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二百四十四幕 序章⑯

「マネージャー。ジュース買ってきて」


 可愛い見た目の小悪魔。

 楽曲を通しで四本練習し、程よく汗を掻いて喉が渇いたのか命令口調で要求してくる。


「ほれ、これでも飲んどけ」


 床にぐでぇ~と、だらしなく寝転がる少女の前に飲み物を置く。


「スポドリよりジュースでしょ。ホント使えないわね」


 ジュースでないことに不服を唱える。


「お前、それ言いたいだけだろ。いいから黙ってスポドリ飲め」

「あ~仕方ないわね」


 文句を言いながらもルーチェはちゃんと水分補給を行う。

 このプチ悪魔は態度がでかく横暴だが意外に素直な性格だ。

 ああだこうだ言いながらもちゃんとやることはやり、出されたもので我慢する。


 今の場合、単に構って欲しいから敢えてそう言っているだけに過ぎず、おそらく言う通りにしたら「ジュースよりスポドリでしょ!マネージャーなんだからその辺、気を遣いなさいよ」と腹立たしくも怒ってくるだろう。

 その裏を全て掻いた上でスポドリを提供することで黙らせた俺の勝利である。


「……あんた、やるわね」

「面倒だからその捻くれた性格をどうにかしてくれ」

「こういうのが愛嬌って言うのよ」

「言わねーよ」


 ともかく、相手にすればするほど疲れるだけだ。

 いつも通り適当に流して終わり。


「あ、陽一君。私も一つ貰っていい?」


 そう言って次に話しかけてきたのは小春こと春だ。


「はい。あと、これも」


 飲み物とタオル。

 今の四曲はかなりダンスもハードだ。

 振付が細やかで難しい動きを求められる時もあれば大きく大胆に見せる時もある。

 冬場と言えども動けばそれなりに汗は掻く。

 現に額からかなり汗が滲んでいた。


「ありがとう。タオルも新しいのに替えてくれて……」

「これくらいお安い御用だ。俺はこれくらいしかできないから」

「ううん。そんなことないよ、毎回使ったタオルとかも洗濯してくれるのは凄く助かる」

「あんた、汗拭ったタオルで変なことしてないわよね?」

「ホント、面倒だから余計な茶々を入れてくるな」

「そうだよ、ルーちゃん。陽一君はそんなことしないって」

「そう?。男なんて案外、性の欲望に満ちた猿なんだし……見ていない所で何かしてるかもよ?」

「そう思うなら今後、お前のタオルだけ洗わないがいいんだな?」

「嘘です。調子に乗りました」

「なら、黙って休憩しとけ。次も通しでやるんだろ」


 今日はレッスンと言えどもタムタムがいないためほぼ自習練に近い。

 年長者でしっかりしている幸香さんが練習メニューを組み立て、今週末のライブに向けて取り組んでいる。

 

 やっていることは全く新しいことではない。

 ヒカリがいなくなって四人になった並びでのダンスや位置替えの確認及び練習。

 一から覚え直しとはいかないにしても一人分のスペースを埋める並び方は工夫と慣れを要する。

 本番でミスしないためにも幸香さんが率先して指揮を執る。


「五分休憩したらさっきの繰り返しをもう一度。ルーチェちゃんもまだあまり覚えれていないみたいだし、小春ちゃんもまだ動きが硬いからリラックスしてもう一度確認してやってみようか」

「は~い」

「はい」


 なんだかんだ幸香さんにはルーチェもちゃんと従う。

 年上全員に対して舐め腐っている訳ではなく自分が敵わない相手には利口でいる。

 

