四十八幕 沖縄⑩
「ルーちゃん。本当に行かなくていいの?」
「いいのいいの。SCARLETには別に興味ないし」
ルーチェと春。幸香がジル達と一階のレストランで飲み会に参加して不在の中、ルーチェが密かに持ってきていたゲーム機器をホテルのテレビに繋ぎ、二人で一つの画面を観ながら格闘ゲームを行っていた。
「それにあの春乃って変態が居る所になんでわざわざ行かないといけないんだか」
ルーチェが関わる上での要注意人物のブラックリストに春乃の名を新しく刻んだばかりであった。
捕まれば本人の気が済むまで帰れなくなる。
先程、レストラン前でばったりと出くわした際に三津谷妹が止めていなかったらと戦闘中に余計なことを考えたルーチェは春の繰り出すコンボ技にまんまとハマってしまう。
「やばっ…ちょ……」
「ごめんね」
勝機を逃さんとした春の即死コンボが見事に決まる。
ルーチェの使うキャラの体力が全損し、勝者が画面に映し出される。
「くうぅぅぅぅ……おのれ、あの変態!」
負けた悔しさを全て関係ない春乃へと擦り付ける。
格ゲー大会でも何度か優勝経験を持つルーチェに二連勝した春はふぅと一息入れる。
「それよりも春は良かったの?私なんかに付き合って」
「大丈夫だよ。ルーちゃんと二人でゲームするのも楽しいし」
「でも、話したいことがあったんじゃないの?三津谷香織と」
「今日じゃなくてもいいかなって。それに香織ちゃんとは二人きりの時に聞きたいことがあって」
「ふーん。それより、春ってあの三津谷香織と知り合いなの?」
ルーチェも詳しくは知らなかった。
知っていたのはただ、春が香織とは少なからず面識があるということだけ。
「うん。少しだけど……」
「へー意外な繋がりね」
「あまり話したこともないけど……よく知ってる。特にお兄いさんの方も……」
「え、それって……あっ!」
そんな話をしつつも三戦目が始まる。
会話からゲーム画面へと一瞬にして集中力を切り替えた二人は三連勝とリベンジマッチに燃える。
♢
ドアを唯菜が二回叩く。
『どうぞ~』と入室する許可が降り、ドアを引いた唯菜の後に続く。
広さは変わらないが、ベッドの数が一つ多いことからSCARLETのメンバー全員で使用しているが伺える。
「あのお招き頂きありがとうございます!」
恐縮でございます、と言わんばかりの緊張感でペコペコと頭を下げて挨拶を告げる唯菜に「あまり畏まらないで下さい」と香織がベッドに腰掛けるよう促す。
三人部屋だけあってか、俺達の部屋よりも少し広々としている。
ベッドも三人分。一番奥側が香織、真ん中のベッドで座って手招きしている柚野さん、一番手前側が春乃さんといった感じだろうか。
ん?
奥で優雅な佇まいでこちらを見ていた香織とふと目が合う。
すると、視線を俺から見て左側へと向ける。
あ~なるほどね。
先行する唯菜に従って付いていく……のではなく、少し間を置いてから彼女が飛び出すタイミングを待ち構える。
案の定、目の前で唯菜の背後に忍び寄る影が現れ、憧れのSCARLETが居る部屋に来て緊張状態で周囲がよく見えていないのを機に背後から抱きつくように襲い掛かった。
「ヒカリちゃ……」
「げふっ」
「お~ナイスカウンター」
背後の変態に気付かずに昨日の昼間みたく唯菜も胸を鷲掴みされた……かと思いきや、突拍子もなく振り返った唯菜の肘がまさか春乃さんの顔にグリーンヒット。その偶然生じた一撃に柚野さんが感嘆しながら拍手する。
物凄くタイミングの悪い攻撃を顎に食らった春乃さんは「無念……」と悔しさ混じりの声で床に崩れた。
「え?ごめんなさい!大丈夫……ですか?」
「唯菜さん大丈夫です。全部自業自得ですから」
