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二百五十七幕 遠征/盗み聞き④

「ん~、お風呂、気持ち良かった~」


 ホテルの浴衣着で廊下を歩く唯菜は久しぶりに堪能した温泉に満足していた。


「うん、すごく良かった。明日の朝にもう一度入りに行こうかな」

「小春ってば意外と温泉好きよね。結構、長いこと浸かってたし」


 唯菜やルーチェよりも一足先に来て、小一時間程浸かっていた。

 

「ここの温泉は美容にも良いからルーちゃんももっと浸かった方がいいよ」

「シャワー派だから長風呂苦手なのよ」

「でも、美容に良いから絶対に長く浸かるべきだよね。見てよ、小春ちゃんの肌なんてこんなにもスベスベ!」


 ツルツルスベスベになった小春の腕を唯菜は擦る。

 

「もう一度、入り直してこようかな」

「明日の朝、一緒に入りに行こうよ」

「是非、お供いたします!」

「はぁ……なにがそんなにいいんだか……って、あれ?陽一じゃん」

 

 通路の先、同じホテルの浴衣着で過ごす陽一がいた。

 遅れて唯菜と小春も気付く。


「三津谷君もお風呂だったみたいだね」

「そう言えば、この後のテレビでパーティゲームするつもりなんだけど、アイツ呼んでいい?」

「え、私に聞くの!?」


 振られた小春は少し顔を赤く染める。


「私はいいけど……唯菜ちゃんは?」

「私は大丈夫だよ。幸香さんはジルさん達とまだ飲んでいると思うから四人でやろう」

「決まりね。じゃあ、唯菜。アイツに声を掛けて部屋に呼んでちょうだい。私達は先に戻って準備してるから」


 一際大きなスーツケースに忍ばせたゲーム機を取り出し、周辺機器のセッティングやゲーム内容の設定をするべく、その手の方法に精通している小春と共に部屋へと戻る。

 ゲームの話になると行動や決断は早い。

 そんなルーチェに苦笑いした、唯菜は直ぐに陽一を追い駆けた。


「確かこっちだよね」


 突き当たりを曲がると広々とした廊下に出る。

 並べられたソファーには別の宿泊客が談笑している。

 その彼らがいる少し先にエレベーターがある。

 丁度、部屋に戻ろうとエレベーター方面へと向かって歩く陽一を見つける。


 しかし、くるりと踵を返した陽一はエントランスの方へと身体の向きを変える。

 その表情は今まで見たことがないくらい険しく悩みを抱えているように映った。

 気になった唯菜は声を掛けず、気付かれないよう尾行する。


「なんか怖い顔してたけど、どうしたんだろう」


 思い詰めているような顔を普段は見せない。

 学校でもやる気の無い雰囲気で授業中は寝ているか、起きて意外にも真面目に授業を聴いている。

 寝ている割には唯菜よりも成績は良く、大学への進学意志も強い。

 マネージャーの仕事をしている時も基本的に周囲をよく観察して、しっかりとポーチカをサポートする役回りに徹しているから……根は真面目でしっかり者だと唯菜は認識している。


 クラスではあまり人と馴染まず、仲の良い友人達と過ごすことが多い。

 その時に見せる彼の表情は硬くも朗らかで、話し掛けると案外話しやすい。

 基本的に穏やかで温厚な性格。


 悩みを抱えていてもあまり表には出さず、隠して普段通り接そうとする一面もある……そう振り返っていると唯菜はある人物が頭の中に浮かんだ。


「ホント、ヒカリにそっくり……」


 そうポツリと呟くもそっと気配を消して迫る。

 売店へと寄り、飲み物を買って出てくると部屋には戻らず……エントランスに置いてあるソファへと腰掛けた。


 そこでペットボトルに軽く口を付け、携帯を取り出すと誰かに電話を掛ける。

 その直ぐ後ろ付近にさりげなく座った唯菜はスマホ画面に視線を向けつつも聞き耳を立てる。


「悪い、もう寝てたか?」


 電話相手が誰か。

 少し気になるも相手側の声は聞こえなかった。


「今?仙台にいる。前にポーチカの遠征で仙台に行くって言ったろ。マネージャーなんだからその付き添いでいるんだよ」


 話し方からして電話相手の主を唯菜は想像する。

 

