四十二幕 沖縄④
沖縄初日の夜。
リハーサルを終えた後の空は橙色を通り越していつの間にか星空を照らす夜空へと変わっていた。
汗が乾いて少しばかり肌寒く感じる頃には気温も二十度近くまで落ち着き、東京さながらの環境へとなりつつあった。
全体を通してのリハーサルと各グループ個人での確認。それぞれを終えて、会場を後にした俺達は付近にあるビジネスホテルへと車で向かった。
「あれ、兄貴が言っていたプールとかが付いているホテルじゃないの?」
夜になってすっかり元気を取り戻したルーチェは予定と聞かされていた違うホテルであることを指摘する。
「それは明日の話だよ。初日は会場付近のホテルに泊まると言っただろう」
「聞いてない」
「君が聞く気なかっただけだ」
兄の話において都合の良いことにしか耳を傾けないルーチェは荷物がある部屋を尋ねる。
「荷物は幸香達の部屋。それと、ルーチェは二人と同じ部屋だから」
「え!?」
「嫌なのかい?春ちゃんもいけるけど」
「嫌じゃないけど……抱き枕にされるのは勘弁して欲しいな~」
「大丈夫よルーチェちゃん。今日は久し振りにお姉さんが一緒に寝てあげるから」
気配もなく背後から優しく肩に触れられたルーチェはビクッと震えるも「わーい。ヤッタ~」と涙目を浮かべて喜んでいた。
先にチェックインを済ませて事前に荷物を置いていた楢崎さんと幸香さんは部屋の鍵をカウンターで受け取り「じゃあ、行きましょうか」と言って大人しいルーチェの腕を引いてエレベーターに乗っていった。
「じゃあ、残った君たち二人は同室ということで」
「分かりました!」
「え!?」
何だか嬉しそうに唯菜は鍵を受け取る。
二人部屋という事実に驚きを露わにした俺をジル社長は親指をグッと立て、それから近付いて小さな声で「間違いだけは起こさないように」と告げる。
「起きませんよ。別に唯菜とはこれが初めての寝泊まりではないですし」
今回で四度目。
三度一緒に夜を過ごしているが、間違いなんて起こる気配が一切ない。
「考えてみて下さい。俺が唯菜に手を出せる根性があるとでも?」
であれば、ジル社長と初めて出会っている頃に好きだと告白して付き合おうとしている。
何より、クラスメイトに対してそう簡単に欲情するほど、俺はケダモノではない。
勿論、しっかりと我慢はしている。
女の子同士だからと言って一線を越えてはいけないなんでことはない。
むしろ、女の子同士の方が一線を越えやすいと思う……あくまでも予想での話だ。
「大変だね」
「他人事みたく言うなら少しくらい助けて下さい」
「最大限のカバーはするさ。でも、性事情の解決は請け負えないからそのつもりで」
「頼む気も、相談する気もないですから」
誰がするか。そんな相談。
最近、この人と話すと何だか調子が狂う上にイラッとする。
ルーチェに毒されたかな。
それに今日は自分の感情を少し自制出来ていない気がする。
「ヒカリちゃん、エレベーター来ちゃったよ!」
「今いくよ」
そんなやり取りを前にジル社長は微笑んで道を開ける。
何が面白いのかと問いただしたくもなるが、時間はないので今はキャリーバッグを引いて唯菜の元へと向かうこととする。
♢
「ヒカリちゃんはどっちがいい?」
部屋のダブルベッド。バスルーム側と窓側に一つずつあるベッドのどれを使用するか、唯菜は選択権を真っ先に委ねた。
その回答としてこうだ。
「どっちでもいいよ」
「どっちでもは困るよ~」
「どっちも同じじゃないの?」
「ん~どっちも同じだね」
じゃあどっちでもいいじゃん。という結論になるが、収拾がつかなくなる前に「じゃあ、窓側」と言って荷物をベッドの前に置いて、そのまま仰向けで寝転がる。
一日全体を通じた疲れが一度に凝縮して、それが眠気に変わって襲ってくると大きな欠伸を浮かべて窓の方へと身体を横に向ける。
「ねむ……」
ゆっくりと目を閉じて、お風呂も入らずに睡魔に身を委ねていると「お風呂は先に使ってもいい?」背中から尋ねられ「どうぞ~」と無念無想のまま許可を出す。
その直後、トイレに行きたい感覚に見舞われると唯菜が俺に何の使用許可を求めてきたのか思い出す。
ん、お風呂?
さっきバスルームを見た感じ、トイレと浴槽が一緒の形状だった筈。
脱衣所なんてものはなく、服を脱ぐとしたら当然……
身体を横に向けて確認するも、扉の前には服を脱いで一糸纏わぬ姿で背を向けて立っていた唯菜が映る。
細くくびれた上半身にスラッとした長い素足。全身純白な綺麗な肌に丸みを帯びた柔らかな二つの大きなマシュマロみたいなお尻。あるがままの唯菜の背面を思い切り見てしまった俺は慌てて窓の方へと向きを変える。
クソ……さっき無関心を装うとか言った矢先にこれかよ。
意識しないように心掛ける?
それは無理だ!
あんな美しいな光景を目の当たりにしたら意識しない人間なんていない。
自分の裸を見るのとは訳が違う。
「は~やめだやめだ。寝て気分でも紛らわそう」
考えるのを意識的に止めて目を閉じた直後、バタンと閉じた扉の中からシャワーの音が部屋に響く。それに少し意識が割かれてしまうと段々、水の滴る音に耳を澄ましてしまう。
そこから徐々にさっきの光景が脳裏に浮かび、一瞬といえども目に焼き付けてしまった唯菜の身体を想像してしまう。
「……気分転換にコンビニでも行こうかな」
無理して目を瞑っているよりも、退避を選んだ俺はスマホを手にそのまま部屋から出た。




