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百七十六幕 KIF/素直であること㉔

 初めてのセンター。

 

 グループの中心であり顔となる重要な立ち位置。

 本来なら私がここに立つ資格はない。

 資格というよりも素質と言うべきなのだろう。


 このグループで見れば私は平凡中の平凡。


 唯菜ちゃんみたいな強い意志を宿し、確固たる目標をもってアイドルをしてはいない。

 ヒカリちゃんみたいにしっかりとした自分を持ち、それをステージ上で表現出来る力もない。

 幸香さんみたいに華やかで清らかなビジュアルでもなければグループを支える柱になれない。 

 ルーちゃんみたいに我を通すことで何かを一生懸命に努力する性分でもない。


 みんな、目を見張る何かを持っているのに対して……自分に特筆すべき要素なぞ何もない。

 あるのは平凡たる自分と……臆病者な私と……何色でもない私。

 

 だから、私は華を咲かせられない。

 いつまでたっても蕾のままで……自分という人間をステージでしっかりと表現出来ない。

 

 そのために、私はヒカリちゃんからアドバイスを貰ったことを少し思い出す……

 

『あの、ヒカリちゃん』

『何かな?ゆ……春ちゃん』

『どうしたら、ヒカリちゃんみたいに私は歌で表現できるかな?その……気持ちの面とかを……』

 

 抽象的で変な質問だと分かりつつも私は知りたかった。

 ステージ上で気持ちを伝えるにはどうするべきなのか。


『それなら簡単。素直に自分の気持ちを歌に込めればいい』

『それだけ?』

『うん。それだけ、だけど……肝心なことは『素直』って点だから』


 素直……それは私に足りないものであり必要な要素である。


『素直に気持ちを込めれば自ずと歌に気持ちが籠る。例えば、陽一の事が好きな気持ちとかを……』


 ほんの一瞬だけヒカリちゃんの顔が強張った様にも見えた……のは気のせい。

 直ぐにいつもの明るくも不思議な雰囲気を帯びるとにこやかに『出来そう?』と尋ねる。

 

 ヒカリちゃんの言葉は至って単純で分かり易い。

 それ程、求めているハードルは高くない。

 むしろ、誰だってやろうとすれば出来る。

 

 気持ちを込めて歌う……なんてことは私だって日頃からしてる。

 けれど、ヒカリちゃんの言う気持ちを込めるとは私の考え方とは少し違う。

 

 素直にはっきりと……特別な想いを歌に乗せることで聴く者の心に深く焼き付ける。

 だからこそ、ヒカリちゃんの歌は常に誰かの心に残る。

 心地良い響きと共に胸の奥深くに刻まれ……想いが伝わる。

 

 だから、私も同じ様にすれば彼に……


『届くよ』

『え?』

『その気持ちは絶対に届く。彼は能天気で鈍感で、人の気なんて全然気にも留めない変な人だけど……好きになった相手や自分が大事だと思う人には真っ直ぐ向き続ける』


 ヒカリちゃんの言葉は重く心に染み、共感出来た。

 従兄妹同士という関係を超え、まるで兄妹の様な視点で語る雰囲気にどこか香織ちゃんの影を感じる。


『だからさ、伝えた方がいいよ。その好きが何であれ……彼を想う気持ちは絶対に』

『……!』


 ヒカリちゃんは肩に触れて小さく『頑張って』と伝える。

 唯菜ちゃんと二人で歌う最初の曲の最終打ち合わせを行うべく、少し離れて行ったヒカリちゃんの背中は不思議といつもとは違って見えた。


 いつものヒカリちゃんはもっとこう直接的に話すことは少ないけど……陰ながら私を気に掛けてくれる感じがする。

 今みたく正面から励ましてくれる様な印象ではない。

 けれど、常に私の背中を後押ししてくれる優しい性格であることに変わりはない。そんな温かくも励みになる言葉を貰った以上、引き下がる訳にはいかない。


 今度こそ、私は一歩を踏み出す。

 

