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百八十九幕 少女の望み

 人でぎゅうぎゅう詰めの車内から身を捩らせて駅のホームへと降り立つ。

 ホームもまた人で溢れ返り、改札口の方まで伸びる人の列に辟易する。

 

「勘弁してよぉ~」


 乗り継ぎの電車に乗って数駅進んだ直後、運悪く事故が発生した。

 それによりその路線で大きなダイヤの乱れが生じた。

 流石にかかっても10分から20分くらいの遅刻かと思いきや、意外にも大きな事故らしく運転再開まで1時間も要することとなった。

 

 停車した駅が生憎と他の電車に乗り継げる様な場所ではないため復旧を待つ他なかった。

 その間に事情を唯菜に説明し、クラス担任の西森先生に遅刻する訳を伝えてもらうようお願いした。

 それから、暫く経って再び電車は動き出すも普段の半分の速度で走行したため遅延の時間は大幅にかかってしまった。


 駅に到着して改札を抜けようとするも入り乱れた改札口前は人で溢れ返り進み辛い。

 その上、遅延証明書ももらわなければいけないためその列の最後尾を見つけては並ぶ。

 すると、その一つ前に同じ制服を纏った赤髪の女子生徒がいた。


 この遅延に巻き込まれたのが自分一人だけではないと少し安堵する。

 

『中原学園の生徒様~学校には連絡をしていますので遅延証明書を受け取らずとも大丈夫です!』といった駅員からのアナウンスがかかる。その直後、前の方で並んでいた同じ学校の生徒が列から離れて改札口を通っていく。


 その光景につられて列から離れようとするも、前の女子生徒が一向に並んだままなのが気になった。どうやら両耳にイヤホンをして駅員のアナウンスに気付いていない。


 見兼ねた私は後ろからそっと肩を叩く。

 気付いた彼女はイヤホンを取ってからこちらに振り向き……


「あのー、駅員さんが遅延証明書は要らないって……あれ?」

「……ヒカリさんではないですか?」

「詩音!」


 お互いに目が合い、暫しこちらを見詰めた詩音はハッと気づいて名前を呼び、同じタイミングで気付いた私も驚き際に彼女の名前を口にした。


「その格好……」


 自分と同じ制服であることに気付く。


「もしかして、転入生ってヒカリさんだったんですか?」

「そうだよ」

「噂では聞いてました。一組に新しい美少女転入生が現れた、と」


 その噂は初めて聞いた。

 転入生が現れた話が学校中で広まるのは予想していたけど、美少女なんて肩書きが付いているとは思いもしなかった。


「あの~詩音、取り敢えず改札口出ない?話は学校に行く途中でするから」


 もう二限目の半ば。

 三限目の前に学校には着いておきたいので詩音に催促して、混雑した駅を抜ける。

 学校までの道中、詩音と二人で学校に向かっていると何故か横からジロジロと全体を隈なく凝視され……スマホを取り出しては片手で手を繋ぎ、肩を寄せて自撮りを始めた。


「急だね。別にいいけど」

「制服を着たヒカリさんが可愛かったので記念にと思いまして」

「記念って……ネット上にはあげないでよ」


 分かっているとは思うが念の為に伝えておく。


「制服でなければ載せたい所ですが、今は無理ですね」


 良かった。

 ちゃんと良識と常識があった。


「なので、ある方に送りました」


 ある方?

 詩音の言うある方とは誰か。

 その答えは直ぐに自分のスマホで分かった。


(香織からだ……)


 連続してくる通知を開いてみると……『ねぇ、なにこれ?』『なんで一緒に居るの?』『学校は?』『サボって手を繋いで制服デート?』『弁明しろや、オイ』と送信先の相手がブチ切れているのが想像できる内容と発端となる写真が送られてきた。


「香織に送ったのね……」

「はい。自慢したくなりまして」


 自慢とは言いつつも単なる嫌がらせか、あるいは煽り行為に近い。

 詩音と香織は犬猿の仲らしく表立って喧嘩するような素振りは見せないが裏ではいがみ合うくらい仲は悪い。それでも尚、こうして連絡先を交換して互いにメッセージを送り合える状態であるということは然程悪くはないのだろう。


「相当怒ってるよ」

「それは計算通りですね」

「だと思った」


 落ち着いて大人びている性格とは裏腹に詩音はおちゃめな一面を隠し持っている。

 どちらかというと本当の彼女はこっちなのだろう。

 それでいて、今のはKIFでSCARLETに負けたことと個人的な恨みも兼ねたちょっとした仕返しの様にも思えた。


「まぁ、ほどほどにね。私的にはどっちも仲良くして欲しいからさ」

「ヒカリさんがそう望むのであればやぶさかではないですが……それには条件があります」

「……移籍しろとか言わないでよ」


 詩音の読めた思考を当てる。

 

