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二百四十五幕 序章⑰

 アルバイト帰り、自宅ではなく借りている部屋へと戻った。

 ここ二週間は学校もあったため終わったら自宅に戻ることの方が多く、あまりこっちには来ていない。むしろ、頻繫に来ているのは俺ではなく……


「む、かおりんのお兄さん」 

「おかえり」

「お邪魔してるよ~、お兄さん」


 双子の妹の香織であった。

 よく見ると三人は制服姿。

 学校帰りそのままここに来た感じなのだろう。

 どこからか引っ張りだしてきたこたつでぬくぬくしながら談笑していた。

 

「SCARLETのお三方はここで何を?」

「作戦会議。次のライブのセトリ決めを今日中に提出しないといけないから」

 

 SCARLETは二月に大きな単独ライブを控えている。

 その際のセトリを彼女達は三人で考えていたのだろうが……テーブルの上にはミカンとお菓子類しか置かれていない。本当に作戦会議中だったのかと疑わしい。

 

「なら、ここじゃなくていいだろ」

「むしろ、ここ以外に出来ないの。外だとお金もかかるし、聞かれるのも不味いから」


 それは一理ある。

 テレビで割と名が知られたことでSCARLETもそこそこ世間に認知された。

 公共のスペースで話すとなるとほぼ場所は限定され、料金も発生する。

 時間もたんまり使えてゆっくりできるという点ではここが理想的なのも頷ける。


「ご自由にどうぞ」

「お兄ぃはこっちに泊まる気なの?」

「一応」

「ってことは~今日は仲良く兄妹でお泊りですかな?いいなー、二人ってホント仲良くて」

「べ、別にそういうんじゃ……」

「お、珍しくかおりんが動揺してる。レアだね、写メ写メ」

「ちょ、撮るのはダメ!」


 仲睦まじく三人で騒ぐ彼女達の横を通り、着ていたコートを脱いでハンガーに掛ける。

 

「あ、そう言えばお兄さんってポーチカのマネージャーを始めたんだよね?」

 

 香織経由で聞いたのだろう。

 隠す必要もないので正直に答える。


「耳が早いね。春乃さん」


 ちなみに、春乃さんはヒカリの正体が俺だと知っている。

 ポーチカの関係者以外でかなり精通しているのは彼女だけだ。


「まさか、SCARLETじゃなくてポーチカのマネージャーを始めるとは思ってなかったよ」

「意外?」

「香織がこっちにいるからマネージャーやるならSCARLETかなって」

「それはないわ。SCARLETのマネージャーなんて死んでもやりたがらないから」

「絶対にいやだ」

「ほら」

「どうして?香織がいるのに」

「それが嫌だから」

「それが嫌だから……でしょ」


 タイミングよく声が重なる。

 香織には俺が何を思っているのかお見通しらしい。


「失礼しちゃうよね。私がいるから嫌だって」

「わざわざ妹のマネージャーする必要はないだろ」

「なら、同級生のマネージャーはしたいんだ。それもクラスメイトで隣に座る可愛い女の子の」

「……」


 なんか怒っている。

 普段よりも語気が強め。

 気に障るようなことを言った覚えはないのだが。


「そうそう。そのことで色々と聞きたいんだった!」

「聞く前にセトリ決めた方がいいのでは?約一名寝てるし」


 こたつの温さにやられて柚野さんは静かに寝ていた。

 俺が部屋に入った時も相当目が虚ろとしていた。

 こたつの温さにやられてバタンキューだ。


「こらこら柚野~、寝たら帰れなくなるから起きてー」

「すーすー」

「ダメだ。完全に寝ちゃった」

「少しだけ寝かせてあげれば?セトリもほぼ決め終わったし」


 なら帰ってくれ。

 なんて冷たいことは言えなかった。


 平日の昼間はお嬢様学校に通う学生として過ごし、放課後や休みの日は売れっ子アイドルとして多忙を極める。

 こうやって身体を休める時間もあまりないのだろう。

 体調面を気遣うと少しでも休んだ方が良い気がして何も言えない。


「今日、春乃さん達がいいならここに泊まっていけば?俺は自宅に戻るから」

「そのお心遣いは有難いんだけど、私達も明日学校があるからちょっとしたら帰るかな。あとでお父さんが迎えにきてくれるみたいだし」

「それなら時間までゆっくり過ごしていいから」

「そのつもりでーす」


 春乃さんはいつ会っても元気が良い。

 疲れなんて微塵も感じさせない笑顔で彼女は周囲を上手に巻き込んでは盛り上がる。


「お兄さんもお疲れでしょ。さ、さ、こたつに入ってお話ししよーよ」

「……何も話すことなんてないけど」

「あるでしょ!特にお兄さんは私達に話すことたくさんあるって!」

「いや、ホントないから」

「じゃあ、最近の恋愛事情とかどうなの?もう唯菜ちゃんに告った?」


 気兼ねなく話せる間柄だと思われているのか遠慮とか知らずもの凄くガツガツ聞いてくる。


「唯菜ちゃんには告白したわよ。11月くらいに」

「オイ」

「えぇぇぇ‼なに、それ!聞いてないよ!」


 下手な恋バナトークに巻き込まれたくなかったが、香織の暴走により知られてしまった。

 面白そうな話題を投下したことで春乃さんの目も大きく輝いている。

 この手の話が一番好きそうな彼女に知られてしまった以上、しつこく追及されるのは見えている。

 

