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三十六幕 エピローグ①

 一回戦の結果……SCARLETの票を示す赤札が6票とポーチカの票を示す白札が3票……6対3の結果でポーチカはSCARLETに敗北した。

 惜敗でも惨敗でもないこの結果をどう受け止めればいいかよく分からなかった。


 そもそも最初から勝てる見込みはない。

 自分達のファンもいない状態での勝負。

 勝っても後で披露する曲などないに等しく負ける前提でこの戦いに挑んだ。

 

 だが、負ける気で挑んでいない。

 今自分が持てる武器や反復してきたことを全力全霊で披露し、三ツ谷ヒカリのデビューライブとしては文句のないステージだった。


 袖で観ていたジル社長達やその後に少しだけ話したSCARLETの三人からは称賛の声が寄せられた。それには嬉しくもあったし悔しくもあった。


 だけど、それ以上に俺は満足していた。

 自分の歌とダンスであんなにも会場の人達の目を舞台に縫い付けて夢中させた。

 頼れるメンバーと一緒に力を合わせて作り上げた最高のステージに最高の光景。

 白里があの光景を目に焼き付けたのと同じく、俺もあの光景は忘れられないものになった気がした。


「信じられない光景だったな……」


 その時の様子を思い出しながら、橙色に染まりかけた空を眺めて呟く。

 衣装から私服に着替え、ステージから少し離れた木陰の下に置かれた長椅子に一人きりで座り、海の風に当たりながら昼間の出来事を回想していた。


 そろそろ決勝戦が終わる。

 優勝グループによる特別ステージが始まる頃。

 どのグループが優勝したか、会場の方から響くファンの発する喜びの声を聞けば自ずと思い浮かぶ。

 それは今日のイベントの一番人気で、一番多くのファンを有するグループなのだろう。

 改めて思うが……よくあんな無謀な勝負を挑んだものだ。


「あ、こんな場所に居た!」


 聞き馴染みになってきた声が届く。

 その方に視線を移すと息を切らし、額に汗を滲ませながらも笑顔で駆けて来た少女が映る。


「もう、探したよ。ヒカリちゃん」


 下はライブ衣装のスカートで上は一部の熱狂的な香織ファンが愛着する『LOVE香織』のロゴが入ったTシャツ。首に巻いたマフラータオルで汗を拭きながら白里は息を整える。


 よく見ると凄い汗の量だ。

 自分達のライブが終わって直ぐに客席へと回り、木蔭が恋しくなるほどの炎天下の中、手にしている団扇やタオルを翳して振って必死に応援していたのだろう。

 その割にはライブでの疲れが微塵も感じないくらい清々しい表情。


 白里は本当凄いな。 

 真剣に挑んだ上で負かされた相手をこうも一生懸命に応援するのはファンの鏡だ。

 俺なんてこうして一人、悔しさを嚙み締めるばかりで応援したいという気にもなれない。


 この姿になって、もう一度香織と向き合い、白里の傍でアイドルとして活動しても少しは変われたと思っていたが……どうやら根本的な部分は変わっていない。

 

 でも、それは白里も同じ。

 ステージでも、客席でも、学校でも……好きな気持ちを全面に出して何事も全力で取り組む姿はどの場面でも変わらない。

 彼女は良い意味で裏表のないハッキリとした誠実な人間。


 ひねくれものの俺なんかと違って、とても素直で可愛い。

 そんな明るい姿に心が惹かれる。

 

「あはは、汗凄いよね。ライブの時よりも掻いてて驚いたでしょ」


 脱水症状にならないかと心配にはなる。

 だが、しっかりものの彼女ならこまめに水分補給を取って適度に休んでいるのも想像できる。

 

「優勝は決まった?」

「うん、香織ちゃん達が勝ったよ。二十分間の衣装変えと休憩を挟んだ後に優勝ライブが始まる!」

「観に行かなくていいの?」

「勿論観るよ!でも、その前にヒカリちゃんと少し話しておきたくて……」


 話とは一体なんだろうか。

 わざわざ、休憩時間の合間を縫ってまで探しにきたということは余程、大事な話なのだろう。


「……取り敢えず、座れば?」


 立ったまま話すのもなんだし、この後またあの熱狂的な空間に行くのなら少しでも座って休息を取った方がいいと思い、空いたスペースを叩いて座るように促す。


 「ありがとう」と白里は肩を触れ合わせて腰掛けた。

 可愛い女の子とゼロ距離で触れ合うことは慣れていない。手を繋ぐことはおろか肩を触れ合わせるなんて男の姿では全くといって経験がない……筈なのだが、自然と心が受け入れている。

 

