二百三十六幕 クリスマスライブ/対等・交代④
前半の演目を終え、私達は舞台袖に下がって衣装替えを行う。
数十分と経たないうちに再び私はステージに立つ。
今度は一人で。
だから、少しばかりこの間に私は香織ちゃんにあることを尋ねたかった。
周囲にあまり聞かれない声でそう名前を呼ぶと香織ちゃんはヒカリっぽく「今はヒカリでしょ」と答える。
「どう、ポーチカのライブは?」
「凄く楽しい。ポーチカはとても自由でいいね」
「自由?」
「自分のやりたいようにやって個性をアピールしていく。統率性がないと言えば悪く聞こえるけど、ポーチカの場合はない方がいい。むしろ、みんなが互いに一歩退いて視野を広くし合っているからバランスよくパフォーマンスできているのがとても凄い」
意外な感想。
言われてみればそうだと思えるけど、今まで全く気付かなかった。
「唯菜ちゃんも気付いてなかったみたいだね」
「そうだね。自由にしているのは前々から思ってたけど、そんな風に客観的に省みたことはあんまりなかったからそういってもらえるとなんだか嬉しいよ」
ある意味では、私のリーダーシップの無さを露呈しているようにも聞こえる。
けれど、ポーチカの在り方は初めから『自由』であること。
各々の個性を彩りながらグループとしての色をその曲毎に変えて様々な自分達を演出していく。
それが『ポーチカ』というグループのコンセプトでもある。
「ルーチェとかも普段はやる気ない上に文句ばっか言ってんのにステージに立ったら柄にもなくキャピキャピ歌って踊ってるからもう少しキャラ統一したらとか思ったりもしたけど……」
「あれはあれでルーチェちゃんのギャップを楽しんでいる人もいるから」
「まぁ、やる気なさ全開で披露するよりは遥かにマシよね。ルーチェもあぁ見えて意外に思い遣りある性格なのもライブを通じて知れるのは面白いかな」
「そう言えば、香織ちゃんってルーチェちゃんと仲良いの?」
「少しね。一緒にゲームとかした仲だし、おにぃ…じゃなかった、ヒカリの部屋を頻繫に出入しているから自然と話すようにはなったかな」
「なるほど」と頷く。
「それより、リーダーの目から見て今日のライブはどう?」
聞かれるまでもなくクリスマスライブは盛況。
ポーチカのライブ史上過去最高の入場者数を記録し、寒さも吹き飛んで額に汗を掻くくらい楽しみながら自分達のパフォーマンスを披露できている。
対するお客さんの反応ももの凄くいい。
会場にいるあらゆる人が私達の歌やダンス、表情や仕草にも注目してくれて何かアクションを起こす度に反応してくれる。
一緒になって盛り上げようと努めてくれる。
応援してくれる。
だから、私達も一生懸命に応えられる。
そんな良い循環がキャストの私達とファンの間で相互に行われている。
そうはっきりと強く実感できるほど今日のライブは……
「ポーチカ史上、最高のライブだよ!」
自信を持って断言できた。
「なら良かった。唯菜ちゃんが満足してくれないと私が代役で来た意味がないし」
「そんなことは全くないよ。むしろ、私は香織ちゃんが来てくれたから色々なことを学べた」
最初の方はあまり馴染んでなかった後ろの方で観てる人達も徐々に参加してくれて、いつの間にか会場に溶け込むように楽しんでいる。
そんな変化も気付くととても嬉しく、より自分達の色に染め上げたく思えるようなアピールをついしてしまう。
そうやってライブを作っていく。
会場に来てくれた人達全員を上手く巻き込んで楽しんでもらう。
また来たいと思ってもらえるように。
ポーチカを応援したいと思ってもらえるように。
リーダーの私が率先して行っていく。
自分のパフォーマンスにかまけてばかりではなく広い範囲に目を配って気付いてアピールする。
それを私は隣にいる最高のアイドルによって気付かされた。
香織ちゃんはあくまでもヒカリとして振る舞っているけど、SCARLETの三津谷香織っぽい一面も自然と出てしまっていた。
別に注意して欲しいとかはない。
ヒカリに成り切っていても完璧に成り切るのは難しい。
ましてや、こんな楽しいライブを前にすれば多少なりとも素の自分が自然に出てしまうのも納得がいく。
事実、香織ちゃんはいつものヒカリ以上に輝いていた。
これぞパーフェクト三ツ谷ヒカリだと証明するかの如く。
流石にそれはやり過ぎだと思うけど、直ぐ傍でそれを目の当たりにするとSCARLETの時にファンとして応援している光景とは全く別の感想が浮かんだ。
同じステージに立ち、肩を並べているからか。
