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二百四十九幕 お出かけ②

 オタクの街、秋葉原。

 前に来たのは去年の春頃。

 興味本位で秋葉原に訪れ、好きなアニメショップやらゲームセンターを転々として巡り、その他電気屋やオーディオ機器の専門店などをひたすら見て回った記憶がある。


 アニメやゲームは好きだがあまりグッズを収集する癖は俺にない。

 そっち方面は新城や中原の方がかなり購入していた。

 

 美少女フィギュアやタペストリーは俺もみていると欲しくもなったが、持って帰って飾った後に香織から色々と何か言われそうな気がして買うのを躊躇ってしまう。

 いつか一人暮らしした時に買おうとは思ってはいるが、今はダメだ。

 あの部屋に香織も出入るするようになったから余計に買いずらくなった。


 とにかく、秋葉原に来てアニメショップを回ると購買欲をそそられ買う気持ちを抑えないといけない。その葛藤を避けるべく秋葉原にはあまり立ち寄らないと決めていたが、今日の目的はまた別。


「さ、着いたわね!秋葉原!」


 駅を出て直ぐのロータリー。

 よくアニメで秋葉原回になった際、映し出される通りに出たルーチェはいつにも増してテンションが高い。


「今日、買うゲームってそんなに面白いの?」

「ルーちゃんが物凄く好きなRPGの新作らしいんだけど私も実はあまりやったことなくて」

「てっきりFPSかと。幸村はそっち系の方が得意だろ」

「……うん。前までゲームとかあまりしてこなかったから」

  

 ゲームに慣れてない人間がFPSから始めて得意になるケースは割とレアだ。

 ゲーム好きな奴はだいたい王道のRPGや子供向けのカーレース、捕まえたモンスターキャラクターの育成ゲーとかを触れ始めて……血みどろの殺伐とした対人型FPSと流れていくと勝手に思っている。


 ましてや、彼女は一見すればゲームとは疎く大人しい印象だが一度戦闘が始まれば秒殺でキルムーブをかませる程の実力者で味方としてもこの上なく頼もしい存在である。

 

「あの陽一君……」

「……ん?」

「できればなんだけど……私のこと名前で呼んでくれないかな?」


 そのお願いに俺は少しだけドキッとしてしまう。

 ヒカリの姿では唯菜と同様に名前呼びをしていたが、この姿だとなんだか名前呼びを躊躇ってしまっていた。本人がそう言うのなら、こちらとしてもそう呼ぶのもやぶさかではない。


「分かった。小春……さん」

「さんは要らないよ」

「……小春」


 やっぱり気まずい。

 小春との関係はまだ完璧に清算された訳ではない。

 清算された所か前に思い切り告白を受けて有耶無耶なままにしている。


 あの時の返事は要らないと言われているから小春はおそらく俺の想いを望んではいない。

 むしろ、俺の唯菜に対する想いを知っている。

 それでもなお彼女は俺を振り向かせると告げた。


 逃げも隠れもしない。

 真っ向から固めた決意をぶつけた。

 

 だから、余計にどうすればいいのか困る。

 諦めてくれれば直ぐに終わった。

 俺の中で消えていた彼女へ抱いていた過去の想いもそこで完全に精算していた筈なのに。


「ほら、そこ!早くいくわよ」


 ルーチェに急かされあの微妙な空気感を脱した俺たちは少し歩いた先にあるゲームショップに辿り着いた。

 開店は10時らしくまだ一時間もある。

 しかし、お店の前には既に長蛇の列が生じていた。

 最後尾は通りを挟んだ奥にも続いており、開店しても購入するまでに時間がかかりそうだ。


「結構人気あるシリーズなんだね」


 お店の前でゲーム宣伝用の看板を持った人からチラシを受け取り、どういうシリーズなのか知る。


「これって昔に流行ったアクションRPGだよな。そう言えば前にオープンワールドの新作出るって聞いたことある」


 剣と魔法を駆使して魔物と戦い、世界に隠された秘宝を集めて魔王を討伐するという王道RPG。

 対象の機器を持っていなかったから実際にプレイしたことはないが、前シリーズの攻略動画を見たことがある。


 特にこのシリーズはキャラクターのデザインに力を注いでいるで有名だ。

 人間(ヒューマン)、エルフ、ドワーフ、ウンディーネ、魔族や天使族といった多種多様な種族が混在し、個性溢れる魅力的なキャラクターが登場するためゲームを飛び出してフィギュア化した商品が多くのユーザーの購買欲を刺激しゲーム共々物凄く売れていた。


