百七十幕 KIF/SHION⑱
私の母は演技の天才と言われていた。
娘である私にもその才ははっきりと濃く受け継がれている。
それは私が認識せずとも周りの大人達が認めている。
一番傍で支えてくれている従兄妹のしゅん君も同じ様に。
けれども……私は母の歩んだ道を進みはしなかった。
勿論、幼少期の頃は歩もうとしていた。
大好きだった母の背を追い駆けて私も役者としての道を歩むことを夢見て努力を重ねた。
しかし、母と父の離婚を機に……母は役者としての現役を退き、以前所属していた事務所が解散したと同時に設立された現在の芸能事務所でマネージャーとなった。
離れ離れとなった母は私ではなくかつて同じ事務所で少しだけ時間を共にした三津谷香織という少女を選び……後に三人組のアイドルをマネジメントするようになったことを聞き、私は初めて怒りを覚えた。
そして、私は憧れだった母の歩んだ道を閉ざし……アイドルになった。
今度は追い駆けるのではなく……立ち憚る者として母達の前に立つ。
それが【赤羽詩音】というアイドルの存在意義であった。
♢
客席中央に位置する関係者ブースで静観していたジルは詩音の見せたパフォーマンスに舌を巻く。
SCARLETのライブを観た人達の心に残る高揚感と余韻から成る熱……その全てを一旦は冷却した後に、ギターとドラムから奏でられる激しい音で自身の熱を場内に纏わせてから人を惹きつけるような落ち着いた歌の入りで完全に自身のペースを作り出した。
(SCARLET対策は万全という訳か……)
先手を取られた以上、SCARLETが大きな印象を会場内に残してバトンタッチしてくることは想定済み。余韻を残したままライブに入っても、上手く自分の流れを作れるとは限らない。
だから、敢えてそれをリセット……あるいは落ち着かせる演奏を最初に取り入れ、自らの流れというものを気持ちの面から応援してくれるファンと共に作り出し、歌の中で【赤羽詩音】というアイドルの貌がはっきりと濃く映る演出が見事に好スパートを切ったのは一目瞭然。
これをたった一人で行った詩音の凄さもさることながら……策を講じて授けたであろうマネージャーの手腕にもジルは恐れ入った。
「どうだ?入りは……」
いつの間にかジルの横に並んで立った俊介が爆音の中でもギリギリ聞こえる声で話しかける。
「惹きこまれました」
「ま、横浜アイドルトーナメントでお前がSCARLETと戦った際の映像を参考にして作戦を考えたんだが……それは詩音に却下されてな」
「これを考えたのは先輩ではないと?」
「全部、詩音が考えた。SCARLETに対抗し得る方法は誰よりも熟知しているって言い張ったからそのフォローをしただけだ」
俊介が取ろうとした策はジルが横浜アイドルトーナメントの際、先手のSCARLETが作り出した流れを利用することで観客の心を掴もうと試みたことと同じ。
当時作っていた新曲をSCARLETの代表曲に曲調を近付け、香織と同じ歌の素質を秘めたヒカリをメインボーカルを置くことで疑似三津谷香織のイメージを聴く者に与えた。
直近でSCARLETのライブを観賞していたファンにとってヒカリの存在は既視感を与える。
その結果、サビに入る前の段階で多くのSCARLETファンの意識をポーチカへと集中させることに成功し、サビ以降は蕾を開花させるヒカリと唯菜のツインボーカルといった演出等を曲の中で取り入れることで新たな色に着手することが出来た。
下手にポーチカの流れを作るよりは上手く活用して波に乗った方が観てくれるアイドルファンは多い。実際、その思惑は見事にハマり、一部のSCARLETファンをポーチカへの流入といったことにも成功した。
「横浜でお前はSCARLETとの勝負に負ける前提で挑み、負けることで多くを得ようとした。しかし、詩音とポーチカとでは立場が違う。特に詩音にとってのSCARLETとは……ライバル以上の存在だ。だから、アイツもいつになく闘志を燃やして歌っている」
俊介の言う通り。
詩音の声から燃え盛る炎の様な熱い想いが激しく零れている。
それでいて且つ想いだけが先行しないように程よく自制して曲と合った表現力に変えている。
「まるで演劇みたいですね」
短い時間に一つの曲の中で必死に自分を表現する詩音をジルはまるで演劇を観ていると感じた。
実際、その感想通り……詩音のライブパフォーマンスとは自分を表現することにある。
幼少期の頃から培った演技力及び表現力。
中でも母親同様に劇の中での表現力には優れた才を詩音は発揮することが出来る。
彼女が僅か一年とそこらでSCARLETに並ぶ勢いで成長出来たのはその高い表現力を活かしたライブパフォーマンスが高い評価を得たからである。
詩音のライブスタイルはアイドルではないかもしれない。
歌とダンスという面で見れば歌手として位置付けられる。
元はインディーズの出身であったとしても多くの人々に認められ、ファンを獲得した詩音は実力派アイドルとしての地位を自ら築き上げ確立した。
アイドルという既存の概念に囚われず、自分らしさを表現する新たなアイドルとしてステージに立つ。そしてそのステージを……一つの劇場へと変える。
