二百三十三幕 クリスマスライブ①
開演して早々。
ポーチカの表題曲を披露し、続けて三曲程メドレー形式で流し行った。
冬の野外音楽堂には少量の雪が舞うも照明の下は寒さを吹きとばすほどの熱気に包まれ、お客さんの中には半袖でサイリウムを激しく振る人もチラホラいた。
かく言う歌って踊る私達も額に若干の汗を滲ませながら動き回り、彼らの応援に負けじと大きくパフォーマンスを示した。
そのおかげで最初に感じていた緊張は解れ、良い感じに肩の力が抜けていた。
少しばかり水分補給を取り、再度向き直った私は今一度視界一杯に広がるこの光景を目に焼き付け、遅ればせながら挨拶をマイクに通す。
『皆さん、今日はクリスマスという大事な日にポーチカのライブに来て頂きまして本当にありがとうございます!』
満員に近い会場内にはかつて見た事がないくらい私達を応援してくれる大勢のお客さんがいる。
ステージに立ってその光景を目の当たりにした瞬間、物凄く嬉しかった。
私の言葉に大勢の人が温かい声援と共に反応してくれて、思わず涙が出そうになる。
『私達はまだアイドルとしてはヒヨッコで、この場に立てるのも実は何かの間違いではないかと疑ってます』
『間違いな訳ないでしょ。うちの兄貴が何か月も前からペコペコ頭を下げてここを抑えてたんだから』
『ル、ルーチェちゃん。そういう裏事情は言っちゃダメだよ』
『別にいいのよ。事実なんだし』
毒舌少女の鋭い指摘に会場から軽い笑いが湧く。
あまり暴走しないよう幸香さんがサッと後ろに付けてルーチェちゃんを制しつつもトークを続ける。
『でも、唯菜ちゃんの言うことは私も分かる。ポーチカを結成した当初は全然人もいなかったし、四人で新体制を築いた半年前でもこんな風な光景を見れるとは思ってもいなかったから』
そう幸香さんの言う通り……こんなの半年前では決して想像もできなかった。
ポーチカのワンマンライブだけで会場が一杯になるほど集まってくれるのなんてまだもっと先……二年、三年……それこそ十年経っても成し得るか不安でしかなく、到底不可能だと諦めかけていた。
ライブに来ても数人。
最後まで観てくれる人なんてもっと少数。
それくらいポーチカは知名度も低く認知もされてもらえないくらい底辺にいた。
どれだけ頑張ろうともパフォーマンスを評価してはもらえず、見向きもされない。
対バンライブで一緒にやってくれる他のアイドルグループからすればポーチカなんて共同でライブするための費用を出してくれる体のいいカモ。
そんな悪口めいた言葉をスタッフさんが裏で話していたのも耳にしたことがある。
その時は悔しいとも思えなかった。
だって、本当のことだから。
現実に痛いくらい直面して思い知って……心を散々擦り減った後だから言われて当然だと勝手に心が受け入れていた。
リーダーとして情けない。
上昇志向が無駄にあって口だけのアイドルに何の価値も魅力もない。
そう自嘲気味に笑うしかなかった。
けど、それでも私は続ける選択を取った。
一人は辞めちゃったけど私にはやりたい理由があった。
高望みな目標。絶対に叶わぬ憧れでも出来る限り足掻いて、自分がやってきたことの証明を少しでも残しておきたかった。
そのためにジルさんは色々と手を尽くしてくれた。
赤字続きでも私達に成果を披露する場所を提供する裏で新たなメンバーのスカウトを行っていた。なるべくポーチカに合うメンバーを慎重に選び、ポーチカを選んでくれた小春ちゃんやルーチェちゃんが入った。
四人での新体制を築き、新たな一歩を踏み出していくと意気込んでもそう簡単に上手くは変わらない。厳しい現実に直面しつつも四人で頑張っていく。
そう決めた矢先に……ヒカリが加わった。
三ツ谷ヒカリという不思議な少女がポーチカに入り、彼女がステージに立った途端に全てが変わった。今まで嚙み合わなかった歯車が噓みたいに綺麗に動き出し、観る者の目を惹き付けた。
そして、ようやく私自身も変われた。
同じセンターに立つ彼女の傍らで劣らずのアピールをすることで前向きに力強く自信を持つことができた。
