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二百六十三幕 遠征/観賞⑩

 黒い帽子を深く被り、一般客の凪や渚達と共にバスから降り、ホールの方に向かう。

 多くの人が流れていく入口とは別に関係者の入り口がある。

 そこで二人とは別れる。


「……待ってる。次はファンとして会えることを楽しみにしているから」

「なるべく早く戻って来てね」

「お姉ちゃん、顔近い」

 

 顔を近づける姉の腕を妹の渚が引っ張って剥す。

 そんな仲睦まじいポーチカファンの姉妹にヒカリは微笑む。


「それじゃあ、またね。凪さん……渚」

 

 二人の名前を呼び、一礼した後にヒカリは関係者口に入っていく。


「ねぇ、渚。いつの間に、ヒカリちゃんと仲良くなったの?」

「分からない。初めて会った時からずっと向こうは私のことを知っているみたいで……」

「もしかして、学校同じとか?」

「じゃないと思うんだけど……まぁ、別にいいかな。悪い気はしないし、むしろ嬉しい」

「そりゃそうでしょうね。推しと特別な距離間で話せるなんてね!」

「も~怒らないでよ。お姉ちゃん」


 そんな二人もまた一般入場口へと二人仲良く進んでいった。

 関係者入口の前、そこで待ち合わせをしていた人物がヒカリの来場に気付く。

 

「お、どうやら服は買えたようだね」


 上はロイヤルブルーのリブニットのセーター、下はグレーのショートスカート。

 大胆に出した足をハイソックスで寒さを凌ぎ、セーターの上から自前のコートを羽織るといった秋冬流行りのコーディネートにジルは思わず感心する。


「君は意外と服のセンスがいいね」

「これが本当に俺のセンスだと思いますか?」

「いや、スカートの時点で君が選んだとは思っていないよ。店員さんかな?」

「えぇ、まぁ……」


 ポーチカファンの二人に色々とコーディネートされたとは言えない。

 ジルの言った通りの内容で話を進める。


「領収書は発行したかな?」

「はい。本当に良いんですか?お金を出してもらって」

「これも必要な経費さ。それよりも早く中に入ろう。ここだと寒いからね」


 外の気温は今日も一桁台。

 肌を突く冷たい寒さに若干薄着のジルは身体を震わせながら中に入る。

 

「もうそろそろ開演ですか?」

「そうだね。既に楽屋でスタンバっているよ。顔を出していくかい?」

「遠慮しておきます。唯菜に出てと迫られそうで怖い」

「今の唯菜ちゃんなら言いかねないか」

「それに目立つ行動は避けるべきでしょう。ここでバレると厄介事になりかねないので」

 

 今日のライブにはポーチカのファンも多数いる。

 活動休止のヒカリがお忍びで来ていた。

 そんな情報が出ること事態あまり良くない。


 だから、なるべく正体がバレないよう大人しくせざるを得ない。

 その工夫として黒い唾付き帽子を被り、他人となるべく視線を合わせないよう影を薄くする。


「髪が黒いのは幸いしたね。デフォルトの君ならだれにもバレない」

「それでも唯菜達には直ぐにバレましたけど」

「それほど彼女達は君の事が好きなんだろう」


 そんな会話をしながらヒカリは関係者席へと案内される。

 場所は二階席の中央。

 ステージを正面に捉えられ、比較的見えやすい。


 客席の方に延びるライトも当てられやすい。

 今日のライブにおけるそういったレーザーライトの位置も把握していたジルはなるべくレーザーが当たらず、周囲からあまり視線が及ばない暗い場所に席を用意していた。

 

「それじゃあ、僕はここで」

「仕事ですか?」

「あぁ、公演中は運営の傍らにいないといけなくてね。済まないがここで彼女達と観賞しててほしい」

「え、彼女達?」


 その言葉に引っ掛かりを覚えるが、答える前にジルは戻っていく。

 開演も間もなくと近い。

 なるべく目立たず、ひっそりと時間まで待つ事にする。


「お隣いい?」

「え、はい。どうぞ……って、お前かよ」

 

