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百九十一幕 憂慮と疑念

 学校終わり、一度家に帰った私は私服に着替えてレッスン用の手荷物を揃えると直ぐに家を出た。

 電車で事務所の最寄り駅まで移動し、地下改札口から地上の出口へと降り立つとあることを思い出す。


「そう言えば、ヒカリ。部屋の掃除するとか言ってたよね……」

 

 レッスンの時間は夜の七時。

 現在時刻はまだ四時前と大分時間があまりある。

 その間にヒカリの部屋にお邪魔して遊んで過ごそうと考えていた。

 しかし、学校の帰り間際にそんな風なことを話していたのを今更になってふと思い出し、お邪魔してもいいべきか自分の中で疑問が生じてしまう。


「まぁ、ヒカリならいいよね……」


 優しい彼女なら手厚く歓迎してくれるのは容易に想像できる。

 『掃除してるんだけど~』とか多少なりとも文句を言いつつも部屋には入れてくれるに違いない。

 けれども、掃除している人の部屋にいきなり押し掛けるのも常識的に考えてどうかと思う。


 取り敢えず、『行ってもいい?』と送信した返信を待つしかない。


「てか、確認するならもっと早くするべきだった」


 ヒカリは既読を付けるのが少し遅い。

 それに掃除中であれば尚更、メッセージが送られていることに気付かないかもしれない。

 駅に着いて降りる前、それぞ電車に乗る前に聞けば良かったと後悔しつつ私はもう一人、既読が一向に付かない人物のトーク画面を開く。

 

「既読、付かないなぁ……」


 海外に居るから電波が届かない……ことはない筈。

 単に私からのメッセージを無視し続けているだけ……というのも俄かに信じ難い。

 しかし、真相を追及しようにも私の声が届かない範囲に居るのであれば、帰ってくるまで彼に対する返事諸共待つ他ない。 


 画面を眺めながら溜息を吐いていると……


「あれ、唯菜ちゃん?」


 横から名前を呼ばれたことに気付く。

 スマホから一旦は目を離して、名前を呼ぶ方に顔を向ける。


「春ちゃん!」


 私に声を掛けたのは制服姿の楢崎春こと……幸村小春ちゃんだった。


「こんにちは。今日はなんだか来るの早いね」

「うん。ちょっとヒカリの部屋に寄ろうかな~って思って早く出たの。そういう春ちゃんは?」


 春ちゃんの学校は事務所と自宅の間にある。

 一旦、家に帰るとなると再び事務所まで行くのに時間がかかってしまうためかなり面倒。

 だから、レッスンの時間まで普段は学校の自習室で勉強していると聞いていた。

 ちなみに蘭陵女子学園は私達が通う学校よりも偏差値は高く、大学の進学率も高い私立の名門お嬢様学校である。そんな環境下で成績を維持しつつ、こうしてアイドル業に励む春ちゃんは私なんかよりもかなり凄い。


「今日、ルーちゃんがようやく家に戻れたみたいで、ゲームしたいから私も招集されたの」

「え、幸香さんが課したあの試練を乗り越えたの!?すごっ」


 有名なプロ将棋士のお兄さんに勝つまで帰れないという幸香さんが与えた試練。

 いくら頭が良くて賢いルーチェちゃんでもかの有名な『竜王』たるお兄さんを将棋で相手にして勝ち星を掴むことは私が香織ちゃんに歌唱力で対決する並みに無謀な挑戦である。


 だから、帰るようになるまで当分かかるどころか……一生帰れないのではと思っていたけど、予想よりも遥かに早く帰れていてビックリした。


「アイドルなんかよりも女流棋士目指した方がいいんじゃないかな」

「ルーちゃん、あんまり自分の待ち時間があるゲーム性は好きじゃないから……」

「確かに……前にババ抜きやってどれ取ろうか悩んでいたら『さっさと取りなさいよ!』って怒られたし」


 物凄く急かされた記憶が鮮明に残っている。


「じゃあ、春ちゃんはこれからルーチェちゃんの所に行くの?」

「ううん。ヒカリちゃんのお部屋に……」

「ヒカリ?なんで?」

「なんでも、部屋の鍵を幸香さんの家に置いて帰っちゃったらしくて……」

「なるほどね」


 何となく想像できた。

 部屋の鍵がないからヒカリの部屋に押し掛け、そこにあるゲーム機を使って遊ぼうという魂胆なのだろう。今頃、ヒカリも掃除がしたいのにルーチェちゃんに邪魔されて、結局掃除できずじまいのまま一緒になってゲームしている光景が容易に想像つく、


「それなら一緒に行く?私もヒカリの部屋に遊びに行こうって思ってたし」

「あ、それなんだけど。さっきルーちゃんから返信が来て……なんでもジルさんの所に二人で行く急用できたからゴメンって」

「二人ってヒカリと?」

「うん」


 そう言えば、ヒカリとプロデューサーのジルさんは度々密かに上の執務室で話している場面をよく見かける。私たちに隠れて何かやましいことをしていないことは二人の普段の会話を聞く限り、有り得ないことは明らかではあるものの……やはりその内容はかなり気になる。


 二人のやり取りを傍から見ていると……なんだかヒカリが私たちには知られたくない秘密を抱えているように見える。ジルさんにしか共有できず、私たちには決して明かせない秘密。

 

 いや、そんなことは誰だってある。

 ヒカリだけじゃなくて私にも勿論ある。

 ヒカリには言えない秘密の一つや二つ……


「あの~唯菜ちゃん」


 再び声を掛けられ、そこで私はハッと考え事を止める。


「この後、なんだけど良かったら一緒にお話しでもしない?レッスンまでの時間、かなり空いているし」


 人と関わるのが消極的な春ちゃんが自ら誘ってきてくれた!?