「ささ、こっちで聞かせてもらおうじゃないの」


 部屋の暖房をつけていないのか。

 立っているだけだと非常に寒い。

 観念した俺は香織の正面に腰掛ける形でこたつに入る。


「あ~あったけぇ~。じゃあ、俺もお休みぃ……」

「いやいや、寝ちゃダメだよ。ほらほら、続き聞かせて」

「そう言えば、返事はどうなったの?マネージャーやるようになったのはもしかして付き合うことになったから?」

「なるほど。それなら合理的に付き合えるね」


 勝手に納得されては困るので真実を伝える。


「いや、まだ保留中なだけだから」

「え、そうなんだ。てっきりもう……」

「俺がマネージャーを始めたのは別の理由だよ。ヒカリに戻るため」

 

 事情を知らない柚野さんは完全に熟睡している。

 狸寝入りするような性格ではないが、念の為少しだけ声を縮めて伝える。


「戻ることはできるの?」


 ライブ後にヒカリに変身できなくなったこととヒカリが体験した記憶を共有したことしか説明していない。だから、香織は詳しいことを知らない。


「この新しい腕輪が反応すれば……だけど」

「確か、腕輪は装着者の深層心理に反応してその人が求める能力を与えるってジルさん言ってたよね?」

「そうだな」


 香織の言う通り、腕輪……正確には腕輪の根幹となる石は装着者の深層心理を読み取り、その者が抱える悩みや葛藤に関して最適解を出せるような何かを与えてくれる。

 授かる恩恵は様々で音痴を克服できるくらいの卓越した歌唱力や絵心がない人が天才画家になるといった人間の技能方面での大きな向上といった種類が多く、むしろ超能力に目覚めるといった事例は発生しない。


 超能力なんて日常生活になくて困ることもなければ本当に必要とすらしない。

 俺がヒカリに変身できたことも超能力の類いかもしれないが、あくまでもヒカリ……いや、香織の姿に近付く能力を有しただけで天地をひっくり返す力は授かっていない。


「そもそも、お兄いさんはどうして変身できたの?」


 他意はない。

 春乃さんは以前の俺と香織の関係を知らない。

 

「簡単だよ。俺が香織のことを凄く嫌いで……羨ましかったからだと思う」

「……」

「香織は俺なんかよりも優秀で見た目も良かった。周囲から色々と比較されては悔しい想いをして……いつしか香織から遠ざかっては疎むようになった」


 光と影。

 輝きを増す香織の光が大きくなればばるほど影も大きくなる。

 兄妹の溝はどうしようもないくらい大きくなり、埋めることすら手遅れになっていた。

 

「けど、心の底では多分だけど単純に羨ましかったんだと思う。俺も香織と同じ見た目なら……何事にも自信を持って前向きに進めたんじゃないかって」

「私のこと見た目だけが良い女みたいな評価してない?」

「してない。単に外見が良ければ人は何か一つのことに絶対的な自信を持つだろ。それが成功へと繋がっていく基盤だという風に俺が勝手に思ってただけだ」

「僻んでるなぁ~」

「前の話だよ。今はそう思ってない」

「だから、なんじゃないの。戻れない理由……」


 その指摘に俺は「そうだな」と素っ気なく返す。

 

「複雑で大変だ」

「ポーチカのマネージャーを始めたのも新しい理由を探すためなんでしょ。唯菜ちゃん達の近くにいる方が自分の気持ちに変化をつけやすくできるから」


 香織には何でもお見通しみたいだ。

 前の捻くれていた俺ならそれが浅はかな考えだと見抜かれているような気がして腹を立てたかもしれないが、今は全くそうは思わない。

 色々な経験を通じて香織と向き合った証拠なのだろうか、大分性格が丸くなった。

 

 尖っていたあの頃よりも多分、俺は色々と変わってしまった。

 変身出来ない最たる理由がそこにある。


「そうだよ。そうした方が望みはあるだろ」

「望み……ね。ま、お兄ぃが本気でヒカリの姿に戻りたがっていることはよーく分かった。応援してあげるから早く戻ってよ」

「それにしてはさっきからずっと機嫌悪いが?」


 マネージャーになった辺りの話からずっと香織はムスッと機嫌を損ねている。

 

「それはあれだよ。嫉妬」

「嫉妬?」

「そうそう。香織の大好きなお兄さんが他の女の子のためにこんなにも身体張って、自分に何もしてくれないことに……って、イタタ!こたつの下から足の小指を捻らないで!」


 調子に乗る春乃さんにお灸をすえた香織は「余計なことは言わない」と注意を促す。

 

