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二十二幕 関わり/推しTシャツの押しつけ⑥

「ん~美味しかった~」


 腹を満たした白里はそれはそれはとても嬉しそうな表情で満足している様子。

 意外だ。白里がこんなにもハンバーガーが好きだとは思わなかった。

 確かに、この店のハンバーガーは人が並ぶだけの評判と見合った美味しさだった。

 列に並んでいた際に話したあの桃色髪の少女が食べたいと強く求めていたことにも頷ける。


「なんか、お昼ご飯に結構時間使っちゃったね」


 現時刻は二時前。

 このフードコート内に一時間半以上は居続けている。

 そろそろ、今日の本題とやらに入ってもいいと思うが……少し気になる点がいくつかある。


「今日ってただの相談のためにここに来ただけ……ではないよな?」


 口元を紙ナプキンで拭う白里はその問いを受けてウッと固まる。

 

「なんで、そう思ったの?」

「いや、わざわざ有明まで来るのも変だし。それにさっきから周辺で同じTシャツを来た人達がウロウロしてるからなんかイベント事でもあるんじゃないかと思ってな」


 そう探るように言ってみたが、実際的にもう大体ネタは掴んだ。

 今日、白里がわざわざ俺をここまで呼び出した理由(わけ)


「香織のライブを一緒に観させるために呼んだんだろ」

「あー、うん。そうで、ございます」


 あっさりと自白した。


「よく気付いたね」

「そりゃ気付くって。さっきから店内放送で繰り返し流れているこの曲。よく耳を傾けて聞いていたら要所要所で香織の声が聞こえる」

「流石はお兄ちゃんだね」

「曲そのものは今日、初めて聞いたけどな」

「なら、いい予習になったね」


 満面の笑みから発せられたその言葉にあながち否定出来なかった。

 どうせ、この後のライブに突き合わされるのであれば一つでも知っている曲があった方が聞きやすい。一ファンとして一緒に盛り上がれるかと問われると……流石に恥ずべき部分に負け、他のファンとは一線を画しながら聞かざるを得ない。


「別にわざわざ隠す必要はないだろ」

「素直に言ったら来ないかな~って」

「……多分、行く」


 家族とならともかく……白里なら一緒に行くだろう。

 完全に人を選んではいるが。


「本当に?」

「うん……てか、言ってくれればチケットもらえたぞ。二人分」

「ダメだよ!私達はファンなんだからしっかりお金を払って見ないと!それに関係者席だと後ろ側になっちゃうし、色々とアピール出来ないじゃん!それに出来ればアリーナ席の近い所で観たいのがオタクの(さが)なんだよ!」


 意外にも意外。白里にこんなにもオタク気質な一面があったとは思いもしなかった。


「ってことは、さっき言ってた私用って……」

「グッズ販売だよ。タオルに、Tシャツ、ペンライト、それから……」


 鞄から次々に戦利品を見せびらかすように取り出して並べる。


「あ、これ三津谷君分の香織ちゃんTシャツ!」

「え?」


 手渡された白いTシャツには『LOVE香織!!』の文字が大きく刷られていた。所謂推しTシャツというやつだ。


「これを着ろと?」

「うん。お兄ちゃんでしょ?」


 いや、待て待て。色々とツッコミ要素が多過ぎて処理し切れない。

 ライブを目前にしているせいか、白里はいつもより数段テンションが上がっている。その上、マジなトーンで躊躇なくこのTシャツを着てライブに臨むことを勧めてくる。


「まぁまぁ、私も着るから大丈夫だって」


 ペアルックだからいいという訳じゃないんだよな~。

 よし、この話しは一旦保留にするか。


「ちなみにチケットはどうするんだ?俺は買ってないけど」

「それは安心して。このライブは連番制で既に二人分は確保しているから」

「連番制ってことは俺以外でも良かったんじゃ?」

「うーん。クラスの友達だと三津谷君以外を付き合わせるのは少し気が引けて……」


 その言い方だと特別感があるように聞こえるが、勘違いしては駄目だ。白里は単にライブへと連れて来やすい人間を選別しただけ。決して他意はない。

 

