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五十七幕 沖縄/仲直り⑲

「凄かったね。イルカショー」

「ん、あぁ……凄かった」


 香織は童心に返ってイルカショーを楽しんでいたが、ショー内容があまり鮮明に思い出せずにいた俺は適当に相槌を打つ。

 観客を一生懸命に楽しませてくれたイルカ達には申し訳ないが、彼らの演技を一部始終集中して観てはいなかった。


 頭の中で鮮明に蘇った四年前の記憶を今更ながら深く遡り、自分が行ったことへの贖罪をどう果たすべきか、それについて色々と試行錯誤していた。

 二十分間に渡るショーを終え、客席から退場する今でも伝えるべきか、まだ考えが纏まっていない。むしろ、どう謝るべきか、切り出すタイミングすらまだ伺っていた。


「やれやれ、困ったお姉ちゃんだな~」


 呆れた口調で肩を竦めて首を横に振る。


「せっかくのデートなのに、昔のことを掘り返して気分悪くしてさ。それに今はお兄ぃじゃなくて、お姉ちゃんなんでしょ。なら、そもそも私達の間で因縁なんてない筈だよ?」

 

 棘の含んだ言い方。

 俺がわざわざここに来た意図を看破した上で香織はそう伝えてくる。

 

「ないなんて、言わせない。顔ではそう言ってるぞ」

「分かっちゃった?」

「分かる。何年、一緒にいると思ってる」

「十七年。お兄ぃにとって、この十七年はどうだった?」

「どうもこうも……」


 香織と過ごした十七年。

 良くも悪くも俺達は一緒に居た。

 双子の兄妹だから、数え切れないほど喧嘩はしたし、遊んだし、話もした。


 しかし、この四年間はほぼ空白の時間でしかなく、同じ屋根の下で過ごしていたという事実しかない。そこを引けば実質十三年の付き合いで、そこから先は止まった時間のまま。


 言い換えれば、時計の針を動かそうとする香織を俺は頑なに拒み続けた時間である。

 それを今更、どう表現すべきか俺は迷っていた。


「俺は……」

「私は楽しくもあったし、寂しくもあった。何回も諦めようとしたけど諦められない。だって、私はお兄ぃのことが好きだから」


 素直にはっきりと香織は自分の気持ちを告白した。

 真っ正面から香織の気持ちを受け止めた途端、暗く閉ざされた世界に大きな亀裂が生じた。


 カチリ。

 自分で真っ黒に塗り固めて閉ざした世界に眩い輝きが差し込む。

 一人で座り込んで塞ぎ込んでいた自分の横にいつの間にか香織が立って手を差し伸べていた。


「私はいつだって隣にいる。ううん、隣に居たいの」


 知ってる。

 知ってたさ。

 ただ俺はそれを見ないフリで無視し続けた。

 しかし、香織はしつこいやウザイと言われようとも関わろうとする努力を止めなかった。

 四年間も俺の隣でひたすらに声を掛け続けてくれた。


「ようやく、振り向いてくれた」

「あぁ……本当にすまないと思ってる」

「知ってる。ここに連れて来てからずっとその事について考えているのは見てて気付いた」

「なら、改めて謝らせて欲しい。俺はお前に……」

「だーめ」


 人差し指を唇に当て、そこから先を言わないように制してくる。


「その言葉は元の姿に戻ったら聞きます」


 確かにそれがいいかもしれない。

 俺もヒカリの姿だから素直に言えてる部分はある。

 卑怯な手で言うのではなく堂々として伝える方がお互いに気持ちが良いだろうし。


「でも、謝罪の気持ちは受け取っておきたいから、一つお願いしてもいい?」

「何でもどうぞ」

「じゃ、遠慮なく……」


 ビンタでも罵声でも何だって受け止めてやると目を瞑って覚悟した次の瞬間……唇に温かな感触が灯った。

 えっ……?

 咄嗟に目を開くとそこには至近距離に顔を近づけ、頬を赤く染めた香織が俺の唇の上に自分の唇を重ねる大胆な行動に出た。

 実際は三十秒と経たないが体感的には一分近く……香織にキスされた。

 突然のそれに驚いた俺は慌てて少し身を引き、口元を手で覆いながら柄にもなく顔を真っ赤に染めた。


「キスしたのは私なのに……なんでそっちが恥ずかしそうなの?」

「いや……だって……」

「ま、私はこれで満足したから許してあげる」


 腕を組みながら満足気にそう言うも、何故か本当の部分がよく見えなかった。

 今のも演技の一環……だとすれば、あまりにもやり過ぎだと思う。

 演技でなくとしても香織は兄妹の域を越えようとした。

 他者からすれば姉妹同士の域かもしれないが。


 いや、深く考え過ぎかもしれない。

 香織の好きな気持ちに噓偽りがないのはもう証明されている。

 ならその気持ちに従っての行為であるとするなら香織は本当に……


「え、えぇぇぇぇ!?って……春乃さん!柚野さん!二人とも息をしてください!」


 少し離れた物陰で悲鳴に似た叫び声が発せられる。

 声の主の異様なまでの慌てように俺と香織はお互いに顔を見合い、クスッと笑む。


「デートは一旦ここまでね」

「このままだとかなり迷惑にもなるし、助けに行った方がいいな」


 「息をしていない」と慌てふためく人物の周囲に人だかりが生じて大騒ぎになる前に、対処した方が良いと判断した俺達はコソコソと憑き回っていた三人の下に急いで向かった。

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