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百九十六幕 決意

「唯菜ちゃんが告知したように当面はクリスマスライブに向けて色々とすることは多いと思っていたんだけど……今日のライブを観ている限りではチケットの問題は解決出来そうだよ」


 日比谷公会堂でのイベントを成功させるに当たって、ジルの定めた第一目標はライブチケットを売ることにある。そのためには日々のライブを盛況にこなし、ファンの満足度を高めていくべきと考えていた。


「てか、その会場って何人くらいのキャパなの?」

「最大で三千人。今回は千人くらいを目標にしているよ」

「ってことは最低でも千枚はチケットを売らないといけないんですよね?」

「勿論。ちなみに公演終了後、直ぐに告知案内を出してみた所……30分もしないうちに四百枚も売れた。かなり良いスタートだよ」


 『おおー』と期待を持てる声が五人から漏れる。

 

「僕としては最高で二千枚売れればベストだと思っている」

「いや、ムリでしょ。流石に」

「現実的には厳しいとは思うのは承知の上だ。けど、まだ一か月はある。どうにかして多く売れる努力はしていくべきだよ」

「例えば?」

「そうだね……ルーチェのゲーム配信を利用したり、他のアイドル達もやっている個人でのミニライブ配信等を通して宣伝するとかかな」

「はん。結局のところ、私のゲーム配信で呼びかける方が絶対に効果あるんじゃないかなぁ~」

「その配信を観ている人達はルーチェのファンであっても決してポーチカのファンとなる訳ではないよ」

「でも、私目当てで来る客はいる。集客力の面では兄貴が何をしようとも私の方が上だから!」


 幸香の膝の上から途轍もなく偉そうな発言をする妹の主張にはジルは何も言い返せなかった。

 

「まぁ、事実だね。ルーチェの人気を利用すればチケットを売ることなんてそう難しくない」

「なら……」

「でも、そればっかりに頼る気はないよ。ポーチカはルーチェだけのアイドルじゃない。他に魅力的な四人が控えている。その彼女達にもちゃんと目を向けてくれるファンでなければ集客の意味がない」


 はっきりとそう断言するジルに対して気に食わないルーチェは意地悪く返す。


「じゃあ、私の力抜きで二千枚も売れる?それどころか千枚だって難しいんじゃないの?」

「言い方が悪かった。単に僕はポーチカの力で売りたいと言っているんだ。個の力に頼るのではなく、全員で力を合わたいと言っているんだ」


 「あっそ」とへそを曲げたルーチェは怒りの矛を収める。

 少しばかり張り詰めた空気が緩んだタイミングで「あの!」とピシッと手を挙げた唯菜が声を張って尋ねる。


「もしも、チケットがそれくらい売れたら……私達はSCARLETに近付けていると思えますか?」


 その素朴な質問にジルは唯菜で出会ったばかりの頃を思い出した。

 とあるアイドルグループをプロデュースした経験から自ら新たに事務所を立ち上げ、新規事業として始めるアイドルグループのメンバーを募集した際、真っ先応募してきたのが唯菜であった。


 そして、彼女は面接の中でこう目標を語った。


『私は三津谷香織ちゃんのようになりたいです!SCARLETみたいなアイドルとして活躍したい!』


 眩しいくらい明るく元気に夢を語った。

 笑われてしまうと分かっていながらも強い願望を口にした。

 無謀、無理だと分かっていても挑戦したいという意志が瞳には宿っていた。

 

 だからなのだろう。僕は彼女を応援したいと感じた。


『君は彼女のようにはなれないかもしれない。でも、近付くことなら十分可能だよ』


 明るく真っ直ぐでひたむきな彼女であればいずれ夢と近い現実に手が届く。

 そんな予感を抱き、ジルは唯菜を事務所のタレントとして迎い入れ、当時所属したばかりの幸香ともう一人の少女と共にポーチカを結成した。


 だが、現実はそう簡単には上手くいかない。

 何の知名度もないアイドルグループをマイナーなステージの世界でデビューさせようとも大勢の人が彼女達を観てはくれない。初めはごく少数で、そこからも中々に増えない。


 仮に大きなステージで大勢の観衆が居る目の前でポーチカを出させても、SCARLETの様な結果を招くことは難しい。


 そこでジルも気付いた。

 三津谷香織という少女が特別なのであって……比較にしてはいけない。


 たった一回のデビューライブ。

 知名度もなければ、事前の告知も一切ない。

 観衆の全員がSCARLETを誰一人として知らない。

 