「唯菜ちゃんも一回休憩しましょ」


 身体を休める三人の横で一人、熱心に踊り続ける唯菜の姿がある。

 鏡で自分のダンスを逐一真剣に確認しているからか声が届いてない。

 いや、片耳にイヤホンをして音を聴いているから聞こえていないのだろう。


「ありゃダメね。聞く耳持たず」 

「だな、止めてくる」


 仕方なく飲み物とタオルを持った俺は唯菜へと近付く。

 近付いたことにさへ気付かない唯菜に向かって上から被せるようにタオルをかける。


「って、うわ!」


 頭に乗ったタオルが視界を覆い驚きを露わにする。

 その直後に冷たい飲み物を目の前に差し出し、強引に止める。


「今は休憩する時間だぞ。ちょっとは休んだ方がいい」

「でも……」

「リーダーの白里が休憩しないと自分達もやらなきゃって雰囲気になるだろ。やる時はやって休む時は休む。メリハリ付けるのも大事だと思う」


 上から目線かもしれないがこう言わないと唯菜は止まらない。

 『無理をするな』と言えば意固地になってやり続けるかもしれない。

 だから、一旦他のメンバーに視線を向かせて視野を広くもつよう伝える。


「そう……だね。ちょっと休憩するよ」


 そう言って飲み物を手に取り、勢いよく飲む。

 首筋から流れる汗の量から見てもかなり動いている。


 特に最近の唯菜はホントに凄い。

 まるで別人みたく動きにキレが増し、歌にも磨きがかかっている。

 三ツ谷ヒカリがいないことで白里唯菜は大きく輝き出したと言っても過言ではない。

 その変化を直で目の当たりにしていると……少し不安な部分も映る。


「三津谷君、マネージャーに向いてるね」

「そう?」

「うん。ちゃんと気を配ってくれてるし、ルーチェちゃんの扱いにも慣れてるからポーチカのマネージャーぴったしだよ」

「あいつ、基準で向き不向きを決められるのはいやだな」

「そう言えば、二人って結構顔見知りだったんだね」

「あ、それは私も思ってたよ。ルーちゃんはいつ陽一君と知り合ったの?」


 そんな二人の問いにルーチェへと話を合わせるよう視線を移す。


「前も言ったかもしれないけど、ゲーム仲間よ。ヒカリのゲームアカウントあるでしょ。あれは元々コイツので共有したの、それで何度か一緒にプレイしているからその時にね」

「ゲームをプレイしたいからアカウント貸してって頼まれてな。時折、ゲームしたい時に入ると常にフレンド欄にオンライン状態のルーチェがいて、俺をヒカリだと勘違いして誘ってくるからいつしか話すようになってた感じだな」


 説明になっていないルーチェの言葉にそれらしい説明を付け加えて誤魔化す。


「じゃあ、私も知らない間に……」

「やったことはあるかもな。たまに三人でやってもの凄く上手でルーチェ以上に頼もしくなる味方が来てくれた時はあったのは覚えてるし」


 春は基本的にボイスチャットを繋がない。

 味方の行動を把握しながらカバーできるプレイヤーであるため本当にコミュニケーションが必要な場面以外は基本的に話すことはない。

 たまにメッセージでやり取りするくらい。


「そ、そうなんだ……」

「てか、私以上に頼もしいってどういう意味?」

「そのまんまの意味だが」

「なら、帰ったらやろうじゃないの。私がどれだけ頼もしいかあんたに教える」

「嫌だよ。明日も学校だし、疲れて眠いから寝る。また、今度な」

「なら、今度は私も参加します!」


 珍しく意欲的にゲーム参加を希望する春に俺は少し驚きながらも「分かった」と了承した。

 そのやり取りに幸香さんは微笑み、隣で立っていた唯菜は少し硬い表情でいた。


 休憩時間の五分が経ち、四人は再びレッスンを再開する。

 彼女達を後ろで観ているだけでは少しキモイので……その間は色々な雑務を並行して行う。

 

 ファンから届いたファンレターや贈り物の管理や中身の安全確認。

 先程使用したタオルの選択やドリンク作り。

 それから貸してもらったノートパソコンで四人のスケジュール表を作成したりなど……やることは多い。

 仕事の優先順位が高い身体を使う仕事を終え、ジル社長の執務室へと戻ってパソコンでの作業へと入る。


「やぁ、お疲れ様」


 リモート会議を終えたジル社長が顔を挙げて労いの言葉をかける。

 

「仕事は慣れたかい?」

「そこそこですが」

「正直なところ、君がマネージャーを引き受けてくれて有難いよ。僕はマネージャーでもあるがプロデューサーが本職でね。そっちはほぼ疎かになってたから助かる。とは言っても、手掛けるタレントが五人だけなら意外とどうにかなってた部分はあるかな」


 ポーチカの中で幸香さんを除いて四人はアイドル以外の仕事がほぼない。

 個々で面倒を看ないといけない事案が発生しにくく、ゲーム配信のルーチェでさえもマネージャーが付いて管理するほどでもないので人件を割く必要がない。

 現に四人のスケジュールを把握している俺でも本当にマネージャーがいるのかと疑う。

 

「お手伝い程度で使って下さい。それに俺は……」

「彼女達の傍に居たいのだろう」

「……」

「その辺りはちゃんと考慮してるさ。君の力はどんな姿であっても必要になる……だから、マネージャーを任せているのさ。まぁ、君がその気ならここに就職して彼女達をサポートしてくれてもいい」


