二百五十一幕 お出かけ/幸村小春④
人目はやっぱり苦手。
小さい頃から人見知りだった私は人前に出ると一歩退いてしまう。
他人の視線に晒されるのが嫌いだとかではなく苦手。
自分に自信が持てないからどう見られているのか気になって……怖くなってしまう。
そんな感じのまま幼少期を過ごして小学校にあがった私はいつしか野乃から離れられなくなった。
私と野乃……望月野乃は幼馴染。
家が近所で幼稚園の時から一緒に通い、どこでも遊ぶ仲だった。
野乃も私と同じ人見知りの女の子で、初めて会った時は野乃のお母さんの後ろに隠れていた。
私も同じような性格だったけど、その時は何故か私の方から話しかけて手を取れた。
親近感。
当時の私には分からぬそんな感情を抱き、好奇心のまま近付いた。
臆手だった野乃もゆっくりとその手を取って、私達はお互いに初めて友達になれた。
それからはずっと友達だった。
小学校に入った時も毎日のように登下校を共にして、放課後も家や外で遊んでいた。
野乃は人見知りだけど仲良くなれば直ぐに心を開いてくれる。
誰とでも打ち解ける明るい性格。
そんな彼女は次第に、私よりも人前に立つことが得意になっていた。
高学年にあがってクラスが別々になると野乃は時折、クラスの別の子達と帰るようになっていた。
野乃はその子と仲が良いかもしれないけど、私はその子達を知らない。
話したことも遊んだことも一度もない。
だから、近寄り難かったし……何より野乃に遠慮してしまった。
私がいると仲良い彼女達の雰囲気を壊してしまいそうで邪魔になりそうだったから。
それに怖かった。
彼女達の輪の中にお互い知らない私がいてどう思われるのか分からなくて踏み出す勇気がない。
話し下手な私が彼女達と和気藹々としながら輪に溶け込む自信もなければ、率先して話題を作るような性格でもない。
どちらかというと私は二人だけの時の方が話す。
大勢でいると私はいつも蚊帳の外で話しを聞き、微笑まじり相槌を打って参加するだけ。
そんな詰らない女が居ていいのだろうかと。
不安で仕方なかった。
だから、そういう時は一人で帰っていた。
同じクラスで少し話していた子とは反対方面の帰りだったし、家の方面で仲が良かったと言えたのは野乃だけだった。
私は多分、野乃と出会ってから変われていない。
人見知りであることを克服できないまま小学校を卒業して中学生になった。
中学生一年生の時、運よく再び野乃と同じクラスになってまた一緒になれたけど……その時の野乃は私が出会った頃の野乃ではなかった。
誰とでも直ぐに打ち解け、明るく元気で誰からも話しかけられクラスで一目を置く存在。
言わばアイドル。
当時、三組で可愛いと話題に挙がっていた三津谷香織ちゃんが正真正銘のクラスのアイドルとするなら、野乃はクラスで人気者のアイドルという風に近い。
男の子も女の子も構わず話しかけて楽しそうに過ごしている。
そんな野乃を私は幼馴染という理由で近くに居させてもらいながら傍で見ていた。
当然、周りの子達は私なんかに興味がない。
野乃の付属品あるいはお付きの女の子。
その程度でしか思われていない……ならまだ良かったのだけど、段々邪魔だと思われてしまった。
それも当然だよ。
周りにいる子達も野乃の含めて私が輪にいることを望んでなかったし、空気なだけの私を必要としてなんかいなかった。
でも、私の居場所はそこしかないから。
空気でも必死に最低限の存在感は出した。
だけど、そんな必死な自分がいつしか疲れて……輪から離れるようになった。
そして、両親の都合で転校することになった私は新しい学校に通うことになった。
転校初日の挨拶も凄く緊張した。
クラス全員が同性の女の子たちで転校生というのもあって壇上に立てば注目される。
声が詰まり縮こまりながらも自己紹介を済まし、先生の計らいで教室の端の席へと座った。
一般の市立学校とは違って転校したのは私立の中学。
通っている生徒の子達は皆、家柄も良くて小学校からエスカレーター式であがっている生徒も多いからクラス全体的に仲が良い。
誰かを蔑ろにする雰囲気もなければ冷たくあしらう人もいない。
温かくて優しい生徒ばかりで私なんかにもよく話しかけてくれた。
けれど、基本的に帰り道が異なるからクラスだけの関係が大半。
同じクラスメイトで話す仲というだけでそれ以上でもそれ以下でもない。
