表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
203/288

百九十七幕 誓い

 星々が煌めく晩秋の夜空。

 普段から仰ぎ見る夜空よりも星々が近く感じた。

 濃くはっきりと鮮明に一番星の輝きを見つける。

 

「すごっ!めっちゃ高いよ、ヒカリ!」


 もうあと何日か経てば12月に入る。

 気温も徐々に冷え込みの勢いが増し、今着ているコート無しでは外になんて出られない。

 少しでも風が吹けば、大気の冷たい風が肌に触れて身体が一層冷え込む。


「うぅぅ……寒いんだけど、外出ないと駄目?」


 『ほら、こっちにおいでよ』と唯菜は手招くも……正直言って気が乗らない。

 屋上の風は地上よりも強く吹いている。

 気持ちが影響しているのか地上よりもこっちの方が寒く感じる。

 屋根があって風が辛うじて凌げるこの場だからまだいいものの、唯菜の方にはあまり……


「ほらほら、寒がってないで。展望台に行くよ」


 有無を言わさず、手を引っ張る唯菜に連れられて仕方なく屋上へと繋がるエスカレーターを進む。

 開放された屋上に吹き抜ける風は思っていた以上に冷たい。

 マフラーや手袋といった防寒対策も用意してはいないから首回りが物凄く寒い。

 

 それでも、手は温かった。

 掌を握られた手の方から温もりが伝わる。

 それが妙に心もまた温めてくれる。


「あ、ほら見て見て!」


 ガラス張りの展望台から渋谷の街のみならず東京の景色が一望できた。

 昼間とは違って夜の風景はかなり限定的なもの。

 右を向けば東京タワー、その更に奥に東京スカイツリー。

 正面には新宿の都庁といったライトアップされた建物が真っ先に目に入る。

 あとは建物の灯りが織りなす東京の摩天楼といった具合。


 昼間であれば左側には富士山も見られるのだろう。

 生憎と富士山が点滅することはないため夜では何も見れない。

 それでも、点折々に灯る東京の街並みがとても綺麗であったからか、不思議と満足していた。


「どう?来て良かったでしょ?」


 自慢気な笑顔を見せる唯菜に「うん」と頷く。


 ちなみに説明しておくと、私達がいるこの展望台は渋谷駅の近くにある超高層ビルの屋上に設けられたスカイデッキである。

 高さは地上から約230mとかなり高い。

 比較的近くにある東京タワーと比べると低いのだろうけど、真下を見下ろせばぞっと恐怖感が軽く襲う程度の高所に位置する。

 なるべく真下は見ず、水平の目下に広がる煌びやかな街並みを眺める。


 すると、景色を横目に私は唯菜の方に視線を向ける。

 そして、ふと尋ねた。


「どうしてここに連れてきてくれたの?」


 ここに来たのはかなり唐突だった。

 ライブが終わって早めの夕食を唯菜と二人この建物の近くにある飲食店でご飯を食べている際に『行ってみない?』と軽いノリで誘われ、半ば押し切られる形で……ここにいる。

 だから、気になった。

 私を連れてきた理由が何か。


「どうしてって、言われても……私がヒカリと一緒にこの景色を観たいと思ったからじゃないかな?」

「……噓だ」

「え、酷い!なんで疑われてるの!?」


 明らかなわざとらしいオーバーリアクション。

 やはり何か理由がある筈。


「ただ……何か隠してそうだなって思った」

 

 私の言葉に唯菜は少しだけ瞳を大きく開き、薄く笑って見せる。


「そうだね。観念して白状すれば……私は多分、自分を鼓舞させたいんだと思う」

「鼓舞?」

「うん」


 くるりと踵を返した唯菜はスカイデッキの中の芝生広場へと歩み、ライトアップされた丸いステージの様な場所に立つ。マイクを手にすれば、今にでも歌いだしてしまいそうな雰囲気にふと尋ねる。


「歌うの?」

「ここでポーチカの曲を披露して宣伝するのもありだよね。ちょっとした路上ライブみたいに」


 冗談……には聞こえなかった。

 唯菜は本気で言っている。

 

