二十幕 関わり/再会?④
場所はりんかい線の国際展示場駅から徒歩約六分。
東京都江東区有明に位置する大きな複合ショッピングモールを始めとしたホテルや劇場、温泉施設が隣接する他に、某有名な家具良品店を始めとした二百を超える多くの店舗が収容された大型商業施設で知られる。
特に劇場下に位置する家具良品店にはかなり興味がある。時間が許す限りじっくりと店内を回りたいところではあるが……今日の目的はショッピングではない。
あくまでも相談役としてここに来ている。
自分の用は二の次……なのだが、『オープンセール』という言葉と『国内最大規模の店舗』というフレーズに魅かれて思わず入りそうになる。しかし、グッとその気持ちを堪えて入り口の前を通り抜ける。
「後で白里をさりげなく誘ってみるとするか」
先ずは白里と合流するために待ち合わせの場所に向かうとするも……どうやらこのお店の横を集合場所としている様だ。
現地集合を呼び掛けられ、指定された定刻よりも五分前に到着する。
入り口付近で待ち合わせするとのことだったが、大きな商業施設のため入り口も複数存在する。尚且つ初めて来る場所で土地勘も全くないことを考慮し、白里から劇場と商業施設の間にある大きな階段付近で待っていると伝えられた。
そこに到着するとグレーのベレー帽に、フリルの付いた半袖シャツに黄色のミニスカートを履いた白里が少し大きなトートバッグを持って階段前の壁に背を預けたまま音楽を聞いている。直ぐ横に俺がいるなんて全く気付いていない彼女の前にそっと身体を出し、着いたことに気付かせる。
「ん?おはよー」
「おは」
イヤホンで聞こえていないだろうが、軽い挨拶を交わす。
「早いね」
腕時計を覗いた白里は感心そうに呟く。
俺が時間通りに来ない人間だと思われているのだろうか。
まぁ、学校での生活を見られていれば時間にルーズっぽいと思われても仕方ない。
自業自得。
「意外と遠かったからちょい早めにきた。そういう白里の方が早かったけど……」
荷物にしてはやけに大きい。
そのトートバックに一体何が入っているか気になるところではあった。
「ん~まぁ、私はちょっと用事あったから」
「用事って事務所関連?」
「ううん。そっちは関係ないよ……一応、私的な理由があって」
事務所関連であれば俺も少なからず関わる話だが、それが関係ないなら追求する必要はない。
「まぁまぁ、取り敢えず中に入ろう。私、お腹空いちゃった」
「それは賛成だな」
昼食に賛成し、大きなショッピングモールの中でお昼を過ごす。
東京湾岸地区で最大規模の大きさを誇る商業施設なだけあって店内は広々とした空間である。
週末の日曜日ということもあってか家族連れの客でとても賑わっている。
正直に言って、デートに向いているかと言われるとそうではない気がする。
いや、そもそもの話。これがデートなのかすら怪しい所ではある。
それに付け加え、何故相談場所とやらがお互いの家からもかなり遠い有明なのか、これまた少し気になる所ではある……がその辺を含めて後で色々と尋ねるとしよう。
「……てか、さっきから流れているこの音楽なんだ?」
聞き慣れないメロディーが店内放送でずっとリピートでされている。
個性的な音楽。というか、リズムが何だか独特的で、歌詞もまたアニソンみたいな曲調。
それについて疑問に感じているとこちらを振り返った白里が少し驚いた表情を向けていた。
「え、なに?」
「い、いやぁ~、何でもないよ。それよりここの席座ろう」
五階のフードコート内に水のテラスが一望できる窓際の席が丁度空いているのを見つけ、埋まる前に直ぐそこへと座った。
俺と白里はお互いに向き合う形で腰掛け、少し一息吐く。
座った途端、白里は珍しく欠伸を浮かべた。
よく見ると少し目も赤く、今にも眠たげな表情でいた。
「何だか、お疲れみたいだな」
「今日はちょっと早起きしてね。それで少し眠いの」
毎朝、朝のダンス練で早く起きて学校に来ている白里は俺とは違って授業中に居眠りなんてしない。ごくたまにうたた寝している時があるのはたまに見かけるが、俺なんかとは違って勉強にも真面目に取り組む優秀な成績を修める生徒の一人である。
だからか、こうして同じ立場になって俺は白里唯菜という人間を深く尊敬した。
表裏がなく、真面目で一生懸命。どんなことにも真剣に取り組む姿勢は感銘を受けた。
「ん~やっぱり結構眠いかも……」
これまた珍しく、机の上に突っ伏しながら気の抜けた声で睡魔に抗っていた。
「眠いなら少し寝てても構わないけど」
「うーん。そうさせてもらおうかな。一応、このあとに向けて体力を溜めておかないといけないし」
「このあと?」
そう言えば、今日は半日以上時間を空いているか聞かれたんだったな。
夜まで一体何をするのかは教えてくれなかった。
別にやましい意味合いが一切なのは周知の上だ。
ただ、白里の言う『このあと』に何があるのはか気になって仕方がない。
それにもう一つ気になるのが、前で座っている中年のオジサン達が同じロゴマークの入ったTシャツをペアルックで着て談笑しているのに少し目がいく。
「今日って何かイベントでも……って、寝ちゃったか」
スースーと寝息が聞こえてきたことに微笑した俺は『グ~グ~』と鳴り続ける空っぽになったお腹を満たすべく、フードコート内にある美味しそうな昼食を買いに向かった。
「あんまり見たことない店ばっかだな……」
ラーメンやハンバーガー、ステーキにパスタと様々なグルメが選びたい放題で並んでいる。