 当然、少女達の登場を歓迎する者はいなかった。

 観に来ている客の殆どがアイドル好きという訳でもなけば、彼女達を望んで観に来た者なんて家族を除けば一人もいない。


 故に三人の少女がステージに立った瞬間、静けさが訪れた。

 多少なりとも拍手は挙がった。ステージに立った彼女達に敬意を払った行為にしか過ぎず、盛り上がりには欠けた。

 白けたと言ってもいい。

 

 SCARLETがステージに立つ前のグループがあまりにも熱狂的なライブだっただけに場違い感が会場全体に漂い、少女達に予想外の重圧(プレッシャー)を与えた。


 両脇の少女は震え、自信を喪失し、勇気を折られた。

 センターの少女も始まる前の緊張でメンタルをやられ俯き加減でステージに立っている。

 もはや、その時点でジルは終わりを悟った。

 ライブをする以前に彼女達はもう……


 終わっていない。

 終わらせない。

 終わってたまるものか。


 バッと顔を挙げ、瞳に意志を宿したセンターの少女は二人を鼓舞し、会場全体を把握した。

 誰も自分達に興味関心なんて抱いてない。

 ステージに立つ前から既に分かり切ったことだと吹っ切れ、逆境に抗う覚悟を決めた。


 それから始まった。

 SCARLETとして躍動する少女達の伝説となるデビューライブはスタートした。

 そして、情熱の朱を纏いし、少女達の熱い想いが響き渡り……見事に会場の空気感を変えてみせた。それにはジルも脱帽した。

 

 いや、仮面を外した。

 偽りの名前と顔を用いて彼女達をプロデュースし、破滅へと導く道化として演じることを止めた。

 当然の如く、その後は麗華にボロクソにぶっ飛ばされて怒られた。

 けれども、清々しいくらい気分は良く……ジルもまた三津谷香織に魅かれていた。


 強く逞しく真っ直ぐで優しい。


 それが三津谷香織という少女の魅力であり才能なのだと……ジルはポーチカをプロデュースする過程で改めて知った。


 だからこそ、香織が欲しかった。


 よりもっと正確に表現するならば、三津谷香織と同じ素質を有し、それでいて唯菜と気が合う同じ夢を持つ少女が必要だった。


 そんな悩みを抱えているとある偶然から彼と出会い、ひょんなことからピースは揃った。

 唯菜とジルにとって必要不可欠とも言える少女……三ツ谷ヒカリがポーチカに加わった。

 

 そして、彼女のデビューライブを皮切りにポーチカは変わった。

 三津谷香織に似た素質を秘めた少女を唯菜はパートナーと迎えることで徐々に成長している。その影響は唯菜だけに留まらず、春やルーチェ、幸香にも意識の変革を与えた。


 それが功を奏したのかポーチカはグループとしても成長し、人気を泊するようになりつつある。

 数字でもその実績は証明され、新たな挑戦を可能としている。

 だから、ジルは胸を張って言えた。

 

「その時は断言するよ。ポーチカは着実にSCARLETに近付いていると」


 トップアイドルへと大きな一歩。

 その大きな夢を叶えるべく唯菜は「よし」と気合いを入れて立ち上がる。

 

「私達がもっと有名になってSCARLETを超えるアイドルになるためにクリスマスライブのチケットを完売させよう!」


 みんなで『おー!!』とはならず、「完売」という言葉にルーチェは引っ掛かりを覚える。


「いやいや、現実的に三千人も来る訳がな……ムゴォ」


 前向きな唯菜の雰囲気をぶち壊し兼ねない言葉を発するルーチェの両頬を幸香は摘む。


「ダメだよ、ルーチェちゃん。そんな意地悪なこと言っちゃうのは」

「だっふぇ、ふふうにかんがふぇてぜっふぁいムリ……」

「リーダーがやると言ったらやるんだよ。ね?」

「……ふぁい」


 圧を掛けてルーチェを大人しくさせた幸香は普段の笑顔で唯菜を見詰める。


「私も唯菜ちゃんの努力はよく知ってる。一緒に始めた頃から頑張っているし、一生懸命なのも見てきた。私は唯菜ちゃんほどアイドルにかける熱意はないけど……傍でサポートはしていきたい。だから、リーダーの唯菜ちゃんがやると決めたことに私もしっかり協力するから一緒に進もう。ね?」

