百八十二幕 新たな日常
週末明けの月曜日。
隣の席に彼の姿はまだない。
彼の場合、ホームルームが始まるギリギリに登校するのが日常的な光景。
チャイムが鳴る三十秒前にならなければいつものドタバタした様子で私の後ろを通り、滑り込み着席をして落ち着く彼の様子をよく目にするのだが……今日は不思議とその光景が見れない気がしてならない。
「三津谷君、来ないつもりなのかな……」
先週の土曜日。
私は彼から思わぬ告白を受けた。
正直な所、あれを告白と受け取っていいのかは分からない。
うっかり本音を漏らしてしまった……方が正しい。
どちらにせよ、自身に秘めていた想いをうっかり告白してしまったことに変わりはない。
私自身、彼の気持ちが素直に伝わったような気がしてあの時はついそう捉えてしまった。
それにかなり動揺しながらも私は返事を保留にした。
期日期限を設けてはいない……ただ、先延ばしにしただけ。
土曜日に告白を受け、一日置いてから週末明けの学校で再び会う。
さすれば、返事の期限は自ずと今日というのがベターなのだろう。
けれど、その返事をどう答えるのか……昨日に引き続き、まだ迷っている。
お陰様で少し寝不足気味。
「はぁ~どうしよう……」
「なになに、溜息?唯菜が悩み事なんて珍しい~」
「唯菜ちゃん、お疲れみたいだね」
机に突っ伏して深々と溜息を吐く私を名雪は面白がって写真を撮り、夏美ちゃんは優しく気遣ってくれた。
「ちょ、撮らないでよ」
「唯菜がそんな風に悩んでいるのなんか新鮮なんだも~ん。ほれ可愛い顔やで~」
スマホの画面には気難しく悩んでいる私がはっきりと写っていた。
「もう……後で消してよね」
「はーい。それよりさ、唯菜は知ってる?」
「何が?」
「なんか今日、転校生来るっぽいよ」
「転校生?」
「うん。さっきね、職員室の前を通ったらクラス主任の西森先生と話している女の子がいたの」
「そうそう、転校云々言ってたから多分間違いない」
そう盛り上がる二人のトークに若干付いていけなかった。
今の私の中では転校生よりも彼の事の方が気掛かり過ぎてどうにも話が入ってこない。
けれども、考えた所で答えが纏まる訳もない……気分転換に二人の話に耳を傾ける。
「ちなみに、どんな子なの?」
「ちらっと見ただけなんだけど……外見は金髪……いや、黄色に近い綺麗なクリーム色の髪で背丈は唯菜よりもちょっと高いかな。あと、あんたに負けないくらい凄い可愛い」
「最後の情報は別に要らないから」
あれ。今、名雪が言った外見の特徴。思い当たる節があるんだけど気のせいかな……
そう考えているとホームルームが始まるチャイムが響く。
ガヤガヤとした教室内も直ぐに静かになり、クラス主任の西森先生も教壇に着く。
しかし、隣の席は依然と空いたまま……後になって来る気配もない。
やっぱり休みなのかな。
「あ~出席を取る前にだな。今日はお前達に紹介したい人がいる」
先生の前置きに名雪達の噂通りの転校生だと分かる。
ホームルームが始まる直前、クラス内でもその話題で少し持ち切りだったからか、確信に迫ると再び教室内はザワついた。
「入ってきてくれ」
西森先生の声掛けと同時に教室の戸が開かれる。
その直後、廊下から一人の可憐な少女がゆっくりと教室内に入り、教壇の前に立つ西森先生の横に並んで立つ。
私達の正面に向いた彼女はパッチリとした大きな瞳を開き、少しばかり無愛想ながらもペコリと軽くお辞儀する。
へぇ、名雪が言ってたようにかなり可愛い。
私好みの整った綺麗な顔……って、あれ?