「香織ちゃんかな」


 その想像は当たっていた。

 電話相手の香織はやや少し不機嫌そうな声で文句を言う。


『今日、ライブで疲れているから早く寝たいの。用件言って』

「実は……ヒカリの件でお前に聞きたいことがあるんだ」


 その言葉に唯菜はゆっくりと視線をあげた。


『……なに?』

「アイツが何を悩んでいたか分かるか?」

『何をって……私に聞かれても分からない。記憶を共有したって言うなら私に聞くよりも自分の胸に手を当てたらどうなの?』

「いや、それだけ探ろうとしてもなんか掴めないんだ。おそらく記憶の一部にフィルターか何か掛けて、掴ませないようにしてる」

『お兄ぃの精神状態すごいことになってそうだけど大丈夫?』

「大丈夫じゃないから聞いているんだよ」

『それで、私は何を話せばいいの?ヒカリが唯菜ちゃんの傍でアイドルなんて続けない方が良いとか考えていたってこと?』

「いや、まさにそれだよ」

『てっきり気付いているのかと思った』

「気付いているどころか、その気持ちを悟られないよう頭の中支配されてた」

『一度、精神科行った方がいいよ。脳外科かな?』

「いいから教えてくれ、ヒカリが何を隠しているのか」 


 聞こえてきたその言葉にピンと反応した唯菜は更に聞き耳を立てるべく通話内容が聴こえる範囲にゆっくりと近づいて忍び寄る。

 

『これは憶測だけど、ヒカリは自分が傍にいると唯菜ちゃんの邪魔になると思ってる』

「邪魔?」

『そ。唯菜ちゃんの成長が自分のせいで損なわれるとか』

「本気で言ってるのか?」

『実際は分からない。でも、ヒカリがアイドルを続けた理由はあくまでも唯菜ちゃんを支えたいという気持ちがメインで、自分がどうこうというのは後回しみたいだった』


 香織の憶測は少なからず当たっていた。

 ヒカリの原動力はすなわち唯菜というアイドルを支えること。

 決して自分が矢面に立ってグループを牽引する凄いアイドルになることは抱いていない。


 ポーチカに入ることを決意した初めの頃……確かに陽一はその想いを抱いた。

 まるで自分ではない誰かの衝動で唯菜を見詰め、彼女を傍で応援したくなった。

 

 それが100%自分の本心であると、今は言い切れる自信はない。

 ヒカリという別の自分がその時から存在していて、同じような気持ちを同時に抱いた。

 表裏一体であるからして同じような感性を持つことは当然で、その意志が重なることも必然だった。


 しかし、いつからか。

 陽一の精神的な成長及び周囲との交流関係の変化に伴い……少しずつズレが生じた。


「それは俺もそう思っている……」

『ふ~ん、やけに素直に言うじゃん』

「今は本心を偽っても意味がないだろ」

『ま、そうだね。だけど、お兄ぃとヒカリが抱いている唯菜ちゃんの気持ちは全部が同じって訳じゃないでしょ。特にお兄ぃは唯菜ちゃんを比較的異性として見ていて、ヒカリは同性的な視点……仲の良い友人的な風に意識してる』

「根本的な部分は同じだが、男女の観点から違うってことか」


 唯菜に対する根本的な想い……それは『好き』という気持ちに他ならない。


 『好き』とは曖昧且つ抽象的な言葉。

 好きな度合いを測定器で数値化して示せるものではない。

 それでいて個人あるいは性別によってその程度や向け方は確実に異なる。


 それがヒカリという架空の存在を形作る要因で、偏った意志と目的を有した人格を形成した。

 そう頭の中で冷静に結論付ける。

  