全くもって同意。
変態魔獣をここで仕留めた功績は大きいと称賛する。
「でも……」
「そこで倒れているのも演技みたいなものですから、お気になさらず」
「うわ~ひど」
バッと顔をあげ、痛くも痒くもない表情で唯菜を気遣って演技を止める。
「本当に大丈夫ですか?」
「へーきへーき。まぁ……オッパイ触らせてくれたら許しちゃおっかな」
「そ、それはちょっと……」
外見は美少女なのに中身がオッサン過ぎる。
セクハラ行為とも取れる言動を真に受けた唯菜が困惑気味な表情を浮かべてこちらに助け舟を出す。
「春乃さん。冗談は程々に……それだと唯菜が余計に硬くなりますから」
「それもそうだね。ごめんね唯菜ちゃん。変な歓迎の仕方で」
「いえ……私もすいません。かなり緊張してて」
「そうなの?ヒカリちゃんは全然へーきそうだけど」
一応、柚野さん以外の二人は見知った顔でもあるし、何回か話しているから今更緊張するような空間ではない。むしろ、違う意味での緊張感はあるけどな。
その要因となる人物に目を向ける。いい加減に話を進めたい香織が自身のベッドに着き、空いた横のスペースをトントンと叩いて「こっちに来て」と要求してくる。
隣に座れってか。
直接口では言われていないし、あのジェスチャーの意図を理解出来なかった振りのままどっか安全圏のポジションはないだろうか。
そう首を振りながら探していると大きく咳払いする声が部屋に響く。
その方からこっちを向けと言わんばかりの圧に駆られる。
『いいからこっち来て』
ムスッとした表情を浮かべた香織が再度睨み付ける形でそう訴えてくる。
俺だけに感じる途轍もない圧にやれやれと内心で首を振り、香織の座るベッドへと移る。
続いた唯菜も香織のベッドに腰掛け、肩を触れ合わせて隣へと座る。
「あれれ、香織の隣じゃないの~」
唯菜が大のSCARLETファンである事を知っている春乃さんが茶化してくるも唯菜は頬を掻きながら照れくさそうに答える。
「いや~心の落ち着く場所が欲しいなって思いまして」
「そこがヒカリちゃんの隣?二人って本当に仲がいいよね」
「うらやま~」
その言葉にお互い顔を見合う。
溢れんばかりの笑みが抑えれない唯菜が「そうかなぁ」と照れ隠す。
そんな唯菜に俺も微笑んだ対応を右手の甲に皮膚を抓られた痛みが走る。
慌てて反対を向いて「何をするんだ!」と抗議しようとするも「イチャイチャするな」という香織の無言の圧に俺はさっと肩を竦めた。
「やったねヒカリちゃん。両手に華だよ」
「場所、代わります?」
「いいの?」
俺には勿体無い価値の高く手の負えない華が真横に居るのでどうぞ席をお譲り致します。
「ほら。無駄話を長引かせないで、早く明日の話をしましょ」
そうはさせない、とした香織がパンと手を叩いて進行役を買う。
「明日、明後日の件で私から二人に相談があります」
「それってさっき言っていた?」
「はい。明日明後日の自由行動を共に過ごしませんか。という相談です」
「それなら是非!ご一緒させてください」
即答。
まぁ唯菜であれば分かり切った回答ではある。
憧れのSCARLETとの交流会。それも一人で三人を独占出来る。
ファンとしては願ってもいない絶好の機会。これを見す見す逃す訳にはいかない、と唯菜も事前に想定して来たのであろう。
食事中、ずっとSCARLETの方を見ながらソワソワしていたのもこれが一因。
「そう言えば、他の三人は来ないの?」
「ルーチェちゃんと春ちゃんは多分来ると思います。幸香さんは何でも明日明後日はこっちで私用があるとかで……」
「あ~麗華さんが言ってたね。写真集を出す為の撮影を沖縄で行うのだとか」
幸香さんが写真集?
