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二百六十八幕 遠征/休息日/同船⑮

※3月26日午後11時あたりに加筆修正を加えました。

 日本三景の一つ松島。

 かの松尾芭蕉も訪れたことのある場所だ。

 かつて丘と山であったこの地域は幾度の地殻変動を経て、地盤が沈下し、そこに海水が流れ込んだことで約260余りの小さな島々が生じたとされる。


 海と大地が織りなす自然の名所として宮城県有数の観光地としても知られる。

 松島に来ることは今回が初めてという訳ではない。

 前に家族旅行で来た記憶はあるが、それも随分と前の話。


 なにせ、まだ小学一年生と幼く、どこをどう回ったのかはあまり覚えていない。

 両親に連れられて香織と二人で広場で遊んだ記憶が薄っすらと残っている。

 それと離島の奥にある見晴らし台の上で写真を撮ったことも……


「ここが松島!」


 駅を降りて徒歩数分。

 松島海岸へと出る。

 冷たい空気に混じった潮の香り。

 前とは建物が大きく変わってしまったものもあるが、記憶の中に薄らと残る海沿いの街並みの光景が少しずつ蘇る。


 辺り一面が新雪に覆われて冬景色に染められたその場所はまた違った雰囲気を帯びていて、なんだか新鮮な感じがした。


「ねぇルーチェちゃん、知ってる?松島って日本三景の1つでね、あの松尾芭蕉も来たことあるんだよ」

「バカにしてる?私、これでもクイズゲームで培った知識は豊富だから」

「そうなの?」

「うん。意外かもしれないけど、ルーちゃん、成績良いもんね」

「意外は余計よ」

「いや、意外だよ」


 ルーチェが勉強している姿は殆ど見た事がない。

 学校は通信制で殆ど引きこもって日中はゲーム三昧の日々を送っているようだが、学校からの課題はきちんとこなしているらしい。


 学校に行かない分、やることはしっかりやって結果を出す。

 そうすればジル社長も何も言わない……というか言えないらしいので、学校の成績は良いのだとか。


「そういう唯菜こそ、学校での成績はそこそこって言うじゃない」

「う……」

「試しに他の日本三景も言ってみなさいよ」

「京都の天橋立、広島の宮島でしょ。それくらい分かるよ、行ったこともあるし」

「じゃあ、これで制覇だね」

「そうなんだよ。だから、来てみたかったんだー、松島」

「松島と言えば、遊覧船での島巡りが有名かな。ほら、あそこの港にある大きな船が遊覧船」


 指し示す方向に大きな遊覧船が停泊している。

 あの船に乗って松島の海域に点在する小さな島々を巡るのが観光の醍醐味となる。


「よし、早速乗りにいこー」 


 深い新雪を唯菜は颯爽と進み、港の方へと出る。

 遅れて俺達も後に続く。

 

 それにしてもいつもよりもテンションが高い。

 沖縄の時と同様に旅先での観光となると唯菜は色々なものに興味を惹かれ、率先して動く。

 あの猛暑の中、国際通りをひたすら歩き連れ回されたのが思い出として蘇る。

 笑顔が絶えない明るい唯菜の表情がものすごく印象的だった。

 

 今の唯菜はその時と全く同じ……とは映らなかった。

 今日の唯菜は逆に少しだけ空元気にも見える。

 自然体というよりもそういう風に取り繕っている。

 そんな気がしてならない。

 

「あれ、そういえば陽一君は?昨日からあまり見てないような……」


 春……小春の指摘に思わずドキッとするも平然を装って事前に考えていた説明をする。

 

「昨日、用事があるから午前中に新幹線で帰った……みたい」

「あのダメマネージャー、ちゃんと仕事しなさいよ」


 二言余計だ。

 

「そうなんだ……」

「春はアイツと二人で回りたかったの?」

「うん。勇気を出して声掛けてみるつもりだったんだけど……用事なら仕方ないよね」


 小春の本音とも捉えられるその言葉がグサッと心に深く突き刺さる。

 本人が傍に居るとも知らず、素直な気持ちを晒す様子に嬉しいようで途轍もなく申し訳なくなる。

 横目でジィっとルーチェが何か物言いたげな視線を送るも返す言葉がない。


「ま、ここに居ない人間はアイツだけじゃないんだし。私達は私達で楽しみましょ」

「うん、そうだね」


 ルーチェの機転が利く言葉でどうにかその場は収まった。

 そう、ここ居ないのは俺だけではない。

 ジル社長と幸香さん……あの二人はどうやら二人きりでどこかに出かけたらしい。


「ねぇ、ルーちゃん。ずっと気になってたんだけど、幸香さんってジルさんこと……」

「好きだよ。あのクソ兄貴のどこに惚れたのやら」


 本人の居ぬ間にそう断言するのはあまり良いとは思わないが、幸香さんも口にしないだけで薄々勘付いてはいた。

 少なからず幸香さんがジル社長に対して恋愛的な感情を向けていることを。


「ジルさん、凄くイケメンだし。若くて仕事もできるからモテそうなのも分かるけどなぁ」


 実際、男の俺でも惚れ惚れするくらい外面は美形である。

 他のアイドル達が、ジル社長をそういった眼差しで見詰めているのは多々見覚えがある。


「ま、多分だけど幸香さんは外見よりも兄貴の内面の方が気に入っているのかもね。あの二人も子役時代からの付き合いだし」

「所謂…先輩と後輩関係ってやつ?」

「そんなとこね」


 年齢的に踏まえてもそれは何となく想像つく。

 