 まるで白里を同性……いや、仲の良い友人として接するかのように。


「私ね。今日、嬉しかったんだ。勝負には負けちゃったけど、初めてあんな大勢の人から注目を浴びて、沢山の声援を送ってもらえたことなんて一度もなかったから」


 過去のライブにおいて、あのような大きな盛り上がりを迎えてステージから降りたことはまだ経験がなかった。

 

 初めて、俺がポーチカのライブを観た時と同様。

 始まる前から興味すら持たず、自分達の推しばかりにしか気が向かわず、目の前で歌うアイドル達なんて殆ど目も暮れない。そんな冷めた場を嫌というくらい経験してきた白里やジル社長達にとっては『一歩前進』と胸を張って誇れるような楽しいステージだったと評していた。

 無論、それは俺も同じ意見である。

 

 今日観た光景は忘れたくても忘れられない。

 人生に一度しか体験出来ない特別な思い出として脳裏に深く焼き付けられたことだろう。


 それに白里がステージが終わっても尚、未だ興奮状態を抑えられないように俺もまた、あの時に感じた熱がずっと胸の奥で残り続けているような気がしてならない。

 一旦、落ち着くために涼しい木陰へとやってきたのに、思い出すと余計に再燃してしまう。

 

「はぁー、本当に良かった!新メンバーがヒカリちゃんで本当に良かった!ステージが上手くいって本当に良かった!何もかも上手くいってほんと~~に嬉しかった!」


 大きな声で気持ちに整理をつけさせようと叫ぶ。

 声に出して全てスッキリさせた白里が再度、向き直って尋ねる。


「ヒカリちゃんはどうだった?」


 答えは同じ。


「良かったよ。入ったグループがポーチカで本当に良かった」


 ありのままの本心を述べた。

 色んな安心感を声に帯びさせて気持ちに整理をつける。

 こうしてこの場にいる事自体、元を掘り返せばより複雑な心境へと陥るも今はそんな野暮なことはしなくていい。もっと単純に目の前の結果だけを観て満足することの方が大事。


 だが、白里にとっては満足した点とは裏に反省もあるようだ。 

 

「今日のライブはヒカリちゃんがいなかったら、多分あんなにも盛り上がってなかった」

「そんなことは……」

「ううん。私だけの力じゃお客さんの心を動かすには至らなかった。私だけじゃなく、四人でも駄目だったのは痛いくらい思い知った」

「……」

「けど、ヒカリちゃんが来てくれたらね。自然と元気になれた。あの第一声を聞いた瞬間なんて、えぇ、香織ちゃんが横に居る!?って幻覚が見えたくらいだもん」

「アハハ……それは、幻覚ですね~」

「でも、私や他の三人が自信付けられたのは紛れもない事実だよ。だから、安心して最後までパフォーマンスが出来たし……後半あんなにも思いっ切り自信を持って歌うことが出来たのはヒカリちゃんのお陰。その事に私は『ありがとう』しか言えないよ」  

「それはこっちも同じ。近い距離でフォローしてくれる白里さんが居たから、あんな風に気持ち良く歌えた。一人じゃなくて、二人だから……いや、五人だからこその出来たステージだった」


 一人や二人……ではなく五人全員の勢いが重なって生じたライブパフォーマンス。それが今回の成功の最たる要因だったと振り返る。


「うん。そうだね」

「だからこそ、ありがとうを返すのはこっちの方。一緒に歌ってくれて、たくさん助けてくれてありがとう……そして、これからもよろしく。唯菜」

 

 いつの間にか、身体ごと白里の正面へと向けて自身の気持ちを率直に伝えていた。

 自ずと気持ちを素直に表現したことに後になって妙な恥ずかしさを覚える。


 けれども……直後、小さな雫が瞼からぽたぽたと零れ落ちている彼女に目を奪われた。


「あれ……」


 自分が涙を流していることに気付き戸惑っている。


「おかしいな。嬉しいのに涙が出るよ」

 

 これも今までじゃ知らなかった彼女の意外な一面。

 ポーチカのリーダーとして人前では気丈に振る舞い、しっかりとした自分であろうと努めてはいる。けれども、根の部分は気弱な性格で涙脆く、繊細な心を持ち、おまけに打たれ弱く、悩みを抱え込みがち。

 

 教室の光景だけでは本当の白里唯菜を知れなかった。

 こうして、近くで一緒に何かを一生懸命取り組んでコミュニケーションを取っていかない限り、彼女は決してこんな自分を見せてはくれなかっただろう。


 だから、なのだろうか。

 嬉しそうに涙を流す彼女が特別に映り、見ているこっちも不思議と嬉しくなるのは。


 一度、流れた涙は止まりそうになく。

 募り積もった色んな感情が涙と共に溢れ出す。

 そんな彼女の頭を優しく自分の胸へと押し付け、落ち着くまでの間……この虚構の身体をいくらでも貸すことにした。

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