三十四幕 デビュー②
『アイドルファンからすれば邪道も邪道のイベント。第一回横浜アイドルトーナメント!ここ、赤レンガ倉庫で開催いたし~ます!』
アイドル好きの芸人と知られる小太りの司会者がステージ中央に立ち、開催の音頭を盛大に取る。
それに合わせて会場に足を運んだ様々な大勢のアイドルファンも雄叫びに似た熱い声援をステージへと送る。
『それでは、ここでルールを説明します!今回のイベントは8グループによるトーナメント戦形式。各ブロックに分かれた対戦カードを基に2グループ同士に分かれ、各々の楽曲を披露して頂き、九名の審査員による札の合計数で多くの票を獲得したグループが次のステージへと駒を進めることが出来ます!』
審査員が奇数である分、確実にその時点で勝敗が決するという公平さを喫したシステム。
審査する側も公平さを喫するよう運営側が選りすぐりの著名人に声を掛け、厳選な審査の下でどのアイドルがこの中で一番優れているかを競い合う。
例え、知名度が劣っていても審査員の心を掴めばそれが勝敗へと大きく繋がる。
そういった可能性も示唆されていることから一部のファンの間で『下剋上』もあるのではないかと騒がれていた。
『負ければたった二曲。勝てば最大七曲もこのステージで披露ぅ!それぞれのグループを応援しに本イベントへと参加してるファンの皆様も、自分達の推しが一番長くステージに立てるのだと熱く盛大に応援してあげてください!』
夏前と言えども、今日の最高気温は予想で二十八度。イベント開催時の気温は二十三度とやや暑い。直上に照りつける太陽光を遮る屋根もなく、ガンガンに直射日光を浴びながら愛するアイドルグループが出場するファンは司会者の人と一体となり、後ろで控える出演者達を今か今いかと待ち遠しい雄叫びを挙げる。
色んな意味で熱い空気に包まれた会場を冷ませないよう、直ぐにメインプログラムへと移行。
『それでは早速登場して頂きましょう!一回戦の第一試合で競い合うのは、今大会でのハナを務める優勝候補と称されし最強最カワ三人組みアイドルグループのSCARLET!そして、今大会のダークホースとなるか!?五人でのデビューライブを迎える新芽のポーチカ!先ずは先行のSCARLETの三人。お願いします!』
簡単な紹介を済ませ、司会者が脇に下がるとステージ中央に設けられた木製の両開きドアが自動で開かれ、朱色の衣装を纏った三人の美少女が姿を現す。
SCARLETの登場に即し、少しでも前で見ようと前列に集まった多くのファンの大歓声が沸き起こる。
例え、本命のグループが他に居たとしてもこの会場に居る客の中でSCARLETを知らない者は少ない。今日、初めて視たという者も含めて一様に注目がステージへと集中する。
三人は各々の定位置に立ち、一瞬で静まり返って客席を見渡す。
左右に首を振った後にマイクを口元へ近づける。精神を研ぎ澄ました香織はそっと息を吐くように自らがルーティンとしている開始の合図を発する。
『いくよ』
声と同時に曲が始まる。前列で静かに見守っていたファンも声に応じて、一斉に掛声の乗った身振り手振りで応援をし出す。
一回戦の初回戦でこの盛り上がりはヤバい。
勝負する以前に勝てるビジョンが全く見えてこない。
ステージの出入口である大門前に控え、会場を映すモニター画面やバックヤードまで響く声に他の出演者は一同に萎縮する。
それ程までにSCARLETの人気度は高く、ファン層が他に比べて厚いことを同時に意味する。
「これは優勝もってかれちゃうわ」
「SCARLETが参加するって聞いた瞬間、勝ち目ないって確信したもん」
「私達は良くて一回戦勝てればいいかなー」
「てか、SCARLETの相手グループ……ポーチカだっけ?私、聞いたことない(笑)」
『それな!!』
この次の次に控える七人組のグループ。
SCARLETの出場が決まる以前は彼女達が優勝候補と噂された。メンバー全員がグラビアで名前を売っていることからファン層もSCARLETに負けじと厚く、アイドル歴は五年以上も長い。
そんなインディーズの世界である地下アイドル界隈でも有名な彼女達でも勝利への自信を喪失するほど、SCARLETの迫力は凄まじい。むしろ、SCARLETと相対する新参アイドルグループ『ポーチカ』を一切知らないが故に笑い者にされる始末。