 正社員としてマネージャー業務を担うという話を言っているのだろう。


「そう言えば、進路についてはどう考えているんだい?」

「一応、大学には進学するつもりです。学校はまだ決めてませんが」


 もう二年の冬だ。

 大学に行くか就職するか。

 進路の選択も視野に入れなければいけない時期。

 

 俺は初めから大学に行く気ではいたので就職することはあまり考えていない。

 仮に就職するにしても芸能界で働くことは想定していない。

 かといって、何系に就職したいかと言われてもパッと思いつかない。

 

 先のことを考えて行動するのは難しい。

 自分のやりたいことがあってその目標に突き進むならまだしも……全く先々を見据えていなくて目の前の現実ばかり追っているようでは想像もしにくい。


「受験は一般、それとも推薦かい?」

「今は一般が厳しいと聞きますのでなるべく推薦の方がいいかと」


 ポーチカのアルバイトも兼ねている以上、勉強に割く時間は限られている。

 日々の授業の予習復習をどうにかこなし、テストでそこそこ良い点を維持するのが関の山な俺が一般受験という難関を突破できるとは思えない。


 幸い高校の成績はテストが大きく反映される。

 授業態度があまり良くなくともテストさえ良ければなんだかんだ授業をしっかり受けていると判断されるみたいで意外にも助かっている。


「一般であれば活動の量について考え直そうと思っていたけど大丈夫そうだ」

「むしろ、俺よりも唯菜とかの方に聞いてください」


 今と同じ質問をすればほぼ同じ回答が返ってくるだろうが……一般か推薦かという問には難しい表情で曖昧な返答をするだろう。


「ははっ、君はやっぱりマネージャーに向いているよ。是非とも大学卒業後は僕の事務所で新しい子達のマネージャーをして欲しいな」

「どこも行く場所がなかったら考えますよ」

「善処する方針で頼むよ」

 

 この人が新しいタレントを募るかどうかはさておき最悪の場合はここに落ち着く。

 それが妙な安心感に繋がったことが少し微妙な気持ちへと掻き立てた。

 ジル社長との会話も区切りをつけ、俺はパソコンでスケジュール表を開く。

 

「あ、今スケジュール画面を開いているならちょうどいい」


 画面を共有しているからかジル社長が気付いて声を掛ける。


「三月の日程を見てもらえるかな?」


 画面をスクロールして三月の日程へを映す。

 ジル社長が見て欲しいのは三月の下旬。

 そこに追加された新たな内容を確認する。


「え、これって……」

「見てくれたようだね」


 三月の下旬、最終週の日曜日。

 そこに記載された新たなイベントに俺が思わず声を漏らした。


「アイドルトーナメント、またやるんですね」


 今年……いや、去年の7月に横浜赤レンガ倉庫で開催されたアイドルトーナメント。

 それが春の横浜アイドルトーナメントとして開催される。

 スケジュールで抑えているということはポーチカも出場予定なのだろう。


「先程までその会議をしていてね。今回は運営から直々に声が掛かったんだ」

「良かったですね。また麗華さんに頭を下げなくて済みそうで」

「もう頼み込むのはムリだからね。クリスマスライブの件もあってかなり怒られたし」


 代打で香織が出たことに関して、ジル社長は後でもの凄く怒られたらしい。

 全ては香織の独断で行ったことではあるが、止めずに黙認した事実に詰められては流石の反論もできず、今回は二人とも説教だけで勘弁してもらえた。


「それで対戦相手は?」

「まだ、未定さ。これからオンラインでの公開抽選会が行われるから……そこの結果次第さ。今回も当然、SCARLETは呼ばれているから下手すると再戦も有り得る」


 そうなれば苦戦は強いられる。

 年末のカウントダウンライブにも序盤で出演し、テレビで盛大にパフォーマンスを披露して世間からかなり注目を集めることに成功したSCARLETはアイドル界で更に抜き出たグループだ。

 そこと初回で戦うのは事実上の決勝戦とも言える。


「前回みたいにならないといいですね」

「あぁ、今回はくじ運を祈るしかない」


 三月の下旬。

 期間としてはまだ三月もあると捉えられる。

 それが長いのか短いのかはさておき……その日までに俺はヒカリへと戻れるのか。

 その目処も立つかどうかは分からない。


 ただ、何か心の変化を加えなければいけないのであれば目標を立てるのもアリだ。

 この日までにどうにしかして戻る術を得る。

 そう心に誓う方が良い気がした。


「焦らないとだな……」


 小さくそう自分に言い聞かせた俺は昨日の残っていたデスクワーク作業を進める。

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