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二幕 序章/勧誘②

 全身黒いスーツを着た屈強な男に付いていく形で入店した。

 異国の要人を警護するボディーガードマンと何処からどう見ても普通の男子高校生。その異様な光景に周囲から視線を注がれる。

 マジで早く帰りたい。


「あの人、芸能人か何か?」

「でも、制服着てる」

「金持ちとか?」

「ヤクザの息子とか?」


 ひそひそ声で会話する婦人の方々からもの凄い見られているのが妙に落ち着かない。

 警戒すべきはあそこの席に座るスーツの男性陣であって無害な俺ではない。

 あまり目を合わせないよう、極力視線を案内担った男の背につけながら歩く。


 一面ガラス張りの窓際の席に着くとそこには真っ白なタキシードに身を包んだ銀髪の好青年がコーヒーを飲みながら優雅にバスターミナルの方を向いて座っていた。

 近づいてくる足音に気付き、こちらへと顔を挙げる。


「ボス、連れてきました」

「ありがとう、ナイル達も少し楽にしていて構わない」

「「「はっ」」」


 待機命令が下った彼らはテーブルの周囲にそれぞれ展開する形で立ち、依頼者(クライアント)の身の回りに一切の危険が及ばぬよう警戒する。

 その所為か店内の雰囲気はより一層重くなり、周囲に座っていた客の数名が退店していく。


 完全に営業妨害だろと指摘したくなるも、そんなことを言える心持ちはない。

 訳も分からず連れて来られ、もの凄い人の前に座らされて一体何を言われるのかと怖くて仕方がない。


 そうオドオドしながら目の前の男性を見詰める。

 日本人離れした異国風の端正な顔立ちに特徴的な銀髪に蒼眼の男性。目元を見ればどこか日本人っぽさの印象を持つ彼の瞳が俺を捉える。


「やぁ、初めまして。えっと……」


 彼はどうやら俺を知らないらしい。

 当然と言えば当然だ。

 俺も何度記憶を遡ってもこんな人と以前会った面識がない。

 そもそも、なんでこの人は俺なんかを呼び出したんだ?


 色々と考えれば考えるほどバクバクと鼓動を早める心臓を落ち着かせて挨拶する。


「三津谷陽一です」

「三津谷!?……もしかして君が……」

「……?」

「いや、何でもない。急に呼び出してしまって申し訳ないね」


 名乗った途端、彼の態度がガラッと変わった。お互いに初対面な筈なのに、まるで知っている風に話す。そう促されて席に座ると「何か頼むかい」と爽やかな顔で尋ねられるが「結構です」と断る。


 長話に付き合う気はない。そちらの用件が済み次第、早急にこの場から離脱させてもらうつもりだ。


「それで用件というのは?」

「ん~そうだね。まぁ、担当直入に伺えば……君はあの子のカレシ君か何かかい?」


 あの子?カレシ?という急なワードに困惑した。

 この人が誰のことを指しているのか皆目見当も付かない。


「君が先程一緒に歩いていた子。白里チャンだよ」

「白里…唯菜ですか?」

「そうそう。彼女があんな楽しそうに歩いていたのを偶然に目撃してしまってね。つい気になって君に声をかけてしまったのさ」


 なるほど、何となく読めて来た。

 この人は恐らく白里の芸能事務所の社長さんか何かの偉い人なのだろう。

 俺と一緒に歩いている所を目撃し、白里が事務所に黙って男と付き合っているという風に誤解したのではないかと思ったに違いない。


 そうと分かれば話は早い。


「俺は白里とただのクラスメイトで、今日は偶然にも下校するタイミングが重なっただけです。噓だと思うなら後で本人確認してください」


 俺の言い分をありのまま聞き入れ、ふむふむと軽く頷く。


「なるほど、君はあくまでもただのクラスメイトだと主張するんだね」


 主張も何も俺が白里とまともに会話したのはほんの三十分前が初めてなんだが。


「そうです。第一、俺みたいな奴と白里では釣り合わないでしょ」

「そうかな?彼女を見る限り、とても楽しそうな顔をしていたけど」

「彼女は誰に対しても基本的にあんな感じです。違いますか?」

「確かに……」


 意外と素直にもあっさりと聞き入れ「一理ある」と呟く。

 白里のそういう一面に頷くということは予想通り事務所の関係者なのだろう。

 この顔から察するに所属タレントなのだろうか?