 ストーリーそのものの評価は某有名な王道RPGと比較すれば高くはないものの、プレイアブルキャラクターの作りこみやデザイン、戦った魔物やボスから得られる素材で装備を作成し、キャラクターに装備すれば衣装類やアクセサリーが反映されるなど……ゲーム自体のやり込み要素が非常に高い。


 リメイク版が出れば俺も是非プレイするつもりでいたがまさか新作が出るとは知らなかった。

 情報解禁は一年以上前からあったがここ半年間は忙しくてすっかり忘れていた。

 だから、今になって思い出した途端……物凄く買う気が湧いてきた。


「不味いわね。これだと数量限定の特典版が買えないかも」

「通常版じゃだめなのか?」

「特典版はグッズも付いてて……あと、ゲーム内で使える特典版限定の衣装とか」


 特典版限定衣装か。

 欲しい気持ちも分かるがそういうのは後のアプデで平等に使用できるようになるだろう。

 所謂、ルーチェの言うそれは早期限定特別であって遅かれ早かれ誰でも手に入るものだ。

 しかし、そこまで欲しくなる気持ちも分からんでもない。


「今度の配信でこれをやりたいんだけど……限定衣装持ってなかったらこのゲーム好きって公言したのが噓だと思われて煽られるの!」


 想像はつく。

 ルーチェの配信を観る輩にそういう奴は多い。

 いちいち相手にするのは面倒だがルーチェもプライドが高いから気にしてしまうのも仕方ない。


「まぁ、せっかく来たんだし。並んでみるだけ並んでダメだったら別の店舗で……」

「数量限定の特典版はここまでの方となりまーす」


 遠くの方からそうアナウンスが入り、特典版の購入が叶わないことが確実となった。


「うそ……でしょ」


 分かりやすいくらい絶望に満ちた顔でルーチェはガクリと項垂れる。


「ル、ルーちゃん。他のお店にはあるかもしれないよ」

「いや、ここだけしかないのよ。ここ限定の特典版が欲しいの。天使族と悪魔族の可愛い二人が描かれたあのグッズが欲しかったの……」


 どうやら店舗毎に特典版に付いてくるキャラクターグッズが違うらしい。

 看板から察するにゲーム内衣装は特典版を購入すれば一律全て同じ。

 しかし、グッズの方は店舗毎で対象キャラクターのグッズが分かれており、ルーチェが好きなキャラクターの対象店舗は秋葉原と池袋、川崎、千葉、川越と記載されている。


 今から別の店舗に行くとなるとここから川崎が一番近いが……

 

「この二人はシリーズ屈指で人気あるし、今から行っても間に合わない気がする」


 白い戦闘装束(バトルドレス)を身に纏い、手には小さな身の丈程の大剣を手にし、威風堂々たる立ち姿で描かれた天使族の銀髪美少女と露出が少し控えめな引っ込み思案っぽい印象を受ける悪魔族の黒髪美少女が対になったイラストのポスターをみればキャラクターに愛着が湧くのも頷ける。

 

「うぅぅぅ、もう無理よ。予約抽選も外れるくらい人気なんだからもう買えってこないわ……」


 ガッツリと落ち込んで諦めムードに陥っている。

 ここまでショックを受けるルーチェは初めてみた。

 どうにかしてあげたくもなるが、どうしてあげることもできない。


「他のキャラクターじゃダメ……なのか?」

「嫌よ!私はサフィラとエデルマーレが初期の頃からずっと好きなの!だから、絶対に欲しいの!」


 周囲の目を憚ることすら気にせず声を張り上げる程好きなことは伝わった。

 

