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二百六十二幕 遠征/リハーサル/買い物⑨

 二日目の午前中。

 ホテルからバスで移動した唯菜達はライブ会場へと入る。

 

 レッスン着でステージへと立ち、リハーサルを行う。

 そこにヒカリの姿はなく。

 今日の公演も四人で臨むこととなっていた。


 会場は二千人規模の人が収容できる中規模な音楽ホール。

 特設ステージから見渡す光景は普段とは違う。

 

「なんだか合唱コンクールを思い出すね」

 

 中学、高校で行われる年に一度の合唱コンクール。

 各学年毎に競い合う合唱祭で同じような光景を見たことがあった。

 

「ヤメテ、合唱コンクールとか私、大嫌いだったから」

「確かにルーちゃんは苦手そう」


 一人で歌うのではなくクラスの全員で各パートに別れて合唱する。

 マイクは使用せず、その場にいる全員の声を合わせて響かせることで歌を披露する。


 故にクラス全員の一致団結が求められ、口パクを用いてサボることは勿論のこと……誰か一人でも真剣さを欠けることは良くない風潮へと繋がり、和を乱しかねない。

 こういった学校行事が性格的に合わないルーチェからすれば合唱コンクールは苦い思い出に他ならない。


「あ~思い出すだけでここが嫌になってきた」

「今日は合唱なんてしないし、マイクを通して歌うんだからいつも通りやれば大丈夫だよ」

「いつも通り……ね。幸香さん的にはどう思う?」


 普段よりも広く奥行のある空間。

 座席中央付近、弧を描くように前後を区切られた通路からステージの見え方を確認し終えた幸香は唯菜達の元に合流する。


「今日は奥行きがあって上の方に客席が続いているからいつもよりも数歩下がった方が良さそうね。それと少しだけ前後の動きを増やしましょうか」


 普段のライブハウスでは比較的ステージの先端に立つことが多い。

 観客の目が常にステージより下に位置する。

 下がっても見えないことはないが、観客と近い前の方に立った方がファンとの距離は近く、一体感も生みやすい。

 

 しかし、ホールの場合は違う。

 客席が上へと続いており、奥行きもある。

 直ぐ近くの客席にいる人達だけに視線を送る訳にはいかない。

 時には上にいる自分達のファンにもアピールする必要がある。


 意識的に色々なファンに目が向くよう、少し立ち位置に工夫を凝らすべきと判断した幸香は普段よりも数歩下がった所を定位置として、視界全体に客席がパッと把握できるよう提案する。


「なるほど、この辺りなら無理に首を挙げなくても良さそうですね」

「四人で立つと無駄に広く感じるわね」

「スペース的に私達、一人一人の間隔が空くのも仕方がないね」

「ヒカリが居ればちょうど五人で収まり良かったかもしれないわね」

「ん~今から連れてくる?」

「唯菜ちゃん、意外に乗り気だね」

「私的には賛成だけど、嫌がるでしょうね」

「ま、ヒカリのことは仕方がないから置いておいて。一回、流してリハーサルしようか。幸香さんもいいですか?」

「大丈夫よ」


 パンと手を叩き、リハーサルを行うことを決める。

 先程、幸香の居た辺りで遠くからポーチカ全体の動きを確認している善男に唯菜は合図を送り、ホール内に音楽を流し、リハーサルを始めた。


「はぁ~」


 溜息交じりにヒカリは一人、駅前のショッピングモール内を歩いていた。

 