「私は別に止めはしないよ。唯菜が歌いたいならスマホをスピーカーに繋げて音楽流すけど?」

「うーん、やっぱり止めておこうかな」

「一人だから?」


 その指摘に唯菜はコクリと頷く。

 そこで何となく唯菜がしたいことに気付く。


「ヒカリが歌ってくれるなら一緒に歌えるんだけどな~」


 だろうと思った。

 差し詰め、一人だと恥ずかしいからもう一人歌ってくれる相手が欲しいと暗に誘っているのだろう。


「恥ずかしいから遠慮しておく」


 営業時間外までアイドル的なことはなるべくしたくはない。

 今ここにいる私達はあくまでも一般人で、反って目立つことをする必要もない。

 

 けれども、目標と課したチケット完売に向けて、少しでもファンを集めるためにここで一曲披露するというのも一芸としては有りなのかもしれない。周囲にも点々と人はいるし、聴いてももらえる。

 千里の道も一歩からというようにこういう地道な活動もいずれは成果へと結びつくのだからやる価値は充分にある。


 ……でも、やっぱり恥ずかしいからヤダ。


「そこは『いいよ』って了承して素直に横に立ってくれる所じゃないの?」


 冗談ではなく唯菜は本気だ。

 私が了承してたら本気で歌うつもりだった。

 二人で歌って踊って……少しだけ観てくれたお客さん達に向けて宣伝しようと思っていたのだろう。今も『やらない?』とつぶらな瞳を向けてくるけど、首を振って拒否する。


「じゃあ、私一人でやるよ」


 不貞腐れた様にそう言った唯菜はライブ前の如く集中した表情を示す。

 本気の覚悟とも捉えた私は唯菜の独唱に期待を馳せるも……


「やっぱり無理」


 と唯菜は苦笑いを浮かべた。


「鼓舞するって……もしかして、ここで歌ってお客さんを集めて自信付けようとしたかったの?」

「うーん。そうでもあるけど、そうじゃないかな」


 煮え切らない回答。

 やはり悩みに似た何かを隠そうとしている様子。

 その何かを聞きたかった私は唯菜の隣に並ぶ。


「なんかさ、ここってステージに立っていると似てない?」

「人がいるから?」

「そうじゃないよ。見渡す限りに広がる点々とした灯りがサイリウムみたいで……よく大きなドームとかでやるサークルのステージに立ってる気分なんだよ」


 言わんとしていることは何となくだけど共感できる。

 でも、それを表現するにはあまりにファンとの距離が遠すぎる上に正面に客席が広がる以外のステージを経験したことない私にはピンとこない例えであった。


「まだ近くの人達に例えた方が分かり易いかな」

「ふーんだ。ヒカリに私の考えが分かる訳ないもんね」

「そんなことはないよ。多少なら分かる」

「じゃあ言ってみて」

「唯菜は今……とっても不安で自分に自信がない状態。違う?」

「ふん。そうですよ、ふん!」


 言い当てられたことに嬉しくもあり不服な様子。


「分かっているなら私と一緒に歌ってよ」

「それはヤダ」


 「頑固だなー」と何故か呆れられる。

 一緒に歌わないといけないことに拘る唯菜の言葉から私は何となく察した。


「ねぇ唯菜。一人で歌うことが怖い?」

「……怖いよ。私は一人じゃ歌えない」


 その言葉が何を意味しているのか私には分かる。


「私はヒカリと一緒だから歌える。勿論、ポーチカの皆とでも歌えるけど……ヒカリとなら不思議と強く自信を持って歌える。けど、一人だと多分無理」

「歌が上手い下手とか関係なしにしても唯菜は十分歌えているよ」


 唯菜が元々歌を苦手としていたことは知ってる。

 それでも彩香さんとの定期的な特訓を重ね、本番で何度も繰り返し歌ってきたことでどうにか克服して、上達に努めてきた。

 ここ最近ではソロパートも難無くこなし、ダンスパフォーマンスもさることながら歌でも評価を得ている。


「ありがとう。でも、それはヒカリが一緒に歌ってくれるからなのもあるかな。ほら、私達のパートって二人で担当すること多いし」

「言われてみればそうかも」

「そうそう。だからこそ、私にはヒカリが必要なの。臆病な私を傍で勇気付けてくれるパートナーが今の私には必要不可欠」

「買い被り過ぎ。第一に頼っているのはどちらかというと私だと思う……だから、お互い様だよ」


 唯菜にとって……常に直ぐ傍に私がいるのが当たり前であるように、私にとっても唯菜が傍にいることは当たり前なんだ。

 だから、自然と頼ってしまう。

 無意識に安心感が働いて甘えてしまう。

 