それは初耳だ。
「何であれ、私はルーチェちゃんが来るなら全然構わないよ」
「それはどうだろ……」
「もしかして、嫌われちゃったかな」
「いや、多分警戒されてます」
正直、かなり難しいかもしれない。
昨日の件でルーチェは大分春乃さんに対して警戒心を抱いている。
SCARLETとの交流なんて話を聞けば絶対に参加しないで別行動を取るに違いない。
これも自業自得だと言わざるを得ない。
「え~私、ルーチェちゃんの水着姿とっても見たいのになぁ」
「水着姿……ってことは海に行くんですか?」
「勿論!」
食い気味に唯菜が問いかけると春乃さんがグッと指を突き立てて示す。
先に明日の予定を言われてしまった香織は改めて、詳細を告げる。
「明日はホテルが所有する小島のビーチに行く予定です。そこでシュノーケリングやバナナボート、自由遊泳が出来ますので、ここに居ないお二人にも後で伝えておいて下さい」
二人も行く流れで話は進んでいるが、リーダーの唯菜が素早く首を縦に降っていることからルーチェは強制参加確定だな。
楢崎さんも海には行きたいという趣旨を唯菜には伝えていた筈。他の三人がいくとなれば、ホテルで一人孤独にゲームしているのを断念してルーチェも渋々付いてくるに違いない。
「あ、海に行くので思い出した」
「何を思い出したの、柚野?」
「水着。持って来るの忘れた」
「この間、新しく買ったばかりの持ってきてないの?」
「入れ忘れちゃったみたい。うっかり~」
「もう水着ないんじゃ海に入れないじゃん」
「大丈夫だよ。私、あんまり泳げないから足がちょっと浸かる所と砂があれば過ごせそう」
「それだと海に来た意味ないじゃん。ね、ヒカリちゃん」
同意を求めて話をこちらへと振ってくるも、俺は素直に『うん』とは返せない。
柚野さんと同様に俺もまた水着は持ってきていない処か、準備すらしていない。
そのことを思い出した唯菜が「そうだよ!」と気付いて肩を叩く。
「水着!ヒカリちゃん、買うの忘れてた」
「え、ヒカリちゃんも持ってないの?」
「持ってない」
「それじゃ、ヒカリちゃんも砂遊び!?」
「え……と、そうなるのかな?」
「駄目だよ!ヒカリちゃんは一緒に海に入る約束だったよね」
そんな約束した覚えはない。
「そうだよ!私に水着姿見せてくれる約束だったじゃん!」
「いや、してないです」
「一先ず、明日どこかのお店に行ってから二人の水着を買うのはどうかな?」
「賛成!」
「賛成~」
反対!と言いたいが、声には出せない。
三人共に海で遊ぶ気満々なのは見ればわかる。
柚野さんも水着を持っていないだけで海には入りたいっぽいし。
唯菜は春乃さんと意気投合して何が何でも俺を海で遊ばせたいらしい。
せっかく初日の体調不良でその件を完全に頭から度外視させていたにも関わらず、唯菜はこの件を通じて完全に思い出してしまった。
だが、こんな事もあろうかと俺は事前に唯菜が再度水着に触れた際の打開策を一つ用意していた。
「最悪、Tシャツと短パンでも構わないかな?ほら、沖縄の地元の人達って海に入る時にいつだって水着になるとは限らないらしいし」
「何言っているの?水着じゃないとダメだよ」
「そうだね。唯菜ちゃんの言う通り!」
クソ、全然効かない。
今の唯菜に何を言っても駄目なのは確かだ。
こうなれば言葉の影響力が強い香織に説得してもらうしかない。
横を振り向いて一瞬だけ「助けてくれ。お願いします!」と懇願する表情で頼む。
すると、溜息を深々と吐いた香織が三人に向けてある提案を放つ。
「水着なら問題ないわ。さっき、一階でレンタル出来るって書いていたのをみたから」
え、レンタル?
「それ本当ですか?」
「本当。さっき言ったビーチに行く人限定で貸してくれるらしいから、柚野もそこで借りれば問題ないでしょ」
問題ないでしょ。じゃねーよ!
何を言って……
「それなら今から借りに行こうよ!明日だと試着とかしている余裕ないかもだし」
「いいね!」
「私も賛成~」
「え、今から?」
「そうだよ!今ならまだフロントもやっているだろうし、ほら急いで!」
立ち上がった唯菜の勢いに乗せられ、腕を引っ張られるも俺は少しばかり踏ん張って耐える。
すると、それに協力する形で春乃さんがもう片方の腕を掴み「レッツゴー」と意気揚々に二人で俺を引っ張りながら部屋を後にしようとする。
その去り際に一人、部屋に残ろうとしていた香織がこちらを向き「行ってらっしゃい」と満面の笑みで手を振っている様子に少しばかり恨めしい気持ちで連行された。