 もう逃げたりはしない。

 私は一人じゃない。

 みんながいるし、ジルさん達もいるし……ここには彼も居る。

 

 絶好の機会だ。

 言葉で伝えずとも表現で気持ちを伝える。

 本番直前、ヒカリちゃんが教えてくれた言葉を胸に抱き……私は伝える。


 想いを。

 すぅっと吸い込んだ息を優しく吐きだすように声を出す。

 

 その心は意外にも落ち着いていた。

 初めてのセンターということもあって、イントロが流れて歌詞を紡ぐ直前までは激しい緊張感に身が引き締まる思いで構えていたけれども……気持ちをしっかりと乗せて声に出した途端、不思議と肩の力が抜けた。


 音に合わせて歌詞を紡ぎ、動作を入れながらステージで自分をありのまま……素直に表現する。

 抑えることは何もない。

 心地よい音楽に耳を傾けつつも、意識は目の前の彼にだけ集中する。

 

 そして、彼もまた集中してステージに魅入っている。

 真っ直ぐな大きな眼差しで真剣な表情を浮かべ聴いている。


 それが不思議と私は……彼と対話していると感じた。

 青々とした空が頭上に広がる屋上に二人は立っていた。

 懐かしき中学生の制服を纏いし幼き姿のまま二人は向き合って視線を交わしている。


「私ね。ずっと君に『ありがとう』って言いたかった」

「俺は感謝されるようなことはしていない。むしろ、感謝しないといけないのは俺の方だ」


 あの頃、陽一は暗き闇の中で沈んでいた。

 何もかも諦め、嫌になり、周囲との関わりを断つことで一人詰らない日々を送っていた。


 しかし、小春が屋上に来て話しかけてくれたことで……一途の明るい光が闇を照らした。

 初めはそれに鬱陶しさを覚え、何度も拒絶した。

 それなのに彼女は優しい言葉と適度な関わり方で……触れ合い、闇から引き摺り出してくれた。

 

「正直、そのお陰で目が覚めた。あのまま、幸村が話しかけてくれなかったら俺は何も変われないまま……いや、もっと酷かったかもしれない」


 詰らない日々に絶望し、学校に行かなくなっていた……ことも想定出来た。

 現にあの頃、日々の憂鬱感に苛まれながらの登校は酷く心に染みた。


 孤独と向き合い、何かに希望を持たないまま過ごすことは本当に辛かった。

 それもこれも全て、自分の心の弱さが招いた要因であると今となっては自負してはいる。

 けれども、その生活に変化の兆しをもたらしてくれたのは他でもない小春であった。


「だから……『ありがとう』俺と関わってくれて」


 その言葉に小春はクスッと笑む。


「関わってくれてありがとうって……ふふっ、なんだか面白いね」

「他に言葉が見つからなかったんだ……あまり笑うなよ」

「ごめんね。でも、ありがとう伝えてくれて」


 素直に感謝を向けると彼は受け慣れていないのか……気まずそうに頬を掻きながらそっぽを向く。

 そんな横顔にドクンと胸が脈打つ。

 それに口元を緩めると今度は自分から伝える。

 