「同じグループに新しく入ったメンバーの子を誘おうかなって思ったんだけど、最近は色々と忙しいし、あっちの都合もあるだろうから……君に決めた!なんちゃって、あはは……」


 どの道、俺だった訳だ。


「はぁ……」

「とにかく!今日は最後まで付き合ってもらうので、そこはご了承を」

「それは分かった。けど、そのTシャツは嫌だ」


 着て下さい。お願いします。と言わんばかりの仕草でTシャツを手渡してくる。


「これ、いつもは白里が着ているやつ?」

「ううん。私のサイズじゃ多分入らないと思って、三津谷君が着れそうなサイズを適当に見繕ったの。その身体だとLサイズなら余裕だよね」


 Lサイズ。少し大きめではあるが、着れないことはない。けど、着たくない。


「よく考えてみてくれ。家族がこんなTシャツを着ていた所を見たら妹はどう思う?」

「嬉しいと思うよ」

「ドン引くだろ普通」

「えぇー私なら嬉しいけどなぁ」

「それは白里の場合だから。俺と香織は仲良くない。むしろ、犬猿の仲だ」

「そうかな?香織ちゃん、たまにラジオでお兄さん……三津谷君の話をするけど、聞いている感じ仲が悪いように思えなかったよ。この間だって、両親が仕事で遅いから弁当を一緒に食べたって言ってたし……許せん」


 全国放送で家の事情が駄々洩れじゃねーか。

 それと、妬ましい顔で睨まないで欲しい。


「あんな可愛い妹ちゃんの何が不満なの?」

「色々とあるんだ。家族にはな」

「そう言われると、あんまり言い返せないけど……せめて、ライブくらいは見てあげたら?」


 今まで香織とあんまり向き合ってこなかった理由。

 それは単に比較されるのが嫌だったからでもある。

 容姿端麗、頭脳明晰とまでは言わないが頭は良く、誰からも注目されて脚光を浴びる香織とは違い、俺は光の当たりにくい影側に位置する。


 小さい頃は俺も負けん気が強く、意識的に香織を妹ではあるもののライバル視していた。

 自分も認められたい。

 自分も見て欲しい。

 両親はそれを理解してくれたお陰で、俺と香織を平等に見なしてくれるが、親戚やその他の知らない人達は全員が香織ばかりを見ていた。


 せいぜい、俺は香織の引き立て役に過ぎない。

 兄妹で双子なのに、立場は全く違う。

 時は流れて肉体・精神共に成長していくにつれ、俺はその事を気にしなくなっていった。

 慣れた、と言うべきか。


 そう思われるのが当たり前で、普通なんだ。

 兄妹で双子でも、立つステージが完全に違う。

 それを理解した俺はもう香織と向き合うことを諦めて自ずと距離を置くようになった。

 出来るだけ近づかないよう、近づいて比較されないよう……逃げるようにして離れた。


 だからか、俺は香織がアイドル活動を始めたと知っても、ステージに立つ姿を見たいとも思わなかった。売れないならまだしも、香織は売れた。

 輝きの純度は一層増し、こうして目の前に居るような熱狂的なファンを生み出す程の魅力がある。

 正直に言えば、今の俺はもう過去に複雑な気持ちに囚われてはいない。

 一周回ってそんな妹を持てたことに誇らしい気持ちもある。


 しかし、関係性がなかなか修繕しないのはまだ過去の記憶が尾を引いて、尚且つ香織に自ら歩み寄ろうとしなかったからでもある。

 香織が忙しく、家でもあまり顔を合わせない、話さないのを言い訳にいつまでもそのままでいた。


 それが今日やっと、白里の作ってくれたきっかけに乗じてようやく一歩が踏み出せる。

 ライブに参加する。

 客席からもう一度香織と向き合う。

 それが今日の俺に課せられた試練なのかもしれない。


 正直に言えば、あまり乗り気ではないが……


「ここまで来たんだし。せめて、ライブは参加して帰ることにする」

「素直じゃないな~。でも、見たら世界が変わると思うよ。絶対!」


 食わず嫌いは良くない。

 特に味見もしていないのに勝手に不味い、嫌いと判断するのはもっとよくない。

 何事も挑戦が大事だと……父から教わって成長してきた。

 

