二百三十四幕 クリスマスライブ②
ステージ中央から見てやや右よりの前から七列目。
そこにポーチカを熱く応援する姉妹のファンがいた。
推しの名前が背中に大きく書かれた薄手の法被をポーチカ会員限定に配れる厚手のパーカーの上から羽織り、両方の手にサイリウムを握り締める姉の凪と黄色のサイリウムを片手に持つ妹の渚である。
数々の地下アイドルを回るのが趣味な姉とは異なりポーチカ一筋で且つヒカリ単独の推しである渚は毎週ではなく月に二度、定期的に足を運ぶ。
常に同じ会場であるためある程度、同じ位置に立っていると顔見知りのアイドルから認知してもらえレスもくれる。
自分が好きなアイドルに至っては自らアピールするよりも先に見つけて軽く手を振ってくれたり、特別な仕草を示してくれる。
そもそも、渚にとってどうして彼女にこんなにもハマってしまったのか。
これといった理由があるとすればそれは初めてヒカリと出会った高校の文化祭。
後夜祭も終わって、軽く後片付けを済ませて教室に荷物を取りに行った際、偶然にもすれ違って声を掛けられたのが話したきっかけだった。
不思議と彼女は渚を知っているようで、渚はヒカリを知らなかった。
だが、特徴的な明るいクリーム色の髪に、容姿は学校全体の代表的アイドルとされる三津谷香織と瓜二つな少女に目が留まり、あることを思い出した。
姉がその時に推していたアイドルということもあって三ツ谷ヒカリというアイドルは知っていた。チェキの写真に姉と二人で映っていたのも見覚えがあった。
写真の中の彼女はどこかぎこちない表情で人と関わるのが苦手そうな性格だと想像していた。
だから、話しかけられた最初は少し意表を突かれて気付くことは出来なかったが、顔をよく見て話しているとその通りの人物だと分かった。
でも、渚はヒカリを……知らない。
歌が上手で人見知りだから話しかけると少しアワアワした姿が可愛いなどと……全て姉のノロケ話とも言える一方的な情報の断片のヒカリでしか知り得ていない。
それどころか友人でも知人でもない。
ただの赤の他人。
である筈なのに……去り際に見たヒカリの寂し気な表情に不思議と渚は目を惹かれた。
思わず自身から声を掛け、ライブに行ってもいいかと尋ねた。
すると彼女は満面の笑みを浮かべ嬉しそうに一言『待っている』と答えた。
スッと変わる彼女の表情は明るくとても純粋な印象を受けた。
ただ偶然にも会って、お互いに共通の知り合いがいて少しだけお互いを知っていただけでなぜこんなにも嬉しそうに笑うのか……それがとても気になる同時に深く興味が湧いた。
それから姉に彼女の所属するポーチカのライブがいつあるのか尋ね、部活動のない日を狙って三ツ谷ヒカリに会いに行った。
その会場は日本最大級のアイドルフェスティバルでポーチカの前には大勢のファンがいた。
数で言えば二百人程度。囲いの枠外にも多数の人が集まり、数えられないほどの人がいた。
ステージから観れば渚なんて大勢のファンの一人。
到底見つけられることはできない。
そう勝手に決めつけていたが、ヒカリは直ぐに渚を見つけた。
厳密に言えば、渚の直ぐ横で猛アピールしていた凪に気付いて振り向き、偶然にもその横にいた渚の方に意識が集中して気付いただけに過ぎない。
しかし、渚にとってはそれで充分だった。
充分過ぎるくらいのファンサだった。
(今でも忘れられない。ヒカリちゃんが私にだけ見せてくれた笑顔……)
再び出会った彼女は文化祭の時と同様……いや、それ以上の嬉しそうな笑顔だった。
それはまるで友人がわざわざ自分のライブにいることに気付き『観に来てくれてありがとう』と言わんばかりもの。
出会った時に友達になった訳ではない。
けれど、渚にとってはそれが堪らなく嬉しいもので彼女を推したくなる充分な理由であった。
それ以降、渚は度々ヒカリに会いに通っている。
ほんの僅かな時間ではあるが軽く話したりと親睦を深め、アイドルとファンでありつつも友人関係を築いている。
他にも同じような対応をしている子がいるのかと思いきや意外にもそうでもなかった。
先に好きになった姉からも『渚だけヒカリちゃんから特別なファンサ貰ってて羨ましい』と妬まれては『裏で実は会ってるんでしょ!抜け駆けしよってぇぇぇ』と変な誤解を受けたこともあるが全くの無実無根であり、渚からしてみればどうして自分がこんなにも気に留めてもらっているのか不思議で仕方がなかった。
それに話したことがない筈の自分が所属している部活動のことまで知っていたりとヒカリは渚のことをよく知っている一面も不本意ながら垣間見せた。
渚からすればヒカリが実は同じ高校の生徒で案外自分の近くにいる生徒なのではないかと疑わしさを覚える。現に姉の香織とは同じ高校であるのだから従兄妹の彼女が同じあっても別におかしくはない。
しかし、三津谷と名の付く生徒や彼女と瓜二つ顔を持つ生徒は校内のどこを探してもいない。
だから、不思議で仕方がない。
(私は彼女を知らないのに、なんで彼女は知っている)
その真相を突き詰めるべく渚はポーチカのライブに通っている。
