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三十幕 晩御飯/特訓③

 夕食を済ますべく、マンションから近い駅周辺にあるファミリーレストランへと入店した。平日の原宿とだけあってか、店内のお客さんは多い。店員も忙しそうに店内をバタバタ動き回っているため、新たに来客した俺達に気付くのが遅れる。


「あ、すみません!少々お待ちください」


 入り口付近を通りかかった女性店員が気付いてそう声をかけるもトレイに乗った食器皿を置きにそのまま奥の方へと向かう。待たせていることで慌ただしく戻ってくる。


「申し訳ございません。現在、満席でして……」

「連れが中に居るのだけど」


 連れ?誰かもう一人居るのか。

 ルーチェの言葉を聞いた女性店員も俺達が後から来る客だと気付き、席へと案内する。


 何だろう……この光景を前にも何処かで見た気がする。


 他のお客が座る席の横を通る度に注がれる視線。

 人目に付きやすい銀髪碧眼で小さく可愛いらしい容姿をしたルーチェを見て『芸能人かな?』『どっかの国のセレブの子供?』とヒソヒソ噂する声が聞こえてくる。

 あまり人前に晒されるのが得意としないルーチェが意外にも物怖じせずに注目の的となっていても堂々とした振る舞いを見せているのが少し意外だった。


 「こ、こちらの席でございます……」微妙に引き攣った声で窓際の席に促される。そこに居たある人物へと俺は目を向けると店員の気持ちを察した。

 

「待たせたわね。ナイル」

「お待ちしておりました、ルーチェ様」


 ルーチェの言う『連れ』とはボディーガードマンのナイルさんだった。

 任務に忠実で全うな彼は一人であろうと人目を憚らずに着席せず、待機状態のままテーブルの横へと立っていた。

 反対側に座る部活動帰りか何かで集まった四人組の男子高校生や後ろの席に座る原宿に遊びに来た女子高校生達が面白がって携帯電話で写真を撮っている様に俺は他人の振りをしたくなる。

 

「何しているの、早く座りなさいよ」

「う、うん……」


 色んな所から注目が集まるのが心苦しく落ち着かない。

 それに慣れた表情でメニューを開いたルーチェは気分に任せて即決した。


「あんたは?どうするの」

「ん~そうだな……」


 ナイルさんがいるせいで妙な緊張感に駆られ、思考が回らない。

 何でもいいし、早く出たいし……これでいいか。

 定番メニューのハンバーグ定食と俺も即決。


「ナイル。あんたはどうするの?」

「自分は結構です」

「どうせ、後で弁当買って、事務所に帰って食べるんでしょ。なら一緒にここで済ませちゃいなさいよ。それにあんたが立っていると目立って仕方ない」

「ですが、それでは任務が……」

「いいから座りなさい。ヒカリが迷惑甚だしいって顔でさっきから睨んでるわよ」


 そこまでは主張していないが、自重して欲しいという点では概ね一致している。

 ルーチェにそう指摘を受け、仕える主人からの命令と受け取ったナイルさんはすんなりと彼女の横に座る。

 

「真面目なのはいいけど、融通が利かないのはあんたの悪い癖。って言ってもどうせ聞かないのだけど」

「私の任務はお嬢様の身辺警護でございます。いついかなる時も御守りせよとボスからのお達しです」

「はぁ、もういいわ。あんた程クソ真面目で自分の事なんざ二の次って人間なら心配は要らないか」


 今更何を言っても仕方がないと諦めた口調で呟くルーチェは視線を俺へと移す。

 あれ……何だろうこの感じ。

 サファイアの如く鮮やかで透き通った綺麗な瞳に目を奪われ、よく見ると愛嬌を抱かせる顔に少し魅了された。

 最近、部屋の中でも一緒に過ごす頻度が増えたことでルーチェと話すのも慣れたと言える。愛らしい容姿から放たれるキツイ口調には見た目とのギャップを感じてはいたものの、今となっては一種の個性だと認識している。


 それ故に容姿端麗ではあるが、中身はアレなルーチェにこんなにもドキドキする印象はあまり抱いた事がなかった。最近では無断で部屋に侵入してくる傍若無人な隣人としか見ていない。