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
私は自分の目を疑った。
夢でも見ているのではないかと思い、目を擦って再び開く。
しかし、現実の風景は何一つ変わらない。
なのに、私はこの現実をそう簡単に受け入れられなかった。
「ヒカ……」
そう名前を口に出しかけた時……
「初めまして、三津谷明里と申します。よろしくお願いします」
あっさりとした簡単な自己紹介を行い、ペコリと挨拶をする。
彼女の名前を聞いた私は一瞬深く戸惑うも『三津谷』という苗字からそれが彼女の本名なのだと察した。
「あ~今日から学びを共にする三津谷明里さんだ。彼女は三津谷……ややこしいが三津谷陽一の従兄妹に当たるそうだ」
西森先生の紹介に「三津谷の従兄妹?めっちゃ可愛いじゃん」「あいつって確か妹もアイドルなんだろ。家族に美女が二人もいるなんて羨ましいわ」「それな、マジで妬ましいわ~ってあれ、三津谷まだ来てなくね?」と言った声が一部前の方から挙がる。
「それと三津谷陽一なんだが、あいつは暫く留学に行った」
……はい!?留学!?
突然出た彼の留学話と目の前にヒカリがいるという謎めいた状況を理解出来ず混乱する。
西森先生もなんだか説明が面倒だという顔で簡潔にまとめる。
「取り敢えずだ。三津谷陽一が留学に行った同時に今日から三津谷明里さんが転校することになった。まぁ、仲良くしてやってくれ」
「よ、よろしくお願いします……」
クラス全体の視線に晒されながらもヒカ……じゃなかった明里はゆっくりと自分の座る席まで進み……「ここが陽一の席だよね?」と尋ねてくる。
そのあまりにも他人行儀な態度に目の前にいる彼女がよく知っているヒカリではないのかと一瞬疑問に思いつつも答える。
「う、うん。そうだよ」
「ありがとう」
一言、礼を述べると明里……さんは窓際の席に着く。
その光景があまりにも自然で普段と同じ様に思えた。
いやいや、それにしてもだよ……隣にいるのはどう見たってヒカリだよね。
三津谷君のこと『陽一』って言ってるし『従兄妹』な時点で明らかにヒカリじゃん。
疑う余地もないことを脳内で再確認するも……さっきからずっと視線を送っているのにヒカリはちっともこっちを振り向こうとしない。その他人行儀な態度が少し私の中でイラッとし……我慢ならなかった私は椅子を寄せて強硬手段に出る。
「ねぇ、ヒカリ。なんで他人の振りするの?」
「……名前、ヒカリじゃなくて明里」
その指摘にやっぱり本人なのだと確信する。
「じゃあ明里。教えてくれないかな、急に転校してきた理由」
「さっき先生が言ってた。陽一の代わり」
「いや、説明になってないから……にしても急過ぎるでしょ。事前に教えてくれたっていいじゃん」
「サプライズ」
「もう……」
詳しい説明が面倒だと言わんばかりの軽い返事。
話してみるとやはり私の知っているヒカリだと安心した。
それと同時に彼女が隣の席でこれから一緒に学校で過ごせるという事実に思わず顔を緩めてしまう。
「凄いニヤニヤしてるけど……転校がそんなに嬉しい?」
「当たり前じゃん!私はヒカリともっと一緒に居たかったから……このサプライズはとっても嬉しい。三津谷君には少し申し訳ないけど」
「……それなら良かった」
絶対に叶うことのない現実だと思っていた。
ヒカリと過ごす日常が前よりも多く増えることに期待が胸いっぱいに膨れ上がる。
「ヤバい、心臓がドクドク言ってる」
「落ち着きなよ。それと先生が名前呼んでる」
「白里~返事しろー」
「あ、はい!」
ヒカリに夢中になり過ぎたあまり先生の出席確認をすっかり忘れていた。
その指摘で気付き、慌てて返事をする私をヒカリはクスクスと笑う。
「ちょ、笑わないでよ。もう……」
恥ずかしい所は普段でも見せている。
ヒカリはおっちょこちょいな私をよく知っているから別に恥ずかしがることもない。けれど、私の日常に突然として現れた三津谷明里としてのヒカリはなんだか私の知っている彼女とは少し違って見え……まるで初対面の時を思い出してしまう。
「ま、これからはよろしくね。あ・か・り」
「こちらこそよろしく。えっと~あ、白里さん」
わざとらしく初対面感を装いつつ……先生が呼んだ名前を思い出して口にする。
「知ってるくせに……明里のイジワル」
夢見ていた日常が現実となり……ヒカリは本来の自分、『三津谷明里』という名でこうして横にいる。その現実は思っていた以上に、至福の時間と成り得そうでとても嬉しかった。