「だから、幸香さんは私からすればよくしてもらっているお姉ちゃん的な存在で……兄貴に良い様に扱われていないか心配にもなる」

「それは言い過ぎなんじゃ」

「幸香さん自身も好きで兄貴に付いているんだろうけど、私からすれば兄貴がその好意に甘え過ぎているのが気に食わない」


 何となくルーチェの言わんとすることは分かる。

 幸香さんにアイドルをさせているのはあくまでも自分の代役という位置付けに過ぎない。

 年長者としてグループを支える要を担わせている。


 その方がポーチカは安定する。

 そんな絶対的な信頼を置いている。

 

 そして、幸香さん自身もジル社長の傍に居たいという一心なのだろうか。

 

 そもそも、幸香さんはあまりアイドルという華やかな柄ではない。

 ステージ上では常にアイドルの自分を演じてサポートに徹する。

 決して自分という人間を主張はせず、グループに溶け込んで調整役を担う。


 舞台で言えば脇役に等しく、主役を飾り立てるために引き立て役となる。

 

 唯菜や俺達が気付かない所で幸香さんは大きく貢献し、ポーチカになくてはならない縁の下の力持ちとして在り続ける。

 思い遣りが人一倍強く、優しいお姉さんとして振る舞う幸香さんらしい役割だ。

 

 だが、それは悪く言えば損な役回りで……本当にそれで満足できるとは思えない。


「ま、幸香さんも自分の考えがあってのことだから。私が何か言うつもりはないけど……ただ……」

「ただ?」

「幸香さんが可哀想で仕方ならないのがなんとも……」

「それってどういう……」

「ごめん、忘れて。幸香さんのことはあまり悪く言いたくないの。私もこう見えて慕っているから」


 小春に詮索されないよう話を切る。

 少なくとも事情を知る俺はルーチェの言葉の意味が理解できた。

  

「おーい。船のチケット買ったよー!出港しちゃうから早く早く!」


 いつの間にか遊覧船の乗船券を購入し終えた唯菜が大きく手を振って列の後ろに並んでいた。

 

「気が早いって」


 そう文句を垂れながらもルーチェは歩を進める。

 

「ヒカリちゃんも今日は一緒に観光を楽しもうね」

 

 陽一の時とは違う。

 ヒカリを同じメンバーの友人として見なす小春の雰囲気に新鮮な気分になるも、今回はあまり深く考えず三ツ谷ヒカリとして接しようと思う。


「あぁ、そうするよ。小春」

「え……」

「じゃなかった、春!」

 

 ついうっかり素の自分を出してしまった。

 この姿で本名を呼ぶことはあまりないからか少しばかり戸惑った反応を見せる。


「なんだか今、陽一君に名前を呼ばれたのかと思ったよ」


 それは単なる気のせいではない……とも本当のことも打ち明けられないので、苦笑いで誤魔化しつつも小春の腕を引いて、船の方へと新雪を駆けた。

 乗船して間もなく沖合へと出た。

 二階の方へと上がり、船後方のデッキで乗船時に貰ったガイドマップと景色を交互に見ながら唯菜と小春は楽しそうに景色を眺めていた。

 

「はぁ、島なんか観て。何が楽しいんだか」


 近くのベンチに腰掛けた俺とルーチェはその様子を二人の後ろで見守っていた。


「相変わらず素直じゃないな。お前も交ざってくればいいのに」

「雪の上で歩き疲れたから休憩よ。そういうあんたこそ、折角の機会なんだからヒカリらしく振る舞って楽しめばいいじゃない」

「なんでかな。最近、この姿になっていなかったから……どう振る舞えばいいのか分からん」


 率直に悩みを打ち明けた。

 それに対してルーチェは『は?何言ってんだ、コイツ』的な顔を返す。


「別に今更でしょ。あれだけ唯菜達と接してきて何を迷ってんの」

「久しぶりだと距離感が分からなくなるんだって」

「私に相談されても助力になれない悩みね」

「じゃあ、私が相談に乗ってあげようか?」

「……」

「……」


 二人の隙間。

 そこから声が聞こえて無言で振り向く。

 その直後、断末魔に近い悲鳴声が横から大きくあがる。


「ヤッホー、ルーチェちゃん。久しぶり。相変わらず可愛いねぇ……エへへ、ハグしてもいい?」

「嫌に決まってんでしょ。この変態女!」

「いやーん。拒否られた!けど、構ってもらえて超嬉しいぃ!」


 現界オタク兼超絶厄介オタクと化す春乃さんにルーチェは下卑たる眼差しを送る。

 