 しかし、今日はいつもの自堕落で怠け者のお嬢様というあのだらしない雰囲気があまり感じられなかった。いつもよりは大人しい印象は残る。


「人の顔をじろじろ見て面白い?」

「ん~今日はいつもとなんか違うなって」

「気のせいよ。それより、あんたは唯菜と上手くいっているの?」

「新曲の……っていう意味で?」

「コンビでよ」

「いつ俺と白里がコンビを組んだ?」

「二人で前に立つのだから、コンビの意味が成立するでしょ」

「あ~そういう」

「で、どうなの?」


 『どうなの』と言われても、直ぐには説明し辛い。

 俺と白里……厳密に言えばヒカリと白里の仲はまだ親密とは程遠い。

 お互いにどこか譲り合っている部分を多いし、まだ互いの気持ちを率直に伝え合うのは厳しい。


「学校とこっちでの関係は全然逆だな」

「学校の方がまだ仲が良いって言いたいわけ?」

「そうかもな。ライブ以降、教室内でも割と話してくれるし。最近はメッセージアプリで毎日会話している」


 そう。陽一として関わる時はかなり良好であった。

 ライブの一件で白里の隠れた一面を色々と目の当たりにしたことでお互いに少しだけ前よりも硬い関係状態が柔らかくなった。最近では『SCARLETの過去ライブの円盤を貸すから見て欲しい』という趣旨で俺をSCARLETファンに躍起になって染めようという魂胆がまるわかりの状態で勧めてくる。

 

「ふ~ん。仲が良くていいじゃない」

「俺としてはこっちで親密度を深めたいんだ」


 陽一の方で仲良くすると、クラスメイトの親友二人から裏切り者扱いされるから少々気が引ける。


「じゃあ、結局のところ上手くいってないのね」

「……そうなる。それにしても意外だな」

「何がよ」

「ルーチェが俺達を気に掛けているなんて」


 基本的にゲームしか興味を示さないルーチェが少しでもそういった素振りを示すのが意外。

 いつものあの傍若無人っぷりな様相から優しさなんて微塵も疑えないと決めつけていた。

 そんな失礼な見方をされていると勘づいたルーチェは深く溜息を吐く。


「話を戻しましょ。それであなたはどうなの、唯菜と仲良くやれそう?」

 

 なんだよ、その不穏めいた言い方。

 女子が嫌いな人の話をする時の前触れみたく感じる。


「少なくとも今のままだと駄目かな。いっそのこと、正体を明かした方が早い気もする」

「社会的な抹殺を覚悟の上で?」

「それはやだ。でも、どうしてそこまで気にかける?当事者の俺が言うのもなんだが、多分この姿でも白里とは仲良くなれると思うけど……」


 俺の中での想定はあくまでも白里の方から歩幅を合わせてより添って来てくれる。

 そんな他人任せな関係値を築けると勝手に判断していた。

 

「あんた、そんなんだから彼女出来ないのよ」

「うっ……」


 対人関係に難ありまくりのルーチェからの思わぬ鋭い棘が見事に心にぶっ刺さる。

 受け身な性格なのは自分の短所だと自負していたが、これがまた意外に直すのが難しい。

 

「でも、私の見立てからしたらあんたの予想は多分通らない」

「通らないって……要は俺から距離を縮めないといけないのか?」

「端的に言えばね」


 水の中で小さく溶けた凍りが浮くグラスの水滴に触れながらルーチェは結論付けた。二人の関係を間近で観察していないにも関わらず、どうしてそう断言出来るのはかさておき……俺は内心で同意した。

 

「薄々気付いているんでしょ。唯菜があんたを意識しているって」


 一時間二千円で借りられる防音完備の個室スタジオ。

 前後側面がミラー張りで二人並んで踊ってもぶつかることのないスペースが広がっており、Bluetooth搭載型のスピーカー機器が備え付けられているため形態端末で繋げは直ぐに自分の練習したい曲を流せる事から練習するにはうってつけの場所として唯菜は随分と前から通っていた。