それに私以外の全員が部活動や習い事に勤しんでいたから放課後は一人の時間が多かった。
最初の頃は学校の授業についていくのがやっとだったから宿題や予習復習に時間を割き、それで時間を過ごせていたけど慣れて余裕が出始めると少しずつ休日とかは暇になっていた。
そんな私を見兼ねたお父さんが全く触れもしなかったゲーム機を買ってくれて、何故か趣味のFPSを主軸としたサバイバルゲームを勧められて……私もどっぷりハマってしまった。
ゲームの世界でも基本的に会話はせず、最低限のスタンプやキーボードでのチャットだけの応対で乗り気っていた。
そんなある日、私はルーチェちゃんと知り合った。
知り合ったというより偶然にもマッチングした。
突撃と先行を繰り返すルーチェちゃんの後ろを私はフォローしながら進み、キルとアシストをバランスよく行う。そんな風な立ち回りが得意で、気に入られた私はフォロー申請をされるも……最初は無視を続けた。
けれど、根気強くフォロー申請をしてきたのと……時折、聞こえる声から女の子だというのも分かって受諾してしまった。
そこからは二人で顔も会わせないままゲーム友達としてよく遊んでいた。
いついかなる時間でもログインしているルーチェちゃんを初めの頃は『多分、大人の方なんだろうな~』と勝手に思い込んでいた。
働かず家でひたすらゲームをし続ける人。
あまり良いイメージではなかった。
でも、イヤホン越しから聞こえる声は私よりも幼く高い。
発する言葉はかなり棘が含み、時折苛烈。
けれど、話してみると私と同い年から少し下。
そんな断片的な情報を基に複雑な像が浮かんでいたけど……実際に会ってみるともっと愛くるしい天使のような女の子だった。
最初、一目みた時はファンタジー世界に住まうような異国情緒を纏う可憐なお姫様みたいな女の子が現実世界にいる。
そう驚いた。
勇気を持って話しかけてみるとルーチェちゃんも最初は戸惑っていた。
ゲームと現実とでは少し雰囲気が違って、私と同じように少しオドオドしていた。
ゲーム内ではガツガツしているルーチェちゃんでも現実ではかなり人見知りをする。
顔を会わせた私達はある意味で初対面でゲーム以外の繋がりはない。
こうして顔を会わせたのだって互いの興味が重なっただけ。
だけど、私は不思議と直ぐに親しくなれる気がした。
目の前にいたルーチェちゃんが少し昔の野乃みたく思えて……自然と私から話しかけた。
そうしてゲームの話題で話を進めるとルーチェちゃんも次第に心を開いてくれた。
私と同じようにリアルで友達は少なく、日々家で引きこもりながらゲームをしているからか。
こうして実際に顔を会わせて話せる間柄ができて嬉しかったんだと思う。
私も久し振りに同じように感じられたから嬉しかったし……これからも仲良くしたかった。
その想いがルーチェちゃんに伝わったのか、以降も私たちの関係は続いた。
ゲーム内でよく出会って一緒に遊び、定期的に顔を会わせて話す。
その誘いの大半がルーチェちゃん……いや、ルーちゃんからで私からすることはあまりない。
ゲームにログインすればルーちゃんはいたし、率先して話しかけてくれる。
そんな受け身の姿勢が自然とどこでも普通になっていた。
学校でも進学を繰り返してクラス替えが行われるも私は同様な日々を過ごした。
ルーちゃんだけが仲の良い友達であり続けることに満足していたから……学校では特別に皆と仲良くする必要はなく、話しかけられたら少し会話する。
人と関わるのはその程度でいい。
無理して話す必要なんてない。
和を乱すくらいならそもそも和の中に入らなければいい。
そう割り切って過ごすようになっていた。
でも、それは単なる怠惰な一面に過ぎない。
本当の私は自分が孤独であることを嫌う。
親しくない人達の目に触れられるのは苦手だけど孤立して見向きもされないことはもっと嫌だ。
ましてや、自分が変な人と蔑まれて疎まれる視線で見られることは耐えられそうにない。
だから、同じ空間にいる人達とは最低限話す。
変に注目されないようひっそりと存在感だけアピールして自分の居場所を確保する。
そんな消極的で面白くもない女の子であり続けた。
そして、高校に上がって間もなく私は三津谷香織ちゃんと再会した。
『あれ、幸村さんだよね?同じ小学校だった、幸村小春さん』
