百七十五幕 KIF/配信ライブ㉓
『ありがとうございました!』
目下で直接観ている人はいなくとも、カメラとレンズの奥で観ている人々に向けた感謝の気持ちの込めた挨拶を告げ、一曲目は終わる。
時間にしてはたった数分。
演じている側からすればその数分は長いようであっという間だ。
歌詞を紡ぎ、ダンスを踊り、ファンの声援に応える。
常に一秒先の動作や流れを予想・予測し、対応していく。
詰まる所、曲の中で自分に余裕がないのはそういうことなのだろう。
色々なことに気を張り巡らせ過ぎるあまり……周囲が見れていない。
仲間の唯菜達も然り、自分の目の前に立つファンにだって意識を向けられていない。
向けていると勝手に思い込んで、実は見ていなかった。
肩の荷が入り過ぎている……不思議とそうポーチカのライブを観ていると自分の直すべき点が見えてくる気がした。もっとも、それに気づかされた最たる要因は代役の完璧とまで言える演技によるものが近い。
いや、演技などではない。
香織は実演して見せたのだ。
ヒカリというアイドルが理想とすべき形はこうなのだと分かり易く。
その証拠に俺はヒカリというアイドルに心を打たれた。
偽物に感銘を受けたと言っても過言ではない。
それくらい香織はヒカリというアイドルの魅力を俺よりも遥かに熟知している
悔しいが……俺はそれを参考するだろう。
そうすることが香織のレベルに近付く手段となるのだから。
「……はぁ」
「自信喪失かい?」
「そういう訳じゃないですよ。ただ、アイツの方がヒカリを知っているんで悔しいと感じただけです」
今し方、観ていたヒカリに香織という要素は一切ない。
勿論、ヒカリに扮する上では完璧に演じてもらわなければ困る。
だが、しかし……香織は完璧過ぎた。
当時者を遥かに凌ぐ技量と演技を用いることで未完成なアイドルを完成形まで示した。
ちなみ、そこまでやって欲しいとは頼んでいない。手を抜けない性分が故につい香織が考えるヒカリを投影しただけなのか、あるいは仕事で半ば疲れているにもかかわらず、こんな面倒事を押し付けた俺に対しての当て付け……なのかは分からない。
まぁ、香織の性格を踏まえればどちらもが当てはまる。
「本当にお節介で意地悪い妹だな……あいつは……」
「ははっ、それを裏を返せば君達兄妹は仲が良いという証拠にもなるね」
「……どういう意味ですか。それ」
「なに、気にしないでくれ。それより、彼女の方はちゃんと観なくていいのかい?」
勿論、観ていた。
ただ、それ以上にヒカリの方に視線が寄ってしまうのには仕方がないと思う。
今のライブ……半ばヒカリの独壇場と化していたことは否めない。
ヒカリに扮し、ポーチカとしてステージに立てることが特別感溢れて楽しいのは分かる。だが、今は三津谷香織ではなく三ツ谷ヒカリというアイドルでステージに立っているのだから、自分の実力を抑えるパフォーマンスをして欲しいものだ。
「ま、ヒカリちゃんに目が往ってしまうのも無理ない。流石は彼女だ……今の一曲だけで緩んでいた空気が引き締まった様にも映る」
その言葉には同感した。
曲の始まり……ヒカリ以外の四人はいつもよりも少し浮ついた入りだった。
小春が戻ってきたことで少なからず唯菜やルーチェ、幸香さんはホッとした気持ちで臨んでいたのだろう。戻ってきた小春自身もまた同様。
そのせいか、曲の入りはかなり緩め。
マイクから透き通る音に普段のライブから聴こえる唯菜の気持ちがしっかりと乗った声は届かず、他の三人も緊張感のない歌声やダンスが散見された。
四人と気持ちを同じくしていた俺も始めはその違和感に気付かなかった。
緊張感は和み、落ち着いた入りであると思い……浮ついたとあまり感じなかった。
しかし、それに気づいたのは事情をあまり知らないヒカリ……もとい香織が緊張感の走る歌声を響かせ、序盤から四人に対して食ってかかるような雰囲気を示したことがきっかけであった。
先も言った様に香織は何事も全力全霊で挑む性分であり、アイドルとしてはこの中の誰よりも先輩で苦労を経験してきた。
そんなSCARLETの三津谷香織が期待する新進気鋭の若手アイドルグループ『ポーチカ』の実情はこんなものだと肌で体験し、酷く落胆を覚えた……訳ではない。
むしろ、本当のポーチカを見せて欲しいと言わんばかりに鞭を叩き、鼓舞させた。
それによりグループ内で程良い緊張感と対抗心が生まれ、曲が進む中で良い雰囲気を形作る風が生じた。それに乗っかる形で唯菜は応え、三人もまた付いて行く。
その光景はまるで横浜で行ったヒカリと同じ。
あくまでも三ツ谷ヒカリというアイドルの姿で彼女達を牽引し、導く。
だから、観ている側にも違和感はない。
普段の三ツ谷ヒカリはこういうアイドルなのだとよく分かる一面であり、ポーチカの良さを上手く演出する存在という立場を踏まえた上でしっかりとバランスを取って示している。
それ故に……完璧であると言わざるを得なかった。
そんな風に考えていると……ふとヒカリと目が合う。
このままだとヒカリの印象が良くも悪くも付いてしまうので『自重しろ』と口を動かして伝えると左目でウインクを飛ばしてくる。
果たして、本当に意味が伝わったのだろうかと心配になる。
「さて、二曲目だ。次はちょっとした仕掛けを用意しててね。君も驚くと思うよ」
「仕掛け?」
次の曲……今度は唯菜がセンターではなく葵髪の少女がそこに立つ。
普段は自らセンターに立とうとせず、その隣や端での定位置を消極的に主張する彼女が自らの意志でステージの中央に立ち、マイクを握り締め、顔を挙げる。
「……!」
弱々しく自信の無い自分の殻を破り、臆病さや引っ込み思案を残しつつも意志を強く持って対面に立つ人物にしかと向き合う姿に俺は覚えがあった。
そう……あの時の彼女と同じだ。
『嫌われたっていい!友達じゃなくなってもいい!でも……彼の優しさを否定しないで!』
失うことを覚悟しつつも前に進むことを決めたかつての幸村小春……芯に強い心を有し、優しさと思いやりに満ち溢れた彼女を俺は好きになった。
そして、今度は彼女から……かつてとは逆の立場で気持ちを伝えられることになる。
年内は今日が最後の更新となります。
今年、一年間も読んで頂きありがとうございました。
沢山の応援、大変感謝しております。2023年も引き続き、執筆活動に励んでいく所存です。
それでは皆様、よいお年をお迎えください。