「ようやく解放された」


 早朝、浴場で唯菜達と再会してからずっと気が抜けない時間を過ごしていた。

 唯菜は一向にヒカリの傍から離れず、ずっと付き纏う始末。

 部屋に戻ってゆっくりしようにもポーチカの四人部屋に強制連行され、リハーサルに行くまでの間も同様に相手をしていた。


「俺の時と全然違うな」


 唯菜の見せる表情の温度差。

 陽一の時は物腰柔らかな女の子であるのに対して、ヒカリの時は出会った時の初々しさはなく、遠慮なく人を巻き込むような我を通す一面が濃く表れる。


 それはヒカリと唯菜における関係の深さを表す良いことではある。

 だが、突然と迫られるあの勢いさは以前よりも増しており、元の姿とは全く異なる距離感で迫られることに陽一はまだ慣れていない。


「それもそうか。男女で性別も違えば、接し方が違うのも当然だよな」


 あくまでも唯菜は陽一とヒカリを別人として意識している。

 中身がほぼ同一人物であろうと外見上の部分や普段の距離感から別人だと意識せざるを得ない。

 それは唯菜に限らず、小春……いや、春も同様だと悟る。


「今は難しく考えるのは止めよう。それよりも服を見ないと……」


 ヒカリが駅前のショッピングモールに来た目的。

 それは服を買うことであった。

 こうなることを想定していなかったため手持ちに変身時の私服は持ち合わせていない。


 今も少しサイズの大きい男の物の私服を着て歩いているが、全く似合っていないのが周囲の視線から伺えた。

 お店の前を通る度に店員の視線が差さり、なんだか店の中に入りにくい雰囲気を感じ取っていたヒカリはウロウロとショッピングモール内を歩き回っていた。


「出来れば一人で選びたいんだけど……絶対に話しかけてくるよな。アパレルだと色々声掛けられそうだし、ユニ系の所でセーターやズボンやら適当に見繕って……」


 吟味しながら歩いていると前の方から見知った人物が歩いてくる。

 スーツケースを手に二人仲良く並んでいる姉妹。

 その人物に目が留まったヒカリに気付き、向こうもヒカリの方を見詰める。


(渚と凪さん?なんでここに……いや、おかしくはないか。二人はポーチカファンだし)


 仙台までわざわざ二人で観に来た。

 それほどまでにポーチカを熱心に応援してくれる温かなファンを前に陽一は感動する。

 すると、突然にも声を掛けられる。


「あのー、すいません」

「え、はい……」


 ゆっくりと近付き。

 覗くようにしてヒカリの顔をじーと見詰める渚に思わず驚く。


「な、なんですか?」

「いえ、ごめんなさい。私の知っている人と凄く顔が似てて……」

「渚、失礼だよ。いきなり人の顔をまじまじ見詰めるなんて」

「うん。でも、この子……ヒカリちゃんとそっくりで」

「あれ、よく見ればホントにそっくり。けど、髪色が違うよ」

「そうなんだけど……それにしては声も身長も本人と同じような……」


 鋭い。

 渚の観察眼は確実に的を射ている。

 怪しむようにしてヒカリをより疑いの眼差しで見詰める。


「すみません。人違いかと」


(正体がバレる前に離れないと……)


「あ、三津谷香織さんだ」

「ええっ!?」

 

 素っ頓狂な声を響かせた凪に釣られてヒカリもバッと振り返る。

 そこには香織の姿なんてない。

 

「ちょっと渚、変な噓吐かないで」

「ごめん、お姉ちゃん」


 そう言って謝るも渚はヒカリの反応を見逃さなかった。

  

「やっぱりヒカリちゃんですよね?」


 これは確信的だと気付く。

 うっかり反応してしまったばかりに渚はより懐疑的な視線を送る。

 それから逃れられないと判断した陽一は仕方なく認める。


「よく分かったね。渚」


 級友と接するような口振りで答える。


「え、本物なの!?」

「凪さんもお久しぶりです。すみませんが、この事は内密でお願いします」

「勿論だよ!渚もいいわね」

「その前に教えてもらえませんか、どうして活動休止しているのか」


 唯菜と同じような質問。

 ただ、唯菜と違うのはあくまでも渚はファンであって関係者ではない。

 ヒカリからすれば話す義理はなく、むしろ何も言わない方がいい。

 だから、ヒカリはこの場を収めるための噓を吐く。


「家庭の事情です。詳しくは言えません」

「そうですか」

「でも、ポーチカにはいずれ戻ります。それだけは伝えておく」


 その回答に満足した渚は「良かった」と安堵する。

 それは横にいた凪も同じでホッと一安心しているようだった。


「もしかして、地元はここなの?」

「え、えぇまぁ……」

「今日、ライブあるけどヒカリちゃんは観に行かないの?」

「後でコッソリと行きます。その前に服を買おうかと……私服を向こうに置いてきたまま帰ってきたので……」

「だから、男の物の私服なんだ」

「お、お兄ちゃんの物で……」


 事実を混ぜた嘘を苦々しく吐く。


「なら、私達が一緒に選んであげる。ねぇ、いいよねお姉ちゃん」

「そうね。こんな推しのアイドルをコーディネートできる体験なんてないもの」


 随分と乗り気だ。

 目の前にいる人物はアイドルの三ツ谷ヒカリであるが、今は活動休止中。

 三ツ谷ヒカリという知り合いと遭遇したことにした二人はグイグイと迫る。


(まぁ、俺に服を選ぶセンスなんてないしな。二人に選んでもらう方が遥かにマシか)


 加えて、二人の他にもライブに参加しに遠方から来たポーチカも多々いる。

 一人で歩いているとうっかり顔を見られた際には怪しまれかねない。

 二人で一緒に買い物をしている方が反って視線が向けられない。


 そう判断し、二人に流されるまま渋々、ヒカリはショッピングモール内の洋服店を次々とまわり、行く先々で着せ替え人形として付き合わされることとなった。

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