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百六十八幕 KIF/オープニング⑯

『それでは、本日のメインイベントの主役の方々にご登場頂きましょう……こちらの二組です!』


 対決イベントに際して呼ばれた司会者の『どうぞ』という一言と同時にステージの左入場口から【SCARLET】の三人が、右入場口から【赤羽詩音】こと詩音が登場する。


 対決に即して用意された特設ステージ……その前には五千人を超える大勢のファンが詰め掛け、会場内は人でびっしりと埋め尽くされた両ファンの歓声が雄叫びの如く響いた。


 ステージ中央から入場口までに用意されたポールが両者のファンを隔て、ステージから見て左手に【SCARLET】、右手に【赤羽詩音】のファンが控えている。ステージ立った二組のアイドルは各々のファンに向けて手を振ったりして大歓声へと応える。


『凄い歓声ですが、早速ルール説明の方をしていきたいと思います!』


 この対決に即したルール。

 それは以前……今年の七月に行われた横浜アイドルトーナメントと同じ決闘スタイルである。

 

 そのため持ち歌三曲ずつのメドレー方式で行われる。

 ファンはあくまでも観客という応援でしかないが、アイドルにとってはファンも曲の中の一部であるとされる。アイドル×ファンが一体となったパフォーマンスがあってこそ、その曲の価値は発揮される。

 

 それらの総合評価や諸々の要素を含めた上で、公正且つ厳正な審査の下……どちらのアイドルが優れたパフォーマンスを披露し、満足させられたか。最終的には己が心に従い、優れたグループの名前が書かれた札を示し、七人の審査員の中で最も多く名前が挙がったグループが勝利となる。


「アイドルに優劣を決めるなんて邪道だとは思うけど……ヒカリちゃんの移籍が掛かっている戦いだから致し方なし……」


 客席で説明を聞いていた唯菜はこの対決イベントに異議を唱えたい気持ちが今更ながら膨らむも奥歯を噛み締めてただ己が愛するアイドル達の勝利を願うのみであった。


「唯菜ちゃん。ここにいて本当に大丈夫なの?」


 この一戦を応援する仲間として隣に並んだ凪が声を抑えて確認をとる。


「大丈夫です。ジルさんにはちゃんと許可を取っていますので」


 唯菜はイベントに参加することをジルには伝えていた。

 自分自身もKIFの出演者であるからして下手にファンの中に混じって応援することは控えるよう言われると思いきや、意外にも笑顔で「いいよ」と送り出された。但し、「出来る限り目立つ恰好は控えるよう」言われている。

 

 しかし、唯菜の格好はその但しの範疇を少なからず越えていた。


 この日の為に自作で用意した法被を【赤羽詩音】側のファンに対抗するように纏い、頭には帽子を被るのではなくハチマキを巻いて堂々と顔を晒し、両手には団扇が握られている。

 その上、自身の身分を一切隠す気がないくらい熱い声援を送っている。


 その様相には流石の凪も「大丈夫かな」と不安になって尋ねた次第であった。


「そう言えば、妹さんはいらっしゃらないんですか?」

「渚はこれに興味がないから……多分、違う所を一人で観て回っているみたい」

「そうですか。少し私もお会いして話してみたかったです」


 少し残念そうに呟いた唯菜は再び視線をステージ側へと戻し、直ぐ近くで唯菜の方に手を振る香織に「かおりちゃあぁぁぁぁん!がんばってぇぇぇぇぇ!」と大声で声援を送る。

 それが聞こえたのか、視線をチラッと唯菜の方に送った香織は少しギョッとした顔を見せるも笑顔で手を振り直して応える。


「凪さん、香織ちゃんが振り向いてくれたよ!」

 

 テンションが高い唯菜の横で落ち着いた凪は「うん……」と応える。


(今、唯菜ちゃんに気付いた香織ちゃん……『そこで観てるの!』ってビックリしてたけど、そうだよね。それが普通の反応だよね)

 

 しかし、唯菜のSCARLETに対するファンとしての熱い心は本物であり、誰よりも強く応援したいという気持ちは凄く伝わる。それに感化された凪も大きな声援をステージ側に飛ばし、この勝敗の行く末を見守る。