入学式が終わって直ぐ、クラス発表の一覧を確認してから自分の教室へと向かう途中、彼女からそう話しかけられた。
直ぐに言葉は出ず、一瞬否定しようかと思ったけれども同じクラスメイトになると分かった時点で無用な噓を吐くことを躊躇った。
『やっぱり。中学生の時に転校したって聞いてたからこんな所で再会するなんて』
そこで私は思い出した。
『転校したって聞いた』という台詞から誰が伝えたのか。
聞かずとも容易に想像つき、つい聞いてしまった。
『三津谷……陽一君は元気?』
その問いに香織ちゃんは一瞬だけ表情が曇るような気がした。
中学生の時から二人は仲が良くはなく、陽一君は香織ちゃんのことを酷く嫌っていることを知っていたからまだその関係が改善されていないのだと悟った。
『元気にしてる。多分、幸村さんが知っているあの頃のまま』
『そう……なんだ……』
忘れかけていたあの時の出来事が頭の中で蘇る。
それと同時に段々と後ろめたい気持ちになる。
『ねぇ、幸村さんはお兄ぃ……兄のことが好きだった?』
『……え!?』
不意を突く唐突な問いに私は遅れて反応する。
『なんか興味本位で聞いてごめんなさい。もう全然興味ないとかだったら兄のことなんて忘れていいから』
そこでようやく私はかつての彼と向き合った。
あれから約三年。
香織ちゃんは変わってないと言った。
それがどういう意味を指しているのかは彼女の人柄を踏まえれば何となく理解できる。
なんだかんだ言っても彼は私を想って心配してくれていた。
不器用で表に感情を出すのが苦手でも本質は優しく思い遣りのある少年。
そんな彼と話していた私もなんだかんだ言って居心地が良かった。
ツンと冷めていても彼の隣は妙に温かくて居て良い気分になれた。
そんな人……私は後にも先にも知らない。
自分が陽一君に恋をしていたのではない。
言わばそれはまだ恋を知らない時期で……あのまま転校せずにいたら実っていた恋なのかもしれない。
今更、都合よく思い出して再び実らせようだなんて虫のいい話。
私は彼を傷つけていなくなった最低な女。
だから今更……兄を慕う彼女に興味があるだなんて口が裂けても言えなかった。
でも、その日を境に私はその想いを胸に秘めるようになった
思い出せば思い出す程、後悔と懺悔の気持ちが強くなる。
どうにかして会って謝りたい。
そして、今度は自分から気持ちを伝える。
そんな自分が新たに芽生えた頃……ルーちゃんから一緒にアイドルグループへ入らないかという誘いがあった。
初めは戸惑った。
アイドルなんて性格からして絶対に向いてない。
分不相応も程がある。
けれど、ルーちゃんは私の容姿を褒めてくれた。
私なんかよりもずっと可愛くて天使のような子が私を可愛いと言ってくれた。
それが単純かもしれないけど嬉しくて自信がついた。
それに私は自分が少しでも変わらないといけない気がしてならなかった。
陽一君の件もあってか、何かを始めるきっかけが突如として現れ……自分を変えることのできる最大の好機となって目の前にある。
その第一歩として私は人前に立つこと、人目に晒されることの苦手意識を改善しようと選んだ。
アイドルが向いているとか関係なしに行動を起こして自らの意志で変わる。
その誓いと決意を胸にこの業界へとルーちゃんと共に飛び込んだ。
だけど、最初は想像以上に応援してくれる人が少なく……ほんのごく僅かな人目にしか触れられなかった。
それにステージには四人で立っているから視線は分散される。
私も歌って踊ることに意識を集中しているせいか人目が気にならなかった。
それは人気が出た今も同じ。
皆の視線の大半が私以外の四人へと集中される。
今はいないヒカリちゃんも私と同じようなタイプなのかもしれないけど、彼女は人目を苦手とはしていない。
むしろ、あまり気にしていない。
純粋に楽しむ気持ちを全面に出してただひたすらに目の前にことが夢中になっている。
それでいて私達……特に唯菜ちゃんに対して深く気遣っている。
ヒカリちゃんのその不思議な気持ちがあまり私自身に向いていると感じたことはないけど、時折向けてくるその気持ちは何故だか少し懐かしい。
彼と同じで妙に落ち着いて安心する。
一人じゃない。
一緒だよ。
そう優しく語りかけてくれている。
それは勿論、他の皆も同じ。
