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百六十六幕 KIF/楽屋内での一幕⑭

 予想を大きく上回る観客の前で盛況のままライブは無事に終了した。

 

 ライブ時間は30分と満たない。

 体感だともっと短くも感じる。

 実際に歌った曲数は3曲。時間で言えば計15分くらい。


 KIF初参加というのもあり、目の前で観ていた観客の全員がポーチカのメンバー全員を知っているとは限らない。そこで数分間、自己紹介やグループ紹介を挟んだトークの時間も設けていたこともあり、パフォーマンス面での披露は時間的にかなり限られていた。

 

 しかし、現在のポーチカの持ち歌は10曲と満たない。披露したのもポーチカ定番曲が一つと横浜で初披露した際の曲が一つ、最後に本来予選会で披露する筈だった新曲を初公開することで幕引きを迎えた。新曲の反応もかなり良く、最後は拍手や温かな声援が会場内から大きく沸き起こった。


 ポーチカの初のKIFは成功で良い出発を切れた。

 そう思ったのは俺だけではなく、他の四人も同様であるようだ。


「もしかして、私達……人気アイドルグループになる一歩を踏んでるのでは?」


 テレビ局本社に用意された楽屋へと戻り、束の間の休息を送っていた唯菜もまた先程のライブを良く捉えている。唯菜にしては珍しく……まぁ、冗談半分なのだろうが少し調子付いた発言に対してルーチェは容赦ない指摘で返す。


「あの程度の人数で調子に乗らない方がいいわよ。どうせ、一瞬で冷めて消えていくだけだから」


 ルーチェの身も蓋もない言葉に唯菜は一喜一憂する。


「うぅ……分かってはいるんだよ。現実そう甘くないって。でも、ちょっとくらいぬか喜びしてもいいじゃん!」

「ま、あれが全員、ポーチカを目当てで観に来た客ならまだ素直に評価しても良かったけど、実際のところ興味半分とコレ、目当てで観に来た客の方が多そうだったわね」

「コレって……」


 ルーチェの言うコイツとは……ヒカリのことだ。

 事実、ファンとして観に来てくれた人達の殆どが囲いの中の者達だけだとしたら、あの場で観ていた全体の三割くらいでしかない。あとはいつも通りSCARLETファンや赤羽詩音の名を背負った法被を纏いし新手のファン……唯菜には大変申し訳ないがそのどちらも三ツ谷ヒカリ個人に興味を覚えた人達が大半を占めている様子であった。


「いいなー、ヒカリちゃんは色んな人に名前が知られていて」


 唯菜の羨ましそうな発言に少しいたたまれなくなる。『そんなことはない』と咄嗟に返しそうになるも、下手に謙遜すれば反感を買うだけだと思い……小さく「ごめん」と呟く。


「でも、最近になって唯菜ちゃんも少しずつ人気が上がってきてるでしょ」

「そうなの?」


 幸香さんの思わぬ言葉に俺は確認をとる。

 これまた嬉しそうな顔でスマホ画面を見せる……すると、そこには先程のライブに関するツイートが多く書き込まれていた。その中でもグループ全体としてヒカリやルーチェといった名前が多く挙がってはいるものの、唯菜の名前もそれに続く勢いで挙がっているようだった。

 

「うん。実はなんだか応援してくれる人が増えてきてさ~、前よりも好印象なお客さんが増えているみたいなの」


 ダンスのみならず徐々に向上しつつある苦手な歌までしっかりと評価してくれる。

 自分の成長をしっかりと目に見えるフィードバックを受けれたことが唯菜にとっての励みであり強みでもあり……自信へと繋がっていく。

 

 それが唯菜の力となってライブでより一層自信に満ち溢れたパフォーマンスを示すことで既存のファンを喜ばせるだけではなく、新たなファンを呼び込むことが出来る。

 そんな好循環が唯菜に訪れていることが我ながら嬉しく思えた。


「なんで、あんたがニヤニヤしてんの」

「……別に」


 自分でも気付いていなかった表情をスッと元に戻す。


「そう言えば、ヒカリちゃんあの子と知り合い?」

「あの子?」

「凪さんの横にいた女の子。なんか凄くレス送っているから友達なのかな~って」


 恐らく渚のことを言っているのだろう。

 こっちでは唯菜と渚は両者とも面識はない。

 ライブで渚を観たのもこちとら今日が初めて、いつ来るのだろうかとずっと気掛かりではあった。その内、定期公演にお姉さんの凪さんと一緒に来るだろうと予想していたが……まさか、今日のイベントで来るとは思っていなかった。


 ファンとの直接的な交流が一切ないこのイベントで渚に感謝の言葉は伝えられなかったものの、彼女に感謝の意を込めたレスを送っていたのが、唯菜の目に留まっていたようだ。


「前に蘭陵女子の学園祭で知り合った凪さんの妹さんだから……友達って訳じゃないけど……」

「ふーん。その割にはなんだか親しげな表情をしていたけど?」

「まぁ、色々とあって……」


 俺が明里であった時に渚がライブで観に来てくれていたことを思い出して舞い上がっていた……なんてことはこっちの唯菜達に言った所で通じない。そんな説明不足が否めないヒカリの言葉にジィッと見詰めて何かを訴えてくる唯菜の視線が頬に刺さる。


「色々の部分がかなり気になるけど……これ以上は詮索しないでおくよ」


 何か変な誤解をしている気もするが、今はそのままにしておこう。

 触れられた所で説明出来ないことに変わりはない。

 余計に唯菜の中での不審感を募らせるだけだと判断する。

 

 横に逸らした顔を斜め上に上げ、楽屋の時計で時間を確認する。

 