そんな失礼混じりな言葉をステージへと直結する大門の近くのテント内で得意の地獄耳で話を盗み聞きしていたルーチェは「ま、そりゃそう言われるわ」とあっさり納得する。
「怒らないんだね」
春の言葉にルーチェは「別に気にしてない。むしろ、当然の反応でしょ」と受け入れていた。
そのまま、客席とステージを交互に映すライブカメラでの映像を立ち見しながら疑問を口にする。
「これ、私達を応援してくれるお客さんいるの?」
今大会は客の入れ替え制度がある。
事前に公式サイトの方で自身が応援するアイドルグループを選択し、推しの出番回であれば前列へと移動可能で、下がったら一旦後列へと移動する形式になっている。
それを円滑に進めるべく、客席の中央列にスッタフを配置して携帯端末で表示すれば前に移動出来る。後列には両端から下がれるよう通路を設け、各ブロックの勝敗が決して次が始まるまでの間に設けられた三分間で交代する仕組みになっている。
それにより前列には互いのアイドルグループを推すファンがそれぞれ入り混じった形での観覧となっている。どちらかを応援するファンしかいない分、比較的にステージからでも各々のファンが見つかりやすい仕様となっている。
しかし、ポーチカの場合は自分達を応援してくれそうなファンがこの会場に居るのかどうかすら怪しい。
仮にいたとしても圧倒的少数である。
「いないでしょ。これはどう見ても」
鼻で笑いながらルーチェはモニターに映る現実を吐く。
見る限りで前列に詰めかけた数百名のお客さん…その全員がSCARLETのファンであることは間違いない。
「物凄くアウェーね……」
「ルーちゃん、アウェーは得意なんじゃ?」
「間違っているわよ、春。私が得意なのはアンチとの戦い。別にこの人達が私達の事嫌いっていう訳じゃないでしょ」
「ふふっ、春ちゃんの冗談に気付かないルーチェちゃん。可愛い」
「幸香さん……お胸でむぎゅうってしないで、くるちぃ……」
ルーチェは本番前でもいつも通り飄々とした態度で過ごしてはいるものの、やはり緊張感が拭えないでいた。その緊張をほぐそうとした春に粋な計らいをフォローする形で年長者の幸香がルーチェに抱きつく。
そんな和やかな雰囲気でゆったりと過ごす四人の中に一人、静かにモニターを見詰めている人物がいた。気に掛けた唯菜は幸香に真似て後ろから襲う形で肩をモミモミとほぐしにかかる。
「ひゃっ!!って……何?」
思わずピッチの高い声を出してしまったことに微妙な恥ずかしさで振り返る。
「ヒカリちゃん。まだ、緊張している?」
「それは……そうだけど、大丈夫。ただ、SCARLETが凄いなって観てただけ」
相変わらず香織はステージの中央で異彩な輝きを放っている。
誰よりも目立っていて、誰よりも存在感が大きい。
それでいて、笑顔を絶対に絶やさず全力全霊で楽しんでいるのが伝わる。
一回戦からと言えども容赦ないパフォーマンスを示し、今大会の優勝候補としての風格をこの場で自分達を観ている人達にしっかりと知らしめている。
「そう言えば、ヒカリちゃんはSCARLETを知っているの?」
「一応はね……有名だし」
「え、本当に!?ライブとかは!?」
「えっと……一回だけ(元の姿で)」
「えぇ!?じゃあ、私達同志じゃん!なんだ~早く言って欲しかった~」
「あはは……ごめんごめん」
次からのライブ。付き合わされるのであればせめてヒカリにして欲しいという意図を込めて、陽一はすっ呆けながら事実と虚構を混ぜて述べる。
「それにしてもやっぱり凄いよね。こうやってファンと一体になっている所を見ると香織ちゃん達が如何に強大か身に染みる思いだよ」
「……でも、負ける気ないんでしょ」
「うん」
言葉で現実を述べつつも、心の奥底に秘めた挑戦に対する高揚感は時間が経過する度に強まるばかり。SCARLETのファンで在りつつも、このステージが始まり終わるまでは好敵手と定め、迎え撃つ覚悟をとっくに決めるなどして……今の唯菜は良い意味で色々と吹っ切れていた。
不安な気持ちは一切ない。
安心出来るパートナーが居るから。
「ポーチカさん。そろそろ準備をお願い致します」
SCARLETの二曲目に入ったタイミングでスタッフが声を掛けた。
「じゃあ、ヒカリちゃん後でね」
「うん。後で」
♢
四人が集結する入場扉ではなく、舞台袖の待機所へと向かった俺はそこで待っていたスタッフTシャツに紺色のズボンを履いたジル社長と普段の私服着?であるレオタード姿のタムタムと合流。