 誰にも知られることなく、レッスン終わりに一人で足を運んでは鏡に映る自分の動きを正確に把握し、ダンスにおける欠点を自ら見つけていた。


 だが、今日は違った。新曲の音源で練習していたのはダンスではなく歌の方。

 歌の練習であればカラオケボックスの方が安上がりではあるが、歌とダンスを並行して練習するのであればここ以上に適している所を唯菜は知らない。

 他の個室にも自分と同様に練習をしに来ている人が多く、その中に有名なダンサーや他のアイドルグループに属する人を見掛けたりすることがあった。

 その辺の界隈に豊富な知識を有する唯菜はそこですれ違う人を一方的に知り得ているため、一ファンとしては役得な場所であった。


 そして、そこで得られる特別な利点(メリット)もある。


「どうですか?」


 一曲をまるまるダンス抜きで真剣に歌い切った唯菜は丸椅子で腕を組みながら聴いていた自身の先生へと感想を仰ぐ。

 深い葵色が特徴的で短く切り揃えた麗人は目と口をゆっくりと開けて述べる。


「悪くない。前よりは上達したわ」


 当たり障りのない評価ではあるが、彼女の口からその言葉を聞けて唯菜はホッとした。


「でも、まだダメ」

「……」

「唯菜が理想とする三津谷香織の歌声には遠く及ばない」

「具体的にどうダメでしたか?」


 向上心の高い唯菜は厳しいアドバイスが返ってくることを承知で尋ねる。


「いつも言っているけど、音をしっかり聞きなさい。唯菜は身体でリズムを掴みながら歌えば音はあまり外さないけど、ピタッて止まりながら歌うと何故か音を外す癖があるからそこを直すこと」

「……はい」

「それから……」


 色々と指摘を受けた唯菜はその全てをしっかりと聞き入れて自身のノートに書きこむ。

 多少キツイことも言われるが、全ては自分を想ってのことだと前向きに捉えて吸収していく。

 そうして、唯菜は少しずつ成長してきた。


 一通り、先程歌った楽曲の中での反省点を聞き終えた唯菜は自分がまだまだであることを通感し、溜息交じりにノートを閉じる。そんな彼女を見兼ねたアドバイザーは軽口を挟む。


「ま、精々小銭を出して聴ける程度にはなったかな~まだまだだけど」

「う~彩香(さやか)さん、きびしい~」


 彩香と呼ばれたこの女性の名は松前彩香。職業は音楽家を生業として、ポーチカの楽曲制作に携わるジルお抱えの作詞作曲家である。元はシンガーソングライターとして活動しており、唯菜と二人きりで秘密な歌唱練習を指導してくれる師弟関係でもある。


「でも、本当に上手くなったよ。初めの頃なんて、音程なんて取れたものでじゃないくらい酷かったのし……その点で言えば唯菜は物凄く成長したよ」

「彩香さんのお陰です。本当……あの一件以来、ここの扉が急に開かないか怖くなりましたけど」


 唯菜と彩香の出会いはこのスタジオから始まる。

 まだ唯菜が通い初めて間もない頃、当時自身のデビューが掛かった曲を練習している最中、突如部屋の厚いドアが開かれ、ズカズカと勝手に入って来ては音源を止めて『何でこんな下手くそなまま歌い進めているの?やり直し』と言ってきた謎の人物に恐怖しながらも大人しく従った。


 その後は二時間以上、基礎的な発声練習を行いながら一つの曲を序盤から中盤まで、間違えたらやり直しを繰り返して歌い続けるスパルタ練に唯菜は怯えながらも必死についていった。

 『あんた、根性あるね。私が鍛えてあげる』と気に入られ、名も知らぬ女性と何故か一方的に師弟関係を結ばされたのは唯菜の中で衝撃的な時間であった。それ以降、彩香には知らせず一人で練習している最中に大扉が突然開いたりしないだろうか、と意識するようになってしまった。

 

「悪かったって。まさか、あの時廊下で歩いていたら自分の作った曲が聴こえて……耳を傾けていれば、嗚咽が出るくらいひっどいブサイクな声で歌うんだもん。そりゃ、止めるでしょ」


 酷い言われようだが、言われても仕方がない。

 当時を振り返ってみれば、彩香が唐突に押しかけてくる気持ちに唯菜は理解出来ていた。

 自分の作曲した歌があまりにも下手くそに歌われては我慢ならないのも無理ない。唯菜としてはそれがデビューライブにで聴かれ、自らの手で歌い手の成長を促してくれるよう施してくれたことが本当に救いだったしか言えない。


