二百五十三幕 撮影の合間
年が明けて以降、ポーチカのもらえる仕事は少しずつ増えていった。
現在の所のアイドル業界では『次にくるアイドルグループ』の一つとして注目されるようになり、アイドル好きなファンの間では知られるようになった。
一年前までは知る人ぞ知るマイナーで売れないグループであったが、三ツ谷ヒカリを入れた五人での新体制に移行してからは急上昇の知名度を獲得するに至った勢いに乗るグループと……かなり評価は高い。
その三ツ谷ヒカリがクリスマスライブを機に活動休止宣言がなされ、元の四人へと戻ったもののグループの輝きは決して絶えず、三ツ谷ヒカリに代わる新しい存在がグループの顔となりリーダーシップを発揮して引っ張っている……といった具合でこの一か月間は良い流れを継続している。
そんな流れをより周知のものとしてもらうよう今日はアイドル雑誌の写真撮影を行う。
ポーチカ全員の記事を掲載するのかと思いきや、メンバーは絞られており唯菜と春の二人だけ。
幸香さんは別雑誌での撮影とブッキングしていため欠席。
ルーチェは嫌だからと断った。
ポーチカの中で同年代の二人ということもありジル社長は二人に仕事を振った。
そして、何故か俺も担当マネージャーとして同行することになった。
「それでは撮影はじめまーす」
定期公演で披露するポーチカの衣装を纏った二人は並んで被写体となる。
歌っている姿やダンス中の一枚など……次々と注文される指示に従って二人は応えていく。
大変そうだと思いながらもやることのない俺は黙って端の方で眺めているだけ。
タオルや水分補給くらい手伝おうと思ったが、動きが素人同然である以上現場の邪魔者にしかならない。
だから、ここは大人しく見守ることにした。
「にしても暇だ」
「なら、陽一君も交ざってきたらどうですか?」
「……え?」
いつの間にか横に並んだ人物に目を向けると……
「詩音。なんでここに?」
厚手のセーターに身を包んだ詩音がいた。
「私も次、お二人と同じ雑誌の撮影が控えているんです。少し早めに来てしまって手持ち無沙汰だったので見学しに来たら見知った顔を見つけて……」
なんとなく事情を把握した。
「それより、どうして陽一君はここに?」
「一応、ポーチカのマネージャーを始めたもんで」
首に下げた関係者を示すカードを見せる。
「それは意外です。てっきり陽一君はアイドルなんて興味ないとばかり思ってました」
肯定も否定もできない。
「アルバイトとしてジル社長に誘われたんだ。まぁ、後学みたいな感じ」
「では、将来は芸能界のマネージャー志望で?」
「単なる社会見学。別にマネージャーになる気はないかな」
「そうですか。私の勝手な想像ですが陽一君は面倒見良さそうな印象なので合ってるかと」
「そう見える?」
「はい。私のことを担当するマネージャーの方もそんな感じなので」
祐輔さんだっけか。
詩音とは年の離れた幼馴染で小さい頃から詩音の面倒を看ていたらしく今では母親の事務所でコキ使われているとか。
「案外、お兄ちゃんっ子には向いているのかもしれませんね」
「俺は別に兄貴風吹かせた記憶はあんまりないけどな」
「いえいえ、香織さんが自分はお兄ちゃんっ子だったと自慢するように語っていましたから」
「それ本当に香織が言ったのか?」
「直接は言ってませんがお話しの内容を要約するにこうかと」
今なら目くじら立てて否定するに違いない。
仲の良かった時期の記憶をあんまり思い出そうとしなかったからか俺もよくは覚えていない。
「妹とは仲良くしてくれよ。お前達の仲が悪いのは知っているが俺には仲裁なんて無理だからな」
「私は仲良くしようとしてます」
「なら、もっと本音で語るべきだな。香織は賢いから直ぐにバレるぞ。猫被ってるの」
詩音の印象は一部を除いてどこでも変わらない。
おっとりした穏やかな大人しく少女。
人当たりは良く愛想も良い。
教室内でいると自然に好かれる一人で、周囲を和ませる中心にもなる。
どこに顔を出しても受け入れられ、輪の中に溶け込める世渡り上手。
俺なんかと違って人と接することに慣れている。
そして、表情筋の微妙な動かし方もかなり優れている。
「どうしてそう思われるのですか?」
その指摘にキョトンとした詩音は理由を訊く。
「なんとなくかな。笑顔の作り方が微妙に違って見えて」
ヒカリの時に詩音と話した際と今……見せる笑顔が少し違った。
どちらも朗らかな笑顔で違和感はない。
俺には出来ない完璧なアイドルスマイルと称してもいい。
しかし、ヒカリの時に見せた彼女の笑顔は作り物ではないように思えた。
何よりも話す声や瞳の奥から放たれる眼差しなど……今こうして話している時よりも純粋な好意が強く感じられた。
「違い……ですか。陽一君は不思議ですね、その違いに気付けるなんて」
あ……と内心で声を漏らした。
「仰る通り、私は話す相手次第で微妙に笑顔を変えています。作り笑いを浮かべるのは昔から得意で、カメラ前でなくとも微細な感情の変化を表情から表現する練習を日々、誰かと話す際に心掛けていたのもあってか、使い分けれるようになりました」
詩音は感情を隠すのが上手い。
人前やカメラの前では誰が見ても好印象を抱くような笑顔を貼り付け、見る者に対して自分が表現した感情の色を率直に伝えることができる。
悪く言えば、本音が見えない。
今もこうして話していても詩音が一体腹の内で何を考えているのか全く読めない。
あるいは何も考えず、単純な好意を持って接しているのかも定かではない。
だから、初めて会った時から少しだけ警戒してしまっている。
「不気味……ですよね」
「……」
「香織さんにも言われました」
「いや、そこまでは思ってないけど」
「ですが、あなたは修学旅行で出会った時からずっと私のことを警戒してましたよね?」
警戒は少し大袈裟な表現だ。
修学旅行で会ったあの日、突如として現れてヒカリに興味があると言われれば多少気にもなる。
特に詩音の場合は何を考えているのか掴みににく得たいの知れなさがあった。
決して俺がそんな素振りを見せていなくても詩音からすれば警戒していると思われたのだろう。
「別にそんなつもりはなかったんだけど、初めて会った人にヒカリのことを色々と聞こうとしてくるから少しだけ不審に感じたというか……」
「ふふっ、陽一君の中でヒカリさんは大事なんですね」
「別にそういう意味じゃな……」
「隠さなくても構いませんよ。私はお二人が同一人物であることを知っていますので」
…………え?
