二百〇八幕 カフェでの談話(前編)
「いやぁー色々と付き合ってもらっちゃって悪いね」
「ううん。むしろ、役得だから!それに春乃ちゃん達と会えなかったらプレゼントは買えてなかったかもだし」
無事に贈り物は買えた。
その後も春乃や唯菜が見たいものを中心に転々と店舗を巡っていた。
用が済んだ後は直ぐに解散……という風にはならず、余った時間をこうして三人でのお茶会に当て、丸テーブルを囲っていた。
「なんだかこのメンバーで話すのはなんか新鮮だよね」
「確かに。私、ユイユイと話したの数回くらいしかないかも」
「春乃ちゃんは前に修学旅行で一緒だったからあれだけど、柚野ちゃんはあんまりないかもね」
「うん。だから、お話しできて嬉しい」
「本当に?私もだよ!」
「おーいいねぇ。私も唯菜ちゃんとは香織やヒカリちゃん抜きでお話ししたかったんだよね~」
唯菜と春乃達が会話する際はいつも香織やヒカリがいるからか、二人がいない時間というのはかなり新鮮であった。
「そう言えば、春乃ちゃんってヒカリと結構仲が良いよね?ほら、前にヒカリがSCARLETのライブに出た時とかも春乃ちゃんから出てほしいってお願いしたって言ってたし」
「え、あれだよ。別にヒカリちゃんを奪おうとかじゃないからね!」
「いやぁ、別にそういうつもりで言ったんじゃないよ」
「あははー、ごめんごめん。つい大袈裟に捉えちゃったよ」
香織がいればわざとらしく謝る春乃に「冗談言わないの」と小突く様に指摘するだろう。
しかし、今はツッコミ役が不在のため春乃のボケに対する後処理がなく、微妙な空気になってしまった。
「まぁ、さっきの質問にちゃんと答えるなら私はヒカリちゃんと仲は良いかな。お互いに共通の仲良しを持っている者同士、苦労とか悩み事とか共有できるし」
誰とは言わないまでも、唯菜には容易に想定できた。
「それに前、ヒカリちゃんは私達のレッスンに付き合ってくれたこと知ってる?」
「ううん。知らない」
「あれ、もしかして何も言ってなかったのかな……あー、ここまで言っちゃったなら仕方ないかぁ」
てっきり春乃は既に唯菜へと伝えたものだとばかり思い込んでいた。
情報を先に出してしまった以上、言わないことには後味が悪いと判断し、勝手ながら訳を話す。
「さっき唯菜ちゃんが話した前にヒカリちゃんがライブに出たって話の前に、香織が体調不良で休んでね。【ハルノカオリ】をお披露目するユニットライブの直前というのもあったのと二人で練習しないと意味がないものだったからヒカリちゃんが代わりに参加してくれてたの」
「だから、ヒカリはライブで……」
今になってようやく香織も真相を知った。
本人は香織の練習に無理矢理付き合わされた際に新曲の歌とダンスを覚えさせられたと主張していたが、些か唯菜の中で薄っすらと疑問は残っていた。
けれども、二人が仲の良い従姉妹であるからそういうこともあるのだと受け入れていた。
「実際、事実を打ち明けるなら全ては香織が悪いんだけどね。体調不良だってことを私達に悟らせたくなくてヒカリちゃんに自分の変装させて送り込んだ訳だから」
「え、ヒカリが香織ちゃんに!?」
「そうそう。私も最初は気付かなかったよ。顔は双子みたいに似てるから、髪型とか寄せられると全然外見じゃ判断できないし」
春乃の言葉を唯菜も頭の中で想像すると「確かに……区別付かないかも」と納得する。
「それでもダンスで見せる身体の使い方とかが違ったから直ぐに気づいたよ」
「それはそれで凄いね」
「はるのんはかおりんのことをライバルって思ってるから癖とか見抜いちゃうもんね」
「柚野の言う通り、香織を良く知っていて……ヒカリちゃんを知らなかったから見抜けたっていうのもあるかもね」
いつも知っている相手が突如、別の動き方をすれば本人でないことは一目瞭然。
さも軽々とそう口にするが、唯菜には容易に理解し難い。
「す、すごいね。私はそこまで観察力とかないからできる芸当ではないよ」
「私の場合、柚野が言ったけど……香織のことをライバルだと思ってることが大きいかもね」
「ライバル……」
「あくまでも私が勝手にそう思っているだけだから自称だよ。でも、唯菜ちゃんならこの気持ち分かってくれると思う」
「うん。春乃ちゃんも香織ちゃんが目標なんだね」
「目標とは少し違うかな。私の場合はヒカリちゃんと同じで香織を負かしたい」
負かす。
その言葉の意味が唯菜にはあまりピンとこない。
「センターの座を奪いたいとか、香織よりも注目を集めたいって気持ちも勿論ある。そういうのもひっくるめて香織よりも上に立ちたい……っていう無謀な野望なんだ」
無謀ではない……と反論できない。
唯菜自身もSCARLETを強く推し、香織を憧れとしているから分かる。