……というのは建前で、本当の所は純粋にヒカリが好きなのであった。
ステージで見せるヒカリは近くで話している時よりも様々で……大人しそうで可愛いらしい見た目とは異なる苛烈でカッコ良さを持ち合わせる。
同性なのになぜか異性として意識してしまいそうな男らしさに心も魅かれる。
そうして渚はハマってしまった。
三ツ谷ヒカリという少女を追っかけることの楽しさと需要に気付いてしまった。
なにせ、会う度にヒカリから特別な笑顔を向けてもらえるのだから。
だから、今もこうして必死に片手でサイリウムを振りながらヒカリの方に視線を向き続けていた。
気付いてもらえる安心感を覚えながらただひたすらに視線で追い続ける。
すると、ふと視線が重なる。
気付いてもらった。
そう渚は確信していつものように小さく手を振ってアピールするも……反ってきたレスはいつもと違った。
「あれ……」
不意にアピールする腕が止まる。
視線の先に映る彼女は一見するといつも通りの三ツ谷ヒカリ。
透き通った綺麗な歌声、軽やかなステップを刻みながら魅せるダンスを披露し、周囲に愛想を振り撒いている。
「……え?」
そこでようやく渚は気付いた。
推しのアイドルが誰に対しても愛想良く振る舞っている姿に思わず困惑する。
隣で夢中になっている姉は全く気付いていない。
むしろ、ヒカリだけを見続けていた渚だからこそ気付ける点であった。
「あの人見知りで不器用なヒカリちゃんが愛想良くレスを返してる!?」
普段であればヒカリはあまり特別なファンサービスはしない。
それどころか、レスも返さない。
悪く言えば素っ気ない。
そう捉えてしまうかもしれないが……数多くのアイドルを観てきたアイドルオタク達からすればヒカリは単に不器用でレスを返すタイミングが分かっていないと捉えられている。
ライブ中は歌とダンスに意識を集中させるあまり客席の方へと目を向けてはいるが全く意識が向けられていないため、誰が自分を応援しているのかあまり把握できてはいない。
そして、意識が客席に向けられるタイミングは曲の流れていない時か歌唱パートがないほんの僅かな時間のみ。
真面目で一生懸命であるが故にアイドルとしての性分を忘れてしまうことがある。
三ツ谷ヒカリというアイドルはファンの間ではそう噂されることが多い。
しかし、気付いてもらった時のぎこちなく人慣れしていないあの対応は何か心にときめくものを感じると一部のファンの間では盛り上がる話題であり、ライブ中はヒカリからレスがもらえるようであればそれは幸運の一時を味わえる最高の体験だとも言われ どのタイミングで、どの場所で一番その確率が高いのか模索している者もいるという。
故に今のヒカリは渚からすれば異様に映った。
歌もダンスも余裕が滲み出ていて、周囲に気を配りながら完璧なまでにライブをこなしている。
それはまるである意味で完成されたアイドルだとも捉えられる。
そして、前に一度……同じようなアイドルを文化祭で観たことがあった。
「三津谷香織……さん?」
高校の文化際で行われたSCARLETのライブ。
部活動の先輩と共にかなり近い距離で観た彼女の動きと仕草が寸分違わず合致する。
見た目は三ツ谷ヒカリも同然。
ヒカリを初めて観た時、香織と思い込んだのと同様に香織もまたヒカリと瓜二つの顔を持つ。
(あれは香織さんなの?)
そんな筈はない。
香織はSCARLETというアイドルグループに属している。
リーダーという重要な立場でセンターとしてグループの顔でいる。
そんな彼女がポーチカの三ツ谷ヒカリである筈がない。
(だけど、もし入れ替わっているとしたら……)
ヒカリが何かしらの理由でクリスマスライブに出れなくて入れ替わっているのだとしたら……
(ヒカリちゃんの変化にも説明がつく)
第一に、目が合えば必ずヒカリは何かしらの反応をしてくれる。
小さく手を振ってくれるとか。
一瞬だけ分かるような笑顔で返してくれたりする。
(だから、多分あのヒカリちゃんは……私の知るヒカリちゃんではない)
そう結論付けた。
でも、よくよく観察していると所々で渚の知るヒカリが表れる。
表情はともかく仕草がかなりそっくり。
仮に別人だったとしても本人であると疑いようのないくらいしっくりと演じている。
それに会場の殆どの人が騙され、本人だと思い込んでいる。
疑っている自分こそがおかしいのだと思ってしまうくらいあのヒカリは自然に溶け込んでいた。
(やっぱりただの気のせいかな……)
渚も毎週のように通い詰めている訳ではなく月に二度しか会っていない。
最後に会ったのは部活動の大会が始まる先月よりも前のことで期間で言えば二ヶ月空いている。
その間に練習して愛想良く対応できるようになった。
そう判断すれば全て終わり。
この邪推もただ気になっただけの程度で済む。
(うん。ヒカリちゃん上手くなったんだ。そういうことにしておこう)
推しの成長を喜ばないファンはいない。
姉に言われた教訓を基に渚はそう思い直しながら再びサイリウムを大きく掲げた。