『それでは、審査員の方々をご紹介します』


 客席とステージの間に設けられた七つの椅子。

 その内の五席に審査員が既に待機しており、司会者の紹介に順じて軽く挨拶をしていく。

 その残りの二席のうち、一席は司会者であることが自身の口から明かされた。


 そして、残る一席に座る審査員は誰か……


『それでは最後、この方に登場して頂きましょう。現在、ノリに乗っているアイドルグループ【ポーチカ】の三ツ谷ヒカリさんです!』


 その紹介と同時にポーチカの表題曲が場内に響き、右側の入場口からこのステージイベントのためだけに用意された衣装ステージを纏って現れた。

 

「ヒカ……え!?」


 唯菜は目を疑った。

 ステージに立ったヒカリを誰よりも温かく迎えようと『カワイイ』や『ヒカリちゃーん!』といった掛け声を用意していたものの、それが第一声として出ることはなかった。


 むしろ、出たのは驚き。

 横で同じ光景を見た凪も同様に「お~」と感嘆な声を漏らし、その他大勢の観客達も歓声を挙けての迎えではなく、どよめく声が会場内に響く。

 

 その主な要因はヒカリが纏う衣装にあった。

 多くの者がポーチカで観た際のステージ衣装のままで登場するのだと予想をしていた。

 先程まで楽屋で一緒だった唯菜も同様に考えていた。


 しかし、ステージに立ったヒカリの衣装はポーチカのステージ衣装……などではなく、純白のウェディングドレスに身を包んでいた。


 シンプルなデザインのタイトな上半身に対し、下半身のスカートは緩やかに広がっている。華奢な肩を大胆に出し、膝上一個分までしかないスカートの丈……その下からきめ細かな素足が大胆なまでに露出されている。

 

 比較的動きやすいデザインを意識して作られているため装飾は少ない。

 しかし、両手のフィンガーレスグローブと頭に白いカチューシャを身に付けた純白のドレスを纏いし少女の元々備わっている美貌や髪色が相まってか……唯菜の目には一瞬、ヒカリが異国のお姫様の如く輝いて見えた。


 そして、無意識のうちにいつの間にか手放していた団扇に代わってスマホのカメラを構え、撮影禁止であることも忘れてシャッターを何度も切っていた。


「唯菜ちゃん、気持ちは分かるけど写真はダメだよ」


 隣の凪がスタッフの注意を受ける前に唯菜の手を下ろさせて我に返らせる。


「はっ、つい……すいません、凪さん」

「大丈夫。消音で撮ってたからバレてないと思う。それと……後でその写真貰ってもいい?」

「勿論です」


 ヒカリ本人が知らぬ間に秘密のやり取りが交わされる。

 ステージ中央に立ち、顔を真っ赤に染めたまま軽くお辞儀をしたヒカリは一言も発さずに審査員席へと颯爽と移動しようとするも『ちょ、挨拶挨拶』と香織に手首を掴まれて、呼び止められる。

 観客からすればヒカリが挨拶を忘れて席の方に行こうとしている……といった風に映るものの、ヒカリをよく知る人物達は今の行動は彼女の意図的なものだと見抜く。


(頼む、行かせてくれ。恥ずかしんだ!)

(ダメ。先ず、ちゃんと挨拶して)

 

 兄妹間で視線のやり取りだけでそう意志を交わす。

 言葉にせずとも何を伝えたいのか悟り、ヒカリは改めて客席へと向き直ってマイクを口元に近づけた。


『ポーチカの三ツ谷ヒカリです……本日はよろしく……お願いいたします』


 恥ずかし気に自身の名を名乗ると会場内から温かな拍手と声援がヒカリにも送られる。

 それに小さく手を振って応えながら再度、審査員席に移動しようと試みるもまたしても腕を掴んで止められる。


(まだ、早いって)

(無理だ!恥ずかしいから早く座らせろ!)