「衣装、とても似合っているよ」
「……馬鹿にしているんですか?」
「僕は褒めたつもりなんだけど」
「馬鹿にしているようにしか聞こえないです」
「まぁ、いつも通りで何よりさ」
今朝の様子を心配しての言葉なのか。
本番直前にして、緊張感であれだけ豹変すれば心配されるのも無理ない。
実際に今だって顔が強張っている。
このまま酷くなってガチガチに緊張して歌えなくなるのは勘弁したい。
「気分転換に最終打ち合わせでもしようか」
一曲目は四人体制最後のライブを披露し、二曲目の合間でヒカリが登場するという段取り。
その時の登場の仕方なのだが……
「わざわざこんな演出に凝る必要あります?」
「勿論さ。君のデビューライブなんだから盛大にいこうじゃないか!」
盛大にやれば会場が必ずしも盛り上がるとは限らない。
ましてや、目の前のお客さんの全員が俺を……三ツ谷ヒカリを知らない。
ただでさえ知名度が低いグループで盛り上がりが欠けると言われているのにこんなことをしても白けるだけに違いない。
「それにこれはメドレー曲だからね。曲と曲の間奏時にセンターまで移動していたら、君の心の準備が間に合わないだろう。だから、ダイレクトに送るのさ」
時間的な問題から言われてしまっては何も言い返せない。
「お、そろそろだね」
曲が終わり、ステージの三人へ拍手喝采が送られる。
一回戦目の初戦にしては大き過ぎる鳴り響く声援の嵐に尻込みしそうになるが、臆する気はない。
やれることを、やってきたことをこの場で披露する。
一人ではなく五人で。
その前に四人での最後のステージを目に焼き付けるとする。
『それでは、次に登場するのはポーチカの皆さんです。どうぞ!』
この後の審査員による優劣を決めるべく脇に逸れたSCARLETと交代する形で四人は現れた。
SCARLETの時とは違い大歓声はなくとも、温かな大きな拍手と共に迎えられる。
その中央にリーダーとして立った白里は一瞬だけ客席から顔を逸らしてこちらを向く。
『見てて』
やる気に満ち満ちた表情で口元だけをそう動かして伝える。
顔の向きを戻したタイミングで曲がかかり、ポーチカのステージが始まった。
歌もダンスもまだ全然覚えていないが、白里が楽しそうにこの曲を歌って踊っている姿を観て、少しだけ愛着が湧いてきていた。
しかし、会場にいる客の殆どがやはりこの曲を知らない。それどころか、ポーチカを知らない様子。
ゲーム配信で急激に名を広めつつあるルーチェには少しばかり集中して注目が集まっているものの、他の三人はあまり知られていない模様。
ファンではない彼らにとってどう盛り上げればいいか分からない。といった困惑した表情がポツリポツリと視界に現れる。だが、曲が進むにつれて次第にセンターへと目が向けられているような気がした。
「唯菜ちゃん。変わったね」
「……変わってませんよ」
「それはどっちの君の見方だい?」
「どっちでもないです」
クラスの時の白里唯菜。
ポーチカでアイドルとしての白里唯菜。
その両側面を二人の視点からこの一か月間。よく観察して、触れ合って、理解してきたつもりだ。
アイドルの側面しか知らない白里を見ればジル社長が変わったと思うのも分かる。
「僕が知る限り。唯菜ちゃんはあんなにも真っ直ぐな瞳で客席を見る子ではなかった。不安や恐怖がどことなく憑いた状態でライブをしていた」
「そうですね。初めて、白里のライブを観た時は俺もそう感じました」
「でも、今の唯菜ちゃんは違う。追い求める姿勢は止めずに新たな自分を体現しようとしている……だが、君から見ればこれが本当の唯菜ちゃんなのだろう」
明るく笑顔で周囲の注目を自然と引き寄せる。
クラスの時に頻繫に見る白里唯菜がステージに立っているのと同じ。
だから、変わっていないと思えた。
「そういう君は変わっていないのかい?」
「……分かっているくせに」
「敢えて聞いているのさ。君の心境を」
そうやり取りをしている間にもう一曲目の後半へと差し掛かっていた。
「そろそろ出番なので、俺は行きます」
「君の答え。ここで聴けるのを楽しみにしているよ」
「もっと違うことを楽しみにしてください」
時間もないため、投げやりに話を切るとスタッフの案内に従ってリハーサル通りの定位置へ移動した。