 彩香曰く、これをもしもステージで聴いた後だったら絶対に歌った奴とジルをぶっ殺していた。そう笑いながらも全然笑えない言葉に唯菜は青ざめながら聞いていた。


 現に彩香との出会いがなければ、唯菜はとんでもないデビューライブを迎えていた。

 デビューライブそのものの結果はあまり良い思い出ではないにしろ、彩香との出会いがなければ恐らく唯菜のアイドル活動はそこで終わっていたかもしれない。


「すいません、色々。でも、彩香さんのお陰で私は……」

「礼なんて要らない。あなた達の評価が上がれば私の評価も上がるのと同義だっていつも言ってるでしょ。それに唯菜の目指す理想はまだこんなもんじゃないって……理解しているのでしょ」

「はい」


 理想に手が届くのはまだ大分先。

 自分にはまだ大きな伸び代があるのだと、いつものポジティブさを以て向上心を仰ぐも、それがどうにも前向きに転ずることがなかった。

 むしろ、今は伸び悩みに直面している。

 

「どうやら上手くいってないみたいね」

「上手くいってない訳じゃないですけど……少し思う所があって」

「新曲での扱いに関して?それとも、新メンバーの子にメインパートの歌割を取られたこと?」


 あるいはその両方。


「彩香さんにはお見通しですね」

「あの曲を作ったのは私。あの忌々しいクソ金持ち野郎の要望を受けてね」


 彩香とジルは浅からぬ因縁関係があり、詳しい事情は唯菜も知らない。

 彩香はそれを忌まわしき記憶と封じ、自らジルとの間での過去を話したがらない。

 それでも彼女がジルの要望を受けて作曲するのは金であった。

 そこら辺にいる作曲家よりも倍の値段で提示するジルの狡猾さにプライドよりも生活を優先するべく、これまでに三度曲を提供していた。


 しかし、受ける理由はそれだけじゃない。

 唯菜が彩香を信頼するように、彩香もまた唯菜に可能性を感じていた。


「今回の新曲。本当は唯菜をメインにして作るつもりだった」

「え……」

「あいつも最初はそのつもりで依頼してきた。けれど、二週間前くらいにあいつから新メンバーが加わるから曲のリテイクを求める連絡が入ってね……音源も作り終えたばかりだって言うのに、リテイクって……マジでぶっ殺してやろうかと思った」


 次会えば絶対に絞めてやると言わんばかりの顔で指をぽきぽき鳴らす。


「じゃあ、ジルさんはその時点でヒカリちゃんをセンターに置くつもりだった……」

「いや、それはデビュー曲にするとか何だかで話が纏まった。もう一個余計に仕事を増やしてね」


 イライラを募らせる彩香を唯菜は少しずつ宥める。


「それで新メンバーは唯菜から見てどうなの?」


 その問いに唯菜は思った事を率直に言葉に出す。


「ヒカリちゃんはダンスも歌も初心者そのもの。でも、デビュー前の私と比べれば全然上手です」

「本心ではどう感じているの。次の大事なイベントにセンターを取られたことに対して生意気な新人が調子乗りやがって……とかない訳?」

「そんな意地悪く言うつもりはないです。ただ、悔しくは思っていますし……少しだけですが納得もしていません」

「ふーん。でも、少なからずそう思う自分も中にいる訳だ」


 否定はしない。

 ジルの口から次のイベントでヒカリをセンターにすると言われたあの日。

 唯菜は仕方ないと割り切っていたものの、心の奥底では悔しい気持ちが渦巻いていた。

 憧れのSCARLETと直接相対する。それを聞いた途端、初めは思考が完全に停止して意気消沈していた。けれども、自身が深い尊敬を抱く三津谷香織と同じステージで競い合うことが出来る機会に自ずと勝負心が目覚め、香織の持つ輝きに自分がどこまでそうなれたか見極める様な気持ちで前向きに捉えていた。


 しかし、次のイベントで香織と勝負するのは唯菜ではなく入ったばかりのヒカリ。

 アイドルは個人の戦いではなく、グループ同士の戦い。

 勝利を掴むには全員で一致団結して戦う必要がある。そのことを唯菜もリーダーとしての立場からしかと理解している……だが、あの日のSCARLETライブを見た直後ではやはり個人の輝きがグループの輝きに大きく影響することを再認識してしまった。