先輩アイドルとして学ぶべき点がいくつも気付かされた。
そのどれも私に足りないものであり必要とされる要素。
気付けば気付く程、実行に移したくなり……少しずつ自分の中に変化を加えた。
すると次第に視界がパッと広がり、意識が全体的に向けられていた。
肩の力も自然と抜け、普段よりも声のハリが大きくなりスッと歌を最後方まで届けるくらいの勢いへと変わっていく。
ここ数週間行ってきた路上ライブでの成果。
それをもっとより良く伸ばせるものに変えられる方法が『これ』だよ……と、私が悩んでいたことへの解決策をいとも簡単に提示し、成長を促してくれる。
そんな気付きと学びを与えてくれたことに感謝してる。
「お節介だとは思ってるよ。だけど、唯菜ちゃんが私を意識してくれているのも知っているし、普段から支えてくれる大事なファンであることも知ってる。だから、何か恩返しがしたくて」
「恩返しなんて……私が香織ちゃんを応援しているのは好きでやっているだけだから」
「それは私と唯菜ちゃんがアイドルとファンの関係での話。今の私達はお互いにアイドルで対等……だから、出来れば貸し借りは無しにしたい。共に切磋琢磨し合うライバルとして私は唯菜ちゃんを意識したいの」
真っ直ぐな瞳から放たれた告白に私の心臓が大きく鼓動する。
香織ちゃんの口から対等でライバルなんて言葉を聞けるとは思ってもいなかったからか。
それ以上に香織ちゃんが私に対してそう思っていたことに予想外であった。
私からすればそんな台詞を伝えるのは時期早々で不遜も甚だしい。
私視点では香織ちゃんとは天と地の実力差があり、到底豪語できない。
でも、香織ちゃんは全く違った。
私を同じ舞台に立つライバルと捉えている。
それでいて共に高め合う仲間だとも感じてくれている。
「初めてポーチカのライブを観たときに思ったの。このグループは多分、私達の良いライバルになるって」
香織ちゃんはその時を思い出しておかしく笑う。
「他のグループは半ば諦めモードで対戦してたのにポーチカだけは本気で私達に勝ちにこようとしてた。それだけじゃない、相手グループのファンですら自分達の色に染め上げようと全力でアピールしていつの間にか染められていた。現にこの会場にも半分以上私達のファンがいるし」
最後に不服申し立てする様子に苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ファンが流れたことに文句は言わない。ポーチカもSCARLETも似通った系統のグループだから私達のことが好きでいてくれる人がポーチカを好きになるのも当然だし……何より私がポーチカのことが凄く好き」
コロコロと変わる香織ちゃんの表情と率直な告白に心の奥底でジーンとくるものがある。
「特にヒカリと唯菜ちゃんの勢いがあの時の私には何か響くものがあった。他にいたどのグループや誰よりも真っ直ぐ私と向き合ってくれた……そんなライブをするポーチカにときめいたんだと思う」
「な、なんだか照れるよ」
「これもお返し。握手会やチェキ撮影に来た際、いつも唯菜ちゃんはこんな感じだったから」
言われて見ればそうだった。
SCARLETのライブが終わって会いに行く度にテンションが高い状態で思ったことをそのまま話しているから振り返ると何を伝えたかなんて全く覚えていない。
でも、ライブ中での愛くるしい香織ちゃんの一面や良かった点や好きな要素をありのまま伝えていたことはしっかり覚えている。
最近はポーチカでのお仕事が忙しくなった上にSCARLETもライブ会場の規模が大きくなったから以前に比べるとアイドルの香織ちゃんにそれを伝える機会は減ってしまった。
だけど、その全てを香織ちゃんはしっかり覚えてくれていた。
そして、今は特別な想いを私に対して馳せてくれている。
それが分かっただけでファンとしては涙ボロボロ案件なのだけど……今は涙を流す訳にはいかない。
まだライブ中。
半分を超えてこれからラストスパートへと進む前。
今は嬉しさに頬を緩ます程度だけしておく。
「白里さーん。そろそろ後半戦始まりますので準備を」
「あ、はい!今行きます」
後半戦、最初は私のソロ曲から始まる。
束の間の休息も終わり、出番が近づく。
一人であのステージに再び立つプッシャーが合図と同時に重く圧し掛かる。
すると、そっと温かい感触が掌一杯に伝わる。
「私も一人で歌うのは怖いよ。自信がないのは私も同じ」
「……」
「でも、一人じゃないから安心して。きっと多分、もう一人が傍にいるから」