「分かったから一旦は落ち着こう、な?」

「そうだよ。今日はダメでもまた再販とかあるかもしれないし……」

「再販なんて絶対にないわ。それに今日、手に入れないと絶対にダメなの!」


 目が本気(マジ)だ。

 これはもう絶対に買うまで諦めないって顔してる。

 こうなれば俺や小春がいくら言っても聞かないだろう。

 さて、どうしたものか……


「あの、すいません」


 お店の前で騒いでいたことを注意しに来たのか、店員さんに声を掛けられた。


「すいません、騒がしいですよね。直ぐに退きますので……」

「あ、いえそうではなくてですね……」


 男性店員は俺から視線を外すとルーチェの方に移す。


「……似てる」

「え?」

「あの、ここで少々お待ちください。今、店長を……」


 そう言って慌てながらお店の方に戻っていく。

 何事かと三人で顔を合わせていると直ぐに店長を引き連れて戻ってくる。

 すると……


「似てるな」

「似てますよね?」

「一瞬、ゲームに合わせてコスプレしてるのかと思ったがこれは天然ものだ」

「いけるんじゃないですか?」

「いける」


 ヒソヒソと二人で相談しているとサッとこちらに振り返る。


「すみません、お客様。少々ご相談事がありまして……中の方でお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


 訳が分からぬまま俺たちはお店の人達に連れられて中に入る。

 誰もいない貸切状態の店内。

 そこで店長らしき人物はいきなり頭を下げた。


「お願いがございます。今から貸し出しする衣装を着て売り子をやってもらえないでしょうか!」

「え、売り子?」

「はい。お客様のお連れ様にサフィラのコスプレをして売り子をお願いしたいのです!」


 サフィラとは天使族の少女を指すのだろう。

 隣に立った若い男性店員が見本となるイラストを横で見せてくれている。


「急に言われましても……」

「タダでとは言いません。日雇いアルバイトとしてお金も……」

「待って」

「な、なんでしょう」

「お金は要らないわ。その代わりに特典版を貰えることはできる?」

「ご要望なら」

「なら、やるわ」


 即断即決。

 仕事に対して面倒面倒と口癖のように文句を唱えるルーチェは珍しくやる気だ。


「おい。勝手に……」

「背に腹は代えられないわ」

「本当でしょうか。でしたら、直ぐに……」

「待って下さい。こちらの二人は一応、アイドルですので……もし、コスプレをしてSNS宣伝をするのでしたら事務所にお話しを通してもらわないと……」


 細かいかもしれないがこれも決まりだ。

 ジル社長に無断でこんな仕事をするのはかなり不味い。

 

「ちょっと、あんたが決める権利はないでしょ。向こうの人も困ってるんだから私が快く受ければ問題ないわよ」

「いや、大有りだから。そういう規則だし、一応マネージャーだから見過ごせない」

「なら兄貴に今すぐ聞いてみて。今すぐ!」


 無論、そのつもりで直ぐに電話を掛ける。


『やぁ、どうしたんだい急に』


 今日も休まず仕事をしているのだろう。

 後ろの方から騒がしい音が混じって聞こえる。

 それよりも先に要件を伝える。


『ふむふむ。そういうことか』

「受けて大丈夫ですか?」

『事務所としては問題ないからいいよ。ゲーム会社の方には僕から話しておこう』

「随分と手厚いですね。てっきり難しいものかと」

『そのゲームは昔、ルーチェが好んでしていたのは知ってるし。手に入らなくなった後の方が怖いからね』


 意外にも簡単に了承してくれた。

 あまり規則を重んじるような性格ではないのを知っていたがここまで軽いとは思っていなかった。


『二人の監督は君に任せる。折角の休日なのに急な仕事を入れるような形で申し訳ない』

「いえ、付き合わされた時点でこうなる気はしてました」

『ははっ、なら今度どこかでお休みを用意しておくよ。それじゃあ、頼んだよ』


 そこで通話は途切れた。


「許可、取れました」


 そう一言告げると二人は嬉しそうに飛び跳ねた。

 

