三十九幕 沖縄/前日談話①
「あ~沖縄!楽しみ~」
俺の部屋(賃貸マンションの一室)でソファーの上で足とお尻をこちらに向けて寝転がる唯菜は部屋にきてからずっとスマホ画面を集中して見ていた。
「どこ行こうかな~、ちなみにヒカリちゃんはどこに行きたい?」
「ん~そうだなぁ……沖縄は初めてじゃないから唯菜の行きたい所に……」
足の隙間から一瞬だけ垣間見えるスカートの中に一瞬だけ目が奪われるも、なるべく見ないよう彼女の脇で明日から始まる遠征の準備を行う。事前に用意した荷物とこの部屋にある替えの服装やよく分からない化粧品等をスーツケースの中に詰める作業の傍らで話を聞く。
「分かっていると思うけど、本命は沖縄でのイベントライブだから」
「それは勿論なんだけど……私、沖縄に行くのが初めてなんだよ。飛行機に乗るのも!」
多くの初めてが待っていることに楽しみで仕方がない様子。まるで遠足が控えた前日の子供みたく目を輝かせている。
「にしても、ジル社長も粋な計らいをしてくれるとは意外。三泊四日の遠征で一日目はリハ、二日目はイベントやって、残りの二日を観光に当ててくれるなんて思いもしなかった」
「単に兄貴が観光したいだけでしょ」
ベッドの上が定位置と化したルーチェは準備も進めずゲーム機に目を落としたまま、兄の単純且つ私情を優先とした沖縄旅行になると結論付けた。
「まぁ、ジル社長が旅費を受け持ってくれるから文句はないかな。今回ばかりは」
「いや、文句大有りでしょ!何で、わざわざこんなクソ暑い季節に常夏の島でライブなんてやんないといけないのよ!正直、絶対私達のファンなんていないから……って、雷を落とすな!」
例のレースゲーに没頭しているのだろう。レース中に起こる不幸なアイテム攻撃にイラつき、徐々に蓄積されるストレスを定期的に枕をバンバン叩いたり、殴ったりして解消している。
「頼むから、枕を破壊するのだけは止めて。それでもう三代目だから」
叩く、投げる……破く!この野蛮な八つ当たりを枕にぶつけられ、かれこれ三代目を迎えていた。今叩いている枕も三日程前に新調した新品な物の筈だが、既に先端が破れかけている上に噛み痕まで出来ていた。
本当に勘弁して欲しい。
「ルーチェちゃん、ゲームのやり過ぎだよ。明日の準備とか全然してないでしょ」
「それはへーき。私の荷物はタムタムが用意して、ナイルが持って行ってくれるから」
甘やかしたい放題ツートップの二人に全てを丸投げしているこのゲーマー少女に社会の常識を色々と叩き込みたいものだが、何を言っても屁理屈で跳ね除けられる現実はジル社会を介して目の当たりにしているため、今更言う気も起きなかった。
同様にして唯菜も溜息を吐いて、スマホ画面に視線を戻すも「はっ!」とあることを思い出して身体をこちらに向けて尋ねる。
「ヒカリちゃんは水着持っていくよね?」
「水着?持って行かない……というか持ってない」
「へ?」
「え?」
目を丸くしたままゆっくりとこちらに顔を向けた唯菜がササッと近付いて肩に触れる。
至近距離に顔を寄せて目を無理矢理合わせてくる。
「私達が行くのは沖縄だよね?」
「そう……ですね」
「沖縄って海あるよね」
「まぁ、海に囲まれている場所だし。綺麗なサンゴ礁とか有名ですね」
「なら、海に入るよね?」
「……」
そうだった。その案件を完全に後回しにしていた事を今更ながら思い出す。
極論から言えば『沖縄旅行で海に入らない』という選択肢は本来ならばないものだと認めよう。
南国のリゾートビーチであの綺麗な海の海水浴を楽しまずして沖縄旅行と言えるのか?
いや、答えは断じて否!
透き通ったコバルトブルーな海。
海水生物を身近に感じながら浅瀬の海岸でひんやりとした水に浸かりがらのシュノーケリング。
海に飽きたら砂浜でのビーチバレーや砂城作り。
そこに見える光景はどれも自然豊かさを感じるのと同時に、一介の男子高校生なら意識してしまう女性陣の魅惑的な水着姿。
うん。やっぱり海には入りたい。
だが、問題は俺が三津谷陽一の姿で行くのではなく、沖縄では緊急時や一人だけの限られた時間を除いて常時ヒカリの姿で居なければいけないことにあった。
詰まる所、水着も男物ではなく女物でなければいけない。
そこが少々難点に映り、渋ってしまう。
「あ~入りたいんだけど水着がなくて……」
「じゃあ買おう!今なら近くのお店やっているし、間に合うよ!」
「行ってもギリギリだから選んでる余裕とかないって」
肩をガンガン揺さぶられ、ぐったりとした顔で現実を突き付けると唯菜はあっさり折れる。
「そっか……じゃあ、明日ライブの前に行こうよ。沖縄ならどこかに売ってるよ!絶対に」
「現地調達すると?」
高速で首を縦に二回振ってみせる。
「ちなみに私は海に行くのはいいけど入るのはパス。泳ぐの好きじゃないし」
好きじゃない。というか、ルーチェの場合泳げないだけの気がする。
「ルーチェちゃんカナヅチらしいもんね」
「それ、誰から聞いたの?」
「幸香さん」
「……兄貴だったらしばいてやったのに」
残念そうに枕を叩くルーチェを横目に内心で『それは単にゲームでのイライラを兄貴にぶつけたいだけだろ』と鋭い指摘をする。
「ルーチェちゃんは仕方ないとして……ヒカリちゃんは絶対に入ろうね。ううん、入るんだよ!」
「だから水着は持って……」
「買うから大丈夫。現地調達!絶対に!!」
妙な威圧感に押されて有無を言わさずに現地調達を決められた。
強烈な圧迫感に「う、うん……」と首を縦に振らざるを得ない。
「じゃあ、決まりだね!」
嬉しそうにソファーへと戻っていく唯菜に「やっぱり入らない」とは今更言えず。
仕方なく海に入ることに決める。
問題は水着をどうするか、なのだが……それは現地のお店に着いて考えるしかない。
手に握られたスポーツブラを眺め、これくらいの布地水着なら抵抗感はない……か?と思いつつも、止まった手を再び動かして準備を進める。
そんなこんなで沖縄遠征前日の夜を俺の部屋で唯菜は過ごすこととなった。
唯菜にとってはこれが初めての沖縄旅行になるらしく、飛行機にすら乗るのも初だと言うので羽田空港までの道中を共にして欲しいとお願いされたのが今日の一泊する所以でもあった。
それを聞いたジル社長にルーチェ諸共、出発の便までに空港へ連れて来ることを伝えられた。
「ヤバい、ワクワクして寝れない!」
「ヤバい、行きたくないから寝たくない!」
明日の飛行機は八時発。
ここから羽田まで一時間以上はかかるため、遅くても六時には起きなければならない。
しかし、ちょうど日付が変わった迎えた深夜であるにも関わらず、全然寝る気のない二人を前に俺はしっかりと時間通りに起きて間に合うか、不安な思いに駆られた。