「でも、なんで自分から身を退くようなことを……」


 電話越しの香織は少しばかり言葉を詰まらせてから話す。


『好きで、応援したいから……これ以上傷つけたくない。邪魔したくないって思っているんでしょ。あの偏屈お姉ちゃんは……ホント、どっかの誰かさんと似てて面倒臭い』

「人のこと言える立場か?」

『……お土産、私が満足できるものじゃないと家に入れないから』


 ひねくれていて素直じゃない。

 そんな妹に「へいへい」と陽一は適当に返事をする。


「まぁ、色々と何となく分かった。話してくれてありがとうな」

『お礼はお土産で示してね。優しいおに~ちゃん』


 甘えた声で囁かれるも陽一は物凄く戦慄した。

 背後から感じた途轍もない恐怖。

 首を振り返ることすら躊躇うような謎の畏怖に思わず通話を切り……ゆっくりと振り返る。


「うわっ!……って、ビックリした。白里、いつの間に……」

「今、香織ちゃんに『お兄ちゃん』とか言われたよね?」


 『お兄ちゃん』という台詞だけ若干脚色がついて誇張するも全く可愛いとは思えなかった。

 恐怖を煽り立てる血走った眼でそう問われるも陽一は全力で否定する。


「気のせいだろ。あいつがそんな風に気持ち悪く囁く訳がないだろ」

「そうだよね。あんな甘い声で優しくおねだりするようなこと言わないよね」


 確実に聞かれていた。

 下手に肯定すると色々酷い仕打ちが待っていそうなので有耶無耶にすることにした。


「てか、人の通話を近くで盗み聞きするのもどうかと思うぞ」

「そ、それは……仰る通りです。なんだか二人がヒカリのことを話しているみたいだったから気に成って」

「え、いつから聞いてたんだ?」

「割と初めからだけど、香織ちゃんの声は最後の方しか聞こえなかったから……」


 一瞬、ドキッと心臓が脈打つも直ぐに落ち着く。


「それで二人で何の話をしてたの?」


 顔を寄せて迫る唯菜に思わず陽一は顔を背ける。


「ヒカリのことなんでしょ!何か分かったことがあるなら教えて!」

「ない……です」

「ないことはないよね?」


 唯菜は確信を突いている。

 言い逃れができないほどに迫られる。

 陽一も必死にどう対処すべきか頭の中で画策するも妙案が浮かばない。

 なので、物理的な逃げに転ずる。


「あ、待って!」


 サッと立ち上がって有無を言わずに反対方面へと逃走……仕掛けるも、早めに察知した唯菜は自身の反射神経を用いて左手首の少し上を掴んで阻止する。

 若干、綱引きのような状態……エントランス前で傍から見ると若いカップルの痴話喧嘩の光景である。

 

「逃がさないんだから……」

「放してくれ」

「ヤダ!」


 男女の力の差で解かれそうな唯菜はすかさずもう片方の手でガシッと手首を掴む。

 目には見えない硬い何かに違和感を覚える。


「なに、これ?」


 一瞬、力が緩む。

 その隙を突いた陽一はサッと腕を引いて抜け出す。

 再び『待って』と制するよりも速く駆けていく姿に唯菜も直ぐに追うことはできなかった。

 部屋へと戻るエレベーターではなく外の方へと出ていく。

 

 ここで待っていれば再度捕まえて吐かせることはできるかもしれない。

 そう諦めが悪く画策するも……直ぐに放棄した。


「色々と聞きたかったのに……」


 無理矢理にでも迫らないと話してくれない。

 その辺りはヒカリと同じだと唯菜は感じていた。

 

「ホント、なんでそんなにも頑なに教えてくれないんだろう」


 ヒカリのことで自分には知られてはいけない何かがある。

 それを香織は知っていて、陽一はそれを知った。

 どうして陽一が知りたがっていたのか。

 少し疑問は残るも唯菜はあまり気にしなかった。


 チクチクと突き刺さる小さな棘がまた一つ、自分の心を締め付ける。

 それから解放されるのか不安にはなる。

 けれど、ヒカリの言葉を信じて変わらず待つ事を続ける。


「あ、ゲームの件……今から言っても絶対に来てくれないよね」


 ルーチェに文句を言われることを覚悟に渋々部屋へと戻ることにした。

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