二百四十六幕 定期公演
週末の定期公演はほぼ満員。
後ろの方からステージ側まで大勢の人が詰めかけている。
この光景も見慣れている筈なのに後ろからだと新鮮だ。
ステージと客席では見方が大きく変わる。
スポットライトの下に立つ彼女達はハッキリと映り、ライトの下に立てばたちまち彼女達に意識が集中する。
横に並んでいる時よりも遥かにポーチカという像が鮮明に捉えられる。
「こちらから見るのはどうだい?」
ライブTシャツを着たジル社長が隣に立つ。
「いつもより全体が見えやすいです」
ポーチカの四人だけではなくファンの動きも視野を広くして捉えられる。
ステージの上からだとカメラ目線に寄ったり、曲の中で位置替えをしながら客席の方へとチラチラと視線を移してファンサしたりと……一つの曲中で求められることが多く落ち着いて全体を俯瞰することはあまりない。
香織みたく余裕持って臨めばできなくもないが、不器用な俺が器用に立ち振る舞うには相当場数を経験しないといけない。
無論、それが大事なことは分かっている。
出来る限り視野を広く持ってやってはいるが心に余裕はない。
目の前のことと次のことに頭が一杯一杯で客席の方には中々自然に向けられない。
その点、こうして唯菜達を見ると俺よりも器用に振る舞っているのが分かる。
歌唱パートが分けられている以上、少しばかり休む時間がある。
歌っていない時間もダンスをするがそこまで激しい振りではない。
簡単なステップを踏みながら腕を動かして周囲に合わせながら踊る。
求められることは難しくない。
慣れればある意味で休みの時間とも捉えられる。
そのタイミングを使って唯菜は客席の方に視線を流し、明るく相槌を打つなどしてファンとコミュニケーションを器用に取っている。
春の前にも彼女を強く応援する集まったファンに対してぎこちなくもレスをしている。
幸香さんも唯菜同様に自身のキャラを確立させながら後ろの人達に目を向けるなど全体的に視野を広げてアピールする。
めんどくさがり屋のルーチェも一番前で物凄い勢いでピョンピョン跳ねる三人の男性に『しっしっ』とウザそうな表情を向けながら冷たくあしらっていた。
「あれ、止めなくていいんですか?」
「まぁ、あれを望んでいる人達もいるからいいんじゃないかな」
ルーチェのファンは特殊な奴が多い。
愛くるしい見た目とは一変した性格に変な性癖が突き刺さる者が多々いる。
目の前にいる殆どの人が配信から知って来た人なのだろう。
そして、その大半がルーチェの虜になって帰っていく。
ポーチカファンとしての定着率は異常なくらい高いが変人である確率も圧倒的に高い。
性的な目的できているというよりも単純にルーチェから相手にされたいという下心が動機。
無論、ルーチェの背後には怖い屈強なお兄さんが二人も立っているので変な事件は起きない。
握手会やチェキ撮影もファンは警戒心を強めながら接している。
あの二人の異様なオーラに臆してしまうのは無理もないが、あの二人が真に警戒しているのはルーチェが蛮行に移らないかどうかである。
「手前であんまりにも高く跳んで妨げになるなら止めるけど……今はルーチェがイラッとして中指立てたりしないか心配だよ」
その心配も杞憂に終わった。
飛び跳ねることに疲れた三人のファンは直ぐに大人しくなった。
立ち位置替えで以降、ルーチェが彼らの前に立つことはなくなりいつも通りの定期公演となった。
四人でのポーチカというのはファンからすれば新鮮なのだろう。
ヒカリが入ってからつい先月末までポーチカは五人で活動していた。
四人の時よりも五人でのポーチカを知る人の方が圧倒的に多い。
以前を知る俺からすれば随分と変わった印象を受ける。
何がどう変わったか。
指摘すればキリがない。
けれど、初めて見た時よりも大分印象は明るくなり楽しいライブを堪能できるようになった。
ステージ上で横並びになって少し間隔を開けて立っていると個々の印象が際立つ。
四人それぞれが持つ個性は異なり、一見するとバラバラにも思える。
しかし、いざ中央で四人が集まってみると勢いのある団結力が生まれる。
互いを尊重し合い、リーダーの唯菜に導かれるまま彼女達は同じスポットライトの下で大きく輝きを放つ。
色々な曲の中で彼女達の見せる色が移り変わる光景こそがポーチカなのだと思える。
そんな感想を俺は今になって抱いた。
♢
『ありがとうございました!これで、本日のライブは終了となります!』
演奏が止み、唯菜がそう挨拶を告げる。
その全てを聞く前に俺は後ろに位置する関係者ブースを後にして楽屋へと戻る。
直ぐに飲み物とタオルを用意してステージ裏手へと回っていく。
そのタイミングでステージから掃けた唯菜達と顔を会わせ、『お疲れ様』と声を掛けながら物を渡していく。
「ありがと」
「ありがとう、陽一君」
「どういたしまして」
「飲み物はいいからタオルだけ頂戴」
あまり汗を掻いてないルーチェに「はいよ」とタオルだけ手渡す。
