五十二幕 沖縄⑭
「ズルい!ズルいズルいズルいズルい~」
ベッドの上でそれを伝え聞いた唯菜が駄々っ子みたくのたうち回る。
こうなる……とは予想していなかったが、言えば多少なりとも「ズルい」という風に指摘されるだろうとは思っていた。
「私もデートしたい!ズルい!」
「ごめん。香織からしようって言われてて」
「それもズルいよ!いつの間にか呼び捨てになっているのもズルい!」
「なら、三人でも構わない……と思うよ」
「駄目だよ。香織ちゃんがヒカリちゃんと二人でデートしたいって言ったんだよ。なら二人で行くべきでしょ。ズルい!」
大きく頬を膨らましてそっぽを向いてしまう。
……どうしろって言うんだ。
今は何を言っても語尾に「ズルい」が付いてくるくらい羨ましさが抑えれないのだろうか。
三人で行く事を提案しても、そうやって返されてしまっては損なった機嫌を治す方法がない。
そう困り果てて、後頭部を掻いていると唯菜はポツンと呟く。
「私もヒカリちゃんと二人きりで回りたかったのに……」
突然の右ストレートが急所に当たり思わず膝から砕けそうになるくらい強烈な本音が俺の心を揺さぶる。
「ふん、知らない」と不貞腐れたまま意地悪く見せるも「なんてね」とカラッと表情を変えた唯菜は舌を少し出して冗談であることを伝える。
「私も香織ちゃんがヒカリちゃんを気に掛けていたのは薄々気付いていたから、明日は香織ちゃんに付き合ってあげて」
「ごめん本当に!……どうしても二人きりの時間が欲しくて」
別段、明日は唯菜と一緒に回る予定を組んではいなかったが、普段の流れからしてそうなることは事前に決まっていたようなもの。
だから、唯菜に対して一つの断りもなしに香織と二人きりで行動することにどこか引け目を感じていた。それを解消すべくのお願いだったが案の定、唯菜は許してくれた。
「その代わり、条件があります」
「なんでしょう」
ベッドの上を正座で座り直し、真剣に耳を傾ける。
「明日の夕方。帰りの飛行機前の一時間だけでいいから、私に付き合って欲しいの」
「それは勿論……構わないけど。なんならどこかのタイミングで明日の埋め合わせをしようとも思ってたけど……」
「じゃあ、それも含めて」
余計な一言を言ってしまったようにも思えたが、唯菜はこれを条件として受け入れてくれた。
それに彼女と二人きりでどこかに行くのも心中では願ったり叶ったりと悪くない。反って自然にこの流れに任せて言えたからこそ、出た言葉でもある。
いずれにせよ、これで明日は気兼ねなく香織に時間を割けるというもの。
「で、明日はどこに行く予定なの?香織ちゃんとデートするんでしょ?」
食い気味に行き先を尋ねられるも直ぐには出なかった。
なんならまだ全然考えていなかった。
「どこ……行こうかな」
行きたい場所に当てはない。
もともと、明日は唯菜と周る予定だとばかり決めつけていたため彼女が行きたい所に付いていく気でいた。これが男の姿でのデートであれば前日の時点でデート失格の札が挙がるに違いない。
振り回され役に居心地の良さを感じている場合ではない。
明日は何かしらのプランを立てて行動せねばいけないのだから。
「やっぱり考えてなかったんだ」
「うぅ……」
「そんなヒカリちゃんのために私が三つ程良い提案を出してあげよう」
「ありがとうございます!」
「ま、当然明日はデートなんだしおめかしもしていくよね?」
「女の子同士なんだし。デートって言うよりも……」
「デート。するんだよね?」
圧を感じさせる距離に顔を近づけて「明日はデートなんだよ」という認識を無理矢理共有させられる。
「はい」と言わざるを得ない状況に追い込んだ唯菜が「よし」と手を叩く。
そのまま立ち上がってスーツケースの中から何着か取り出してみせる。それも二泊三日で唯菜自身が着る分だけの量ではないくらい服がスーツケースの中から出てくる。
「そんなに服を持ってきてたの?」
「ヒカリちゃんの持ってる服だとあまりにもカジュアルだからね。私の服を貸してあげようと思って」
「え?」
「サイズなら気にしないで。私とヒカリちゃんの身長はほぼ同じくらいだし。この間、洗濯中にヒカリちゃんのお洋服のサイズは確認してあるから」
「いつの間に……」
花柄ワンピースにフレアースカートを含めた三種のスカート、デニムパンツ、マスタードフリルニット、ショーパン、フリルトップスete……オシャレに通じる女子高校生が持っていて、実際の私服で着こなしているような数々のアイテムがベッドの上に並べられる。
どれもこれも俺がまだ着た事のない洋服……というか出来る限り着ないよう避けていたものばかり。
「わ、私には似合わないかな~」
「そんなことない!ヒカリちゃん可愛いもん!明日、これ着て一緒にお出掛けしたかったからわざわざ持って来たんだよ」
「それはご苦労様……です」
「ね、だから着ようよ!ううん、着ないとダメだよ」
「めんどくさいとかそういうんじゃなくて……」
「ふふっ、もうヒカリちゃんの事はだいたい分かってきたからね。そうやってめんどくさがるのも私には通用しないぜ」
顎に指をあててキリッとした顔で性格面を看破してくる。
もうこれ以上、何を言っても唯菜が引くことを覚えないくらい我を通したがる性格だというのは俺もよーく分かった。
それなら対抗手段は一つ……先手必勝の逃げ……
「させないよ~」
いきなり脇下から二本の腕が背後から伸びてくる。
立とうとする前に背後から両脇をブロックされ、ベッドの上に拘束される。
「なっ、春乃さん!?いつの間に」
その正体が誰であるか声で見破った俺は必死に足搔くもふかふかなベッドの上で尚且つ身体のバランスが取りづらい体制であるせいか、上手く力が入らない。
「無駄だよ。私に背後を取られた時点でヒカリちゃんの負けさ」
カッコよく決め台詞を吐く。
音もなく忍び寄り、タイミングを見計らっての拘束。
この二人、予め結託していたのか……と思いきや
「え、春乃さん!?何で?」
目の前に居る唯菜も驚いた顔で尋ねる。
「さっき偶然にもベランダに居たら二人の話声が聞こえてさー。面白そうだったからベランダを飛び越えてこっちに来ちゃった」
飛び越えたって……軽く言っているが下手したら落ちて死んでしまうレベルの高さだぞここ。
「ぬはは~石橋も叩いて渡れってことよ~」
口では軽く言っているが、結局の所確実に落ちないよう安全を確保してきたというわけか。
それなら安心……とはいかない。
春乃さんが来たことで逃げ場を失った。
「よし。明日の会議兼第二回着せ替え人形大会の開催だ~」
「いぇーい!」
ドンドンパフパフと勝手に盛り上がっている他所で昨日と同様、テンションだだ下がりのままその場の空気感を味わう。
「唯菜ちゃんドンドン服出して。なんなら私の分も持ってくるから」
「結構です」
「遠慮しなくていいよヒカリちゃん」
「そうだよ。遠慮は良くないよ」
もうヤダ。この二人!
昨日から全然人の話を聞いてくれない。
お互いに性格面が少し似ているからか意気投合した途端にこの二人のペースに嵌められ、解放されるまでかなり苦労すると思い知った。
しかし、捕まってしまっては既に遅し。
二人の魔の手が次々と服にかかるとあっという間に着せ替えショーが再び始まった。