「嫉妬してることは認めるのか?」

「……それはそう。だって、まだあの時の借り返してもらってない」


 クリスマスライブの件を根に持っているのか。

 勝手に出ておいて何を言っているのだと内心では呆れるが場を繋いでくれたことに感謝もしてる。

 どこかのタイミングで礼をして精算しないと香織はずっと根に持ち続ける。

 

「分かった。今度、一日だけなんか付き合ってやるからそれでチャラにしてくれ」

「あ、それに私も同伴していいですか?」

「いや」

「私だってこの間、香織のこと手伝ってあげたし~」

「……じゃあ、柚野と三人で」

「いいね~。四人でおでかけだー」

「もう三人で行きなよ」

「なんでよ、お兄さん両手に華だよ」


 何の種類の華かは分からないが、この三人と一緒に居れば両手に薔薇だ。

 歩いていれば鋭い沢山の棘があちこちから刺さる。

 痛みを我慢する覚悟ででかけるのはかなり気が引ける。


「あ、それなら私と行く?もう一回、お兄さんとはどこかランチしに行きたかったし。二人だけなら色々と話せるでしょ」

「話せることは何もないです」

「えぇぇ~」

「春乃、揶揄うのもそれくらいにして。今の私達は割と周囲から注目されるし、男性と歩いている所を変に撮られれでもしたら問題になる。まぁ、撮られる相手が私の兄なら色々なファンから嫉妬を買うだけで済むからもしれないけど」

「いや、よくねーよ」


 SCARLETファンの嫉妬を買う=唯菜からの反感を買うに等しい。

 多方面で面倒事が増えるので絶対に勘弁だ。


「あー確かにそうかも。今日だって三人で歩いてたら話しかけられたし」

「でしょ。だから、そういう行動は控えて」

「はーい」


 リーダーらしく香織は再度注意を促す。

 

「あ、お父さん。エントランス前に着いたみたい。私達はそろそろ帰るね」


 柚野さんを強く揺さぶり起こそうとするもむにゃむにゃと気持ち良さげに眠り続ける。


「これはダメだ。どうやっても家までも起きないやつ」

「なら、俺がおぶって下まで連れてくよ」


 鞄もある。

 寝ている柚野さんを下まで連れていくのは苦労すると思い気を遣った矢先……


「変態」

「なんでだよ」 


 何が気に障ったのか知らないが時間もないので無視して柚野さんを背負う。

 小さな身体は思ったよりも軽く……背中に胸圧を感じる。

 意外と大きいんだな。


「変態」

「……」


 こればっかりは否定できずそのまま聞き流して意識を分散させる。


「じゃあ、下まで送ってくる」

「香織、また明日」


 二人分の鞄を持った春乃さんにドアを開けてもらい、寒々とした空気の外に出る。

 コートや上着を羽織り忘れたので物凄く寒いが一瞬なので我慢する。

 下まで行くとエントランス付近に車が停まっていた。

 近くまで連れていき、後は春乃さんに乗せてもらう。


「ありがと、おにーさん」

「そのおにーさんは止めてくれ。同級生だし」

「そう?じゃあ、陽一って呼ぶでいいの?それともヨーイチ?」


 同年代の女子から名前呼びされるのは珍しい。

 あっても君付け。

 だから、あまり慣れていないが悪くはなかった。


「お好きなように、春乃さん」

「なら、私のことも親しみを込めて春乃って呼んでよー」

「さん付けしないと香織に距離近いって怒られそうだ」

「アハハ、確かにそうかも」


 別にそんなことで酷く怒らないとは思うが睨まれはするだろう。

 

「ぅぅぅ、さむっ!そろそろ、俺は戻るよ。じゃあ、また……」

「あ、ちょっとだけ待って!」


 真冬の寒さに耐え兼ねて直ぐに戻ろうとするも彼女の手が俺の腕を掴み、振り返ってしまう。


「最後にこれだけは言っておきたいなって」

「……?」

「私もヒカリちゃんとの再会を望んでる。だから、なるべく早く帰ってきてね」

「なるべくね」

「そ、なるべく早く。じゃあ、またね。おにーさん」


 呼び方を戻した春乃さんは小悪魔っぽい笑みを浮かべて車に乗った。

 そこで俺も見送らず直ぐにエントランスへと戻り、下に着いていたエレベーターに乗る。

 

 なるべく早く。

 それがいつまでを指しているのか。

 聞かずとも分かった気がした。


 春乃さんは再会を望んでると言った。

 ただの再会というよりも再戦と言った方が聞こえは良くも思う。

 これはただの勝手な解釈に過ぎないけどあながち間違っていないような気もする。

 

 なにせ、俺自身がSCARLETとの再戦を望んでるから。


「三月までに何か糸口を掴まないとな」


 そうボヤキながら部屋に続く通路を歩き、玄関ドアを開こうとするも開かない。


「鍵閉めたな、アイツ……」


 インターホンを鳴らし、開けるよう呼びかけるも……『どちらさまですか』と機嫌損ねた妹の返答が響く。

 何で機嫌悪くなっているのか皆目検討もつかない俺は大きな溜息を吐きながらインターホンに向かって言葉だけの謝罪を伝えた。

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[一言] 嫉妬嫉妬な香織ちゃんがかわいいです
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