 にしては、俺と白里の関係を疑ってくる辺りが変に思う。


 とにかく噓偽りのない真実を伝え、本人も納得した表情を確認した俺は話を切り上げにかかる。


「これで誤解が解けましたなら、俺はこれで失礼させて……」

「あぁ…もうちょっと話に付き合ってくれないか?」


 このままの流れで早々に立ち去るつもりで立ち上がるも、伸びた長い腕に掴まれて阻まれる。

 この人の動きと連動するように他の三人も身体をこちらに向ける。その威圧感に耐えかねた俺はあっさりと座り直す。


 警戒すべきはこの優男っぽい好青年ではなくあの三人のボディーガードマン。

 彼らが見張っている以上、強行突破及び逃走は通じないと考えていい。


 打つ手なしと諦めた俺は再度席に着き、何か飲み物を頼んでもいいか尋ねると「勿論」と笑顔を返される。レジに向かい、コーヒーを頼んでいるうちに逃げ出そうかと無謀な検討をするも、あの三人組の目が俺に向いているうちは無駄だと完全に悟る。


 うん、諦めて話しに付き合うとしよう。

 レジで受け取ったブラックコーヒーを口に含み、再び彼の前に座る。


「あの、用件はさっきのことだけじゃないんですか?」

「最初は君達の関係を聞いてみたいだけだったんだけど……少し個人的に君が気になってね」


 いや、なんで?

 コーヒーを口に含ませるも喉に詰まらせないよう落ち着いて飲む。


「無論、性的な意味ではないけどね」

「……コーヒー口からぶっかけられたいんですか」

「いやいや失敬。少し揶揄ってみただけさ」


 冗談が悪い。

 この会話を隣の隣で座っていた二人の女性がひそひそと何か話をし出したじゃないか。


「君は妙に落ち着いているね」

「そう振る舞っているだけで今も心臓がバクバクです」


 冗談交じりでさっき『コーヒーぶっかけますよ』とか言った途端、ボディーガードマン三人の圧が首筋辺りに触れた気がした。

 危害を加えようものなら武力行使で制圧する。イメージ通りの典型的な姿勢に内心でビビり散らしている。


「ははっ、冗談が上手いね」


 いや、冗談とかじゃないです。

 この慣れない状況に今も必死に言葉を選んでいる真っ最中。


「それはさておき……本題に入ろうか」

「本題?」

「まぁ、今からする話は君の苗字が『三津谷』だと聞いたから、しようと思った話さ」


 俺の苗字……まさか……


「君は今、話題の有名なアイドル。SCARLETの三津谷香織……のお兄さんで間違いないかな?」


 またか。三十分前も同じような質問を受けたな。

 先程同様に特に噓を言う理由もないため、あっさり「はい」と認める。


「やはりか。彼女も君も落ち着いた雰囲気をしているからかな。少し面影を感じたよ」

「面影も何も……容姿は全く似ていませんけど」


 誰もそんなことは聞いてすらいないが、皮肉っぽく事前にそう伝える。


「ん~別にそう卑下することではないさ。彼女には彼女の魅力があり、君には君の魅力があると僕は思うよ」


 超絶美形の銀髪碧眼イケメンから言われても微塵たりとも嬉しくない。いっそ嫌味に聞こえる。


「お世辞なら結構です。それで、俺が香織の兄であると知ってどうするんですか」

「これもただの確認……とは言わない。僕が個人的に興味を持ったのは君たち兄妹は何か特別な素質があるということでね」

「適当なことは言わないでください」

「適当ではないさ。僕は本心から言っている」


 噓臭い。


「こう言われるのは慣れてないかな?」

「お世辞なら言われ慣れています。嬉しくもない上っ面なお世辞は」

「お世辞か……率直に言ってしまえば君の容姿は平凡だね」


 うん、その通り。

 超絶イケメンのあんたから言われれば別に悪い気もしない。

 

「だが、光るものがある。彼女にはなくて、君にあるものがね」

「……適当なこと言ってません?」


 ほんの十分程度の会話で何が分かる。

 でたらめにも程がある。そう強きに真っ向から声を荒げて否定したくなるも、ボディーガードマンの視線がそれを心中で留めさせた。


「いやいや、僕は至って真剣さ。君を見て思った事を口に出しているだけ」

「それを適当って言うんですよ」

「そうそう。君の魅力はそういうとこさ」

「……」

「物怖じしないその態度に、僕は惹かれたよ」

「口説くなら他の女にしてください」

「違う違う。これはスカウトさ」


 スカウト?

 今、スカウトって言ったか?


「俺を芸能界に引き入れようって話ですか?」

「そうだね」

「それなら謹んでお断りします」

「これはまた手厳しい。だが、君がもし自分のビジュアルにコンプレックスを抱いている理由でこの話を断るというのであれば、別にそこは変に考えなくていい」

「……どういうことです?」


 この人の発した言葉の意味に疑問を呈する。


「そうだね……口で説明しても分かりづらいと思うから……」


 そう顎に手を当てて考え事を決めると背後で控えていたボディーガードマンの一人に車を出すように指示する。


「申し訳ないが、この後僕に付き合ってもらおう」


 許可を求める前に決定付けた。

 尋ねたところで「嫌だ」という返答が来るのを予想してのことか、彼が立ち上がると同時に三人のボディーガードマンが俺の席を取り囲んだ。

 

 行動が速過ぎでは?


 取り敢えず逃げ道は断たれたまま。何事もなく解放されるにはこのままこの人に付いて行く他ないと結論付けて無駄な抵抗は諦めた。


「済まないが構わないかな?」


 今更、許可を求めてきてももう遅い。

 嫌そうな顔をアピールしつつも「分かりました」と了承せざるを得なかった。

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