今、なんて?
その言葉に俺は動揺の色を表情に乗せてしまったことを悪手であったことを詩音の悪みを帯びた表情から悟る。
「動揺……されるんですね」
「……」
「やはりそうだったんですね。調べた甲斐がありました」
「何を?」
「三ツ谷ヒカリさん……いえ、三津谷明里さんの出自です」
調べたと言ったが果たして本当にどう調べたのかは分からない。
ハッタリをかけているだけなのかもしれない。
一回冷静になった俺は落ち着いて答える。
「調べて何が分かったんだ?」
知らんぷりを続ける俺を詩音は揶揄うように微笑む。
そして、耳元でこう囁く。
「私が求めていたお姫様が実は王子様だったということです」
これは……アウトだな。
詩音も周囲に気を遣って暗にほのめかしているが完全に気付いた様子。
「そいつは王子でもなんでもないぞ」
「ふふっ、そうかもしれませんね。私があくまでも探し求めているのは私のパートナーを務められるお姫様の方なので」
他意はないのだろうが少し傷つく。
だが、詩音の目的は依然と変わらないということなのだろう。
「ですが、残念なことに活動休止されているので当分お会いするのは難しいみたいです」
「……理由を訊かないのか?」
「知りたいところではありますが、聞かないでおきます。知ったら多分……私の望みが叶わなくなってしまうので」
言葉から滲み出る微かな本音。
哀愁を漂わせる微細な変化を表情に加える。
彼女の一言一行がまるでドラマのワンシーンを彷彿とさせるようで魅入ってしまう。
「ちなみにお伝えしときますと今の発言は憶測の確認でしかありませんので、決して他言しないことをお約束します。なんなら誓約書でも……」
「書かなくていいよ。俺は詩音を信用してるし、友達だとも思ってる。だから、要らない」
詩音のことを不思議だとは思っているが別に毛嫌いしているとかではない。
あからさまに態度で毛嫌いを表現する香織と比べれば俺は詩音に対して親しみを抱いている。
そんな想いを率直にも伝えると何故か詩音はクスッと笑む。
「やっぱり一緒ですね。私はそういう一途で真っ直ぐな部分が羨ましくもあって自分に向けられて欲しかったんだと思います。だから、そのままでいてくださいね」
その言葉に少し理解が追い付かなかった俺は戸惑いつつも「そうするよ」と答えた。
そうこう話しているうちに唯菜と春の撮影は終わった。
衣装姿のまま二人は疲労感漂わせてこちらへと歩み寄る。
「お、お待たせぇ~」
「お疲れ様」
「お疲れ様です。お二人共」
「うん。お疲れ様……って赤羽さん?もしかして、次に撮影?」
「はい。順番的に」
「ゴメンね。多分、押してるよね時間」
腕時計で確認すると確かに唯菜が言った通り時間は10分程押してる。
話すことで夢中になってから気付かなかった。
「いえ、大丈夫です。陽一君で時間を潰せたので」
「言い方」
わざとらしい言い方にツッコミを入れると詩音はクスリと笑む。
「それでは準備があるので失礼しますね」
二人が終わって自分の番になった詩音は代わる形でスタッフの元に挨拶をしに行く。
そこで見せる彼女の表情はかなり洗練された女優の笑顔そのもの。
不器用な俺なんかよりも遥かに器用で大人の中にいると絵になる。
「陽一君はああいうタイプが好みなの?」
「赤羽さん、もの凄く可愛いもんね」
両サイドからなんだか不満な表情が浮かぶ。
「なんでそうなる。俺は単に感心してただけだ」
「感心?」
「芸能界って凄いなって」
「……どういうこと?」
「いや、こっちの話だから気にしないでくれ」
「なんか話を逸らそうとしてないですかぁ~」
「してない。それよりも終わったなら早く着替えて帰るぞ」
もの凄くタイプで可愛い女子、二人に詰め寄られれば当然の如く目も逸らすし動揺する。
窮地を脱するべくそう催促すると二人は素直に従って荷物を置いてある楽屋へと戻った。