「じゃあ、お互い様だね」

「うん。そうだと思う」


 それが悪いことではない。

 お互いに依存関係という訳でもなく、私達は信頼を置いて助け合っているに過ぎない。

 あくまでも同じメンバーの友人としてとても好ましい仲であることは間違いない。


 でも、それだけで満足できない自分がいる。

 私の中でその一線を超えたい感情が胸の奥から芽生えている様な気がしてならない。 

 この欲望を具体的に表現するのであれば……私はもっと唯菜に頼られて、もっと一緒に居たい。

 

 そして、唯菜ともっと色んな景色を見てみたい。

 

「ねぇ、ヒカリ」

「なに?」

「ヒカリはさ。私達が本気でSCARLETを超えられるって思ってる?」


 またいきなりな質問だ。

 まだ心に何か不安を抱えての質問かと思いきや……意図は違うみたい。


「超えられるよ。って言えばいいの?」

「正直にどうぞ」


 じゃあ遠慮なく本音を明かす。


「厳しいとは思うよ。でも、不可能じゃない」


 現時点でポーチカがSCARLETに勝っている点なんて人数以外では一つもない。

 アイドルグループとしての格や質、経験、ファンの数……何もかもポーチカは足りない。

 

 強いて言えば……それは勢いくらい。

 ポーチカは急成長にある。

 自分達が成長している実感はあまりないけど、グループ規模で見れば実感はある。


 今日のライブだってそう。

 新規のお客さんやファンが増え、こうして大きな会場でライブも予定できる、

 

 この勢いをどれだけ力に変えて、良い流れにもっていくかで縮まる距離は変わる。

 手の届かなかった背中が届く位置まで近づける。

 だから、不可能じゃない。


「唯菜も分かっているんでしょ。私達は近付いているって」


 コクリと頷く。

 

「前とは違う。私が苦しんでいた時と違って、今は物凄く楽しい。そう思えるってことは私達は少しずつだけど前に進んでいる。そう感じるのは変じゃないよね?」

「うん」

「でも、少しずつじゃダメなの。チャンスがあるなら難しいことでも挑戦して大きな一歩を踏む出していかないと私達は追いつけない。だから、無茶でもやろうと思った」


 唯菜の気持ちは痛いくらい分かる。

 それと同時に彼女が胸の内で密かにしていた焦りも感じた。


「正直に言って不安なんだよね。私の一存でポーチカを巻き込んでいるのが……」


 ん?急に何を言っているんだ、この子。


「本当ならもっとのびのびとポーチカらしく活動すればいい。SCARLETを目標にしないで自分達のスピードでメジャーデビューとか目指せばいい。私の我儘に付き合ってもらうことなんて……」