 優れたパフォーマンスでファンを魅了し、誰よりも前で中心で自身の輝きを高める者が一人いるだけでステージの見え方は大きく変わる。

 観ていると眩しくて、温かく、手を伸ばしたくなるような魅力に惹きつけられる。

 

(私もあんな風になりたい……SCARLETみたいな信頼関係を築いた仲間達と一緒にステージで耀きたい)


(そのためには私が成長しないといけない)


(リーダーの私が周囲を引っ張っていくパフォーマンスでファンだけじゃなくて皆を焚き付ける)


(『追い駆けたい』ではなく『追い駆けて』と言える背中を見せられるような存在)


(それこそが私の追い求める理想のアイドル像であり、目標である)


 無論、その目標に近付くことがどれくらい難しくて無謀であるかは百も承知。

 普段の定期公演でロクにファンを集められないポーチカとSCARLETでは実力が天と地程も差があることは痛いくらい知っている。


 でも、挑戦したかった。 

 自分がどれくらい彼女に近付けたか。

 唯菜はそれを身をもって知るまとない機会だと自負していた。


 だからこそ、ジルの提案には悔しいと感じるのも必然だった。

 ステージ経験もない素人同然の新人アイドルをデビューライブのセンターに起用することが『唯菜よりもヒカリの方が輝ける』……あたかも、そう直接ジルの口から告げられたような気がしてしまった。


 それでいて怖かった。

 自分がジルに呆れられてしまっているのではないかと感じて……


「あいつもとんだクソ野郎ね。勝負するだけさせてあげればいいのに」


 SCARLETとの直接対決が次で最初で最後と言うことでもない。

 機会ならいくらでもある。

 彩香の楽観的な考えには唯菜も賛同派ではあった。ヒカリと練習する以前であれば。


「正直に言えば、多分ヒカリちゃんは私よりも才能があります。特に歌の方面に関しては」

「へ~それは気になるわね。確か、タムチンが付きっきりで指導しているんだっけ、その子」

「はい」

「なら、それは楽しめそうね」

「楽しめそう?」

「あら、言ってなかったけ?次のイベントで私、審査員に任命されてんの。あんな馬鹿暑い七月の炎天下で二十曲も聴いてるなんて死ぬわ、とか思ってたけど……ギャラがいいのよ。アレ」


 親指と人差し指を丸めニヤつく彩香に苦笑いで応じる。


「かといって、あんた達を贔屓して札を上げるとかはしない。やるからには公平を喫する」

「はい。そこは正直にお願いします」


 例え、彩香だけが札を上げようとも他の審査員が評価をしなければ勝負には勝てない。

 一人でも多くの審査員に印象を残せるライブをすることこそが今回の目標。

 勝負には勝てなくても、自分達の成長の兆しを見つけ、新たな五人でのポーチカをどう披露していくのかが今回のイベントにおける目的。


(それらを達成するには私がもっと頑張らなきゃ……)


 そう自身に気合いを入れる分かり易い唯菜の心情を読んだ彩香はやれやれと溜息を吐く。


「それと、あんたはもう少し人を頼りなさい」

「頼る……ですか?」

「そうよ。あのクソ野郎が何も考えなしにド素人の新人をセンターに置く訳なんかないでしょ。私がこう言っちゃえば、あいつの思惑を理解したみたいな感じで死ぬ程いやだけど……私は唯菜に一人で戦って欲しくないと思っている」


 プライドを捨て、彩香は唯菜を想って正直に伝える。


「決して唯菜に力がないとは言わない。でも、誰かの力を借りないと唯菜は前に進めない。いくらこうして練習を積み重ねてステージに立っても……傷つくことを繰り返すだけ」


 その言葉に唯菜は手を握り締めた。

 オブラートに包み込んでも突き付けられる現実の厳しさは容易に頭の中で浮かぶ。

 それぞ悔しい記憶として想起させられ……ステージ以外では目を逸らし続けていた恐怖が身を襲う。


「兎に角、先ずはその子とコミュニケーションでも取りなさい。仲良しごっこはあんたの得意分野でしょ」

「言い方!……でも、ありがとうございます。励まして頂いて」

「いいわよ。それと今日の部屋代は私が持ってあげるからそれくらいは許して頂戴」


 話に夢中で一時間が経過し掛けていた事に気付く。

 練習が出来ていないことに不満を感じた彩香は一旦部屋を出てフロントに向かうともう一時間追加の延長料金を支払う。戻って来て早々にいつも定位置で端末から音源を流す。


「ほら、付き合ってあげるんだからその子に負けない勢いで練習しなさい」


 荒っぽい口調からは信じられないくらい優しい心を持った彩香の指導に背中を押され、疲労なんてものを気にせず自分にとって有意義な厳しい特別レッスンに唯菜は食らいついていった。


