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十七幕 関わり①

 彼女達の力になる。

 その誓いを改めて決意したあの日から約一週間。

 ジル社長の手掛けるガールズアイドル『ポーチカ』へと正式加入を果たした。


 しかし、デビューを迎えるのはまだ先の話。

 不思議な腕輪の能力で三ツ谷ヒカリという新たな自分へと変身したものの、未だ女性の身体に上手く馴染めずにいた。


 骨格、筋肉、声帯……身体の構造が全て本来の自分とは異なっている。

 普通に過ごす分には大きな支障はないが、この身体を駆使して何かパフォーマンスをするという行為事態に大きな差異を感じていた。


 そもそもの話。歌はともかく、ダンスに関しては元から未経験のド素人。

 そこが壊滅的であるのは別に困ったことではないが、問題は歌の部分。

 声帯が高いピッチに変わったせいか、男性の時では出なかった音が簡単に出てしまう。

 今なら好きな女性シンガーの曲を思う存分歌える。とはならず、小学生から中学生に上がり、身体も成長期を迎え、声変わりが始まった頃みたく、自分の出す声の音を上手く制御出来ずにいた。


 会話する時もそうだが、常に裏声で話している気分で、どうにも落ち着かない……といった具合で、ジル社長が指摘した通り、最初に立ち憚る『性転換時の大きな壁』へと直面していた。

 そんな俺の助け舟役として専属ボイストレーナー兼ダンス講師に田村善男……タムタムが付きっきりでサポートしてくれている。そのお陰でどうにか一週間みっちり基礎トレーニングを積むことで三ツ谷ヒカリの身体に慣れつつあった。だが、やはり……

  

「こっちの方が落ち着くわぁ~」


 教室の一番端に位置する窓際の席。

 机の上に上半身を預けてぐったりと窓の外をぼ~っと眺めながら、誰にも聞こえない声でぼんやりと呟いた。


 時刻は午前七時半。

 教室にはまだ誰も登校しておらず、校庭で早朝練をしているサッカー部のボールを蹴る鈍い音やテニス部の中庭でボールを打つ音が教室内に響く。


 なんか、前にもこんな事あったな。


 つい一週間くらい前。あの日は確か金曜日で開校記念日だった。

 珍しく早起きして登校したものの、開校記念日だとはつゆ知らず教室の端っこで寝ていたのを白里に見られたんだっけ。

 何だかそれも一か月前のことに感じた。


 ここ一週間。学校が終わり次第、毎日渋谷区にある事務所兼レッスン場へと赴き、タムタムと密の濃い練習を夜まで行い、本来の自宅に帰って寝て、起きて学校に行って……の繰り返し。

 変身した三ツ谷ヒカリと本来の自分である三津谷陽一の身体は言わば表裏一体。

 身体の構造は違うものの、肉体・精神の疲労は当然の如く元の自分へと返ってくる。


 ジル社長曰く、変身している時も元の身体が休むことはない。

 三ツ谷ヒカリとしての身体を動かしている際の運動量に等しく、こっちの身体も同様に動いているというのがジル社長の見解。


 それにより、三ツ谷ヒカリの身体でダンスを覚えれば、三津谷陽一の身体でも同じパフォーマンスを再現出来るという。その証拠か分からないが、ここ最近ダンスと身体を慣らすための練習で使っていた音楽に合わせて踊る基礎練がこっちの身体にも染み付いてしまっていた。

 耳の奥に残る音楽のリズムが否応なしに頭の中で再現される。特に静かな誰も居ない空間で、音楽を耳にすると無意識に踊っているなんてことも時折起きていた。

 現に今、誰もいないことで油断していたせいか鼻歌混じりに身体で小さくリズムを刻んでいた。

 

「……何やってんだ。俺」


 馬鹿馬鹿しいと自嘲気味に呟く。


「その曲、三津谷君も知っているんだ」


 背後から不意に話しかけられるも、驚いた素振りも見せずに身体を起こして振り返る。

 そこには朝のダンス練終わりで教室に一足早くやって来た白里が「おはよ~」と手を振りながら、タオルで汗を拭いていた。


「今日も日課の朝練?」

「そうそう」

「殊勝なことで」

「そういう、三津谷君はなんで?今日は学校お休みだよ?」


 平然と噓を吐く。

 今日が祝日でもなく、普通の平日授業がある日だというのは承知済み。

 しかも、窓の外を見れば登校している生徒が既にちらほらと何人か見受けられる。


「噓を吐くなら、もっと騙しやすい噓を吐くことだな」

「あははー、バレたか」

「バレバレ。それに今日は俺が当番の日だから、清掃係の」


 黒板の横にある朝清掃の当番欄に俺の名前が書かれたマグネットが付いていた。


「なるほど。それで清掃はしたのかな?」

「昨日の帰り前に清掃してるんだし、やる意味ある?」


 当然していない。

 やっているフリをするために朝早くから教員室に立ち寄って、先生に教室の鍵を開けてもらってから今に至るまでこうしてぐーたらしていただけ。


「悪い子だなー」

「来てるだけマシでしょ。朝の清掃当番やっている奴、朝練を言い訳にしてたいてい来ないじゃん」


 帰宅部連中は「朝寝が練習」などと訳の分からない理屈を通して来ていない。

 詰まる所、朝清掃に来る偉い子ちゃんはほぼいないってことだ。


「やってないならどちらにせよ、同罪だよ」

「白里が真面目な性格なんだって。一昨日だって……」

 