 やれやれと溜息を吐いた私は「えい」と両頬を手で摘まむ。


「む……いひなりなにひゅるの……」

「あはは、何言っているのか分からなーい」


 『お前が頬を引っ張ってるからだろ』と可愛い顔で睨みつけてくる。

 そんなおかしな唯菜を面白がって上下左右に引っ張って遊ぶ。


「このぅー」


 空いた両手を持ちあげた唯菜もやり返しに頬を引っ張る。

 お互いの変な顔を見合った私達はクスリと笑い合う。

 勘弁してあげた私は両手を離すも、唯菜は離さない。


「もういいでひょ」

「ヤダ。長くやられたからまだ離さない」

「ふぁいふぁい」


 けど、唯菜は直ぐに手を離す。

 下がっていく手と同時に顔も再び俯き加減で下がる。

 そんな彼女の手を握り、顔を上げさせる。


「唯菜、そんなことを引き摺ってたの?」

「そんなことって……ポーチカは私のものじゃない。だから、私のやりたいことを皆に押し付けているみたいで怖い」


 ルーチェは特にこれといった目的はないかもしれないけど、春や幸香さんも何か個々の目的や目標を抱えて活動している。


「私を含めて唯菜の様な固執した目標というのはないのかもしれない」


 唯菜以外は成り行きでアイドルになった。

 あまり良い表現ではないけど、そう考えのが私を含めて適当なのかもしれない。

 自分の意志を持ってジル社長と出会い、アイドルを始めようと決意したのは唯菜だけ。 


 だからといって、決して意欲的に活動していない訳ではない。

 入った後になって各々は目標ややりがいを抱いて続けている。

 それが今のポーチカであり、唯菜の中での不安に結びついていたのだろう。


 私達が唯菜に付いていく形であったばかりに……


「それでいいんだよって言ってあげれば良かったのかもね」

「……」

「唯菜のしたいことを私は全力で手伝う。私だけじゃなくて他の三人もまた同じ気持ちだって」


 仮に私がこうして代弁しても本人の口から聞かなければ唯菜は納得しないだろう。

 

「ヒカリがそう言うなら噓じゃないって分かるよ。でも、私は……」


 やっぱり納得してくれない。

 

「信じられない?私はこんなにも唯菜を信じているのに」

「……卑怯だよ。それ」

「そう?本心なのに」

「だからだよ。私はヒカリ……みんなの善意に甘えてる」

「それの何が悪いの?」

「それだと私の我儘にみんなを……」

「唯菜は難しく考え過ぎ。誰も唯菜の我儘に付き合ってるなんて思ったりしてない」

「そう……なのかな?」

「そうなの。それと……ごめんね。唯菜」


 頭を下げて謝罪する。


「ポーチカのこと唯菜に任せっきりで本当にごめん」


 ポーチカをどうするべきか。

 どんなアイドルとして活動していくべきか。

 何を目標にしていくか。


 五人であまりグループの方針を話したりはしない。

 今までそのことを決めていたのはリーダーの唯菜とプロデューサーのジル社長だ。


 今に至るまであまり気にしてこなかった。

 加入した当初から全て唯菜に任せ、付いていくことしか考えてなかったから……甘え過ぎた。

 それは私だけじゃなく他の三人も同じ。


 何も言わずに唯菜の方針を暗黙の了解で従うことに慣れてしまっていた。ポーチカの在り方に関してこれといった自己主張はせず、自分のことばかり集中してアイドルを続けていたあまり……唯菜の心遣いに気付けなかった。

 

「もっと早く言えば良かったね。唯菜は自分のしたいことを色々と言えばいいんだよって」

「それ良く言ってはいるんだろうけど……人任せな発言だよ」

「知ってる。でも、私は唯菜に振り回されることを望んでいる」


 今までも……そして、これからも……


「私に唯菜の目標を叶える手助けをさせて。それが私のしたいことでもあり……ポーチカの為にもなるから」


 ありのままの言葉を唯菜は受け入れ……笑う。


「知ってる。ヒカリは相変わらず野心がないと言うか……人任せだよね」

「いいじゃん。それが私のしたいことなんだからさ」

「なら……もうちょっと私の我儘に付き合ってくれてもいいんじゃない?例えば、衣装でスカートを履くとか」

「それとこれとは別」

「もう……でも、ありがとう。ヒカリの言う通り、私は難しく考え過ぎたのかもしれない。今更、こんなことで不安になるなんて変だよね」

「唯菜の立場を考えれば変じゃない。唯菜に負担を背負わせた私達にだって問題はある……だからさ、私もポーチカのこと真剣に考えるよ。勿論、みんなで一緒に」

「うん、お願いね」


 ようやく明るさが戻る。

 唯菜の中にあった不安は完全に解消された訳じゃない。

 

 私達が目標を高く持って前に進むのであれば今まで以上に不安は付き纏う。

 それを少しでもみんなで分け合って解決していく。

 

 もう唯菜だけに背負わせたりしない。

 それに唯菜を支えると兼ねてから誓った以上……私がもっとしっかりしなければならない。

 唯菜を頼ってばかりではなく、私が唯菜に頼ってもらう。


 そんな誓いを胸の中で新たに立て……満天の夜空に浮かぶ星々を二人で見上げるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