(あと、ちょっと我慢して)


 五千を超える観衆に今の自分の姿を見られることが堪えられないといった顔を本気で香織に訴えるも、段取りを優先すべきとして香織はヒカリの手を掴んだまま今暫くの間、ステージ上に縫い付ける。手首を掴まれて逃げられないヒカリの様子を詩音はマイクを通して話しかける。


『とても可愛いらしい衣装ですね、ヒカリさん。やはりダメもとで提案した甲斐がありました!』


 クスッと笑んで感想を伝えた詩音はポンと手を叩いてその衣装を用意するよう頼んだのは自分であると明かす。

 

『……どういうこと?』


 イマイチ状況が呑み込めずにいた春乃がこの場にいる全員の疑問も兼ねて尋ね返す。


『その衣装、私がスタッフさんにお願いしたんです。花嫁を迎えるので是非、ヒカリさんの衣装はウェディングドレス風なものを用意して下さい、と』

『花嫁?』


 要領を得ない詩音の発言に春乃が聞き返す。


『私が勝ったらヒカリさんは私のパートナーになります。つまりです、それは結婚に等しいのではないかと思いまして……』

『ごめん、詩音。意味が分からないよ』


 色々と飛躍し過ぎな詩音の天然っぽい発言に対して冷静に春乃がツッコミを入れ、詩音側のファンからも色々とツッコミがなされる。

 微笑を招きつつも賑やかな場を形成した詩音は次の行動に出る。


『なので、分かり易く宣言しますと……私があなた達に勝った暁には三ツ谷ヒカリさんを私のパートナーとして迎い入れるべく、この契約書にこの場で皆さんの前でサインして頂きます』


 詩音が取り出して見せたのは事務所の契約書類である。

 大勢のファンがいる目の前でヒカリがこれにサインすれば正式に詩音のパートナーとして認められ、ヒカリは所属事務所を移籍及びポーチカの脱退を意味する。

 

 今に至るまで詩音のおふざけ的な冗談交じりの発言だと思っていたファンもその書類の提示からようやく本気で言っているのだと納得する。

 

『それでお三方は私に勝ったら何をお願いするつもりですか?』


 ステージ上で改めて聞き返す詩音に香織は一言返す。


『ヒカリとのコラボステージ』


 SCARLETファンにとって再び観たいライブの一つであったヒカリとのコラボ宣言に「うおぉぉぉぉぉ!!」と雄叫びに似た声の中に「え?えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」と驚嘆した少女の叫びが一部混じって聞こえるも、歓喜に近い声が左側から一斉に沸き起こる。


 そんな彼らを味方に付け、香織は最後に指をビシッと詩音に向けて高らかに宣言する。


『あなたに私の従姉妹(おねえちゃん)はあげないから!』


 更にファンを盛り上げようと従姉妹のヒカリをわざと『おねえちゃん』と称す。

 それに感化されたSCARLETファンが「香織ちゃんのお姉ちゃんは絶対に渡さねぇ!」「SCARLET負けるなぁ!」「絶対にヒカオリをもう一度観るんだぁ!」といった叫び声が一部聞こえ、香織は若干嫌なユニット名を耳にして眉をピクピクと動かす。


 しかし、流れを確実に掴んだのは事実。

 先手を請け負ったSCARLETにとってこの勢いはとても良い追い風となる。

 ライブが始まる前から既に戦いへの準備を整えた香織はヒカリの手を離して解放する。

 

 ステージに司会者とヒカリはもう不要である。

 あたかもそう告げられた二人は影を薄くして審査員席へと移動する。


(香織のやつ、ヒカリを直ぐ傍に置くことで自分の演出に利用しやがったな)


 段取りとは詰まる所……この流れを作るためであった。

 今の台詞も香織の側にヒカリが立っていることでより大きな意味を持つ。

 居ると居ないとでは与える印象も違うとして香織はそれを踏まえてヒカリを留めた。


 計算高い妹のやり方に気付いた陽一は内心で完全に使われたとイラつきを覚える。


(まぁ、これで勝ってくれれば文句はないことにしておこう)

 

 士気高揚としたSCARLET側の勢いはライブが始まる前であるにもかかわらず、凄まじいものである。それに対して詩音は……


『ヒカリさんは絶対に私がもらい受けます』 


 珍しく目に闘志を宿した詩音も逆風を物ともせず、緩やかな落ち着いた声で宣言する。

 一人の少女(?)を賭け、バチバチと火花を散らす二人。

 

 かくして、両者の宣言を経て……戦いの火蓋が切られた。

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