 あ、やべ。


「一昨日?」

「いや、金曜日と間違えた。ほら、体育授業の後に一人で片付け、残ってやっていたから」

「バスケットボールがカーテンの裏にあったのを見つけたから拾っただけだよ」


 危ない危ない。

 どうにか上手く誤魔化せた。

 真面目な性格だという引き合いに危うく『一昨日の土曜日に一人で残ってボイストレーニングをしていた』という陽一は知り得ない筈の過去話を口にする所だった。

 

「それにしても、今日はいつもより眠そうだね。お疲れさんですか?」

「まぁね。最近、運動をまた始めたから節々が痛い」

「へ~、それに心なしか声も少し枯れてる?」

「それはあれだ。夜中までゲームしてたから声がやられたんだと思う」

「眠いのはそのせいなのでは?」

「どっちも要因だって」

「後者は改善の余地あるよ」

「同感。だけど、治らないのがゲーマー」

「それ、私のグループの子もいつも言ってる……」


 ルーチェか。

 あいつなら絶対にそう言いながらもゲームを続けているのが容易に想像できる。


「最近、新しく入ったメンバーの子も一緒にやっているくらいだから……今ゲームって凄く流行っているのかな?特にFPSっていうの」

「まぁ流行っている……と思う。そのゲームで有名な動画配信者にもなれたりするし、大会だってあるから注目は集まっている方でしょ」

「注目か……私もやってみようかな」 


 え?


「なーんてね。私、ゲームに関しては才能皆無ってメンバーの子に言われてるし、自分でも自覚しているから無理無理」


 それは知っている。

 ルーチェ曰く、白里と幸香さんはゲームセンスが壊滅的に無い。

 『あの二人はパーティーに居ても居なくても同じ』と言わせるくらい下手らしいので、今はルーチェ並みにゲームが上手い楢崎さんと二人で組んでやっているそうだ。

 

「少し羨ましいよ。ゲーム好きな女の子ってちょっと人気出るらしいし」

「別にしてなくても変わらないだろ。現に白里はクラスの人気者だ」

「それは言い過ぎだよ。私以外の子も可愛い子多いよ?名雪ちゃんとか、美紀ちゃんとか」


 白里が挙げた二人の女子も退けず劣らず可愛いと男子の間では有名。

 しかし、その二人は各々彼氏持ちであるため、クラスの男子は端から彼女達に向けて真剣に目を向けない。どちらかというと、フリーで且つワンチャン有りと思える白里の方に目が往きやすい。

 それはさておき、白里の言う人気が何を意味するのか、昨日の件を思い出して察する。

 

「でもさ。ステージ場で注目されないと……私はあんまり嬉しくないんだよね」


 この間のライブ前に見せたあの表情を少しばかり浮かべたまま、白里は思わず本音を口にした。


「あ~、ごめんね。つい口に出ちゃった」


 やはり白里の中で現在のライブ状況には色々と思う所があるのだろう。

 それが悩みの種かどうかは分からないが、あまり納得のいっている状況ではないのは明らか。


 いや、他人事みたいに言っているがこの案件は何も白里に限った話ではない。

 これからステージで見る光景を共有する者同士。白里の悩みに俺もまた直面することになる。

 ならいっそのこと……

 

「悩んでいること、俺に話してくれないか?」


 今は三津谷陽一としての姿なので、あれやこれやと口出しは出来ない。

 せいぜい、白里の悩みを聞いてあげるだけの相談役。

 だが、これは決して悪いことではない。

 ここで聞いた話はどちらにせよ三ツ谷ヒカリの自分にも還元され、白里をサポートするという目的にも深く繋がる。それに上手く行けば、これからの活動にも大きな影響を与え……


「いやいや、三津谷君は部外者だから私の活動を打ち明けられないよ」

「ソ、ソウダヨネ」


 うん。分かっていた。分かっていたさ!

 言うタイミングを完全に間違えた。

 どうせなら、三ツ谷ヒカリの姿でこの展開まで持っていき言うのが正解だった。

 そうすれば何もやましいことは一切ないし、白里だって「いいよ」と言ったかもしれない。


「でもね」

「……」

「三津谷君なら……いいよ」

「え?」

「多分、三津谷君にしか相談出来ないことだから」


 俺にしか、相談出来ないこと?

 それは一体……


「あれ、唯菜~。早いね」

「名雪~おはよー」


 先程、名前が挙がった校則ギリギリの茶髪に、これもまた校則ギリギリのラインまで折ったスカートに改造制服を着た小白名雪が教室に入り、白里の名を呼ぶ。

 くるりと振り返って白里は手を振りながら挨拶を交わす。


「あ、三津谷君。あとでメッセージ送っておくからちゃんと見て、週末の予定空けといてね」

「それってどういう……」


 聞き返そうと声を掛けるも白里は次々と教室にやって来る友人の所に行ってしまった。


 仕方ない。理由(わけ)は後で聞くとして……俺、白里のライムアカウントフォローしてたっけ?


 携帯端末でアプリを開き、友人欄に居るかどうかを探していると友人ではない人からメッセージが届く。すると『急にごめんね。詳細は放課後に送るから、とりあえず今週末の日曜日だけ空けといて!!』といった趣旨が送られていた。

 クラスの女子グループの中でメッセージを打ちながら会話に溶け込むのは陽キャ女子の鏡。そんな彼女を一瞥した後に『分かった』とだけ返し、友人欄に新たに追加したのだった。

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