例え、同じグループの春乃であっても香織という強大な相手には敵わない。
「多分、ヒカリちゃんも同じ。香織よりも優れた自分でありたいと胸の内に秘めている。それも私以上にギラギラとメラメラと燃やしてね」
最初の頃、少しだけ香織のことを気にかけていたのは何となく覚えている。
自分同様に三津谷香織というアイドルを意識していると認識していた程度で、決して春乃の言うような感情を秘めているとは思えなかった。それに普段から香織の話題を出したとしても、ヒカリがライバル的な風に意識している素振りを見せたことは一度たりともない。
「うーん、ヒカリってばあんまりそういうこと言わないからなー。ちなみに、どうしてそう思ったの?」
「……勘!かな」
唯菜に向かって『そりゃ、二人は兄妹でお兄ちゃんの方が香織のことを深く意識しているから当然でしょ』とは口が裂けても言えず、直感だとしか表現できなかった。
しかし、春乃が観察力に長けていることは唯菜もよく知っている。今の言葉がそれに基づいたものであるなら、単なる憶測で言った訳ではないのだと理解を示す。
「なるほど。春乃ちゃんがそういうのならそう……なのかもしれない」
若干納得がいかない唯菜に春乃は言葉を付け足す。
「これはあくまでも私個人の見解だけど……初めて、横浜で二人を観た時にこう思った。この子達はSCARLETじゃなくて香織を倒したいんだって」
「……!」
「なんでかな。これも直感だとしか言えないけど、二人の重ねた声を聞いた途端にそんな想いが伝わった。多分、香織も同じように感じていた」
SCARLETを倒す。
三津谷香織に勝ってみせる。
そんな気迫と意志が二人の歌に込められていた。
「あの時は勝負だったし……ライブが始まる前、香織ちゃんに宣戦布告みたいなことしたからなんだか後には引けなくて……」
無論、それだけではない。
唯菜がそういう風に意識を働かせたのは……
「あっ、だから私は……」
そこでようやく唯菜は気が付いた。
そして、春乃の発した言葉の意味を理解する。
「うん、春乃ちゃんの言う通りだ。ヒカリは香織ちゃんを意識している。少なからずライバル以上に」
「きょ…じゃなかった。従姉妹だから、あの二人はお互いにライバル関係以上に意識し合うんだろうね。私は私で半分諦めているからいつまでたっても香織には追いつけっこない」
「私は完全に諦めてます」
先程から二人の会話に耳を傾けながら黙々と注文したパフェを食していた柚野もここぞばかりに同意する。
「柚野はライバル意識とかないでしょ」
「失礼。私にもあるにはあるよ。でも、闘争心とかないから一からは上がらないよ」
「それをないって言うんだよ」
「ん……ホントだ」
「私も柚野みたいに能天気でいられたらこんな風に悩んだりしなくて済むから羨ましいよ」
「それは失礼だよ」
「うん。これは失礼だね」
SCARLETラジオでいつも耳にするマイペースな二人の会話に唯菜は少しだけ和やかさを感じる。
「やっぱりSCARLETで凄くバランス取れてて私は好きだなー」
「傍らに天然ゆるフワ娘がいて、もう片方に真面目で素直じゃない完璧アイドルがいるから私みたいな凡人が間に挟まるとバランスが取れるんですよ」
「春乃ちゃんは凡人なんかじゃないよ。歌もダンスも香織ちゃんに負けないくらい上手だし、負けないくらいファンの人も多い。それに何だかんだ言って、SCARLETを一番に考えているのは春乃ちゃんだとファンは思ってるよ」
SCARLETが大好きなファンの率直な想いに偽りはない。
唯菜も普段のライブから感じることをただ言葉にして伝えている。
「私もそう思う」
「いやはや、照れますなぁー」
満更でもなく春乃は大袈裟なリアクションを取って見せる。
しかし……
「でもね、それとこれとは別だよ。私には香織みたいなカリスマ性はないし、人を深く惹き付ける魅力もない。かといって、柚野みたいに天然っ子を振る舞うのも無理」
「失敬な」
「ごめんごめん。だけど、別にこれでいいと思っているかな」
「……え?」
「こんな私を好きでいるファンがいるなら私はこのまま変わる必要はないし。正直、香織みたいに振る舞うのも自分を削るようで嫌だ。だから、自分らしさを大事にするアイドルでいたいってことを大切にしてる。勝ち負けとか、優劣とかあまり気にしない……って言うのも噓にはなるけど」
同い年でありながら業界では先輩の立場である春乃の言葉は唯菜の心に深く突き刺さった。
「贔屓だとか、運営から推されているとかってこの業界だとよく耳にするし、同じグループの仲間であったとしても嫉妬しない……なんてことは多分、有り得ない。スポーツと同じで、才能ある実力者を羨ましいと思うのは人間として当たり前。だから、ある程度割り切った方がいいのかもしれない」