 それに白里がこうも熱狂になるくらい香織は凄いらしい。

 改めて今の自分との間で生じた香織との距離感を見つめ直すことや今後、ヒカリの時のアイドル活動でも大きく参考になるかもしれない。先輩アイドル達の実力とやらを調べる名目を秘めて納得する。


「そうだな」

「うん。じゃあ行くよ、これ着てね!」

「……それは飛躍し過ぎだと思う」


 商業施設の直ぐ横にある劇場施設。

 アリーナ席を含めた四階席までの収容定員は最大で約八千人。

 そんな凄い人数のお客さんが一同この場所に集うのも凄いが、香織のアイドルグループに八千人を超えるファンが居るという事実に驚愕した。

 

「あ、ここだね。アリーナ席のCブロック三列五番と六番」


 電子チケットを眺めながら席を探す白里についていく。

 

「意外と俺達に近い年齢の人も多いんだな」


 見た目からして高校生や大学生、二十代の若者が多い印象。

 先週に行われた白里達のライブでは年代層はバラバラで、三十代や四十代のおじさんや二十代の人達が参加していた。それに対して、この会場内は比較的年齢層は若く、女性のファンも結構多い。

 そして、所々に『LOVE香織!!』Tシャツを着た人達が見える。


「香織、ファン多いんだな」

「最近はテレビ出演とかも多いから人気度は急上昇なんだよ」


 そう言えば、時折母さんが録画した番組をリビングで観ていた時があったけ。

 いつもは見ない朝の報道番組やバラエティー番組を見返していたのは恐らく香織が出ていたからか。俺も自分の部屋にあるテレビで一度、偶然にも出演していたのを見たことがあるくらい。


「ん、この曲……」


 会場内に流れる曲に俺はあるアニメのオープニング曲だと気付く。


「これは深夜に放送しているアニメの主題歌。一応、今日のセトリにも入っているから」


 この曲が主題歌となっているアニメは俺も見ていたが、まさか香織が歌っているものだとは露知らずに聴いていた。割とハマって『お気に入り』リストに追加するくらい。


「純情スパイラル。良い曲だよね~、私もこれがきっかけであのアニメ見てたし」

「……なんか複雑」


 知らない方がいい時ってあるよね。世の中。


「まぁまぁ、それ以外にも良い曲はいっぱいあるし、何よりも生で聴いた方が絶対に好きになるから」

「もう諦めて何もかも受け入れ態勢でいるから安心してくれ」

「お、言ったね」


 俺は何で今、こんな事を言ったのだろう。会場内の雰囲気に浸り過ぎたせいか、若干思考が停止してあらゆるものを受け入れようとしていたのがつい声になって出てしまった。

 白里がそう反応を示し、鞄の中をガサガサと漁り始めた瞬間、自分の発した言葉を一部取り消し、修正したいと思うも遅し。

 

「はい。じゃあ、これ」


 手渡されたのは今日のライブ仕様に作られたペンライトに、マフラータオル。

 以外にもソフトなグッズが手元に落ち着き、安心を覚えた束の間……


「着替えてね」


 諦めが悪い。

 会場内に入る前から何度も断っているにもかかわらず、これ見よがしに渡そうとしてくる。

 

「やっぱり着なきゃ駄目か?」

「三津谷君、周りを見渡してみて」


 言われた通り、周囲の客席を見渡すと白里と同じTシャツを着たファンがほとんどで……私服着の人なんて俺くらいだった。

 『ここで一人、私服のままライブに参加したら浮いちゃうよ』と暗に示す形での王手にかけてくる。


「受け入れるんだったら、先ずこれからだよ」


 悟りを開いたかのような微笑みで『さぁ、これを着てあなたもこの中に溶け込むのです』と言わんばかりの白里に根負けした俺はゆっくりと両手を前に差し出して、Tシャツを受け取る。


「……トイレで……着替えて来ます」

「よろしい」


 開演五分前、手渡されたTシャツに着替えるべく俺はトイレへと直行するのだった。

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