出る度にこうして色んな人の目に留まられやすくなった。

 こういった経験は割と日常と化していたため、多少チラチラ見られて通り過ぎた後や待っている際に近くで『あの子、可愛いね』『芸能人かな?』『顔ちっちゃい』と噂された言葉が仮にヒカリへ向けられていたとしても、心中でニマニマしながらひっそり嬉しがる程度であまり気にしないことを心掛けていた。

 しかし、今日のこれは違う。

 浴衣を纏ったことで余計に注目度が上がっている気がする。


「やっぱり黄色が似合いますな~」

「髪色と同じっていうのも安直な気がしたけど……ピンクよりはマシかな」

「ピンクも良かったよ!ほら、こんなにも可愛い」


 試着の段階で唯菜が持ってきた二着を結局は着ることとなり、記憶だけに残すのでは勿体ないという主張からスマホカメラを通じて記録としても残された。

 その証拠に自分(ヒカリ)がピンク色の柄の浴衣着て、若干恥ずかしそうな顔で浴衣映えしそうなポージングしているのを見せられる。


「お願いだから待ち受けにするのだけはヤメテ。恥ずかし過ぎる」

「じゃあ、せめて私が映っているツーショット写真ならいい?」

「それなら……」

「やった。じゃあ、そうしよっと」


 許可を受け、急ぎロック画面の画像を二人並んで撮った写真へと変更する傍らで、スマホ画面に夢中になりながら歩いている唯菜の側面から人の影が映った。お互いに前が見えていない様子に気付き、ぶつかる寸前で唯菜の袖を掴んで制止させる。


「うわっ……どうしたの?」


 驚いて顔を挙げた唯菜の前を二人組の男性が前を通り過ぎる。

 

「危うく人とぶつかりそうになってたよ」

「あ、ごめん。全然前みてなかった」

「この人混みだし、不注意だとぶつかるよ。それに何だか混雑具合が増してきた気がする」


 駅を出た直後に夕陽が沈んで夜を迎えているも、通りに添え付けられた提灯の橙色で街が明るいからか夜の帳が降りた雰囲気はなく、昼間以上に人の出が増えている。

 

「花火開始まであと三十分くらいかな」

「見る場所とか決めているの?」


 駅からずっと人流に沿って歩いて進んでいるがどこに向かっているのか疑問であった。

 唯菜の反応を見る限り……


「……どこで観ようか」

「まぁ、そんな気はしてたよ」


 確か、隅田川の花火は主に二箇所で打ち上げられる。

 吾妻橋を挟んだ北側に第一会場、南側に第二会場がそれぞれ設けられている、

 現在の位置からすれば首を左右に向ければ両方とも近くで堪能できるであろうが、この人混みの流れに抗って足を留めたまま観るのは不可能に近い。


 いっそのこと吾妻橋を渡った対岸の方に行く方が観れるかもしれない……が、考えることは皆同じ。この流れは橋を渡った向こう側まで続いているに違いない。

 はてさて一体どこで観るのが正解なのやら。

 そう困り果てていると唯菜のスマホから通話音が鳴る。


「電話?誰から……ってジルさん?」


 突然の電話に唯菜は慌てて対応する。

 「はい。え、そうなんですか?……はい。え、いいんですか!分かりました、ヒカリちゃんと今すぐに行きます!」と声に興奮を纏わせて元気よく返事をして通話を切る。


「ジル社長から何て……」

「ヒカリちゃん!最高の場所で花火が観られそうだよ」

「え?」


 ついてきてと言わんばかりに吾妻橋を渡るのではなく、桟橋の方へと進んでいく。

 離れまいと強く握られた手に引かれ、後ろで一つに結ばれた髪と浴衣の間から覗く唯菜のうなじに気を取られながら付いていく。

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