二百七十八幕 頼もしいプロデューサー
分厚いステージ板の奥から大歓声が響く。
ステージに立つは五人の少女達。
実力面はSCARLETに匹敵し、新進気鋭で最も勢いのあると言われるグループ。
Re:UNION。
横浜アイドルトーナメントでハナを切るに相応しい。
第一回戦の初戦から一気に会場内のボルテージが上がるような空気感が容易に想像つく。
勝てるかどうかは微妙だ。
パフォーマンス面において向こうはプロ並み。
人に魅せるパフォーマンスを強く主張し、見る者を虜にする……実力派アイドルグループだ。
「いや~凄い歓声だ」
参ったなと言わんばかりの態度でジル社長が近づく。
「いいんですか、こっちにいて」
「向こうは四人でスタンバっているからね。一人の君の方が心配だ」
「別に気を遣わなくても……」
「心配しているのは僕というよりも唯菜ちゃんだけどね」
確かに唯菜ならそう言いかねない。
「ま、僕が君と話をしたかったのもあるけど……先ずは戻ってきてくれて、ありがとう」
真っ正面から伝えられた感謝の言葉にどう返したらいいか分からず、思わず小さく頷く。
「それにしても、よくその姿に戻れるようになったね。父さんの見立てでは数%もないということだったけど……」
「正直、詳しいことはよく分かりません。ヒカリとも会話できていませんし」
この姿を自由自在に変身できるようになって以降、ヒカリの存在を感じたことは一度もない。
今までと同じで彼女と俺は表裏一体のように交わることはなかった。
「ですが、何となく今回の件に関しては俺ではなく別の誰かの想いが伝わったのではないかと思います」
「別の誰かというと?」
「唯菜です」
無論、根拠はない。
だが、唯菜のヒカリに会いたいという強い想いが腕輪に伝わって再び変身できるようになった。
その仮説が妙に正しい気がしてならなかった。
「なるほど、それは確かに有り得そうだね。君と彼女の想いがある種共鳴した形でその姿を再び具現化したというのも決してない話ではない。言うなれば、奇跡だ」
奇跡。
そう表現するのが最も正しい。
ヒカリ自身もリミットを迎え、消える覚悟をしていた。
リミットを迎えた直後に腕輪は単なる石と化して粉々に砕け消失した。
そもそも、俺がヒカリに成れたことすら奇跡に近く、全てが奇跡に近いレベルで上手く回っていた。
何度も何度も奇跡はそう簡単には起こらない。
そう呼応する形で新たな腕輪は俺に全く反応を示さなかった。
だが、仙台のあの日……唯菜が触れたあの瞬間にもしかすると……
「まぁ、詳しい話はまた後日聞くとしよう。それより今は……」
視線の先。
そのモニターにRe:UNIONの姿が映る。
映像を見なくても彼女達のパフォーマンスが凄まじいのが伝っていたが、やはりキレッキレのダンスを見れば見るほど到底及ばないと思ってしまう。
まるでアイドルというよりも……
「歌って踊れるボーカルユニット」
ジル社長がそう表現した通り。
Re:UNIONは個々の個性を押し殺し、歌とダンスで実直にグループを表現する。
だから、なのだろうかアイドルという気はあまりしない。
「だからといって、アイドルらしくないとは言わないかな。これが彼女達であって、アイドルグループRe:UNIONを表現しているのだからね。文句はあるけど、ケチはつけないかな」
Re:UNIONのプロデューサーはジル社長と犬猿の仲である松前健勇氏だ。
方向性の違いという性格面がこういった所から大きく出ている。
「そもそもの話、アイドルの定義とは難しいものだと僕は思う」
「それは同感です」
今までアイドルと言われれば国民的アイドルグループと言われた彼女達を想像していた。
特徴が似た顔の整った少女達を集め、プロデューサーが手掛ける楽曲の雰囲気からグループの方向性を決め、万人受けを狙う歌やダンスで注目される少女達がアイドルである。
あるいは、メディアを通じて多くの人々から注目されては愛され、憧れの的となるような絶対的な存在がアイドルと呼ばれる。
そんなイメージを頭の中で勝手に描いていた。
「アイドルの定義なんて人それぞれで、個人が理想とする趣味趣向に近く、好意を高く寄せた相手をアイドルとして捉える……と、僕は思うよ」
言われてみればその通りだ。
国民的アイドル。
学校のアイドル。
自分のアイドル……などと、アイドルの定義は個々人による。
思わず目が追ってしまうくらい。
好きで、興味関心が向いてしまうような相手をアイドルだとするなら……唯菜は俺のアイドルだ。
手が届きそうで、届かない。
最推しのアイドルだ。
「だから、正直……僕はファンがあまり多くなくてもいいと思っている」
「それ、プロデューサーの発言としては良くないかと思いますが」
「そうだね。でも、僕はアイドルの持つ個性を尊重していきたいんだ」
「個性……ですか?」
「そう。一色単の花畑を眺めるより、色とりどりで華やかで美しい花を眺める方が飽きないし、色々な発見があって楽しい……と、僕は思っている」
なるほど……
「だから、ポーチカなんですね」
その言葉にジル社長は明るく「そうだとも」と頷く。
「ジル社長って花を眺めるのが趣味でしたっけ?事務所はあんなに無機質なのに」
「ガーデニングはいずれ機会があればやろうかと思っているよ。良い品種を集めて、育てるのは得意だからね」
自信気に言ってくれる。
「君たちの示す色は本当に様々で、見ていて飽きない。だから、今日も楽しませてくれ」
ポーチカの一人のファンとして、無邪気な笑みを浮かべる。
出会った時から腹の奥で何を考えているのか分からない。
常に仮面を付け、自分を演じていた。
そんな彼でもこんな風に期待を膨らませ、笑うのだと少し意外に思う。
なんだかんだ言ってジル社長は良いプロデューサーだ。
優しく、頼りがいがある。
本当は俺を実験台に腕輪の能力を解析しようとしているのが根端にあり、利用しようとしているのだとしても……決して蔑ろにしない。
それだけでこの人は物凄く信用できた。
「Re:UNION側ももう終盤かな」
2曲目の中盤に差し掛かる。
もうあと五分もしない内にポーチカの出番が回る。
その瞬間、意識していなかった緊張感が重く肩にのしかかる。
「緊張はすると思うけど、君はその緊張を良い緊張へと変えることができる」
「……!」
「自信を持って、唯菜ちゃん達の隣に立ってくれ」
彼らしい言葉にふっと背中を押され、気付けば肩の荷が降りていた。
『緊張を良い緊張に変える』
その言葉が不思議としっくりときて、リラックスできる自分がいた。
そんな俺に満足したジル社長は足早にステージ袖へと向かって行った。
遠ざかるジル社長の背中を見詰めながら、軽く一礼した後にスタッフの誘導を受け……ヒカリが立つステージの入り口へと向かった。




