百七十七幕 エピローグ⑧
配信ライブは無事に終了。
時間的に言えば約15間と短く、二曲のみ披露した。
それでも濃密な時間だったと言えよう。
特に二曲目は不思議と何倍もの時間を曲中で体験していた気分であった。
そうあれはまるで懐かしき思い出の空間で小春と対話している不思議な時間。
「それで君はどうするんだい?」
「どうって?」
「彼女への答えさ。君は聴けたんじゃないのかい?彼女の気持ちを」
小春の俺に対する好きという気持ち。
それが嘘ではなく本当のことなのはよく分かった。
しっかりとした感謝の想いが乗った歌声と共にそれは心に深く染みた。
だからこそ、返事は必要だ。
『はい』か……『いいえ』か……
「ちなみに、伝えておくけど僕の事務所は恋愛を直接禁止している訳じゃない」
「……いいんですか」
妙に含みのある言い方に疑いを掛けながら尋ねる。
「正直に言えば、自重してもらいたいけどね。でも、君の心は彼女に向いてはいないんじゃないのかな。正確に言えば、その心は小春ちゃんではなく唯菜ちゃんに向いている。違うかい?」
「……!」
「図星みたいだね」
「……いつから気付いていたんですか」
「薄々そうじゃないかって思ってはいたさ。君の立場を考えればそうなってしまっても仕方がない」
ジル社長は意外にも共感した。
「君はヒカリちゃん時でも唯菜ちゃんとの仲は良い上に学校でも関わりがある。そんな多方面で彼女と関わり続ける君の心情が出会った当初と比べて大きく変わってしまうのも道理だとは思うよ」
「なら、もう聞かないで下さい。俺は小春に対して何も……」
「あ、三津谷君!」
ステージから降り、衣装の上から羽織ったパーカーを纏った唯菜が大きく手を振りながらこちらに駆け寄る。そのタイミングで俺はジル社長との会話を一旦止め、唯菜に視線を向ける。
手の届く位置に近付くなり、突然ハイタッチを求められると挙げた手に思い切り手を重ね、パァンッと心地良い音が響く。
「どうした急に?」
「なんだか、ハイタッチがしたくなって」
「なら他のメンバーにやれよ」
「いやー女の子にこんな強くやれないって」
確かに結構力強いハイタッチだった。
少し手が痺れるくらい良い音が響いた。
「それでそれで、どうだった?私達は」
「良かったよ」
「えー感想それだけなの?ちゃんと観てた?」
「観てたよ。言葉で上手く表現できないくらい感動したよ」
「なら、よろしい!今後は定期公演にも来てね」
「いや、行かないから。今回が特別なだけ」
「え~頑固だなー」
口を膨らませて頑なにポーチカファンへとなろうとしない俺にブーブー文句を言う。
ま、これはいつもの光景である。
教室で何度もライブのアーカイブ配信を無理矢理見させられては感想を求められ、定期公演に来るよう勧誘されては丁寧なお断りを述べて文句を言われる流れは経験している。
「まぁまぁ、彼に何を言っても無駄だから。諦めた方が早いよ、唯菜」
その後ろから顔を見せたのはヒカリ。
やけに企みの含んだ顔で話しかけてくることに若干嫌な予感が走る。
「なに、その顔?」
「いや、別に……」
『一応、余計なことはするなよ』と表情で訴えておく。
「それにしても二人が並んでるのってなんだか新鮮」
「私達は表裏一体な所あるから。この光景って結構レアでしょ」
俺と肩を並べて話すヒカリの言葉にジル社長は苦笑いを浮かべ、唯菜は「確かに」と深く頷く。
あまり余計なことは言わんでいいと釘刺したくなるが下手にツッコミを入れない方が吉と出た。
「でも、こうやって二人が話しているのも初めて観る光景なんだけど……そうでない気がするんだよね。なんでかな?」
「気のせいだよきっと」
「あぁ、気のせいだ」
俺とヒカリはあっさりと否定し、単純な唯菜はその言葉を鵜吞みにして受け入れる。
