百六十幕 KIF/復縁⑧
小春が野乃と再会したのは先週末の撮影を終えた後だった。
突如として現れた彼女は自分が望月野乃だと明かし、久し振りの再会に懐かしむ様子や以前みたく嫌悪感を露わにすることもなく……ただ普通に挨拶を交わしてきた。
「……」
「警戒してる?別にもう何もしたりしないって」
野乃だと分かった途端、小春は激しい緊張感に陥り身体を強張らせていた。
そして、次第に胸が痛み出す。
塞がりかけていた心の傷がじわじわと拡がり……嫌な記憶が野乃の声を聞くと思い出してしまう。
「ねぇ、今はどこにいるの?」
「埼玉。お父さんの転勤で……」
「あーママから聞かされた時は半信半疑だったけど、本当だったんだ。てっきり逃げたのかと」
逃げた。その表現に小春は肩をビクッと震わせた。
野乃にとって小春は『逃げていなくなった』という印象の方が強い。
実際、野乃のイジメと同時期に父の転勤が話が挙がった。
小春自身、その話はある意味で僥倖。
両親に隣の家の女の子からイジメを受けているから転校したい……なんて話は決して切り出せずにいた。その上、野乃からイジメを受けているなんて相談も出来ずにいた。
それはひとえに小春自身の優しさや思いやりがあってのこと。
娘同士は仲が悪くとも、家族間での仲は良い。
母親同士で一緒に出掛けたり、釣りの趣味が同じであった父達も少なからず交流はあった。
だから、父の転勤を受け入れ小春は野乃から逃げる選択肢を取った。
そうする方が娘達の間に隠された裏の事実を知られずに別れることが出来る。
仲の良いお隣さんという形で華々しく終えられる。
自分一人だけ後ろめたさを隠し……逃げるようにして終わるなら小春にとってもそれは願ったり叶ったりであった。
「まぁ、あの時は私も小春のことをなんでか分からないけど嫌ってたしさ。避けたくなるのも分かるよ。でも、凄く意外だった……まさか、こうしてまた会えるだけじゃなくて、お互いにこんな形で会うとは思いもしなかった」
「……私のこと、嫌いじゃないの?」
「それは前の話だって。今はもう別に嫌ってない。まぁ、あんときの小春ってば鬱陶しくて色々と当たっちゃたけど……なんかいなくなってから恋しくなったっていうかさ~」
好き勝手に言い放題な野乃に小春は黙って聞くしかなかった。
脳裏にこびりついた野乃から受けた過去に怯え、小春は下手に抵抗出来ずにいる。
「ねね、私達さ。もう一回やり直さない?」
「え?」
野乃の言葉に小春は耳を疑う。
「なんか小春と会って久し振りにもっと話したくなちゃってさ~。懐かしになんだか小学生の時を思い出して、もう一回小春と仲良くしたいって思ってるの。あ、噓じゃないから」
マイペースなまでに話を進める野乃に気後れした小春はイマイチ状況に付いていけずにいた。
すると、野乃の後ろで同じグループのメンバーであろう少女が廊下の奥で声を掛け、そろそろ帰る仕度を進めるように伝えた。
「ま、今日は時間ないからまた今度……てか、明後日とか空いてない?レッスン終わりとかでもいいから会って話そ」
「う、うん……」
勢いに押し切られた小春は自信なさげに頷く。
「おっけ。後で連絡するから、じゃあまた……」
小学生の頃から変わらない自由奔放で身勝手な性格は時が経っても変わっていない。
だが、最後に再会した時よりも遥かに物腰柔らかで記憶に残る怖い野乃の影はもうない。
小春がよく知っている仲良くしていた昔の野乃に戻っている。
そんな印象を受けた途端、小春は自ずと再び触れ合うことを良しと認めていた。
自分に対して行った仕打ちを野乃は認めた上で謝罪を述べずに再び寄りを戻そうと声を掛けた。
そのことに小春は複雑な想いを抱きながらも……望月野乃と再び向き合うこととなった。