有明の大規模なショッピングモールってなだけあってか、最寄りの駅や某有名な系列店の名前を冠するお店は少なく、店舗数の少ない個人店が比較的多い。そのため、値段も少し高め。
小遣いの少ない学生身分ではちょっと高く思えてくる品々ではあるが、今日の俺はそんなものを気にせずに食べると決めていた。
事務所に入った際に協力金として受け取ったお金が意外にも多く、欲しいゲーム機器をソフト諸共迷わず買えてしまう金額。しかし、ルーチェからゲーム機器は貸してもらったので結局のところ使うことなく、自分の部屋の貯金箱にしまったままであった。
その一部を今日は財布の中に入れて来ていることもあってか普段ならあまり手を出しにくい千円以上のランチも今なら安く見えてしまう。
「ここにするか」
少しばかり長い行列の出来ているハワイアンハンバーガー店。
看板メニューに貼られたバンズからはみ出る分厚い肉厚パティとその間に入っている大量のとろけるチーズの写真が見事に空腹感にそそられ即決。
俺の腹の虫も『これだ』と言わんばかりに『グ~』と鳴り響く。
待ち時間がかなりかかりそうだが、白里も寝ているし待つくらい造作もない。
メニュー看板から視線を外し、列の最後尾に並ぼうとした直前……一人の少女が急いだ様子で隙間を縫うようにして割って前に入り、こちらへと顔を向け確認をとる。
「セーフ……じゃ、なかったかな?」
息を切らしながらマスクに覆われた顔を挙げた直後、帽子の下から見えるカールのかかった桃色髪のショートヘアーに注目した。
記憶にも新しく見覚えのあるその髪型と髪色を凝らして見ていると顔を挙げた少女は再度尋ねる。
「あの……もう遅いと思うんですが、前に並んでもいいですか?」
「別に横入りではなかったから、どうぞ」
横入りされたとは思っていないし、急いでいるなら一つ前を譲るのは構わない。
「本当に?ありがとう!休憩時間が一時間しかなくてさ~、それでもここのハンバーガーがすっごい食べたくてさ~」
「はぁ……」
そこまで有名なハンバーガー屋と露知らず並んでいた。
あの看板を見る限り絶対に美味しいに決まっている。そう更に強い期待を抱く。
「あー暑い。走るとマスクで蒸れちゃうな~」
そう言って、顔をこちらに向けたままマスクを外す。
その下に隠れていた素顔を目の当たりにした俺はようやく誰であったか思い出す。
「あ、この間の……」
「え?あ、やばっ……」
素顔を見られたのが不味かったのか、慌ててマスクを付け直す。
間違いない。この少女は前に渋谷で一緒に買い物をした時の人だ。
まさか、こんな場所で再会するとは思いもしなかった。
会ったのはあの日以来で、お互いに名前すら知らないため繋がるきっかけが全く無かった。
次に会った際は名前くらいは聞いておこうかと思っていたが……って、いや待て。あの日の姿は陽一ではなくヒカリだった。
同一人物である俺にとっては再会だが、この少女にとっては初対面も同然。
ここは他人行儀に徹する他あるまい。
「あの~すいません。人違いでした」
「へ?ヒトチガイ?」
「先日会った人と少し顔が似ていて、それで……」
「あ、あぁ……そうだよね。私達、初めましてだもんね」
落ち着いて誤解を生まないように誤魔化す俺に対して、少女は少し慌てた様子で会話を続ける。
「今日は何をしにここまで?」
「友人に誘われてここに。俺も何をしに来たのかはっきりと分かってはいないけど」
いや、本当に何をしに来たんだろう。
ここでハンバーガーを食べに、違う女の子と話すために来た訳ではなない。
「え?そうなんですか……もしかしてこの人、ファンじゃないのかな」
最後の方に何かブツブツと小さく呟いていたが全く聞き取れなかった。
すると、急にパァと明るくなった少女は少しばかりテンションを上げる。
「いや~横入りみたいで本当にごめんね。すっごくすっごく楽しみにしてて……でも本当に時間なくて~」
「忙しいなら別にいいよ。それよりここ、そんなに美味しいの?」
「インショとかで割と有名なんだよ。有明ってあんまり来ることないからこの機会に来たくて」
この話し方。やはりこの間の少女だ。
スイッチが入ったのか、絶えることのない弾丸トークが止まらずに聞かされる。
基本的に誰かと話すのが好きな性格なのであろう。
話題を自ら発展させて、勝手に盛り上がっている。
二回目だから慣れた。
それに黙ってスマホを見ながら待っているよりも、こうして話している方が時間が長く感じなくて済む。言い換えれば、退屈しのぎになる。
「何だか君って話しやすいね」
「そう?」
「私の親友もそうなんだけど、全然どうでもいい話を聞きに徹してくれて適当に相槌を打ってくれるとこ」
「……それ、褒めてる?」
俺と同じように聞いている子も果たして親友なのか疑わしく思えてくる。
「褒めてる。褒めてる。それに何でか知らないけど、君で二人目なんだよね。初対面なのにこんなにも話しやすいって思えたのは」
二人目か。もしかしたら、一人目は同一人物だったりしてな。
「お次のお客様。お決まりでしたらお伺いいたします」
「あ、は~い。じゃ、またね」
自分の番が来たことに気付き、マスク越しでも伝わる無邪気な笑顔を浮かべ、小さく手を振ってレジの前に立つ。元よりあまり時間がなかったことに気付き、なるべく急いで商品を作ってもらい、受け取った少女は駆け足でフードコートを後にした。
「あ、名前。また聞きそびれた……けど、まぁいっか」
何処かでまた会える気がする。
次はどっちの姿で再会するかは分からないけど、その時に名前を尋ねるとしよう。
そんな想いを抱きながら、少女が美味しいと絶賛した商品名を口にしたのだった。