「幸香さん……ありがとうございます!」

 

 そんな幸香の優しい言葉に春も手を挙げる。


「私も!頑張りたい……唯菜ちゃんみたく具体的な目標はないけど、私は私を変えていきたい!だから、無茶な挑戦でもやろう」


 春にしてみれば予想外な発言。

 それは良い意味での予想外であり……彼女が前向きになれている証拠だった。


「ありがとう春ちゃん」


 礼を伝えた唯菜はお互いにニコリと笑む。


「ま、そこまで言うならやるしかないわね。私の配信ライブに参加する連中を流せば簡単に売り切れるだろうし」

「そう言えば、最近の配信だと何人くらい見てるの?」

「余裕で三千人は超えてる。まぁ、一週間近く軟禁されてたから少しだけ減ってるかもだけど……って、ごめんなさい。何も思っていないのでその笑顔を近付けないで下さいぃ!」


 余計な一言を付け足したことで再び幸香の笑顔に隠された恐怖に似た圧に屈し今度こそ大人しく「力くらい貸すわよ」と素直に賛同を示す。


 そして、最後……


「ヒカリには何も聞かないよ」

「なんで?」


 言わずとも伝わっている。

 言わずとも付いてきてくれる。

 隣同士に並んで一緒に挑戦してくれる。

 だから、言うべき台詞は決まっていた。


「やるよ、ヒカリ」


 同じ人物を目標とする二人にとって確認なんて要らない。

 「やるよ」の一言だけで二人は通じる。

 それだけでヒカリも充分だと感じた。


「勿論!」


 必要とするのは意志を示すこと……そして、覚悟を決めること。

 

「ジルさん、私達は日比谷公会堂を満員にしてみせます。それからファンの人達に満足して楽しんでもらえるライブにします!」


 リーダーらしく目標を高く再設定し挑戦の意向を示す。

 そんなリーダーに改めて覚悟を問う。

 

「時間的に言えばあと一か月もない。先週から練習している新曲や君達学生の本業を考えれば残りの時間……やれることは限られる。それでもやるつもりなのかい?」


 その意志に揺らぎはない。

 いつになく瞳に力を宿した唯菜は真っ直ぐに答える。


「やります。例え、達成できなかったとしてもこの挑戦に臨むことがポーチカを前に進める一歩だと思いますので」


 仮に達成できなかったとしても大きな実害はない。

 最低限目標としている枚数を売り切れば利益的にも問題はない。

 

 だが、それではいつまでたっても追いつけない。

 亀が生真面目で上昇志向の高い兎に追いつけないのと同様に……ポーチカもまたSCARLETに追いつくためには彼女達がしてきた努力以上のことをする必要がある。


 そのためには何か変えていかなければならない。

 意識や行動……それから挑戦することへの勇気を強く振り絞って臨む覚悟を決める。

 高見を見上げるだけではなく、手を伸ばして掴もうとする。


 そんな唯菜にとっての新たな(ポーチカ)が新芽を開かんとしている。

 無論、唯菜だけじゃない。 

 他の四人も一丸となって挑戦することを望んでいる。


 であれば、プロデューサーとしての立場であるジルにとってそれを止める義理はない。


「了解した。では、改めて言うよ……」


 口元を若干笑みで緩めたジルは彼女達の挑戦を歓迎し、期待を馳せる。 


「今回の目標は全てのチケットを完売させ、大勢のファンの前で君達のパフォーマンスに満足してもらい、最高のクリスマスライブに仕上げる……以上だ」


 「はい!」と強く返事をした唯菜はくるりと踵を返し、四人に向き直る。


「じゃあ、みんな手を出して」

  

 応じた四人は立ち上がって近寄り、唯菜の伸ばした手の上に自身の手を重ねる。

 