「幸香さんもどうぞ」
「ありがとうございます」
全員に配り終わる。
そのまま四人は一旦、楽屋の方へと戻り少しの休息を取る。
その間、俺は彼女達とは別にお渡し会のブースへと回る。
ポーチカと同じくらい運動して疲れているにも関わらずまだ余力を残して我先にと設営ブースへと移動するファンが既に大勢いる。
四人が並んで立つ位置がどこか声掛けをしながら彼らを誘導する。
そうして間もなく特典のお渡し会及びチェキ撮影はスタート。
一人一人に時間制限が設けられているとは言えどもかなり時間を要する。
この時間帯のスタッフはナイルさん達に一任されているため、俺がすることはほぼない。
列の後方で不正並びがないか監視したり、遅れてきた人達の案内をする程度。
唯菜達がどう相手にしているかじっくり観察するのも気が引けるので暇な時間ではある。
大きな欠伸をあまり見られないように搔いていると……
「あの……」
不意を突かれたかのように声を掛けられた。
慌てて欠伸を止めてその方にしゃんとして振り向くとそこには彼女がいた。
「なぎ……」
名前を呼ぶ手前で急ブレーキを踏む。
「あ、いえ。すいません、何か御用ですか?」
この姿で『渚』と言う訳にはいかない。
他人の振りでどうにか誤魔化す。
「あの……スタッフの方ですよね?」
「はい」
「最近、ポーチカのスタッフを頻繫にやられてるのよく見かけて……」
「一応、ポーチカのマネージャーをやっているので」
「え、マネージャー?」
「はい。アルバイトですが」
「そ、そうなんですね。アルバイトがあるのは知りませんでした……私もやりたいな。それ」
最後の方、何かぼそっと言っていたが聞き取れなかった。
「じゃあ、マネージャーさんならヒカリちゃんのことについて何か知ってたりしますか?」
あまり大声では言わないよう気を遣って声の大きさを抑えてはくれているが答えられない。
「すいません。最近、入ったばかりで存じないです」
「そう……ですか」
渚は残念そうに肩を落とす。
「それとあと、もう一つお聞きしてもいいですか?」
「どうぞ」
「マネージャーさんは三津谷香織さんのお兄さんですよね?」
「……!」
そんな質問が飛んでくるとは思っていなかったからか分かり易く動揺してしまう。
「やっぱり、そうなんだ」
「そうなんだけど、出来れば内緒で」
「それは分かってます。実はお願いがありまして……」
そう言ってサッと彼女は手紙を差し出す。
「これをヒカリちゃんに渡してもらえないでしょうか」
目の前に出された一枚の手紙。
頭を下げてそう懇願する渚の想いを拒絶する義理は俺にない。
あくまでもヒカリに宛てられたもの。
ここは形だけでも受け取っておくべきだと分かっていながらも手が伸びるのを一瞬躊躇う。
「こういうの禁止されてますか?」
改めて顔を挙げられると受け取らない訳にはいかない。
「いや、大丈夫です。これは自分から本人に渡しておきます」
その一言を聞いた渚はパッと明るくなりお礼を返す。
「それと俺からも聞いていいかな?」
「どうぞ」
「なんで、これをわざわざ俺に?香織と知り合いなら本人に渡せばよかったんじゃ?」
「香織さんとは同級生なんですけど、あまり接点がなくて……思い切って聞いてみたらお兄さんに直々渡した方がいいよ言われました」
あのヤロウ……
「分かった。これは責任持って渡します」
「ありがとうございます。所で二人は本当に兄妹なんですか?」
「よく言われるけど兄妹だよ。似てないけど」
「いえ、そういう意味じゃなくて……なんだかお兄さんはヒカリちゃんと似てて」
「……」
「特に雰囲気とか」
「従兄妹だから。まぁ、似てるかもね」
そう簡単に誤魔化す。
真相を何も知らない渚はその一言で納得すると満足そうにして唯菜のお渡し会を終えた姉の凪さんの元に戻って、二人仲良く帰って行った。
今の会話で何回かヒヤッとしたが正体に疑いの目がいかないことに安堵した。
俺は渚を知っているが、渚は三津谷陽一のことを一切知らない。
今も初対面に近いため香織と同級生であることを知っているという情報を漏らさないようにも気を遣った。
「それにしてもアイツ、わざわざ手紙を俺に受け取らせるためにまわりくどい手を……」
香織の性格が単に捻じ曲がっているからとかではない。
渚自身の想いを直にヒカリへ伝えさせてあげたいという想い遣りも含まれてのことだろう。
こうして受け取った以上、後でコッソリと読まざるを得ない。
少しばかり溜息交じりに手紙を見詰め、顔を挙げるとたまたま手が空いていた唯菜と目が合う。
視線が重なり合い少し気まずい雰囲気が流れるも直ぐに次のファンが来て仕事に戻る。
「いま、手紙の方みてたよな」
興味深そうにこちらをまじまじと観ていた。
まるでラブレターか何かを受け取ったのではないかと伺うような表情が少しばかり気掛かりになる。
そして、全てのお渡し会が終了した後……俺はその誤解を唯菜から受けた。