 夕食を済ませ、三人で明治通り沿いを歩きながらマンションのある方へ帰路につく。

 マンションのある小さな路地へと入り、マンションの前に辿り着く。


「じゃあ、私はここで」

「お前のある部屋はここだろ?」

「今日は兄貴の所に泊まるの。明日はちょっと午前中に用事があるから……」


 明日は土曜日。

 学校も休みだから一度帰っても良かったが、どの道明日のお昼過ぎにはレッスンがある。

 少しでも睡眠時間を多く取りたかった俺はここで一泊すると決めていた。

 ルーチェが隣の部屋に居ないという事実を知り、安眠を約束されたことを間接的に悟った俺は心中でガッツポーズをとる。

 

「それじゃあ、唯菜のこと頼んだよ」

 

 そう言い残したルーチェはわざわざ来た道を戻る形で背を向ける。


「頼んだよ……か。ジル社長みたいな口振りだったな」


 最後の言い方が何ともそう感じられた。

 兄妹だからか、真剣な顔で話した時の雰囲気はそっくり。

 

「ま、いっか。今日は早くねーよっと」


 ルーチェの違和感をそこまで気には留めず自室へと戻った俺はベッドの上に置いてあったゲーム機器に気付く。忘れている事を知らせに携帯電話を取り出すも、彼女がハマるゲームを試しにやってみたくなる気持ちが急に強まった。


「ちょっとくらい……いいよな」


 入っていたソフトは子供の頃にハマっていた懐かしきレーシングゲームの最新版。

 どんな風なクオリティに変貌したのか、興味深い気持ちを抑えられなかった俺は自分しかいないにも関わらずそおっと手をゲーム機器に伸ばして電源を付けた。


 しかし、不思議とゲームをする気にはなれなかった。

 あれだけ湧いた興味もふと脳裏に過ぎったある不安が搔き消した。


「今日、結構ミスしてたよな。俺……」


 一足早く白里は完璧にダンスを覚えていた。

 それに歌詞もしっかり覚えた上で歌とダンスを連動させていた。


 学校でも朝早くから登校して一人で自主練をしていたから覚えるのが早いのは当たり前。

 かく言う俺は限られた時間内でしか自主練出来ないため、覚えるのに時間がかかるのは当たり前……なんて言い訳はしたくない。


 白里だって限られた時間内で練習している。

 朝練だって30分程度しかない上に学校のスタジオが毎朝使えるとは限らない。

 それでも彼女は時間を見つけてはダンス動画を見直し、自分の身振り手振りを確認しながら徐々に上手くなろうと研究と研鑽を続けている。


 俺はそんな彼女に比べて半分も努力していない。半分どころか……それ以下に等しい。

 初めてだから、加入したばかりで基礎も覚束ないからタムタムに言われた箇所のみを中心にやれば問題ない。なんて甘えた考えで練習に取り組んでいる。

 

 決して白里にそんな自分を見せている訳ではない。

 限られた時間内で一つ一つ真剣に取り組んではいる……しかし、まだ足りない。


 それは白里も同じで足りないと感じているから自習練をして埋め合わせようと努力している。

 なら、俺も彼女と同じくらい……いや、それ以上に努力する時間を作らなくてはならない。


「こうしてゲームする暇があるなら……俺も練習しないといけないな」


 改め言うが……

 ヒカリとしての時間はかなり限られている。

 白里みたく朝練は出来ない。

 出来る時間はこの身体に変身し続けている放課後と自宅に帰らない日の夜のみ。

 悠長に時間を過ごす暇は今の俺にはない。


「よし」


 気合いを入れ、息込んだ俺は白のパーカーを羽織り、スマホとイヤホンをポケットの中に入れて近くの公園へと向かうべくゲームの電源を切らないまま部屋を後にした。(切り忘れた)

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