「みんな、この後の予定は?」


 ポーチカのステージは主に先程のライブで概ね終了。

 追加ステージは次のSCARLETと詩音との対決次第で有無が決まる。

 それまではほぼ自由時間として他グループのアイドル達を観るでも、ここでまったり過ごしているでも構わないとジル社長から言われている。


「あ~私はこの後、あの女との勝負があるから」

「ノーちゃんとだっけ?するんだ、結局」


 俺もルーチェの事だから口約束にして有耶無耶にするかと思いきや、しっかりと知らぬ所で話が進んでいたようだ。


「本当はすっぽかして逃げたいけど……白黒付けないとあの女の気が済まないみたいだからビシッと決着をつけてくるわ」


 珍しく示す漢らしい覚悟に『おー』と俺と唯菜は声を揃えて感心する。


「ちなみに二人はどうやって勝負するの?」


 二人の対決を監督する小春が代わって答える。


「ゲーム」

「アイドル、一切関係ないじゃん」

「完全に自分に有利な戦いじゃん」

「外野は黙ってなさい。私達、個人の対決でステージの一つでも借りられると思ったら大間違いよ」

「うん……現実的に考えれば厳しいよね。確かに……」

「ちなみに何のゲーム?」

「対人型のVRシューティングゲーム。ここから直ぐ近くのアミューズメント施設でそういう催しがやっているみたいだから、ルーちゃんがそこにしようって」

「ノーちゃんは了承したの?」

「面白そうだからいいよって」


 意外にもノリが軽い。

 

「ま、勝負に関してはシューティングゲームのPRも兼ねた生動画配信って名目でやらさせてもらえるから一石二鳥よね」


 自身の動画配信サイトで視聴者を稼ぐイベントを自ら企画して、そこで望月をボコボコにする動画を生で披露する……なんてシナリオがルーチェの頭の中で描かれているのだろう。

 最悪の場合、ゲームの腕前においてルーチェよりも遥かに長けた人物が隣に控えている。


 向こうも望月一人で挑んでくるとは限らない。

 最強の助っ人及び相棒を横に用意しているあたり……準備は抜かりないと見た。


「だから私達はこの後、別行動をとるわ。時間的にもそろそろ移動しないと……」

「幸香さんはどうしますか?」

「ジルにルーチェちゃん達に付いて行くように頼まれてて、先に居る田村さんと一緒に見物する予定なの」

「じゃあ、そちらはお願いします。私はSCARLETの勝利を一ファンとして応援してきますので」


 いつの間にかSCARLETのロゴが入ったTシャツを着用し、ステージ衣装のスカートからズボンに履き替え、応援グッズを持参した唯菜は準備万端といった具合で隣に座っていた。

 

「いつになく気合い入ってる?」

「当たり前だよ!負けたらヒカリちゃんが取られちゃうんだから、私も全力で応援しないと」


 珍しく鉢巻まで頭に巻き、『SCARLET最強』と書かれた対決用の特製法被を纏う唯菜の瞳はいつになく熱く燃え滾っている。もはや、ポーチカの白里唯菜であることを隠そうとはせず、SCARLETの純粋なファンとして現場に乗り込む気なのであろう。

 ちゃっかり対決用の優待チケットまで手にしている。


「よし。私は一足先に会場に赴くからヒカリちゃん……観ててね」

「……ほどほどに」


 あんまり騒がしくして目立たないように……という意味が果たして伝わったのかは分からない。

 だが、これまでにないくらい自身もまた闘志を滾らせた唯菜は颯爽と楽屋を飛び出して行った。


「はぁ~暑苦し」

「でも、唯菜ちゃんが心配するのも分かるよ。SCARLETさんが負けたらヒカリちゃんは……」

「大丈夫よ。コイツはいなくなったりしないから」

「それってどういう……」

「ま、私達も早くいきましょ。先に着いてアップできたらしたいし」


 ルール及びゲーム性や環境がどういったものか下調べして情報収集しようという魂胆なのだろう。

 ゲームにおいて抜かりない性格面を発揮するルーチェの慎重さをもう少し現実でも発揮してほしく思う。

 そう言ったルーチェも楽屋へと出て行き、続く形で幸香さんと小春もついていく。


「あ、そう言えば、ヒカリちゃん……」


 出る直前に何か思い出した小春が珍しく話しかけてくる。


「今日、陽一君って来たりしていないかな?」


 その問いに俺は少しドキッとするも、平然を装って「ごめん。何も聞いてない」と返す。

 

「そっか……ごめんね、変なこと聞いちゃって」

「別に大丈夫。そっちはそっちで頑張って」

「うん。じゃあ、またね」


 少し前まで騒がしかった楽屋は一人を残して静まり返る。

 

 一息吐こうと粉茶をカップの底に入れ、給水ポッドに入ってる熱湯をカップに注ぐ。

 温かくも渋みの深い緑茶を身体に流して落ち着く。


「さて、どうしたものか……」


 このまま有耶無耶にしようと思っていた問題が一つ。

 たった今、再浮上し……その対応をどうするべきか悩む。

 

「俺がヒカリとしてアイドルをしている以上、陽一としてポーチカを観に来ることは出来ないんだよな」


 この問題を円満に解決する手段はほぼない。

 どちらかの自分になって、どちらかの姿で彼女の前に立つしかない。

 

 そして、俺はヒカリを選んだ。

 当然のことだ。

 自分がポーチカのメンバーである以上、陽一として観客側で観ることは出来ない。

 

 ステージに立つ一人の少女がたった一人の観客に来て欲しいことを望んでも、大勢の人が一人のアイドルを望むのであれば優先度は圧倒的に後者の方が高い。

 個人の利益と全体の利益。

 

 比べるまでもなく天秤は重い方に傾き……自ずと俺の姿も変わる。


 そんな合理的な判断しか出来ない自分をまた……嫌いになりそうだ。

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