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百六十九幕 KIF/トップアイドルの実力⑰

『ありがとうございました!』


 先行で曲を披露したSCARLETの三人に両者のファンから熱い拍手が一斉に送られた。

 初めは肌寒かった野外ステージも気付けば活気と熱気に包まれ、空気の温度が上昇しているようにも感じた。

 

 詩音側のファンもただ黙って観ることは出来ず、SCARLET側のファンと同じくらい……あるいは負けず劣らずなぐらい一緒になって盛り上がっていた。


 例え、ステージに立つアイドルグループが自分達の応援するアイドルの勝負相手であっても……彼らの中に眠るアイドル好きな魂は本能のままに身体を動かし、楽しい時間を共有することを厭わない。


 彼らをそうさせたのは、SCARLETの三人によるものも大きい。

 

 賢い香織のことだ詩音側のファンを取り込んで味方に付けようなどと企んでいるに違いない……と思いきや、三人はそんな思惑とは無縁に、ただひたすらに自分達を観て欲しいとアピールし続け、一緒に楽しもうといった意志がライブを通じて強く感じた。


 もう一方のファンを置き去りにせず、会場内の全員でライブを盛り上げようと三人は強く働き掛けていた。


 香織の賢さを発揮したのはむしろ、その場面であった。

 ファンの一人一人に目を向けるのではなく、一団に対して強くアピールを試みていた。

 一定の範囲内に絞って観る者の心をドキッとさせるような仕草やレスを一つの動作で示す。


 ファンにとっては不意を突かれた出来事のように捉えられ、その後も自然と香織を目で追ってしまう。それを歌やダンスの中で絡めて表現したり、自分のパートではない場面で余裕がある時に行うことで香織はライブを介して着実に少しずつ自分や二人を観てくれるファンを増やしていた。

 

 それでいて笑顔一つ絶やさずに『楽しもう』といったシンプルなメッセージを常に届けることで一体感を図った。

 

 難しいことは何一つ要求していない。

 単純に且つ明確に……一つの目標へと到達する道標を自ら率先して示したに過ぎない。


 その結果、先程まで流れていた音響よりも更に響き渡る大歓声と鳴り止まぬ拍手を生み出した。


 全く末恐ろしい妹だ。


 正直に言って、香織の実力はヒカリなんかよりも遥かに高い。

 勿論、それは知っていたことだ。

 四年も長くアイドルとして活動をし続け、三人で切磋琢磨し合って実力を高めた香織の方がぽっとでの駆け出しアイドル三ツ谷ヒカリなんかよりも圧倒的に実力は上。


 どんなに歌を上手くなってダンスのレベルをあげても……今の自分(ヒカリ)は自分に精一杯で香織みたく余裕を持って周囲にアピールするには至らないどころか、一つの曲の中で指で数えるばかりの人物にしか目を向けていないだろう。


 午前中のライブを振り返ってみれば……


 いつもとは違うステージでの新曲披露もあってかなり集中していたため、ようやく観に来てくれた凪以外の人達は全く見れていなかった。

 ライブ内での多くの時間を自分か他のメンバー、歌、ダンス、テンポ、フォーメーション……といった様々な事に意識を割き過ぎてしまい、余裕が持てなかったのも事実。

 

 勿論、顔を挙げて客席の方へは向いていた。

 

 しかし、どれくらいの時間……果たして自分が目の前のお客さん達に意識を向けていたか。

 恐らく1、2分にも満たない。

 あれだけいた大勢のお客さんの顔を俺が一部を除いて全く覚えていない。

 それどころか顔を向けているだけで見向きもしていなかった。


 対して香織は歌の始まりから終わりに至るまで……二人を気遣いつつも出来る限り大勢の人に率先して触れ合うことを試みていた。

 香織自身、ステージを終えれば覚えていないかもしれない。

 だが、観られた側は深く印象に残って香織を覚えるだろう。


 その積み重ねがアイドルの認知度に繋がる。

 ライブを介した一人一人の触れ合いが覚えてもらうきっかけとなる。


 改めて思うがそれは凄いことだ。

 香織は平然と行っているが……俺にはまだ到底真似出来ないプロの領域。


 様々な苦労と経験を積み重ね、多くの人達に日頃から観られることに慣れた香織だからこそ出来る芸当だ。

 

「本当に凄いな。香織のやつ……」


 声に出して妹の実力を改めて認めた俺は拍手をしながら香織を見詰めていた。


「やっぱりまだ遠い……」


 認めれば認める程……また距離が遠ざかっていく気がした。

 あの背中が手に届くにはまだ至らない。

 いや、それどころか何年経っても追いつかないかもしれない。


 俺が成長すればするほど同じ速度で香織も成長する。

 限界なんて壁がないと思わせるくらい香織はガンガンと突き抜けていく。

 

 ちょっと前まで抱えていた悩みも今は完全に解消され、絶好調の日々が続いているようにも見える。おまけにヒカリを従姉妹(おねえちゃん)と慕うことで自身のクールな硬い印象を少し砕けさせ、自分らしさをより表現しようとしているのが合っているのだろう。

 

 現に……家では決して見せない様な特別な笑顔をウインクして向けてくる妹に『それはやり過ぎだ』と内心でツッコミを入れつつ、彼女達が手を振りながらステージ横に掃けていくのを見送る。


 ふぅ……と一息吐いた所で、次のアイドルがステージに立つ。

 

 自身の髪色と同じ赤を基調とした衣装を纏い、詩音は悠々とした立ち振る舞いを示す。

 一人でありながらも一人で立つことに恐怖や緊張はない。

 それがそも当然であるかのように……詩音は自身の孤高を表現する。


 スッと手を高く上に伸ばして指を鳴らす。

 そのタイミングでゆったりとした静かなメロディーが流れ……熱を帯びていた場内が一瞬で凍りつく。まるで時が止まったのかの如くゆったりと流れていた音楽もいつの間にか聞こえなくなり、会場内は深くしんと静まり返っていた。


 その中でステージに立つ詩音だけが動く。

 伸ばした手を胸の前に戻し、スッと息を吐いて力を抜く。

 再び詩音の葵い瞳が大きく見開かれると共に……ギターのベースとドラムが激しく高鳴る鼓動を表現するかの如し豪快な演奏が始まり、詩音もそれに合わせて華麗で可憐なダンスを披露する。


 それに応えようと詩音側のファンも先程よりも勢いの増した掛け声と共に場を盛り上げる。

 今度は徐々に詩音の作り出す熱気が場内を新たに包み、先程とは完全に違う空気感を作り出す。


 上げるまで上げて……歌詞パートに入った瞬間、それを再び落ち着かせる様な静かな声のトーンで詩音は歌詞を紡ぎ始めた。

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