「まだ諦めてないの?」

「勿論です。私はヒカリさんをとても好ましく思っていますので」

「どうして?」


 詩音が三ツ谷ヒカリに固執する理由……それはまだ知らない。


「端的に言えば、私がヒカリさんのファンだからです。自分に真っ直ぐで偽りのない気持ちをはっきりとステージで表現する素直さが私には好ましいと感じました」

 

 そう素直に評価する詩音の言葉に照れ臭さを覚える。


「特に私はその真っ直ぐな瞳が好きです」


 正面に回った詩音は顔を近づけて瞳を見詰める。

 至近距離に差し迫った詩音との距離感に恥ずかしさを覚え少し頬を赤くする。


「そういう初々しい所も好きですよ」

「揶揄ってるよね?」

「はい。反応も好きなので」


 ニコリと笑んでヒカリのあらゆる部分を好きと肯定する詩音にペースを崩される。


「だから、羨ましいです」


 くるりと踵を返し、再び詩音は歩みを進める。


「あなたの想いが真っ直ぐ向けられる唯菜さんや香織さんが……」


 寂しい……詩音の背中からそんな感情が伝わった。

 ソロアイドルとして一人でステージに立ち、多くのファンを魅了する詩音のパフォーマンスには少しだけ寂しさが帯びている。決してファンには悟らせぬよう明るい笑顔と情熱を帯びた歌とダンスで隠してはいるが、その陰に孤独を潜めていることを私は知った。


「正直に言えば、私はパートナーが欲しいです」


 同じステージに並んで立つ信頼の置ける相棒。

 

「傍に居るといつも温かくて安心する存在……そんな人、私の周りでは俊君くらいで、同性だといません」

 

 詩音には悪いけど何となく想像つく。

 決して友達がいない訳ではない。ただ、本当に仲が良くて常に一緒に過ごしても良いと思える親友たる存在がいないだけ。

 それは私にとっての唯菜みたいな子が傍に居ないことに等しい。


「何様だと思いましたか?」

「……思ってないよ。それに人を選ぶのは当然だと思う」


 詩音の言うパートナーも交友関係の中で最も特別な存在だからこそ意味がある。

 それに彼女の言うパートナーとはビジネスパートナーに等しい。

 二人三脚で過酷な世界を進まなければならない。

 

 それぞ普通の関係ではなく特別な関係を求められる。

 互いに補完し合い、バランスが取れ、上手くやっていける相手を選ばなければ長続きはしない。


 詩音のその望みは打算的でありながらも合理的で且つ理想的であると思う。

 だから、逆に問う。


「私が詩音のお眼鏡にかなったのはなんで?」


 私からの問いに詩音はクスリと微笑む。


「先程もお伝えしたように羨ましいと思ったからですよ。唯菜さんや香織さんにとっての三ツ谷ヒカリとは希望の光。停滞していた時間を押し進め、まだ見ぬ先に連れていくような輝かしい存在」

「……それは大袈裟に言ってない?」


 前半はともかく後半は誇張し過ぎだと思う。


「あくまでも私の感想です。でも、本当のことだと思っています。他ならぬ彼女達がそうヒカリさんを見ていますので」


 噓でも誇張でもない。

 客観的な視点から詩音は唯菜と香織の反応を踏まえてヒカリを評価する。


「それでいてどこか私と通じる部分があります。だから、私はヒカリさんが欲しいと心の底から望みました。あなたがパートナーでいてくれたら心強いと」


 まだ詩音のことを詳しくは知らないから何がどう通じているのかは分からない。

 でも、KIFで観た彼女のパフォーマンスを思い出すと私の中のある部分と通じるものがある……あれ、そう言えばあの時何を感じたんだっけ。

 

 詩音のパフォーマンスで感じ、何か共感を覚えたから札を挙げた。

 その何かが全く思い出せない……


「ヒカリさん?」

「あ~ごめんごめん。少し考え事してて……」

「そういう所も抜けてて可愛いですよ」

「褒めてる?それ」


 小馬鹿にしてるようにしか聞こえない。


「ですが、気が変わったら伝えて下さい。いつでも迎え入れる準備を整えておきますので」

「それはないから。第一、ポーチカを辞めてそっちに一人だけ行ったら印象が悪くなるでしょ」

 

 公の場で勝負をした際の約束事を遵守するならまだしも……独断ではその手に乗れない。

 無論、ポーチカを辞める気も移籍もする気も全くといってない。

 今は唯菜から離れたくないし。


 そうこう話していると学校に着いた。


「あかりぃ!早くしないと授業はじまっちゃうよー」


 二限目が終わり、三限目前の休憩時間に登校すると体操着で体育館へと移動していた唯菜が二階の渡り廊下から顔を出して声を掛けてきた。

 授業が始まってしまっては教室のドアに鍵は掛けられ、更衣室も閉められてしまう。


「ごめん、詩音先に行くね。それと学校では私のことを……」

「明里さんですよね。転入生の名前はもう知れ渡っていますのでご安心を。学校では明里さんとお呼びします」


 その気遣いに感謝しつつも私は「じゃあ、また」と告げ、急ぎ足で校舎に入って行った。

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