「正直に言って、詩音はアイドルなんかより女優の方が向いている。母親と同じ道を辿れば待っている光景をもっと華やかで多くの人々から賞賛と拍手を受けれるだろうよ。実際、何度も転向しろと散々言ってる」
「母とライバルの居ない舞台に興味を示さなかった訳ですか」
「あぁ、頑なにな。だからこそ、詩音にとって今日の戦いは負けられない。負けちゃいけない大事な一戦だと準備を進めてきた」
その割には前向きではない俊介をジルは垣間見た。
「先輩は勝って欲しくないんですか?」
「勝っては欲しいさ。だが……この勝負、詩音に勝ち目はない」
例え、高い表現力の備わったパフォーマンスを披露してもSCARLETには及ばない。
その決定的とも言える要因を俊介は自ら伝える。
「アイドルの在り様は自由だ。アイドルの持つ個性や性格、人柄……言うなれば個人を象徴する何かを自由に表現して伝えれる。形問わず」
その言葉にはジルも同意した。
「だが、詩音たちが立っているこのイベントはフェスだ。アイドルとファンの両者が共にイベントを介して純粋に楽しむ場であって……観ている側と共に作り上げるステージこそが重要だ」
その点で言えば、SCARLETは企画の趣旨通り沿ったライブを披露した上で自分達の実力を大いに示せていた。
対して詩音は双極的な立ち位置を示す。
詩音の場合、観てもらうことに重きを置いていた。
ステージで舞う自分の存在を示すことで楽しんでもらう。
それが俊介の目にはどうにも独り善がりに捉えられた。
先のSCARLETのパフォーマンスと比較すればそれは一目瞭然で……審査員にはあまり良い印象を与えないだろう。だから、勝負には負ける。
パフォーマンス面では決して劣っていないとしても……詩音の示す孤高さが仇となっているのだから。
だがその反面で……俊介はこれでいいとも割り切っていた。
勝負に負けてもこの対決での本命は別にある。
「麗華さんが気になりますか?」
少し離れた位置で詩音の目には届かない場所で陰ながら見守る麗華に対して視線を送っていた。
そのことを指摘したジルも俊介の抱える想いを共有した。
「あんなコソコソと隠れる様に観なくてもいいのに」
「麗華さんは娘のことになると不器用な程、距離間が分からなくなりますから仕方ないです」
少しばかり気難しい顔を浮かべてコソコソと見守る様子にジルは若干呆れた。
だが、詩音を見守るその目は明らかに心配な感情が宿っていた。
例え、親子が離れ離れになっても親子の縁は切れない。
仮に親子の縁が切れていると自分達が思い込んでいても……繋がる想いが再び縁を結ぶ。
決して見えない糸としてそれは両者を固く結ぶ。
しかし、見えないから気付かないことも多い。
特に今の二人はまさにその状態……切れていない縁を切れていると勘違いして、交わりつつも一緒にならない想いが交錯している最中だと言えよう。
誰かが少しでも彼女達の背中を押すかあるいは一歩踏み出させれば解決する様な問題だとジルの目には捉えられた。
(それを担うのがそれぞれの事情を深く知る自分なのかもしれないけど……こればっかりは余計なお世話だと言われそうだ)
それに以前、麗華は自分をジルの前で詩音の母親である伝えた。
その意志が明確なものである限り、特に心配するようなことはないと信じている。
むしろ、心配することがあるとすれば……彼女の持つ実力面がジルの想像を遥かに越えていたということ。
今後恐らく……SCARLETと双璧を成すアイドルとして名を連ねていくであろう実力に一人のプロデューサー兼マネージャーとして冷や汗を掻く。もしも、仮にヒカリが取られていたらその勢いは格段に増していくかもしれない。
圧倒的な急成長を誇る二人。
尚且つ同じ人物を追い越すことを目的ともする二人だ……正直に言って、自分がその二人をプロデュースしてマネジメントしたいほどである。
そんな野心が実らないことはジルも理解している。
それ以上にジルはポーチカの中に数多の可能性を見出している。
今はその秘めた可能性の半分も出していない現実に再び向き合うことを決め、少しばかり方針変更を自身の頭の中で再考した。
遅くなりましたが……総合評価が1000ptを超えました!
読者の皆様方、本当にありがとうございます。
これからも本作品の応援をよろしくお願いいたします。
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さて、四章もかなり終盤へと入って参りました。
残り7・8話以内?での完結を考えておりますが……著者のリアル面での活動が現在のところかなり忙しく、執筆時間が限られていることから更新が遅くなって申し訳ございません。
11月以内の四章完結を予定しておりましたが、年内完結及び五章へ以降していく所存です。
並びに予告となりますが、五章完結に際して第一部構成【完】と予定しております。
その後に、外伝『三津谷明里』を主人公としたもう一つの世界線での『アンダーガールズ・アンダーアイドル』をお届けする予定と考えております。こちらは主に明里×唯菜を主軸として一章構成でのお話しとなっておりますので、百合っぽさがメインとして出るでしょう。明里の性格面及び人柄は三章のままでお伝えします。本編と似た場面もあれば異なる部分も多いとは思いますので、お楽しみいただければ幸いです。
それではまたどこかの後書きにて……