「その目、嫌いじゃない。もっと向けてもいいよ」

「私、コイツ嫌いなんだけど」

「まぁ、悪い人ではないから我慢だ。我慢」


 ルーチェに会う度に凄く化けの皮が剝がれている気がするが、指摘しないでおこう。

 それより、春乃さんがここに居るということは……


「他の人もいるんだから騒がないで」


 やはり……いたか。


「なに、その嫌そうな顔」

「いや、別に」


 船内から現れた香織を一瞥すると騒ぎに気付いた唯菜達もこちらに合流する。

 

「あれ、香織ちゃん達も乗ってたんだ」

「ホント、凄い偶然」


 SCARLETの三人とポーチカの四人が同じ船の上で偶然にも集結した。

 果たして本当に偶然なのだろうか。

 松島に居たことは恐らく偶然だったとしても、船が同じなのはあまりにもタイミングが良過ぎる。

 春乃さんがルーチェに近付いたタイミングといい……どうにも仕組まれているようでならない。


「偶然……ではないでしょ。港に着いて直ぐに三人分の乗船券買いに行ったのなんか不自然だったし」

「いやぁ、なんか券売所の建物に唯菜ちゃんが入っていくのが見えて。もしかして、ポーチカでここに来ているのではと予想しましてね。同じ船の上でバッタリ遭遇すればこうしてルーチェちゃんにベタベタ触れ合える時間ができるのではと……」

「させないわよ。この変態女」


 なるほど、やっぱりそういうことか。

 ルーチェに対して異常なまでの愛情を向ける春乃さんの行動は常人の範疇を超える。

 予想だにしない方法で平然と近づき、驚かしてくることは今に始まったことではない。


「あんたリーダーなんでしょ。この女、どうにかしなさいよ」

「春乃、自重して」

「まだ何もしてないんだけどー」

「これからする気でしょうが」

「あはは……それより、香織ちゃん達も松島観光?」

「そんなとこ。なんか邪魔しちゃったみたいでゴメンね」

「ううん、大丈夫だよ」

「なら良かった。私達は船を降りたら別で回るからそれまでは一緒にどうかな?」

「私は大歓迎だよ!」

「私は大反対よ!」


 一人だけ声を大にして反対するも聞き入れてはもらえない。


「まぁまぁ、少しの間だけなんだし」

「そうだよ。手を握って一緒に島を眺めるだけでもいいから」

「触れるの厳禁ならいいわ」


 それに春乃さんは大きなショックを受ける。

 どうやらどうしても触れたいらしい。

 その執着度合いは過剰なスキンシップを超えてもはや変態の域だ。


「そんなぁ。手を握らせてもらえるなら、ルーチェちゃんが欲しがってたゲームソフトをあげようと思っていたのになぁ(チラ)」


 両手で顔を押さえながらそう伝えると……


「それ、ホントなの?」


 食いついた。


「本当本当!この間の配信で言ってたオープンワールドのゲームやりたいって言ってたでしょ。ちなみにソフトはもうここに……」


 肩に掛けていたトートバッグからゲームソフトをちらつかせる。

 それが本物だと確認したルーチェはゴクリと唾を呑み込み、数秒考える。


「し、仕方ないわね。船に乗っている間だけよ」

「やったー」


 満面の笑みで大きく喜び、颯爽とルーチェの手を取る。

 特別な体験と時間にまるでアイドルとファンの関係にも見て取れる。

 SCARLETファンでもある唯菜が少しだけ羨ましそうに眺めていた。


「なら、私も少しだけヒカリを借りてもいい?ちょっと話したいことがあって」


 その許可を唯菜に求める。

 俺ではなく。


「大丈夫!」


 グッと親指を立てた唯菜に「ありがとう」と香織は伝える。

 座っていた俺の腕を掴み、立ち上がるよう促すとデッキを後にして船内へと入る。

 階段を昇って3階へと上がり、周囲に人がいない船前方で落ち着く。


「ここでいいでしょ」

「なんだよ、急に呼び出して」

「呼び出したのはそっちでしょ」


 その言葉に疑問は覚えない。

 事実、香織は俺……ヒカリに呼び出されてここにいる。


「その感じだと何も覚えてないのね」

「あぁ……昨日、ヒカリに言われたんだろ。電話で」


 夜中にスマホを操作していると覚えのない通話履歴があった。

 恐らくヒカリが香織に向けて電話したもの。

 メモに残されたメッセージの内容から察するにヒカリ自身のことを香織から聞くというものだ。


「私が話していいの?」

「いいも何も俺に知る手立てはないんだ。だから、教えてくれ」


 その意志を聞いた香織は「分かった」と了承し、ヒカリの代わりに彼女を語る。

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[一言] ああ……小春ちゃんが勇気出そうとしてたのに 陽一くんは罪な男ですね
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