個人的にはこのヒカリに対してもう少し疑って欲しいとは思うものの、香織だとバレる訳には決していかないのでこの場は上手く隠し通しておく。
「それより、どうして三津谷君KIFに居るの?」
「今更だな」
「だって、この間学校で観に来ないのって聞いたら素っ気ない顔で『行かない』の一点張りだったじゃん。なのに、ちゃんと顔出している辺り……もしかして、春ちゃんを追ってきたじゃないの?」
「いや、違うから」
「またまた~。三津谷君の『違う』や『行かない』は照れ隠しだって最近、分かってきたよ」
「マジで違うから。俺はジル社長に呼ばれてアルバイトスタッフに来ただけ、そうですよね?」
口裏を合わせるようにしっかりと目線で訴える。
「うん。彼の言う通り、スタッフとしてアルバイトに参加してもらったんだ。お金がないと困っていたみたいだから一日だけ手伝いとしてね」
「え、本当にそうなの?」
「そうだよ。このTシャツを見てくれ、運営用の人しか着れない専用Tシャツだろ」
まじまじと確認した唯菜は「本当だ」とようやく納得する。
「でも、行かないって言葉は嘘だよね?」
「そ、それは……アルバイトしてるって知られたくなかったからつい……」
「いいんだよ。本当は隠れて春ちゃんを観に来たかったんでしょ。三津谷君って意外にも一途だね」
もうヤダこの子、話しが通じない!
それにさっきから黙ってやり取りを聞いているヒカリの妙な圧が首筋に刺さって怖い。
さっさとこの場から離脱したい。
「でもね。来てくれてありがとう」
「え?」
「三津谷君が居なかったら私達……今みたいにライブ出来てなかった。五人揃ってのポーチカなのに四人でステージに立つなんて絶対に嫌だった。かといって、私達じゃ多分どうにもならなかった」
無力だと……唯菜は思っているのだろう。
「だからね、本当に三津谷君がこの場に居てくれてよかったよ。そのことには深く感謝してるし……今のライブ、最後まで付き合ってくれてありがとう」
唯菜の率直な言葉を真っ直ぐと受け止めつつも「どういたしまして」と答える。
側面から顔を覗かせてくるヒカリが視界の端でニマニマと大きく口元を緩めながら伺っているのは見なかったことにしてやる。
「ま、なにはともあれ、無事に終わって良かった。良かった」
「そうだね。今の配信ライブもどうやらかなり好評みたいだったから成功と言えるよ。視聴者も五千人とかなり良い数字だ」
「五千人!?」
先程の配信ライブ時における最高視聴者数の瞬間をスクショで収めていたのか、手元の端末で予想を遥かに超える数字を目の当たりにした唯菜は素っ頓狂な声で驚きを露わにする。
微動だにせずありのままその数字を受け入れてるヒカリは飄々とした様子で「すごーい」と拍手を送る。
「なんで、そんなに増えたんですか?」
「SCARLETと二人のコラボが大きく影響を与えたようだね。反響が人を呼んでポーチカの配信ライブを一目観に来た感じだろう。それにKIFの参加者であればこの専用配信ライブは自分のスマホで自由に視聴可能だ。追加料金が発生しない分、興味本位で覗けるからアクセスもしやすかったのも関係しているかな」
KIFのコンセプトは多くのアイドルを幅広く知ってもらうことにある。
普段であればあまり目にしないアイドル達もこの一同に集うイベントに参加すれば容易に知ることが出来る。それを可能とするために用いたのが配信ライブである。
人気アイドルであればあるほど、凄まじい長蛇の列が生じてしまい……他のアイドルグループを観ることは出来ない。それでは結局のところ、日々の推し活と何も変わらない。
しかし、配信ライブがスマホ端末一つで視聴可能であれば待ち時間も他のアイドルグループのライブをリモートで観賞することが出来る。KIFの高い参加費や料金に見合った新たなサービスとして今回からリアルタイムでの配信ライブを運営側は取り入れた……ことをジル社長は教えてくれた。