それ以来、目まぐるしくポーチカは順調に動き出した。
これまで数人しかいなかったファンも定期公演をこなすごとに多くなり、一か月で百人、二ヶ月で二百人と大勢のファンを獲得し、メディアにも少しずつ露出し始め、有名なアイドルグループが多数集結する日本最大級のアイドルフェスティバルにも参加して……今こうして千人を超える人の前で単独のライブを開くことができた。
本当に信じられない。
今でもこれが夢なのではないかと疑ってしまう。
けれど、これは夢なんかではなく現実。
ポーチカを好きになって応援しに来てくれた人達がこんなにも多く集まってくれた。
その光景が視界一杯に広がっている。
だから、今の現実をしかと認識した上でこれからのポーチカを少し語る。
『仮に私達がアイドルとしてはヒヨッコでもいつか大きな舞台で羽ばたくためにこれまでも、そしてこれからも『ポーチカ』だけの特別な花の色を咲かせていきます。なので、皆さんもしっかり付いてきて下さい!』
これはアドリブ。
事前に全く用意していない。
私が今の状況と心境を基に率直な想いを伝えた。
理解してもらえるかは分からない。
理解してもらえなくてもいい。
ただ、この先もどうか……ポーチカを応援し続けて欲しい気持ちが伝わればそれで……
『あの~唯菜、深々と気持ちを込めて頭を下げている所悪いんだけど……これまだオープニングよ』
横から顔を覗かせてそう指摘する香織ちゃ……じゃなかったヒカリにハッと気づかされる。
しんみりとさせてしまった空気感に頭を上げて思わずアワアワしてしまう。
『感極まって思わずそう言いたくなるのも分かるけど、そういうのは最後にとっておくのが一番効果的だと思うけど……』
『うぅぅぅ、ごめんなさい』
先輩アイドルのおっしゃる通りの指摘に謝罪をしてしまう。
やはりこういう所で香織ちゃんだと認識してしまう所為かつい素に戻ってしまう。
『ま、別にいいでしょ。それよりさっさと次の曲にいくわよ。寒いからドンドン歌って早く帰れるならそれに越したことはないもの!』
『ルーチェは自由気ままな自分勝手でいいね~』
『あんたにはだけ言われたくはないわ!このブラ……』
『はーい、ルーチェちゃん。お口チャック』
サッと後ろから幸香さん手でルーチェちゃんの口を塞ぐ。
何か言い掛けたように聞こえたが暴言的なものだと幸香さんが感知して防ぐ。
流石と言わざるを得ない対処法だけど、ルーチェちゃんが一瞬『ブラコン』と言おうとしていたのが少し気になった。
けど、気になっている余裕はない。
会場の熱を下がる前に続けて次の曲へと移行する。
『それでは仕切り直しまして、聴いてください……『私達の夢』」
曲名を伝えると照明は暗転する。
その間にサッと定位置に立って準備をする。
薄暗闇の中、ヒカリが立つであろう位置に目を向ける。
ほんの数分の打ち合わせ。
セットリストもある程度、頭の中に入れて当日の動きを把握する。
それをいとも簡単に香織ちゃんはやってのけている。
それも自信が三津谷香織だと誰にも悟られぬように立ち振る舞いながら。
(やっぱり香織ちゃんって凄い)
私であれば絶対にムリ。
たった一度の打ち合わせで出演したことのないアイドルグループに紛れて参加するなんて芸当は到底できっこない。
今みたいにアタフタして極度の緊張に晒されて終わるだけなのが想像つく。
でも、香織ちゃんは違う。
どんな姿でも堂々としていて違う自分をはっきりと示している。
まるで……いや、本当に役者なのだと痛感させられる。
そんな風に見ていたのが視線から感じたのか。
暗闇の中で一瞬だけ目が合う。
クスリと笑んで『いつも通りね』と口の動きだけで伝える。
注意されたことにドキッとされるも、香織ちゃんの言う通り『いつも通り』であることが大事。
改めてその心構えを置いて再び明転したステージの上で私は流れる音楽を聴きながら歌唱に入るタイミングをしかと聞き分け、軽やかで静かな第一声を切る。