 声を掛けて、隣に座った人物……それは香織だった。


「なんでいるんだよ」

「私達もいるよー」


 その更に横。

 SCARLETの春乃と柚野も二人並んで座っていた。


「今、休みなの。ツアーライブも年末に終わって、ちょっとした休暇期間を貰えたから。仙台にプチ旅行的な?」

「休みまでライブ観に来るなんて……お前、そんなアイドル好きだったか?」

「言い出しっぺは春乃よ。それに、フェスやってるから観に行けばって麗華さんからチケット貰ったの。ま、せっかくだから私もいいかなーって」

「初耳だが」

「別にいう必要ある?むしろ、私の方がその姿について色々聞きたいんだけど」


 香織はじぃーとヒカリの格好を見詰める。

 事情を知っている春乃はあまり言及せず、その横にいる柚野はヒカリがいることにまだ気づいていなかった。


「なんでまた急に?」

「知らない。俺だって聞きたい」

「ま、いいけど。それよりそろそろ始まるから静かに」


 開演のアナウンスがかかり、意識がステージへと向けられる。

 話を切り上げ、静かに正面へと視線を流した。

♢ 

 前奏がホールのスピーカーから奏でられると同時に複数のアイドルグループが同時にステージへ集結した。

 対バン……所謂アイドルの合同ライブが開催されることを現地のアイドルグループのセンターを務めているピンク髪の少女が代表で宣言する。


 それには会場内も大きく盛り上がりを見せ、様々な色のサイリウムが一杯に広がる。

 同色で偏ることはなく、参加者の殆どが自身の応援するアイドルの推し色を示し、遠路はるばる仙台の地までやって来ていることアピールする。


 関係者席の座る人達は基本的に一般客と同じようにライブを楽しむことはできない。

 大人しく観ているだけという規定はないが、関係者である以上、悪目立ちもできない。

 黙って静観することに尽きるのだが……


「マイリトルエンジェル、ルーチェちゃーーーーん!!!」


 座席から立ち上がって、誰よりもドデカい声で叫ぶ春乃を香織は袖を引っ張って座らせる。


「自重して。他の人に気付かれたらどうするの」

「いやぁ~みんな、声出してるから案外バレないかなーって」


 春乃だけではなく他のファンも同様に推しの名前を叫んでいる。

 会場内は声援の嵐に包まれ、誰がどこで自分の名前を叫んでいるか正確に把握できる訳がない……のだが、ステージに立つルーチェの視線が明らかに春乃側へと向けられていた。

 その声の主が自身の嫌な相手であると分かり、引き攣った表情を浮かべる。


「アイツ、聴力良いから聴こえているな」


 FPSで銃声と足音を聞き分け、近しい空間内に相手がどの辺りにいるのか把握する能力を日々、ゲーム内で鍛えている。そういう危機察知感には異常なくらい長けていて、直ぐに勘付くのがルーチェである。


「とにかく、静かにね。春乃」

「ごめんなさい」


 シュンと静まった春乃は大人しく白のサイリウムだけ片手に静観することを誓う。

 再びステージの方……ポーチカのいる辺りに視線を移すとルーチェの傍に立っていた唯菜とヒカリは偶然にも目が合う。

 すると、唯菜は突然にも大きく目を見開き、視線が左右に揺れた。

 

「唯菜ちゃん、気付いた?」

「かもな」


 同じ顔をした二人の人物が並んで座っている。

 遠くからそれを目撃した唯菜は本番中にもかかわらず困惑している。

 横に並んだ少女達が一体誰なのか。

 気付くまでにそう時間はかからず、直ぐに分かった唯菜はぷくーっと顔を膨らませて『ズルい』と伝えてくる。


(そう言われてもな……)


 理不尽な嫉妬に若干帽子を深く被って視線を遮る。

 それ以上に顔を膨らませて嫉妬心を煽る彼女が可愛く、ヒカリは思わず頬を緩めた。

「なに、照れてんの」

「……」


 鋭く指摘されて我に返る。

 そうこうしているうちにオープンニングセレモニーが終わり、トップバッターを務めるアイドルグループを除き、他のアイドル達は袖へと下がる。

 明るいポップスの音楽がホール内に鳴り響き、仙台で活動するアイドルグループのライブがスタートした。

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