「わざわざこんなことする必要ある?」

「こういうのは気持ちが大事だって言うよ」

「春ちゃんの言う通りです」

「ま、リーダーがやるって言うならやるしかないよ。そうでしょ?」

「勿論!」

 

 意志は固まった決意も表明した……残るやるべき事はただ一つ。

 

「やるよ。皆の力を合わせて絶対にクリスマスライブを成功させよう!」


 『おー!!』と五人の団結する声が控室の外で片付けをしているスタッフの元まで響き、和気藹々とした明るい笑い声が次いで聞こえる。

 

 そんな五人に対してジルは意図せずともスタートラインに立ったと感じた。


 一緒のグループでありながらも五人はバラバラだった。

 アイドルをしている動機や目的・目標は五人とも一様にして異なり……目に見えるような団結力がなかった。


 それでも、彼女達がここまで成長するに至ったのは一個人の持つ能力の高さも由来していた。

 そんな不思議な力がバランス良く働き、今に至るまで上手い具合に事を運んでいたに過ぎない。

 いずれ何かしらの課題を彼女達に突き付け、五人の団結をより強固なものにするべきと考えてはいたが、その心配は皆無だった。


 リーダーである唯菜の一声であっさりと団結力が示されるくらい彼女達は近付いていた。

 和の中心どころか、外で見守っていたジルには気付かない所でそれぞれが絆を育んでいた。


 互いを尊重し合い、認め合って、助け合いながら一つのことをこなしていく。

 その事実に驚かされたことを認め……彼女達に新たな期待を馳せた。

 

 かつて、SCARLETに与えた無謀且つ無茶な試練(デビューライブ)と同等……これはポーチカが乗り越えるべき最初の大きな壁だ。この(チャンス)に当たって突き破らなければ永遠に地下(アンダー)から地上(トップ)に立つことは出来ない。


 しかし、これを乗り越えれば……メジャーデビューへの道も切り拓ける可能性は高い。


 そして、その道筋は既に整いつつある。

 

「あとは、ここを成功させるだけだ」


 リスクヘッジなんて考えない。

 リーダーの唯菜が進むと決めた以上、ジルもまた進む選択を取り……プロデューサーとして彼女達の努力に応える働きをする。


 それがジルの意思であり決意であった。

ポーチカの中心はヒカリであるといった描写をしてきましたが、ポーチカの中心は唯菜です!(著者断言)

今一度、そう思って頂くようこの回を最後に持ってきました。(伝わってくれていると嬉しいです)


なので、次話から後編となります。


陽一君にはこのまま終盤までお休み頂くことになりますのでご了承ください。

後編は主にクリスマスライブ編に向けた内容が中心となっていきます。

どういった話になるのかはここでは控えさせていただきます……が、百合っぽさが出るお話になることは予告しておきます。ヒカリの視点のみならず様々なキャラクターにフォーカスを当てていきますので、全体的なストーリー自体を楽しんで頂けると幸いです。


色々と予告をしようかと考えていましたが、ペラペラ書いてしまうとネタバレになりますのでここで手を止めておきます。それと……終わる終わる詐欺をするかもしれませんのでお許しください。


感想を書いて下さるユーザー様、いつもありがとうございます。ネタバレに繋がりかねず返信できなくて大変心苦しいですが、しっかり読ませて頂き励みしております。ツイッターの方も全く活動せず、ウマ娘のイラストばかり『いいね』していることを白状します。(キングヘイロー推しです)

ツイッターでURLを貼って感想を下さるユーザー様も本当にありがとうございす。何か意見がございましたら、お申し付けください。 (嫌味とかじゃなければ……)


拙い文章ですが、いつも読了頂きありがとうございます。

引き続き本編にお付き合いの程、よろしくお願いいたします。


そして、そして最後になりますが……TS戦記モノを制作中です。


それではまたどこかの後書きにて……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 唯菜ちゃんとヒカリちゃんの理解し合った相棒感が尊い……陽一くんはやはりおやすみですね、ここからさらに本格的にアイドル編が始まる予感!唯菜ちゃんの夢から始まったポーチカが、ここから大きな飛躍を…
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