割り切る……その言葉の意味は唯菜にも痛いほど理解できた。
背伸びせずに現実的な理想を掴み、自分が満足することを達成していけばいい。
そうする方が心持ちは楽で、他者と自分を比べるストレスをあまり感じずに打ち込める。
「所詮、私なんて香織みたいになれっこないんだから……自分らしさを追求すればいいんだって」
「……」
「唯菜ちゃんも同じだよね。私と同じ苦しみを味わっていて……香織のようになりたいっていう呪縛から逃れられない」
「……!」
何も反論できない。
それどころか、認めざるを得なかった。
春乃の放つ言葉の一つ一つが自分の心と当てはまると感じているのだから。
「ごめんごめん。なんだか雰囲気の流れからつい悪役っぽいのを演じたくなっちゃって」
「……は!いま、私が止めるべきだった?」
「いや、気付くの遅いよ。てか、パフェ二個目って太るぞ」
いつの間にか、二食目へと進んでいる柚野に春乃は体調面での注意を促す。
一方で唯菜は春乃の言葉を真に受けていた。
自分に思い当たる節が多くて『確かに、その通り』だと自覚している。
そんな唯菜に気を遣った春乃は少しばかりアフターケアを入れる。
「ごめんね、別に唯菜ちゃんを貶めようと言ったわけじゃないから」
「ううん、大丈夫。むしろ、春乃ちゃんの気持ちが痛いくらい理解できるなーって思ってて……それに、春乃ちゃんの言葉はすごく励まされる」
「お互い境遇が似てるからかもね。それに、自分らしさを追求していこうって思ったのは割とごく最近で……それこそヒカリちゃんに影響されたのもあるかな」
「ヒカリに?」
「そそ。私の代わりに出てもらった時、ヒカリちゃんは自分を出すことに専念してた」
唯菜も客席で観ていたから分かる。
春乃が言った通り、客席から映ったステージで歌い舞うヒカリは紛れもなく自身の知る三ツ谷ヒカリであり、代役という立場でありながらも主役を呑み込む勢いでパフォーマンスを披露してみせた。
「遠慮とかしない。代役とか関係ない。ステージで香織と並んでどっちが凄いか競い合う。そんな真っ向からぶつかって、自分自身もライブを楽しむ……ヒカリちゃんはそうやってやりたいことを全部ステージの上で出し切って、自分らしさを出していた。それって本当に凄いことだって気付けた」
普段や日常の光景からだと唯菜の中でヒカリは基本的に省エネモードに映る。
無駄なことや面倒なことをしたがらない、大人しくて落ち着いている穏やかな少女。
なのに、ステージでは違って見える。
いつにも増して目をギラギラと輝かせ、目の前で生じることを誰よりも全力で取り組んで、全力で楽しむ。特に競争相手を前にすると食ってかからんばかりに自分を主張する。
そんな勇ましくもある男の子らしい雰囲気に唯菜もカッコ良さを覚えたこともあった。
「可愛いくて穏やかな雰囲気なのに、どこかはつらつとしたカッコ良さも秘めている。クールな香織とは似ているようで似ていない。けど、誰よりも真っ直ぐで芯が強い。そんなヒカリちゃんを私は凄く好きになった」
恋する乙女の如く好きという感情を打ち明けた春乃は(あれ、これって他の人が聞けば本当に私にヒカリちゃんのことが好きみたいなニュアンスに聞こえるんじゃ……)と振り返って焦る。
唯菜とヒカリ(陽一)の奇妙な恋路を密かに応援している身として、誤解を招かぬようしっかり訂正を入れておく。
「あ、ちなみに好きっていうのは推しとしての好きであって、決して恋愛的な意味じゃないからね!」
(って、なんでこんなに焦っているんだ私は!?)
自分でも妙な焦りを感じていることに気付き、今一度冷静さを取り戻そうとコーヒーを口に含むと……
「分かる!すっごく分かるよ、春乃ちゃん!」
「……え?」
身体を机の上に乗り出し、目を大きく輝かせながら食い気味に反応する唯菜に春乃は少し呆気にとられた。
「ヒカリってば普段全然テンションとか高くないし、ものすっごく落ち着いているのにステージに立って曲がかかると何故か人が変わったようになるんだよね。特に香織ちゃんとかが観てるといつも以上に張り切るし、意識していないとか言っときながら実はめちゃくちゃ意識してるじゃんってくらい香織ちゃんに対するライバル意識高くてさー。素直じゃないなーって思うんだけど、何だかんだ言いながら実は単純って所も凄く可愛いなーって。それでそれで……」
唯菜の口から打ち明けられるヒカリに関する情報に興味はあるものの、弾丸の如くペラペラと話される内容を一度に受け止めれず、半分以上は聞き流さざるを得ない。
(ありゃ、思わず変な地雷を踏み抜いてしまったかな?)
推し語りのスイッチが入ってしまい全く止まりそうな気配がない。
春乃も興味半分に聞きながら、冷めてしまったコーヒーを口に含んで話に付き合うとした。