「あとは評判が良かったというのもあるかな。特に君のね……」
ジル社長の視線が留まったのはヒカリ。
「本当だ。一曲目の後、ヒカリ宛にもの凄いコメント量が殺到してる!」
自分のスマホでアーカイブを視聴し、ヒカリに送られたコメント内容を確認する唯菜が画面へ夢中になっている合間にヒカリはこちらを見据えて大きくドヤ顔をキメた。
腹立つな、あの顔……
「勿論、ヒカリちゃんだけではなく全体を通して反響が良かったよ。本当に素晴らしい配信ライブだった」
「えへへ、それは良かったです。これも全部、ヒカリが最初に気合いを入れてくれたお陰だね」
「別に私は何もしてないよ。普段通り、出せる全力を尽くしただけ」
清々しいくらいのドヤ顔で答える様子に猛烈な怒りが静かにこみ上げた。
「でも、一曲目よりも二曲目の方が私は良かったと思うよ」
ヒカリの評価に一同頷く。
「両方とも良かったことは事実だよ。だが、彼女の言う通り二曲目は僕が想定した以上の出来だった」
「私もかなり驚きました。春ちゃんがあそこまで歌えるなんて知らなかった!」
「歌も凄かったけど、何より曲が春ちゃんの気持ちを代弁するかのように合っていたのもあると思う。それで、彼女の素直で直球な想いをしっかりと聞いた上でどう答えるのかな?」
「私も知りたーい!!」
先程も聞かれて保留にしていたことを再び掘り返されると同時に食い気味で唯菜も聞く。
「なんで言わないといけないんだよ」
「逆になんで教えてくれないの?」
「教える義理もないからだろ」
「いいじゃん。私達、口が堅いから……ね、ここだけの話で……」
他人の恋事情となるととことん追及してくるのは教室でもよく見かける光景だ。
唯菜と仲の良い二人も頻繫にその被害に遭っている。
しつこい上に引き下がらない。唯菜の悪い癖だ。
「はぁ……そもそも、なんでゆ……白里は俺が小春を好きだと思っているんだ?」
「え、だって告白したんでしょ。前に」
「なんで、知ってる?」
俺は自分の口から言った覚えがない。
だとすると、話しやがったのは……
「ちょっと前に春ちゃんから聞いたんだ。過去に告白されたって」
……まぁ、小春が自分から言ったのなら仕方ないか。
「それからさっき、三津谷君はまだ春ちゃんを密かに想い続けているって聞いたよ」
「誰から?」
「ヒカリから」
鋭く目を細めて睨み付けるとヒカリは顔を反対側に背けた。
こればかりは許せそうにない。
おいこら、クソ妹。こっち見て弁明の一つでもしてみやがれ。
「そういう訳だからさ。私は相談に乗るよ、ね?」
唯菜は諫めるようにトントンと肩を叩く。
「ほら話してみて、ね?じゃ、ねぇんだわ。そもそも、コイツの言っていることは真っ赤な噓だ」
「嘘なの?」
「本当じゃないの?」
いけしゃあしゃあとここぞとばかりに振り返っては聞き返す香織に余計な意識を割かれる上に、誤解を誤解をだと認めない唯菜に逐一説明をしないといけない。
この面倒な事態に見舞われた俺は急激な心的疲労が重く圧し掛かったように深々と溜息を吐く。
そして、その勢いのまま無意識に……
「違うって、第一に俺が好きなのは白里で……」
…………ん?
「……え?」
「……へぇ」
「……」
待て。
俺は今、なんて言った?
無意識に出た言葉に自分でも何て言ったか覚えてない……なんて、こともなく。一言一句、しっかりと自分の口から発せられた言葉を記憶してる。
出てしまって、伝えてしまった以上、取り消すことは出来ない。
しかし、無意識に出た言葉だ。
こういう場合、俺は大抵ごにょごにょと言葉を濁してしまう癖がある。
そんなにはっきりと聞こえていないことも……
「……そうなの?」
なくはなかった。
真っ赤に顔を染めた唯菜が少し見上げる形でそう聞き返してくる。
そして、腰に手を当てたまま……俺は十月の星々が煌々と浮かぶ透き通った綺麗な夜空を仰いだ。