「それってどういう……」
「白里さーん、お早めにお願いします!」
「は、はい!すいません!」
スッタフさんに急かされた私はスッと顔を挙げて答える。
「ごめんね。もう時間ないから……」
「いってらっしゃい。傍で応援しているから」
「うん。ありがとう、いってくるね!」
そう告げた私は半ばドキドキと強く緊張しながらも再び暗転したステージの方へと向かう。
香織ちゃんの言葉が少しだけ気になるも意識を再び集中させ、天幕の下りたステージ中央へと独りで立つ。
♢
唯菜を見送った香織は静かに舞台袖を後にした。
薄い毛布に包まりながら一度、荷物のあるテントに入る。
そこで待ち人から何か連絡がきていないかと確認しようと思った矢先……
「あっ」
「……えっ」
テント内に自分と瓜二つ顔の少女がいた。
手にする用紙で動きを一人で確認していた。
身に着けている衣装も香織とは異なり、頭に橙色の角を生やし、栗色を基調としたトナカイ風な衣装であった。
その正体に直ぐに気付いた香織は何か文句でも言おうとしたが、自然と出た言葉は違った。
「やっと来た。待ってんだから、ヒカリ」
「悪い。遅れた」
遅れたことに対する謝意のかけらも籠っていない言葉。
見た目は違っても中身は正真正銘、自分がよく知る兄であると分かる。
「私の代役もようやく終わりかな。あ~本当に大変だった上に疲れた」
「その割には名残惜しいようだぞ」
「まぁ、楽しかったからね。ポーチカのライブが」
「そんな顔してる」
「うっさい」
誰も居ないからと素の自分を出す。
再び自分とは一風変わった衣装を目の当たりにしたヒカリに「衣装、交換する?」と提言するも「いや、これでいく」と断われる。
「衣装替えした方が新鮮だろ。それにスカートは嫌だ」
本来であれば陽一ではなくヒカリ本人が着る予定であったためスカートタイプの衣装が用意されていた。スカートに一切の抵抗がない香織はともかく、スカートに必死な抵抗を覚えるヒカリに戻ってしまったためやむを得ず短パンの別衣装を受け入れた。
「スカートだとまだタイツ履けるけど、短パンだと素足だけどいいの?」
「その方が絶対に寒いよ?」と指摘するもヒカリは「我慢する」の一点張り。
頑なに拒む以上、何を言っても無駄だと悟った香織は溜息交じりに細く笑む。
「良かった。いつものお兄ぃに戻ったんだね」
「色々と心配かけたな」
「ホントだよ。でも、信じてたよ。最後はいつも通りに戻るって」
「いつも通り……か」
「……?」
「いや、何でもない。俺はそろそろ行く」
「うん、早く行ってあげて。唯菜ちゃんが待っているから」
小さく返事をしたヒカリは手にしていた紙を荷物置き場のテーブルに置いて外へ出る。
小さくなった彼女の背を見送った香織は近くのパイプ椅子に腰かける。
舞台袖でポーチカのライブを静観したい気持ちを抑え、ヒカリの存在が他の誰かに怪しまれないようにするべく暫くテント内で待機することを決めた香織は自らに課した重大な役目を無事に乗り越えたことにホッと息を吐く。
「さて、麗華さんになんて謝るべきかな~」
ライブ中、あまり意識しないよう関係者席の方をチラって見ていた。
一度だけ自然体を装って麗華と目が合うと彼女はヒカリの正体に気付いた上で溜息を溢した。
共犯者の春乃は涙目を浮かべて『ゴメン』と口だけ動かしていた。
結託していたこともバレていたのだろう。
気付いても尚、止めなかったのはポーチカの事情をある程度知っていてのこと。
初めから、麗華にバレないまま完遂するのはムリだと分かっていた。
ステージに立ってしまえば流石の麗華も見逃さざるを得ない。
その状況まで止めに入らせないようにすれば勝ちという香織の思惑は成立し、後は二人仲良く謝罪して説教を受けるまでであった。
(改めて思うけど柄ではない。私はお兄ぃと違って誰かの為に身体を張るタイプではない)
けど……理性よりも先に気持ちが先行した。
恩返しをしたかっただけとは言わない。
三ツ谷ヒカリとしてポーチカのステージに参加することで何かを知りたかった。
(いつもお兄ぃが観てる景色が一体どんなもので、どう感じているのかを……いや、それも建前だ)
本当はこうだ。
ヒカリや兄が好きになった唯菜がどんなアイドルでどんな魅力があるのか。
ライバルのことを改めて間近で知りたかった。
「いずれまた、ポーチカとは戦う。唯菜ちゃんとも……直接ね」
すみません。
最後の方の内容を少しだけ変更させていただきます。




