百八十八幕 朝(リセット)
肌寒さで目が覚めた。
寝具のベッドではなくソファの上で毛布も包まらずに寝ていた。
それも学校の制服のまま寝間着に着替えず寝過ごしてしまっていた。
「そう言えば、昨日は唯菜や香織達と一緒に勉強会してたんだっけ……」
三人で近くのお店で夕食を済まして唯菜を駅まで見送った後に部屋の中で香織と何か話していた。
その後に眠りにつき……それから今に至るまでスヤスヤとソファで快眠していた。
窓の方を見るとまだ陽は昇っていない。
時計の針を確認するとその青陵の夜空もそろそろ色合いを薄くし、朝がやってくる時間となる。
大きな欠伸を浮かべ、陽が昇るまでの間にベッドの上で温かい毛布に包まってもう一眠りして過ごそうかと思うも……自身の姿を再び見渡し、昨晩し損ねたことを思い出す。
「お風呂にも入ってなかった……」
加えて、歯磨きもしていない。
一度くらいお風呂に入らなくても衛生上大した問題ではない。
しかし、これから学校に通わなくてはならない。
自分の身体の臭いを嗅いでも臭くはない。
汗っぽさや体臭はない……筈。
それでも、ソファの上で無造作に寝たことで髪は酷く跳ねた上にボサボサ。
色々と身体を綺麗にするためにやはり風呂に入るべきと考え、私は少しばかり冷えた身体を温めることも兼ねて朝シャワーを浴びることを決めた。
「ふわぁぁぁ」
大きな欠伸を浮かべながら洗面所兼脱衣所の前で制服のボタンを外してシャツを脱ぎ、スカートのホックを外して下着姿になる。慣れた手付きでブラを外し、ショーツも脱いで一糸纏わぬ姿のままお風呂場の照明を付けて中に入る。
蛇口を捻り、シャワーヘッドの先端から吹き流れる温かい水を頭から浴び、寝起きのぼんやりとした思考をスッキリさせる。
「朝シャワーって結構気持ちいいかも……」
朝にシャワーを浴びる行為は普段決してしない。
その時間があるのなら、ギリギリまで寝て過ごす習慣の方が圧倒的に多い。
むしろ、朝シャワー行為事態が面倒なので今後これが習慣になることはない。
しかし、こうして時折早く起きて普段はしない行いで目覚めを良くするのも悪くない。
そう思いながら私はシャンプーで髪を洗浄した。
約15分くらいシャワーの時間を過ごし終えた私は再び洗面所の前に置いてあるバスタオルを手に取って身体に付着した水分を拭きとる。
頭から肩、上半身、下半身にかけて隈なく拭き取り終える。
「あ、着替え……」
替えの下着を用意することを忘れていたことを思い出し、バスタオルを身に付けたままタンスの前まで近づき、引き出しから下着を取り出す。
先程まで身に付けていた同じ柄の下着をそれぞれ上下両方手に取る。
「ん、これ……」
その横の隅、女物の下着に隠れる形で収納されていたグレーのトランクス。
そんなものが中に入っていたことに気付き、それも手に取る。
「なんで男性用?」
こんなものがタンスの引き出しに入っていることに疑問を抱く。
試しに、好奇心から履いてみるものの……サイズは自分の腰回りよりも少し大きく女性物ではない。色合いもグレーと女性っぽさがなく、はっきり言って自分に似合った分不相応な下着ではない。
「間違えて男物買っちゃった?」
その記憶すらない。
でも、不思議と男物の下着に違和感はなく……どこか馴染みのあるものだと思ってしまった。
「下着、トランクス派だったかな……私」
考えてみればショーツのぴっちり感はあまり好きしゃない。
お尻の方を締め付けられて少し抵抗感はある。
その点、トランクスは自由で良い。
ショーツよりも他者に見られて恥ずかしさを覚えず、お尻のラインが下着を通じてくっきりと現れることはない。
だから、一時……トランクスで過ごしていた気がする。
でも、それは何か理由があって止めてしまった。
「なんでだっけ?」
その理由が思い出せなかった私は部屋の長鏡に映る半裸でトランクスを纏う自分を目の当たりにする。そこで何となく分かった。
「やっぱり、似合わないよね」
履くことに違和感はないものの、履いてる自分に違和感がある。
それだけで履くのを止める理由に充分なり得る。
香織や唯菜もきっと『似合わない』と言うに違いない。
それに、他の人に男物のトランクスなんて見られたら変な誤解を生みかねない。
「見られる前に処分しといた方がいいよね」
今日はマンションのゴミ収集がある日。
溜まったゴミ出しも兼ね、唯菜や香織達に見つかる前にタンスの中にある二つのトランクスも処分することを決めた。自分が今履いている物も含めて。
朝日が昇り、時刻が七時半を回るまでの間に色々と部屋の掃除や整理整頓、朝食、着替えを諸々済ませた私は予備の制服を身に纏い、鏡の前でリボンを結ぶ。
「よし」
バランスよく結んだリボンや髪を少々整え、陽光が差し込む部屋を見渡す。
「ゴミ出しや身支度も終わったし、そろそろ行かないと……」
学校まで登校するのに一時間はかかる。
朝のホームルームが始まる前に間に合うには七時半よりも前に出ないといけない。
あまり悠長に準備している余裕がないことを時計で確認すると鞄を持つ。
そのまま玄関の前で靴を履き、玄関の扉を開けて外の廊下へと出る。
正面の方から都会の喧騒を象徴する車の走る音が風伝いに響き、少しばかり冷たい11月の空気が肌に触れる。主に衣服で隠れていない脚部が冷える。
「さむぅ……」
上はブレザーを羽織っているからともかく……スカートの下は素足。
タイツも何も履かずに外で過ごすことに厳しさを知る。
「タイツも買わないとなぁ~」
持ってない以上、今日の所は我慢するしかない。
学校帰りでレッスンまで間、どこかお店に寄ってタイツを絶対に買うことを頭に入れつつも部屋の鍵を閉めた私は一人暮らしのマンションを後にした。