 という事実に若干、驚きつつも私は「いいよ」と承諾する。

 

 それから、私達は近くのカフェテリアに入店した。

 亜麻色の照明や内装でレトロ感溢れる店内。

 近くの大通りが一望できる窓際の席に向き合って座り、ホットコーヒーを二つ注文する。


 間もなく、テーブルに飲み物が置かれると私は熱くて苦いドリップコーヒーを口に含む。

 うん、苦い。

 ブラックは苦いよねー。

 春ちゃんは平然と飲んでいる。凄い。


 今更ながらミルクと砂糖を付けて頼むべきだったと後悔する。

 そこで一息吐くと春ちゃんは「あのね、唯菜ちゃん」と話を切り出す。


「また相談に乗ってくれないかな?」


 『ウッ』とコーヒーを喉に詰まらせそうになった。

 春ちゃんとの間で交わす話題の中でも出来れば避けたいトークテーマ。


 相談とは詰まる所、小春ちゃんの想い人……三津谷君のことだ。

 私の中でも彼は今や悩みの種の中心。

 それでいて、春ちゃんと二人で交わすには色々と複雑で言葉が詰まる重苦しいテーマに等しい。

 

 もう、どんな顔で話せばいいのやら……。

 

「あのね。私、知っているの。彼が唯菜ちゃんを好きだってこと」

「……え?」

「彼の気持ちが今は唯菜ちゃんにしか向いてない。その事実が分かった上で私は彼に告白した。だから……諦めるつもりはないよ」


 真っ直ぐな瞳で実直に想いを伝える。

 

「それで、唯菜ちゃんはどうなの?」


 不意打ちのダブルパンチを二発受け、思考が追い付かない。

 

「ま、待って!」


 一旦、落ち着こう。

 もう一度、コーヒーを飲んでから思考を整理しよう。


「にがっ」

「もしかして、ブラックは苦手?」

「う、うん。あんまり飲んだことないから挑戦してみたんだけど、まだ早かったね。アハハ……」


 笑って誤魔化しても無駄なことは分かっている。

 それに私はまだ……


「私さ。まだ、三津谷君に対してどう向き合えばいいのか分かっていないんだよね」


 噓偽りなく本音を打ち明けた。


「春ちゃんは知っているのかもしれないけど……この間のライブ終わりに私は三津谷君に告白された。多分ついうっかり口を滑らせて伝えちゃった様な感じだったけど、それが本当な事は分かっているつもり」


 彼の口から出た『好き』という言葉は不思議と直ぐに信じられた。


「私が好きだんなて素振り一度も見せたことないからそれを聞いた時はビックリして……ビックリしぱなっしのまま、彼は海外に行っちゃった」

「……海外!?」


 春ちゃんの珍しい素っ頓狂な声が店内に響く。


 あれ、そう言えばまだ春ちゃんは知らないんだっけ?

 てっきり二人は連絡先をついこの間に交換した仲だと勝手に思い込んでいた。


「聞いてない?海外に留学したって話」

「聞いてないよ。いつから?」

「KIFの次の日に」

「きゅ、急だね。すごく」

「うん。何もそんなこと言ってなかったからビックリだよ。本当……」

 

 あれからもう五日。

 どこの国で何を学びに行ったのかも詳しくは知らない。

 ヒカリに聞いても「さぁ」と首を傾げるだけ。

 彼と仲の良いクラスメイトの二人も私同様に全く連絡が取れていない様子。


 夏休み中の不慮の事故に遭っているのではないかと心配してはいるものの、二人は意外に短絡的に「ま、そのうち帰ってくるべ」「陽一。海外は苦手って前に言ってたし、長居はしないよ」と彼の帰還を気ままに待っているようであった。空いた席に座るヒカリを片目で見詰めるようにして。


「じゃあ、ヒカリちゃんが転校したのも……」

「彼が行った日と同じ。それまた凄いタイミングだと思わない?」

「う、うん……なんだか、入れ替わりみたいだね」


 彼が消えて、ヒカリが現れた。

 まるでそれはスイッチのON/OFFであり、二人が表裏一体の関係を示しているように思える。

 けれども、二人が別々の存在であることはKIFで確認している。

 

 実際に会って話している姿を私は目の当たりにした。

 三津谷君と話すヒカリとヒカリと話す三津谷君の間に立って嬉しい気持ちでいたことも覚えている。それから、ある既視感を覚えたことも……

 

「ねぇ、唯菜ちゃん」


 少し真剣な表情で名前を呼ぶ春ちゃんに意識を戻す。


「唯菜ちゃんはヒカリちゃんの事ってどれくらい知ってるの?」

「どれくらい……と言われましても、私が常日頃から接している範囲でのヒカリしか知らないかな」

「ポーチカに入る前のこととかは……」

「実は全然知らない。ヒカリってあんまり自分のことを話してはくれないし」


 中学時代の話とか聞いても中々話したがらない。

 何か触れたくないような後ろめたい過去があるのかもしれないと思って、私もあまり触れられずにいる。


「ちなみにだけど、春ちゃんは何か知ってる?」


 その返しに春ちゃんは首を振った。


「私は唯菜ちゃんのようにヒカリちゃんとはそこまで仲良くないから知らないことの方が多い……けど、ヒカリちゃんに関して少し気になっていることはあるかな」

「気になっていること?」


 春ちゃんは少しだけ難しい顔を浮かべた。

 口にするべきか迷った上で己に決断を下し、自分のある疑念を打ち明けた。


「ヒカリちゃんって本当に二人の従兄妹、なのかな?」

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