「いやぁ~助かります。今日来る予定だったコスプレイヤーが二人も病欠となったものですから売り子なしも覚悟してましたが……これならいける!」

「はい!店長」


 代役が見つかってやたらと気合いが入っている。

 ルーチェも好きなキャラクターのコスプレができると聞いて嬉しそうだ。


「良かったね。ルーちゃん」

「えぇ、これでどうにか解決ね。一緒に頑張るわよ、小春」

「うん…………え?一緒に?」

「エデルマーレがいるじゃない。この二人が対にならないと映えないわ」

「え、私もするの!?」


 ルーチェ一人かと思いきや小春もいつの間にか巻き込まれていた。


「はい……エデルマーレ役も急遽病欠で……」


 先程、二人病欠で来れないと言っていたな。

 

「よ、陽一君……」


 あまりやりたくなさそうな目で小春は訴えかけてくる。

 許可を取れたのはルーチェだけだが二人を任せるとジル社長は言った。

 マネージャーとして現場判断を一任するという意味として捉えていいのだろうが、断りずらい小春の空気感を察すればやってくれとは言い難い。


「小春も受けても問題ないよ」


 ブンブンと首を横に振る。

 そうじゃないよ。

 断って欲しいんだよと本気の眼差しで訴える。

 だから、少し卑怯なやり方で説得を試みる。


「エデルマーレ、割と小春と似てると思う。人前であまりコスプレした姿を見せたくない気持ちも分かるけど……多分、誰もそれを笑ったり似合わないとか思うやつはいない。俺も含めてだけど『ゲームの中のキャラクターがリアルにいる!』って驚くと思うぞ」


 これは本心だ。

 実際、衣装を着てみないと分からないがキャラクターの雰囲気からして小春と似ている。

 髪色は違うかもしれないが、本質からして二人は近い存在なのかもしれない。

 その確信だけはある。


「ホント……かな」

「ホントよ!二人を好きな私も保証するわ。だから、一緒にやりましょ小春」


 かつてこんな意欲的なルーチェを見たことがあっただろうか。

 いや、絶対にない。

 これみよがしに親友であることを存分に発揮し、友を本気でコスプレに誘おうと懇願する姿は天使の皮を被った悪魔と言えよう。


 男性店員たちは「なんて、天使なんだ……」と騙されているが俺の目は誤魔化されない。

 既にあの笑みの奥から私利私欲が黒いモヤのごとく滲み出て、それが小春に纏わりつく。


「うぅぅ、分かった。やるよ」


 明らかに嫌そうだが小春はやると決めたようだ。

 

「ありがとうございます。ありがとうございます」


 瞬時に二度頭を下げて礼を伝える。


「それでは早速ですが、衣装の試着へといきましょう。成瀬君!」

「はい!」

「二人に衣装を、それから彼女にはウィッグを」

「了解です!店長」


 素体の良い二人を目の当たりにした女性店員は目を輝かせながら二人を奥の部屋へと案内する。


「本当にありがとうございます。えっと……」

「ポーチカのマネージャーの三津谷です」


 念の為にと以前、ジル社長が作ってくれた自分用の名刺を取り出し交換する。

 こんな形で使うことになるとは思いもしなかった。

 

「ポーチカ……って、あのアイドルグループの?」 

「はい。ご存知ですか?」

「えぇ、私の弟がポーチカさんの大ファンで、よく彼女とライブに行っていると聞いております」


 それは物凄い偶然だ。

 弟さんとその彼女がポーチカファンとは意外な事実。


「今、かなり話題ですよ。私はアイドルには疎いのですが、ここのスタッフも何人か知っています」

 

 直後『えぇぇぇぇぇ!!ルーチェちゃん!?本物なんですかぁ!?』と先程の女性店員の叫び声が奥から響く。その様子からして俺は店長さんに「世間は狭いですね」と苦笑いを浮かべた。

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