ルーちゃんや唯菜ちゃん、幸香さんだって全く同じように接してくれる。
そんな四人と一緒にいれば私も人目なんて気にせずライブに専念できる。
それこそがポーチカの強みであり……私の中の甘えである。
だから、私が本来克服すべき点は何一つとして改善されてない。
「ホント、私って変われない……」
自嘲気味にそう呟くと……俯き加減の額から温かな熱を感じる。
「……!」
「ほれ、温かいお茶」
驚いて顔を挙げるとそこには自販機でお茶を買ってきてくれた陽一君がいた。
じんわりほのかに伝わるその温かさが心に染みる。
冷めきっていた私はそれを欲して手に取る。
「ありがとう。温かいよ」
やっぱり温かい。
キャップを開けてゆっくりと飲み、お互いに少し落ち着く。
「ゴメン。本当は断るべきだったよな」
「え?」
「この仕事だよ。ルーチェの為と言いつつも小春を巻き込む必要はなかった」
「そ、そんなことないよ。最後は私も自分で……」
「でも、ああやって見られることは苦手だろ?」
「どうしてそれを……」
「分かるよ。俺も小春の立場だったら正直言って嫌だし……苦手だから」
陽一君が初めて屋上で会った時の理由……それは私と同じ。
教室で変に注目されて孤独でいるのが嫌だったから。
「コスプレして本来の自分と違う姿でも人の本質は多分変わってない。だから、苦手なものは苦手だし、慣れないことに疲れる気持ちも分かる」
「……!」
「でも、見てくれる人達が喜んでいると……苦手でも大丈夫な時があるんだよな」
それは私にも分かる気持ちだ。
「さっきの小春はずっとカメラのレンズばかりに気がいって……少し窮屈そうに見えた」
その通り。
「俺が言うのもなんだけど、もっと自分を見てくれる人達の表情とか反応に目を配って純粋に楽しんでみるといいんじゃないか?カメラを構えている人達の要求やコスプレしてるキャラクターに成り切ってると一杯一杯になって疲れるだろうし」
陽一君はアイドルではない。
私達をサポートしてくれるマネージャー。
なのに、何故だか分からないけどもの凄く共感できて……まるでヒカリちゃんが目の前にいるように思えた。
「陽一君って他でもマネージャーの経験とかあるの?」
「え?いや、ないけど」
「ないのに、そう言い切れるのはなんかすごいね」
「ま、まぁ……ポーチカのマネージャーをやる際に色々とヒカリから聞いてたからその受け売りみたいな感じ」
ヒカリちゃんと陽一君の仲が良いということはあまり知らない。
でも、KIFで見た二人の話している姿はとても親密で兄妹を思わせるような感じだった。
ヒカリちゃんがどういう事情でポーチカを離れたのか私も知らない。
けれど、ヒカリちゃんがいなくなって直ぐに陽一君がポーチカをマネージャーを始めた。
その関係性を辿れば、何となく彼がそうした理由も分かる気がする。
「やっぱり優しいね。陽一君はヒカリちゃんのためにポーチカを支えてくれている。そんな風な気がして」
勝手な憶測。
多分、色んな考えがあってのことだと思う。
それこそ彼が好きな唯菜ちゃんの傍にいて支えたいという気持ちも含まれていると思う。
その二人のために陽一君は……
「別にヒカリのためとかじゃない」
「……え?」
「俺がマネージャーを始めたのはポーチカを支えること。ゆ……白里が好きだから傍で特別にサポートしたいなんて気持ちもあるにはある……けど、私情ばかり優先しないって決めてる。それに今は目の前にいる小春を支えることが俺の役割だからちゃんと向き合うつもりだ」
少しばかり頬を赤く染めながらも真っ直ぐにそう伝えてくれる。
そんな彼の言葉に思わず私も紅潮し……嬉しくなってしまう。
ホントにズルい。
「うん。ありがとう……私、もう行くよ」
飲みかけのペットボトルのお茶を手渡し、私は立ち上がる。
「別にまだ休んでても……」
「ううん。ルーちゃん一人に任せるのダメだし、私もやると決めたからには最後までしっかりと続けたいの。だから、行くよ」
それにこれ以上、二人きりで話していると余計に諦めがつかなくなる所か気持ちが抑えられなくなる。それになよなよしてる私を見てもらうよりも……
「アイドルとして仕事している時の春をちゃんと見ててね」
少しでも前を向いている私を見て欲しい。
その想いに駆られながら私は扉を開けて直ぐに立つべき場所へと戻った。