「ねぇ、一つ聞いていい?」

「どうぞ」

「何で、私のことが好きになったの?」


 思わぬ問いに陽一はゆっくりと顔を戻す。


「……なんで、今そんなことを聞くんだよ」

「なんでか分からないんだけど、聞きたくて」


 真っ直ぐな眼差しで要求する小春に陽一は少し溜息を吐きつつも答える。


「気が付いたら好きになってた」

「……え?」

「理由はあまり覚えてない……でも、関わっていくうちに俺はお前を守りたいって思ったんだ」


 弱い立場に立たされた少女を知り……自分が守ってあげないといけない。

 そう感じるのは中学生ならではの若気の至りというやつなのかは分からない。

 もしくは、陽一の中の正義感に似た何かが直感的にそう告げたのかもしれない。


「気になる女の子の前でカッコつけたくなる年頃……っていうのもあるけど、俺はお前が消えてしまいそうで怖かった」


 初めて、屋上で出会った時……不思議と彼女の表情に目が往った。

 絶望と不安に一杯で今にも消えてなくなりたいと訴えているようだった。


「屋上に来た時……お前はもう望月から嫌がらせを受けていたのか?」


 答え辛い質問だと分かりつつも陽一は尋ねる。

 それに小春は俯き加減で「うん」と答える。


「本当はあの日、あのまま飛び降りようかな……なんて思ってた」


 屋上に行ったのは偶然ではない。

 

 当時、クラスの中心的な存在である野乃から嫌われることはクラスでの居場所を失うに等しかった。小春に対する悪口は瞬く間にクラス内で広がり、野乃とは友達ではない子達にも知れ渡ってしまい……新たな交友関係を築けなかった。

 

 だから、仕方なく。小春は野乃が自分を嫌っていると分かっていながらも付き従った。

 数人の中のグループに属しながらも一番影を薄くしてひたすらに話を聞きに徹し、時折話しかけてくれる野乃の優しさを変に勘違いしながら嫌な日々を過ごしていた。


 しかし、それもいつしか心が限界を迎え……ふと、自分の命を断とうなんて馬鹿な考えに至った。

 

「それが屋上に行った理由(わけ)……でも、私にそんな勇気はないから屋上に立った途端に怖くなって諦めた。そんな時に君を見つけた」


 たった一人で静かに寝入る陽一の傍に寄り、不思議と話しかけた。


「私ね。君の優しさに惚れてたんだと思う」


 他の人に話しかけても……小春は妙に距離を置かれていた。

 それが自分を拒絶しているように感じて苦しかった。

 けれども、陽一は違った。


 顔や言葉では拒絶する態度を示してはいてもなんだかんだで関わり合いを良しとする素振りを見せていた。


「私、君のことをツンデレ君だと思ってた」

「いや、まぁ……否定はしない」


 自分の行いを省みると小春に対して明らかにツンな態度を取り、気取られないように隠れて気遣っていたことをデレと言うのであれば……それはもうツンデレだ。

 

「でも、半分本気で嫌だったでしょ」

「そりゃあん時は誰かと関わるのが煩わしいとか思ってたし、あまりにもしつこいから鬱陶しいとか思ってたりもしたけど……嫌いな時間じゃなかった」


 小春と過ごす時間は日に日に楽しい時間へと変わり……いつしか、屋上で話す時間を待ち遠しく感じていた。


「素直な言葉だね。その姿でそう言われるとなんだか違和感あるよ」

「うっせ」


 あの頃と同じ様に陽一は顔を横に向けて意地らしく怒った素振りを見せる。

 すると、小春は直ぐ手が届く位置に近付き、そっと手を取る。同じだった身長も気付けば差が大きくなり……小春は若干見上げる形で顔を挙げて直接伝える。

 

「それでも……そんな陽一君が私は好きだよ」

 

 一度は自ら拒絶し……今度は自ら想いを伝える。

 

「ごめん。自分勝手だって思ってる。私は陽一君に告白する権利も資格もない。謝れば済むって問題じゃないことも分かってる。でも……この気持ちには素直でありたいの」

「……!」

「だからね……改めて伝えさせて下さい」


 そっと手を離した小春はゆっくりと背中を向けて数歩遠ざかる。

 くるりと踵を返し、あの時と何も変わらない無邪気な笑みのまま……


「ありがとう。それから……あなたのことが好きです」


 感謝に乗せた想いを直接告げる。


「……」


 その真っ直ぐで素直な想いに対して陽一もまた……素直な想いをぶつける。

 

 その瞬間に世界は大きく割れ目が入り、思い出の空間は彼女の一方的な想いと共に……現実へと戻る。

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